ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第55話 思春

 ──あれほど荒れていた風が、ぴたりと止んでいた。

 

 赤黒く焼けた瓦礫を寄せ集め、617が黙々と火を起こす。

 無言の手つきで金属片を火床の囲いにして、持参していた緊急燃料パックに着火した。

 

 焚火の炎が、ごう、と小さく音を立てる。

 乾いた砂と煤が混じる地表に、仄かなオレンジの光が生まれた。

 

 それを囲むようにして、八人の影が等間隔に腰を下ろしていた。

 

 ハウンズ五名、レッドガン三名。

 誰も一言も発せず、ただ風の止んだ空間に、火のはぜる音だけが時折耳を打った。

 

 621は火の正面、ぬいぐるみを抱いたまま膝を立てて座っている。

 煤にまみれた彼女の顔は無表情だが、その目だけが炎のゆらぎをじっと追っていた。

 

 イグアスは火からやや距離を取るようにして座っていた。肩を張った姿勢のまま、何か言いたげに視線だけは何度も621に向けている。

 だが、口を開くには至らない。

 

 ヴォルタは少し後ろの岩に寄りかかっており、相変わらず無言だ。だが手元の拳銃を分解し、整備しながらも、その眼差しは周囲から外れることはなかった。

 

 617は火に薪をくべながら、ちらりとイグアスを見やる。

 そして、ほんのわずかに視線を621へと向け──何も言わずに目を戻した。

 

 618は焚火の熱を両手で受け止めながら、火越しにレッドガン側を一瞥する。

 舌打ちでもしそうな顔だったが、押し殺すように小さく息を吐いた。

 

 619は淡々と通信端末を確認しており、画面には各陣営の通信状況が表示されていた。

 その手元の片隅で、救助艇到着予定時刻のカウントダウンが進み続けている。

 

 620は唯一、手を膝に置いているだけで何もせず、621の横に静かに座っていた。

 その横顔は硬いが、どこか守るようでもあった。

 

 ──火の音だけが、続く。

 

 それは、ほんの数時間前まで死に物狂いで殺し合っていた者たちが、今はただ、火を囲んでいるというだけの静けさだった。

 

 言葉を交わせば、ぶつかるかもしれない。

 だが、黙っていれば、どこかで互いが“人間”であるということを思い出してしまいそうだった。

 

 だから、皆黙っていた。

 

 まるで、沈黙こそが最後の均衡であるかのように。

 

 火のはぜる音だけが、変わらず辺りを満たしていた。

 

 621は膝を抱えたまま、炎の揺らめきを見つめていた。

 ぬいぐるみは彼女の胸元に、そっと抱かれている。

 

 その静けさを──突然、砕く足音があった。

 

 硬い地面を軍靴が踏む、乱暴な音。

 

 誰も動かない。

 しかし全員が、その足音の主を理解していた。

 

 イグアスだった。

 

 焚火を回り込むようにして、無言のまま621の正面に立つ。

 その表情は読めなかった。怒っているのか、困惑しているのか、それとも……。

 

 火の揺らぎが、彼の顔の影を歪ませる。

 

 しばらく黙っていたが──やがて、ぼそりと吐き捨てるように口を開いた。

 

「……おい。面、貸せ」

 

 場が凍りついた。

 

 617が顔を上げ、618が火越しに眉をひそめる。

 620はわずかに肩を動かし、隣の621を一瞥する。ヴォルタでさえ、工具の手を止めた。

 

 だが──イグアスの目は、ただ621だけを見据えていた。

 

「話がある……ここじゃダメだ」

 

 ぶっきらぼうに、だが確かに“何か”を押し殺した声。

 それはいつもの挑発でも、威圧でもなかった。

 

 621はゆっくりと顔を上げる。

 

 イグアスの瞳と、静かに視線が交錯する。

 

 ぬいぐるみを胸に抱いたまま、しばしの沈黙。

 

 621は炎のゆらめきから目を離さないまま、手をゆっくりと伸ばした。

 傍ら、小さな金属ケース──

 

 それを取り出し、カチリ、とロックを外す。

 

 中には、折り畳み式の松葉杖。戦闘時のために設計された極小型携行支援具。

 

 誰も言葉を発さないまま、621は器用な手付きでそれを展開し、膝を折り、立ち上がる。

 

 杖を支えにして、立ち姿勢を確保。

 ぬいぐるみは、今も胸元に抱かれたままだ。

 

「……来いよ」

 

 その一言だけを残し、621は焚火の光から外れるように、ゆっくりと歩き出す。

 

 イグアスも、言葉を返さずにその背中を追った。

 

 ざっ、と足音だけが響く。

 二人は岩陰へと歩み、焚火の輪から外れた。

 

 熱も、光も届かない。暗く、風がまだ少しだけ残っている場所。

 

 立ち止まり、621が岩に背を預ける。

 イグアスもまた、距離を取るようにして向かいの岩に腰をかけた。

 

 沈黙が、もう一度その場を支配する。

 

 621は言葉を待たない。ただ、じっとイグアスを見ていた。

 

 そして──

 

「……てめえ」

 

 イグアスが口を開いた。声は低い、しかし掠れていた。

 

「なんで……助けた」

 

 言葉に尖りはない。

 しかしその中には、明確な混乱と、怒りと、困惑が入り混じっていた。

 

 「助かった」ことは、事実だった。

 だが「助けられた」ことを、彼はうまく処理できていなかった。

 

 コーラルの奔流。機体の制御不能。

 あの時──死んでいてもおかしくなかった。

 

 だが621は、命令を破ってまで自分を拾い上げた。

 あの時、確かに、自分のためだけに動いていた。

 

 それが、どうにも納得できなかった。

 

 イグアスはぬぐえぬ苛立ちをそのまま問いにして、吐き出していた。

 

 「なぜ助けた」

 それは、戦場では決して向けられるはずのない、奇妙な問いだった。

 

 621は返事をしない。

 

 その沈黙が、イグアスの焦燥をほんの少しずつ刺激していった。

 

「……お前、あれだろ……あれ……分かってんだ」

 

 声のトーンが変わる。

 先ほどまでの険しさとは違う、妙に躊躇いが混じった声音。

 

 イグアスは少しだけ視線を逸らしながら、口を開いた。

 

「……お前、あれだ」

 

 言葉がまとまらないのか、一度だけ口をつぐんで、それから勢いをつけるように前のめりに身を乗り出す。

 

「好きだから──とか、そういうやつか?だから助けたんだろ、俺のこと」

 

 ぶっきらぼうで、しかもどこか投げやり。

 けれど、明らかに自信もなければ確信もない、そんな声だった。

 

 沈黙が落ちる。

 

 621は、ただぽかんと彼を見つめた。

 本当に、ぽかんと。

 

 視線はしっかりと合っているが、まるで“言葉”を処理しきれていないように、瞬きをひとつ。

 

 そして、そのまま何の反応もなく、数秒が過ぎた。

 

 岩陰に、妙な空気が流れる。

 

 イグアスは明らかに気まずそうに顔を背けたが、それでも一言加える。

 

「……いや、なんか、そういう、だって他に理由ねえだろ。命令違反してまで……」

 

 言葉が尻すぼみになっていく。

 

 その声音は、先ほどまでの“レッドガンの一員”でも“G5イグアス”でもなかった。

 

 まるで、自分の気持ちをどう扱っていいか分からない──

 ただの、思春期の少年のようだった。

 

 621は数秒間、ぽかんとイグアスを見つめていた。

 

 やがて、ゆっくりと視線を逸らす。

 

 そして、何の言葉も残さぬまま──ため息を、ひとつ。

 

 そのまま、踵を返す。

 

「……はあ……」

 

 聞こえるか聞こえないかの吐息。

 

 折り畳み式松葉杖をついて、ぬいぐるみを胸に抱いたまま、岩陰からゆっくりと歩き出す。

 

「お、おい──!」

 

 イグアスが慌てて立ち上がるも、その背はすでに焚火の灯りに向かっていた。

 

 ──それを、焚火の傍で黙って聞いていた者がいた。

 

 ミシガンである。

 

 片膝をついてナイフを研いでいた巨体が、ぬうっと立ち上がる。

 ゆっくりとした動作だが、無駄のない軍人の立ち姿。

 

 621が焚火の輪へと戻ってくるのと入れ替わるように、岩陰に現れたミシガンの影が、イグアスを覆った。

 

「……テメェよォ……」

 

 その低く唸るような声に、イグアスは振り返る。

 

「うわッ、てめえクソ親父!盗み聞きか!?」

 

その抗議の声は最後まで聞かれなかった。

 

 ゴンッ!!

 

 鈍い音と共に、ミシガンの拳がイグアスの頭頂に炸裂した。

 革手袋越しの拳とはいえ、腕力がこもれば鉄槌も同然。

 

「ハウンズの末妹に手を出すとはいい度胸だ!!!久々に、俺が鍛えなおしてやる!!!」

 

 もう一発、今度は平手が飛ぶ。

 

 イグアスが頭を抱えてうずくまりながら呻いていると──焚火の輪から、ぼそりとひとこと。

 

「……俺は、認めんぞ」

 

 それは、617だった。

 

 薪をつついていた手を止め、火を見つめたまま、わずかにイグアスのほうへ視線を流す。

 

 その言葉には怒りもなければ、軽蔑もない。

 ただ──父親のような苦々しさと、割り切れない複雑な感情が滲んでいた。

 

 焦るイグアスを、ヴォルタが肩をすくめて見守っている。

 

「……自業自得だな」

 

 ごく小さく呟いて、分解したままの拳銃の掃除を再開した。

 

 その一方で──621は何も言わない。

 

 焚火の前、ぬいぐるみを抱いたまま、オレンジの光に照らされて、ただ火の揺らぎを見つめていた。

 

 まるで何も聞いていなかったかのように、沈黙を守り続けている。

 

 その横に──どしりと、大きな影が腰を下ろした。

 

 ミシガンだった。

 

 誰にも気配を感じさせずに現れたその巨体が、静かに火の前に腰を下ろすと、焚火の光がその厳つい横顔を照らし出した。

 

「……うちのG5が、どうにも失礼な真似をしたようでな」

 

低く、くぐもった声。

 

 だがそこには、珍しく“謝罪”の気配が滲んでいた。

 

 621はちらりと横目を向けるだけで、答えない。

 

「ま、あいつのあれは……なんだ。感情処理の経験が足りん。兵士育成の失敗例だと思って流してくれ」

 

 ぶっきらぼうだが、明確な「詫び」だった。

 

 621は小さく瞬きしただけで、また火へと視線を戻した。

 

 ミシガンは続ける。

 

「──それと、貴様自身のことだがな」

 

 ゆっくりと腕を組み、火をじっと見つめながら言葉を継ぐ。

 

「G13……倒したのはお前だな」

 

 621は、ぴくりとも動かない。

 

 だが沈黙が、事実を肯定していた。

 

「別に責めようとしている訳ではない。戦場で敵同士、こういうことはいくらでもある」

 

 少しだけ間を置いてから、彼は核心を突いた。

 

「G13を継ぐ気は無いか?」

 

 その問いに、621は初めて明確な反応を見せた。

 

 わずかに視線をミシガンに向ける。その目に宿るのは、敵意でも警戒でもなく、ただ“理解しよう”とする静かな視線だった。

 

 ミシガンは続けた。

 

「ハンドラー・ウォルターなら知らない仲ではない。悪いようにはせん」

 

 炎の揺らぎが、ミシガンの顔の深い皺を照らす。

 

「レッドガンは実力がすべてだ。人間性も、過去も、所属も問わん」

 

 その言葉は冷酷だった。

 

 だが同時に、“許容”でもあった。

 

 621は、しばらく沈黙していた。

 

 そして……再び火を見つめ直した。

 

 答えは返さなかった。だが、それは「否定」でもなかった。

 

 火の粉が、ぱちりと弾ける。

 

 その静寂の中で、ミシガンの低い声だけが、もう一度呟いた。

 

「……考えておけ。お前が選ぶなら、いつでも引き取る」

 

 それきり、ミシガンは黙った。

 

 ただ、焚火の横で、621と並ぶようにして火を見つめていた。

 

 敵でも、味方でもない──この奇妙な“間”だけが、夜の静けさを守っていた。

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