ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第54話 休戦

 ──旧坑道の爆発から数秒後。

 

 空を割った爆風の余波は、ようやくその怒りを鎮めるかのように、ゆっくりと収束を始めていた。

 

 瓦礫の山、焼け焦げたコンクリート。赤い煙が地表を這い、空気中にはコーラル粒子がまだ微かに漂っていた。

 

 その中に、倒れ込むように伏せた機体が一機。

 

 《バルテウス》。

 

焦げた装甲は所々に焼損と割れを抱え、冷却フィンは溶解して垂れ下がっている。脚部は片方が完全に沈下し、自重すら支えきれていなかった。

 

 警告灯が、断続的に点滅している。

 

 『コーラル高濃度被爆。全システムに対して深刻な干渉を検知』

 

 視界が揺れる。HUDは色を失い、情報がノイズとともに消えていく。

 

 『――システム、再起動不能』

 

 断末魔のような警告音がコックピットに虚ろに響いた。

 

 起動試行──失敗。サブプロセス応答なし。マニュアル操作──不許可。

 

 すべての手段が失われた今、彼女の選択肢はただひとつ。

 

 非常脱出。

 

 621は、静かに非常装置のカバーを引き剥がした。

 

 手動レバーを倒すと、機体後部の装甲が“がくん”と音を立てて後方へ展開し、脱出用の排出口が開放される。断熱素材のスライドレールが露出し、非常時専用の空間がわずかに外気と通じた。

 

 薄く、赤い光が差し込んでいた。

 

 彼女は、シートの横に視線を移した。

 

 ぬいぐるみが、そこにあった。

 

 通信ユニットの影、熱変形した支柱の傍で、煤けた姿のまま、それは倒れていた。

 

 片方のボタンの目が取れかけていて、縫い目から中綿が露出している。

 

 けれど──それでも、まだ“可愛い”ものだった。

 

 621はそっとそれを拾い上げる。

 

 ぎこちない手付きで、胸に抱きしめる。

 

 そして、脱出ハッチへと向かった。

 

 レールを滑り降りるように、低い姿勢のまま《バルテウス》の内部から這い出る。

 

 焼け焦げた地表の冷たさが、装甲越しに伝わってくる。

 彼女の姿は、機体の傍らに現れたひとつの“影”だった。

 

 胸には、黒く煤けたぬいぐるみ。

 顔には、表情はない。

 

 だが──その手は、決してその“温もり”を手放していなかった。

 

 赤い風が吹く。

 

 621が焼けた地表に膝をついたまま、ぬいぐるみを胸に抱いて動かない。

 

 そのすぐ後方、別の機体からも金属音が響いた。

 《LOADER1》。そして《LOADER2》《LOADER3》《LOADER4》。

 四機のハウンズ所属ACの装甲が同時に開放され、それぞれのパイロットが機外へと這い出してくる。

 

 617が最初に立ち上がる。砂塵の中で慎重に周囲を見渡し、手慣れた動作で腰のホルスターから拳銃を抜いた。

 

 続いて618、620、619──全員が即座に周囲を警戒しつつ、銃を構える。

 

 銃口は、まだ宙を彷徨っていた。

 

 だが次の瞬間──反対側で別のAC、《キャノンヘッド》と《ヘッドブリンガー》の脱出ハッチが開く音が聞こえた。

 

 レッドガンの軍服を着崩した巨漢――G4ヴォルタが、厚い装甲ハッチを押し開けて姿を現す。ゆっくりとキャタピラから降り、肩を揺らすようにして地を踏みしめた。

 

 そして、同じくイグアス。傷ついたヘッドブリンガーの肩部から、煤まみれの軍服姿で身を乗り出し、荒々しく地上に着地する。

 

 二人の姿が完全に地上へ現れたその刹那──

 

 一斉に、銃口が彼らを捉えた。

 

「──動くな」

 

 617の、低く、鋭い声。

 

 ハウンズの兄たち全員が、一糸乱れぬ動作で銃を構え、標準姿勢を取っていた。

 

 レッドガン側もすぐさま応じる。

 

 イグアスは険しい顔を歪め、腰のホルスターから拳銃を引き抜いて構える。

 

 ヴォルタもまた、黙って腰の装備から大型のコンバットピストルを取り出し、無言のまま構えた。

 

 ――静寂。

 

 硝煙と熱、漂うコーラル粒子の中で、緊張は限界まで張り詰める。

 

「警告する。これ以上一歩でもこちらに踏み込めば、排除する」

 

 619が冷静に告げる。彼の瞳には一片の動揺もなかった。

 

「あん?そっちが先に銃抜いたんだろうが。撃ちたきゃ撃ってみろよ。何人か道連れにしてやるぜ」

 

 イグアスが歯を剥き出しにして笑うが、その指は確かに引き金にかかっている。

 

「621を離れろ。それ以上近づくな」

 

 その中心で、ぬいぐるみを抱いた621だけが、まるで戦場に置き去りにされた少女のように、静かに存在していた。

 

 互いの照準は外れない。僅かな物音にも引き金が引かれかねない緊張──だがその瞬間、

 

 低く、地を這うような重音が、彼らの足元を震わせた。

 

 誰よりも先にヴォルタが目を上げた。

 

 そして次に、617の顔が強張る。

 

 ──来る。

 

 それは全員が本能的に理解した。

 

 崩れかけた岩山の影を裂くように、圧倒的な質量を持つACのシルエットが浮かび上がる。

 

 威圧する蜘蛛のようなヘッドパーツが特徴的な、青緑色の重装甲四脚AC。

 ガトリングキャノンや二連グレネードを始めとした高火力兵装を纏い、左胸にはレッドガン部隊所属であることを示すエンブレム。

 

 G1・ミシガン──レッドガン部隊前線指揮官――総長。

 そのAC《ライガーテイル》が、脚部から黒煙を噴きながら姿を現した。

 

『傾注!!!!!全員武器を下ろせ!!!』

 

 声が爆音だった。

 

 振動するような怒声に、思わずイグアスとヴォルタが肩をすくめ、ハウンズの兄たちも数歩構えを崩す。

 

 全員がその一言に一瞬、動きを止める。

 

 ミシガンの《ライガーテイル》は、坑道から離れていたのかACの中で唯一、火器を完全に稼働させられる状態にあった。

 

 ガトリング砲が、音もなくハウンズの兄たちへと向けられる。

 ぐるり、という低い音と共に、回転機構が作動を始める。装填動作。警告灯の点滅。殺意の予兆。

 

『……お前たちは惑星封鎖法に――』

 

 617が口を開きかけたが、

 

『黙れッ!!!』

 

 ミシガンの怒声が雷のように空を切った。

 

『つべこべ言わずに従え猟犬共!!!!!』

 

 その瞬間、ハウンズの4丁の銃が全てガトリングの照準範囲に収められていることに、全員が気づく。

 

 617がわずかに視線を逸らし、618が舌打ちする。620が警戒を維持しながらも、619に視線を送ると──

 

 一人、銃をゆっくりと地面に置いた。

 

 619だった。

 

 続いて620。618。最後に、617。

 

 全員が、銃を下ろした。

 

『……よし』

 

 ガトリング砲の回転が止まる。

 

 だがその瞬間──

 

「ざまぁねえな、正義ヅラして威張ってたのによ」

 

 イグアスが口元を歪めて笑った。銃を向けたままハウンズを見下ろすようにして、得意げな態度を隠そうともしない。

 

 ヴォルタも、無言ながら肩をすくめる。

 

 だが──次の瞬間。

 

 再び、ガトリング砲が回転を始めた。

 

 今度は、イグアスとヴォルタの方へ。

 

「……へ?」

 

 イグアスが顔を引きつらせた。

 

 ヴォルタが反射的に拳銃を握り直しかけるが──その動きもすぐに止まる。

 

『お前達もだ!!!聞いてりゃ調子乗りやがって、この役立たず共が!!!定期報告の為に少し目を離したらこれだ!!!』

 

 ミシガンの怒声は、もはや戦車砲の着弾音に近かった。

 

『坑道を守るというガキのおつかいみたいな任務も果たせんのか!!!任務は既に失敗、もう戦う意味はない!!!』

 

『な、なんで俺たちまで!?こっちは同じ部隊──』

 

『だったら“部隊”らしく従えェ!!!』

 

 イグアスが唖然とする間に、ヴォルタは無言で拳銃を外し、地面に置いた。

 

 イグアスも、渋々拳銃をホルスターに戻す。そして一歩、後退。

 

『これで、ようやく“話せる状況”になったな……』

 

 ミシガンが静かに言うと、ガトリング砲の回転が止まる。AC《ライガーテイル》は、爆炎と瓦礫の地平にあってなお、完全な支配力を誇示していた。

 

 赤く染まった地平を前に、《ライガーテイル》のガトリング砲がゆっくりと回転を止める。

 

 周囲に、ついに静寂が訪れた。

 

 爆炎は遠くでくすぶり、吹き上げた煙が空へと立ち昇っていた。機体の残骸。崩れかけた坑道。地表には、ACパイロットたちの姿──誰もが、未だ警戒を解かぬままに立ち尽くしていた。

 

 《ライガーテイル》のコックピットハッチが、圧縮エアの音と共に開く。

 

 装甲パネルが左右に展開し、煙の中からゆっくりと姿を現すのは、総長、G1・ミシガン。

 

 古傷だらけの厳めしい表情、たくし上げられた軍服からは鍛え上げられた前腕が覗く。

 全身が“戦場の圧力”そのものだった。

 

 彼は重々しい動作でコックピットから降り、瓦礫を踏みしめる。

 

「──さて。そろそろ腰を据えて、話といこうか」

 

 誰も返事をしなかった。

 

 だが誰も、武器を構えなかった。

 

 ハウンズとレッドガン、両陣営の兵士たちは、互いに睨み合いながらもミシガンの動きに意識を集中させていた。

 

 ミシガンは《ライガーテイル》の影から一歩前に出ると、その場に腰を下ろすようにして、地面にどっかりと座り込んだ。

 

 それは、指揮官にあるまじき動作だった。

 

 だが、彼が何をしているか──誰もが理解していた。

 

「お前らも座れ。せめて腰を下ろしてから殺し合いを考えろ。立ったまま睨み合ってると、余計にぶん殴りたくなる」

 

皮肉混じりの口調。

 

 だが、その言葉は明確な“余裕”と“統制”だった。

 

 617が僅かに眉を動かし、互いに視線を交わす。

 

 やがて彼も、無言でその場にしゃがみ込んだ。

 

 618、620、619もそれに倣い、岩を背もたれにするように座る。

 

 レッドガン側も、ヴォルタが無言で腰を下ろし、イグアスが舌打ちをしてから渋々従った。

 

 その中央に、ぬいぐるみを抱えたままの621がただ静かに座っていた。

 

 誰の中にも、火花はまだ燻っていた。だが、撃ち合いの導火線はとりあえず切り離された。

 

「状況はこうだ。全員ボロボロ、ACは稼働限界。救助要請を出したかどうか知らねぇが──おそらく、どちらの陣営にも数時間以内に迎えが来る。それまで、どっちがどっちを始末しようが無意味だ」

 

 誰も異を唱えなかった。

 

 その中で、ミシガンの視線が改めて617に向けられる。

 

「封鎖機構の目的は旧坑道の破壊だな」

 

「その通りだ、既に任務は達成した」

 

 617の答えに、ミシガンは鼻を鳴らす。

 

「ならそれでいい。こちらの任務は坑道の防衛……見ての通り失敗だ」

 

「──だからこうしよう」

 

 ミシガンは起動したままのライガーテイルを指さして言う。

 

「ここからは互いに手出しなし。救助艇が到着するまで、完全な休戦状態とする。銃撃、威嚇、すべて禁止。違反すればその場で──俺が制裁を下す」

 

 誰もが黙っていた。

 

 が、それは黙って“従う”という沈黙だった。

 

 ミシガンが小さく頷くと、端末を操作して通信チャンネルを開いた。

 

『レッドガン部隊、臨時協定を発効。戦域内における全火器の使用を即時停止。戦闘行為はミシガン総長の命令により全面凍結。繰り返す、全面凍結だ』

 

 そして、通信を切ったミシガンは、懐から紙たばこを取り出すと咥えて火を点けた。

 

「……さて。じゃあ、あとは座って待つだけだ」

 

 そう言って、煙の空を仰いだ。

 

 煙と鉄の匂いの中で──戦場は、ようやく静けさを取り戻した。

 

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