ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
──旧坑道の爆発から数秒後。
空を割った爆風の余波は、ようやくその怒りを鎮めるかのように、ゆっくりと収束を始めていた。
瓦礫の山、焼け焦げたコンクリート。赤い煙が地表を這い、空気中にはコーラル粒子がまだ微かに漂っていた。
その中に、倒れ込むように伏せた機体が一機。
《バルテウス》。
焦げた装甲は所々に焼損と割れを抱え、冷却フィンは溶解して垂れ下がっている。脚部は片方が完全に沈下し、自重すら支えきれていなかった。
警告灯が、断続的に点滅している。
『コーラル高濃度被爆。全システムに対して深刻な干渉を検知』
視界が揺れる。HUDは色を失い、情報がノイズとともに消えていく。
『――システム、再起動不能』
断末魔のような警告音がコックピットに虚ろに響いた。
起動試行──失敗。サブプロセス応答なし。マニュアル操作──不許可。
すべての手段が失われた今、彼女の選択肢はただひとつ。
非常脱出。
621は、静かに非常装置のカバーを引き剥がした。
手動レバーを倒すと、機体後部の装甲が“がくん”と音を立てて後方へ展開し、脱出用の排出口が開放される。断熱素材のスライドレールが露出し、非常時専用の空間がわずかに外気と通じた。
薄く、赤い光が差し込んでいた。
彼女は、シートの横に視線を移した。
ぬいぐるみが、そこにあった。
通信ユニットの影、熱変形した支柱の傍で、煤けた姿のまま、それは倒れていた。
片方のボタンの目が取れかけていて、縫い目から中綿が露出している。
けれど──それでも、まだ“可愛い”ものだった。
621はそっとそれを拾い上げる。
ぎこちない手付きで、胸に抱きしめる。
そして、脱出ハッチへと向かった。
レールを滑り降りるように、低い姿勢のまま《バルテウス》の内部から這い出る。
焼け焦げた地表の冷たさが、装甲越しに伝わってくる。
彼女の姿は、機体の傍らに現れたひとつの“影”だった。
胸には、黒く煤けたぬいぐるみ。
顔には、表情はない。
だが──その手は、決してその“温もり”を手放していなかった。
赤い風が吹く。
621が焼けた地表に膝をついたまま、ぬいぐるみを胸に抱いて動かない。
そのすぐ後方、別の機体からも金属音が響いた。
《LOADER1》。そして《LOADER2》《LOADER3》《LOADER4》。
四機のハウンズ所属ACの装甲が同時に開放され、それぞれのパイロットが機外へと這い出してくる。
617が最初に立ち上がる。砂塵の中で慎重に周囲を見渡し、手慣れた動作で腰のホルスターから拳銃を抜いた。
続いて618、620、619──全員が即座に周囲を警戒しつつ、銃を構える。
銃口は、まだ宙を彷徨っていた。
だが次の瞬間──反対側で別のAC、《キャノンヘッド》と《ヘッドブリンガー》の脱出ハッチが開く音が聞こえた。
レッドガンの軍服を着崩した巨漢――G4ヴォルタが、厚い装甲ハッチを押し開けて姿を現す。ゆっくりとキャタピラから降り、肩を揺らすようにして地を踏みしめた。
そして、同じくイグアス。傷ついたヘッドブリンガーの肩部から、煤まみれの軍服姿で身を乗り出し、荒々しく地上に着地する。
二人の姿が完全に地上へ現れたその刹那──
一斉に、銃口が彼らを捉えた。
「──動くな」
617の、低く、鋭い声。
ハウンズの兄たち全員が、一糸乱れぬ動作で銃を構え、標準姿勢を取っていた。
レッドガン側もすぐさま応じる。
イグアスは険しい顔を歪め、腰のホルスターから拳銃を引き抜いて構える。
ヴォルタもまた、黙って腰の装備から大型のコンバットピストルを取り出し、無言のまま構えた。
――静寂。
硝煙と熱、漂うコーラル粒子の中で、緊張は限界まで張り詰める。
「警告する。これ以上一歩でもこちらに踏み込めば、排除する」
619が冷静に告げる。彼の瞳には一片の動揺もなかった。
「あん?そっちが先に銃抜いたんだろうが。撃ちたきゃ撃ってみろよ。何人か道連れにしてやるぜ」
イグアスが歯を剥き出しにして笑うが、その指は確かに引き金にかかっている。
「621を離れろ。それ以上近づくな」
その中心で、ぬいぐるみを抱いた621だけが、まるで戦場に置き去りにされた少女のように、静かに存在していた。
互いの照準は外れない。僅かな物音にも引き金が引かれかねない緊張──だがその瞬間、
低く、地を這うような重音が、彼らの足元を震わせた。
誰よりも先にヴォルタが目を上げた。
そして次に、617の顔が強張る。
──来る。
それは全員が本能的に理解した。
崩れかけた岩山の影を裂くように、圧倒的な質量を持つACのシルエットが浮かび上がる。
威圧する蜘蛛のようなヘッドパーツが特徴的な、青緑色の重装甲四脚AC。
ガトリングキャノンや二連グレネードを始めとした高火力兵装を纏い、左胸にはレッドガン部隊所属であることを示すエンブレム。
G1・ミシガン──レッドガン部隊前線指揮官――総長。
そのAC《ライガーテイル》が、脚部から黒煙を噴きながら姿を現した。
『傾注!!!!!全員武器を下ろせ!!!』
声が爆音だった。
振動するような怒声に、思わずイグアスとヴォルタが肩をすくめ、ハウンズの兄たちも数歩構えを崩す。
全員がその一言に一瞬、動きを止める。
ミシガンの《ライガーテイル》は、坑道から離れていたのかACの中で唯一、火器を完全に稼働させられる状態にあった。
ガトリング砲が、音もなくハウンズの兄たちへと向けられる。
ぐるり、という低い音と共に、回転機構が作動を始める。装填動作。警告灯の点滅。殺意の予兆。
『……お前たちは惑星封鎖法に――』
617が口を開きかけたが、
『黙れッ!!!』
ミシガンの怒声が雷のように空を切った。
『つべこべ言わずに従え猟犬共!!!!!』
その瞬間、ハウンズの4丁の銃が全てガトリングの照準範囲に収められていることに、全員が気づく。
617がわずかに視線を逸らし、618が舌打ちする。620が警戒を維持しながらも、619に視線を送ると──
一人、銃をゆっくりと地面に置いた。
619だった。
続いて620。618。最後に、617。
全員が、銃を下ろした。
『……よし』
ガトリング砲の回転が止まる。
だがその瞬間──
「ざまぁねえな、正義ヅラして威張ってたのによ」
イグアスが口元を歪めて笑った。銃を向けたままハウンズを見下ろすようにして、得意げな態度を隠そうともしない。
ヴォルタも、無言ながら肩をすくめる。
だが──次の瞬間。
再び、ガトリング砲が回転を始めた。
今度は、イグアスとヴォルタの方へ。
「……へ?」
イグアスが顔を引きつらせた。
ヴォルタが反射的に拳銃を握り直しかけるが──その動きもすぐに止まる。
『お前達もだ!!!聞いてりゃ調子乗りやがって、この役立たず共が!!!定期報告の為に少し目を離したらこれだ!!!』
ミシガンの怒声は、もはや戦車砲の着弾音に近かった。
『坑道を守るというガキのおつかいみたいな任務も果たせんのか!!!任務は既に失敗、もう戦う意味はない!!!』
『な、なんで俺たちまで!?こっちは同じ部隊──』
『だったら“部隊”らしく従えェ!!!』
イグアスが唖然とする間に、ヴォルタは無言で拳銃を外し、地面に置いた。
イグアスも、渋々拳銃をホルスターに戻す。そして一歩、後退。
『これで、ようやく“話せる状況”になったな……』
ミシガンが静かに言うと、ガトリング砲の回転が止まる。AC《ライガーテイル》は、爆炎と瓦礫の地平にあってなお、完全な支配力を誇示していた。
赤く染まった地平を前に、《ライガーテイル》のガトリング砲がゆっくりと回転を止める。
周囲に、ついに静寂が訪れた。
爆炎は遠くでくすぶり、吹き上げた煙が空へと立ち昇っていた。機体の残骸。崩れかけた坑道。地表には、ACパイロットたちの姿──誰もが、未だ警戒を解かぬままに立ち尽くしていた。
《ライガーテイル》のコックピットハッチが、圧縮エアの音と共に開く。
装甲パネルが左右に展開し、煙の中からゆっくりと姿を現すのは、総長、G1・ミシガン。
古傷だらけの厳めしい表情、たくし上げられた軍服からは鍛え上げられた前腕が覗く。
全身が“戦場の圧力”そのものだった。
彼は重々しい動作でコックピットから降り、瓦礫を踏みしめる。
「──さて。そろそろ腰を据えて、話といこうか」
誰も返事をしなかった。
だが誰も、武器を構えなかった。
ハウンズとレッドガン、両陣営の兵士たちは、互いに睨み合いながらもミシガンの動きに意識を集中させていた。
ミシガンは《ライガーテイル》の影から一歩前に出ると、その場に腰を下ろすようにして、地面にどっかりと座り込んだ。
それは、指揮官にあるまじき動作だった。
だが、彼が何をしているか──誰もが理解していた。
「お前らも座れ。せめて腰を下ろしてから殺し合いを考えろ。立ったまま睨み合ってると、余計にぶん殴りたくなる」
皮肉混じりの口調。
だが、その言葉は明確な“余裕”と“統制”だった。
617が僅かに眉を動かし、互いに視線を交わす。
やがて彼も、無言でその場にしゃがみ込んだ。
618、620、619もそれに倣い、岩を背もたれにするように座る。
レッドガン側も、ヴォルタが無言で腰を下ろし、イグアスが舌打ちをしてから渋々従った。
その中央に、ぬいぐるみを抱えたままの621がただ静かに座っていた。
誰の中にも、火花はまだ燻っていた。だが、撃ち合いの導火線はとりあえず切り離された。
「状況はこうだ。全員ボロボロ、ACは稼働限界。救助要請を出したかどうか知らねぇが──おそらく、どちらの陣営にも数時間以内に迎えが来る。それまで、どっちがどっちを始末しようが無意味だ」
誰も異を唱えなかった。
その中で、ミシガンの視線が改めて617に向けられる。
「封鎖機構の目的は旧坑道の破壊だな」
「その通りだ、既に任務は達成した」
617の答えに、ミシガンは鼻を鳴らす。
「ならそれでいい。こちらの任務は坑道の防衛……見ての通り失敗だ」
「──だからこうしよう」
ミシガンは起動したままのライガーテイルを指さして言う。
「ここからは互いに手出しなし。救助艇が到着するまで、完全な休戦状態とする。銃撃、威嚇、すべて禁止。違反すればその場で──俺が制裁を下す」
誰もが黙っていた。
が、それは黙って“従う”という沈黙だった。
ミシガンが小さく頷くと、端末を操作して通信チャンネルを開いた。
『レッドガン部隊、臨時協定を発効。戦域内における全火器の使用を即時停止。戦闘行為はミシガン総長の命令により全面凍結。繰り返す、全面凍結だ』
そして、通信を切ったミシガンは、懐から紙たばこを取り出すと咥えて火を点けた。
「……さて。じゃあ、あとは座って待つだけだ」
そう言って、煙の空を仰いだ。
煙と鉄の匂いの中で──戦場は、ようやく静けさを取り戻した。