ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
──あれほど荒れていた風が、ぴたりと止んでいた。
赤黒く焼けた瓦礫を寄せ集め、617が黙々と火を起こす。
無言の手つきで金属片を火床の囲いにして、持参していた緊急燃料パックに着火した。
焚火の炎が、ごう、と小さく音を立てる。
乾いた砂と煤が混じる地表に、仄かなオレンジの光が生まれた。
それを囲むようにして、八人の影が等間隔に腰を下ろしていた。
ハウンズ五名、レッドガン三名。
誰も一言も発せず、ただ風の止んだ空間に、火のはぜる音だけが時折耳を打った。
621は火の正面、ぬいぐるみを抱いたまま膝を立てて座っている。
煤にまみれた彼女の顔は無表情だが、その目だけが炎のゆらぎをじっと追っていた。
イグアスは火からやや距離を取るようにして座っていた。肩を張った姿勢のまま、何か言いたげに視線だけは何度も621に向けている。
だが、口を開くには至らない。
ヴォルタは少し後ろの岩に寄りかかっており、相変わらず無言だ。だが手元の拳銃を分解し、整備しながらも、その眼差しは周囲から外れることはなかった。
617は火に薪をくべながら、ちらりとイグアスを見やる。
そして、ほんのわずかに視線を621へと向け──何も言わずに目を戻した。
618は焚火の熱を両手で受け止めながら、火越しにレッドガン側を一瞥する。
舌打ちでもしそうな顔だったが、押し殺すように小さく息を吐いた。
619は淡々と通信端末を確認しており、画面には各陣営の通信状況が表示されていた。
その手元の片隅で、救助艇到着予定時刻のカウントダウンが進み続けている。
620は唯一、手を膝に置いているだけで何もせず、621の横に静かに座っていた。
その横顔は硬いが、どこか守るようでもあった。
──火の音だけが、続く。
それは、ほんの数時間前まで死に物狂いで殺し合っていた者たちが、今はただ、火を囲んでいるというだけの静けさだった。
言葉を交わせば、ぶつかるかもしれない。
だが、黙っていれば、どこかで互いが“人間”であるということを思い出してしまいそうだった。
だから、皆黙っていた。
まるで、沈黙こそが最後の均衡であるかのように。
火のはぜる音だけが、変わらず辺りを満たしていた。
621は膝を抱えたまま、炎の揺らめきを見つめていた。
ぬいぐるみは彼女の胸元に、そっと抱かれている。
その静けさを──突然、砕く足音があった。
硬い地面を軍靴が踏む、乱暴な音。
誰も動かない。
しかし全員が、その足音の主を理解していた。
イグアスだった。
焚火を回り込むようにして、無言のまま621の正面に立つ。
その表情は読めなかった。怒っているのか、困惑しているのか、それとも……。
火の揺らぎが、彼の顔の影を歪ませる。
しばらく黙っていたが──やがて、ぼそりと吐き捨てるように口を開いた。
「……おい。面、貸せ」
場が凍りついた。
617が顔を上げ、618が火越しに眉をひそめる。
620はわずかに肩を動かし、隣の621を一瞥する。ヴォルタでさえ、工具の手を止めた。
だが──イグアスの目は、ただ621だけを見据えていた。
「話がある……ここじゃダメだ」
ぶっきらぼうに、だが確かに“何か”を押し殺した声。
それはいつもの挑発でも、威圧でもなかった。
621はゆっくりと顔を上げる。
イグアスの瞳と、静かに視線が交錯する。
ぬいぐるみを胸に抱いたまま、しばしの沈黙。
621は炎のゆらめきから目を離さないまま、手をゆっくりと伸ばした。
傍ら、小さな金属ケース──
それを取り出し、カチリ、とロックを外す。
中には、折り畳み式の松葉杖。戦闘時のために設計された極小型携行支援具。
誰も言葉を発さないまま、621は器用な手付きでそれを展開し、膝を折り、立ち上がる。
杖を支えにして、立ち姿勢を確保。
ぬいぐるみは、今も胸元に抱かれたままだ。
「……来いよ」
その一言だけを残し、621は焚火の光から外れるように、ゆっくりと歩き出す。
イグアスも、言葉を返さずにその背中を追った。
ざっ、と足音だけが響く。
二人は岩陰へと歩み、焚火の輪から外れた。
熱も、光も届かない。暗く、風がまだ少しだけ残っている場所。
立ち止まり、621が岩に背を預ける。
イグアスもまた、距離を取るようにして向かいの岩に腰をかけた。
沈黙が、もう一度その場を支配する。
621は言葉を待たない。ただ、じっとイグアスを見ていた。
そして──
「……てめえ」
イグアスが口を開いた。声は低い、しかし掠れていた。
「なんで……助けた」
言葉に尖りはない。
しかしその中には、明確な混乱と、怒りと、困惑が入り混じっていた。
「助かった」ことは、事実だった。
だが「助けられた」ことを、彼はうまく処理できていなかった。
コーラルの奔流。機体の制御不能。
あの時──死んでいてもおかしくなかった。
だが621は、命令を破ってまで自分を拾い上げた。
あの時、確かに、自分のためだけに動いていた。
それが、どうにも納得できなかった。
イグアスはぬぐえぬ苛立ちをそのまま問いにして、吐き出していた。
「なぜ助けた」
それは、戦場では決して向けられるはずのない、奇妙な問いだった。
621は返事をしない。
その沈黙が、イグアスの焦燥をほんの少しずつ刺激していった。
「……お前、あれだろ……あれ……分かってんだ」
声のトーンが変わる。
先ほどまでの険しさとは違う、妙に躊躇いが混じった声音。
イグアスは少しだけ視線を逸らしながら、口を開いた。
「……お前、あれだ」
言葉がまとまらないのか、一度だけ口をつぐんで、それから勢いをつけるように前のめりに身を乗り出す。
「好きだから──とか、そういうやつか?だから助けたんだろ、俺のこと」
ぶっきらぼうで、しかもどこか投げやり。
けれど、明らかに自信もなければ確信もない、そんな声だった。
沈黙が落ちる。
621は、ただぽかんと彼を見つめた。
本当に、ぽかんと。
視線はしっかりと合っているが、まるで“言葉”を処理しきれていないように、瞬きをひとつ。
そして、そのまま何の反応もなく、数秒が過ぎた。
岩陰に、妙な空気が流れる。
イグアスは明らかに気まずそうに顔を背けたが、それでも一言加える。
「……いや、なんか、そういう、だって他に理由ねえだろ。命令違反してまで……」
言葉が尻すぼみになっていく。
その声音は、先ほどまでの“レッドガンの一員”でも“G5イグアス”でもなかった。
まるで、自分の気持ちをどう扱っていいか分からない──
ただの、思春期の少年のようだった。
621は数秒間、ぽかんとイグアスを見つめていた。
やがて、ゆっくりと視線を逸らす。
そして、何の言葉も残さぬまま──ため息を、ひとつ。
そのまま、踵を返す。
「……はあ……」
聞こえるか聞こえないかの吐息。
折り畳み式松葉杖をついて、ぬいぐるみを胸に抱いたまま、岩陰からゆっくりと歩き出す。
「お、おい──!」
イグアスが慌てて立ち上がるも、その背はすでに焚火の灯りに向かっていた。
──それを、焚火の傍で黙って聞いていた者がいた。
ミシガンである。
片膝をついてナイフを研いでいた巨体が、ぬうっと立ち上がる。
ゆっくりとした動作だが、無駄のない軍人の立ち姿。
621が焚火の輪へと戻ってくるのと入れ替わるように、岩陰に現れたミシガンの影が、イグアスを覆った。
「……テメェよォ……」
その低く唸るような声に、イグアスは振り返る。
「うわッ、てめえクソ親父!盗み聞きか!?」
その抗議の声は最後まで聞かれなかった。
ゴンッ!!
鈍い音と共に、ミシガンの拳がイグアスの頭頂に炸裂した。
革手袋越しの拳とはいえ、腕力がこもれば鉄槌も同然。
「ハウンズの末妹に手を出すとはいい度胸だ!!!久々に、俺が鍛えなおしてやる!!!」
もう一発、今度は平手が飛ぶ。
イグアスが頭を抱えてうずくまりながら呻いていると──焚火の輪から、ぼそりとひとこと。
「……俺は、認めんぞ」
それは、617だった。
薪をつついていた手を止め、火を見つめたまま、わずかにイグアスのほうへ視線を流す。
その言葉には怒りもなければ、軽蔑もない。
ただ──父親のような苦々しさと、割り切れない複雑な感情が滲んでいた。
焦るイグアスを、ヴォルタが肩をすくめて見守っている。
「……自業自得だな」
ごく小さく呟いて、分解したままの拳銃の掃除を再開した。
その一方で──621は何も言わない。
焚火の前、ぬいぐるみを抱いたまま、オレンジの光に照らされて、ただ火の揺らぎを見つめていた。
まるで何も聞いていなかったかのように、沈黙を守り続けている。
その横に──どしりと、大きな影が腰を下ろした。
ミシガンだった。
誰にも気配を感じさせずに現れたその巨体が、静かに火の前に腰を下ろすと、焚火の光がその厳つい横顔を照らし出した。
「……うちのG5が、どうにも失礼な真似をしたようでな」
低く、くぐもった声。
だがそこには、珍しく“謝罪”の気配が滲んでいた。
621はちらりと横目を向けるだけで、答えない。
「ま、あいつのあれは……なんだ。感情処理の経験が足りん。兵士育成の失敗例だと思って流してくれ」
ぶっきらぼうだが、明確な「詫び」だった。
621は小さく瞬きしただけで、また火へと視線を戻した。
ミシガンは続ける。
「──それと、貴様自身のことだがな」
ゆっくりと腕を組み、火をじっと見つめながら言葉を継ぐ。
「G13……倒したのはお前だな」
621は、ぴくりとも動かない。
だが沈黙が、事実を肯定していた。
「別に責めようとしている訳ではない。戦場で敵同士、こういうことはいくらでもある」
少しだけ間を置いてから、彼は核心を突いた。
「G13を継ぐ気は無いか?」
その問いに、621は初めて明確な反応を見せた。
わずかに視線をミシガンに向ける。その目に宿るのは、敵意でも警戒でもなく、ただ“理解しよう”とする静かな視線だった。
ミシガンは続けた。
「ハンドラー・ウォルターなら知らない仲ではない。悪いようにはせん」
炎の揺らぎが、ミシガンの顔の深い皺を照らす。
「レッドガンは実力がすべてだ。人間性も、過去も、所属も問わん」
その言葉は冷酷だった。
だが同時に、“許容”でもあった。
621は、しばらく沈黙していた。
そして……再び火を見つめ直した。
答えは返さなかった。だが、それは「否定」でもなかった。
火の粉が、ぱちりと弾ける。
その静寂の中で、ミシガンの低い声だけが、もう一度呟いた。
「……考えておけ。お前が選ぶなら、いつでも引き取る」
それきり、ミシガンは黙った。
ただ、焚火の横で、621と並ぶようにして火を見つめていた。
敵でも、味方でもない──この奇妙な“間”だけが、夜の静けさを守っていた。