ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
焚火の炎は、なお穏やかに揺れていた。
傷ついた者たちが、言葉少なに囲むこの輪の中。緊張と緩和が、綱引きのように交錯していた。
ミシガンは腕を組んだまま、焚火の奥──漆黒の夜空を見やる。
「……来たな」
彼の呟きと同時、619が端末を操作する。光点がひとつ、画面に現れた。
「識別信号、確認。ベイラム所属のレスキュードロップシップ……レッドガン部隊所属員の回収目的と推定」
静かに、そして確実に言い切られた言葉。
イグアスがぴくりと肩を動かす。
「俺らの迎えか……」
ヴォルタは立ち上がるが、表情は変わらない。ただ、工具を無造作にホルスターへ戻すと、焚火に目を落としていたイグアスに目をやった。
「名残惜しければ、最後くらい礼でも言ってこい」
「な……! う、うるせえ!」
イグアスは赤面を隠すように立ち上がりかけ、すぐにバランスを崩して腰を落とす。
621の横で617が、じっと火を見たまま呟く。
「……あいつのことを、どう思ってるかは知らんがな。俺は、まだ認めてねぇぞ」
その言葉に反応したのか、621がわずかに焚火の炎から目を逸らし、彼らのやり取りを聞くように視線を送る。
だが──何も言わなかった。
ミシガンは立ち上がり、赤く染まる夜空の方角を指さす。
「お前ら、支度しろ。ベイラムの船は待っちゃくれねぇぞ」
イグアスとヴォルタがそれぞれ、動かないACに向けて歩き出す。イグアスは最後まで振り返る素振りを見せなかったが、その歩幅はやや乱れていた。
救助船は、赤い砂煙を巻き上げながら接近してくる。
夜の静寂を割るように、低く重いエンジン音が地面を震わせていた。
だが──その音に、ミシガンの眉がひくりと動いた。
「……あの野郎、何やって……」
ミシガンはわずかに目を細めた。
視線の先。ドロップシップの下腹部──そこに、本来この任務には必要のないはずの装備が備わっている。
砲塔。電磁展開型の機関銃座。それも、今──ゆっくりと旋回し始めていた。
ミシガンの目が鋭く光る。
「……チッ、やっぱりそうか……」
焚火の輪に向き直ると、迷いなく口を開いた。
「ハウンズ、警戒を強化しろ!」
その声は、先ほどまでの穏やかさを一瞬で吹き飛ばす、軍人としての号令だった。
即座に反応したのは617。
「何があった」
「ベイラムの連中が火器を構えてやがる……“救助”にしちゃ物騒すぎるな」
救助船は、なおもこちらに向かって降下を続けていた。
だが──その挙動は明らかにおかしかった。
619が通信端末を睨みつけながら呟く。
「……火器系統の起動信号を検出。セーフティ解除、照準センサー稼働中……これは、明らかに――」
「攻撃態勢だ」
ミシガンが低く唸るように言った。
その声音には怒気が混じっていた。
621が、わずかに焚火から顔を上げる。
イグアスもヴォルタも足を止め、ドロップシップを見上げていた。違和感に気づかぬほど、戦場を知らぬ者ではない。
ミシガンはその巨体を一歩、焚火から離れ、低く唸るように言葉を吐いた。
「……なるほどな。上層部の馬鹿どもめ、勝手に決めやがったか」
その声音には、確かな怒りが込められていた。
「俺にすら何も通さずに、ハウンズを“片付け”に来やがった……命令系統を無視して。レッドガンの、総長であるこの俺に、何の確認もなくな……!」
拳を握りしめる肩が、微かに震えた。
ヴォルタがわずかに眉をひそめる。
「合理的じゃねえか。AC乗りがACを使えないときに攻撃する、何も間違ってねえ」
ミシガンはぐっと奥歯を噛みしめた。その怒りは、ただの戦術論では済まされない。
「道理の話をしている!!!休戦を持ち掛け、奇襲なんぞアーキバスの鬼畜でもせん!!!」
ミシガンの怒声が荒野の静寂を裂く。
「全員、武器を取れ!岩陰に退避!非武装者は621を中心に防衛ラインを組め!!」
617が即座に立ち上がり、腰のホルスターから拳銃を抜く。
「ハウンズ、配置につけ!620、621の護衛だ」
「了解」
620が無言で立ち上がり、621の前に立ちはだかるように構えた。彼女はまだ松葉杖を握ったままぬいぐるみを抱えていたが、表情には動揺はない。かつてのように、ただ状況を受け止めるだけの目だ。
619は通信端末を片手に、もう片方の手でリュックからサブマシンガンを引き抜いた。
「照準センサー完全稼働……距離、五百、四百、三百──警告、武装ドローンの展開シグナルを捕捉!」
「下がれ、後退しながら応戦しろ!」
ミシガンの指示に、レッドガンの二人──イグアスとヴォルタも即座に動く。
「くそっ、マジでやるつもりか」
イグアスは岩陰に身を滑らせ、即座に拳銃を抜いた。
ヴォルタは無言のまま、大型のコンバットライフルを構えて岩場の上に登る。相変わらず寡黙だが、銃口の動きは正確そのものだった。
ミシガンは振り返らずに叫ぶ。
「貴様らも配置につけ!今この瞬間だけは、レッドガンもハウンズも関係ねぇ!」
「……チッ、了解」
イグアスが短く答えた。
そして、ミシガンは巨体を反転させ、《ライガーテイル》へと向かって駆け出す。周囲の地面が震えるような音を立てて、彼の重い足音が砂を蹴る。
AC《ライガーテイル》のハッチが開き、昇降リフトが降下する。
「まだイカれちまってねえだろうな……頼むぜ」
ミシガンが機体内部へ飛び乗り、操縦席へ滑り込む。
パネルが自動で起動し、緑の照明がコックピットを満たす。
《──AC《ライガーテイル》、メインシステム、戦闘モード起動》
「いい子だ」
コックピットが閉じ、次の瞬間、《ライガーテイル》の四脚が地を踏みしめるように動いた。
砂塵を巻き上げ、膝関節が駆動音を響かせ、ガトリング砲とグレネードユニットが戦闘態勢を取る。
その巨体は夜空に浮かび上がる“偽りの救助船”へと、真っすぐに照準を向けた。
『こちらレッドガン総長G1ミシガン。ベイラム指令部に告ぐ──今からお前らの船を迎撃する。これは報復ではない、“忠義”の行使だ』
通信は開かれたまま、ミシガンの指がトリガーにかかる。
『戦場の道理を忘れた者には、戦場の流儀で応じてやる──この俺を敵に回したことを後悔させてやる』
ミシガンの怒気を孕んだ宣言が空電のように通信網へ放たれた、その直後。
通信チャンネルに割って入るように、ノイズ混じりの音声が飛び込んでくる。
『っ……こちら、ベイラム戦術管制!ミシガン総長、待ってください!そのドロップシップは──っ』
声は焦燥に満ちていた。明らかに、想定外の事態に直面している者の声音。
『攻撃対象は封鎖機構所属の“ハウンズ”のみ!レッドガン部隊への危害は一切計画されていません。回収作戦は予定通り進行中、総長とG4、G5は安全に──』
その言葉を最後まで聞かず、ミシガンはコックピットの中で凄まじい怒声を上げた。
『ばかもん!!!』
《ライガーテイル》のシステムが警告音を鳴らすほどの咆哮。
ガトリング砲が、うなりを上げながら回転を始める。
『命令系統を無視し、救助船を偽装してまで攻撃を仕掛けるか……ベイラムはそこまで堕ちたか……!』
その怒りには、組織の堕落に対する深い失望が滲んでいた。
『ハウンズは、確かに敵だった。だが今は違う。休戦中だ。俺が言葉を交わし、共に火を囲んだ人間だ──俺の命令で、武器を置いた連中だ!!』
ミシガンは、胸元にぶら下げた識別タグを一度握りしめる。無言のまま、それを放すと、深く息を吐いた。
そして、低く、静かに言った。
『あいつらに銃を向けるなら、まずはこの俺を倒してからにしろ。いいか、一発でも撃ってみろ、その瞬間……地獄を見せてやる』
──沈黙が落ちた。
ミシガンの激昂が通信を押し流してから数秒。
《ライガーテイル》のセンサーユニットが、ドロップシップ機体の腹部に異常な熱源と質量反応を感知する。
《警告:艦底部より熱源複数展開中。予測進路、地表への急速降下》
照準HUDにマーカーが複数表示される。まるで爆弾のように、金属の影が暗い空から放たれていた。
「──来たかよ」
ミシガンは歯噛みするように言い、即座に《ライガーテイル》の頭部センサー群を蠢かせる。
航行中の偽装救助船の構造情報が解析され、表示された。
《搭乗員:複数名確認 戦術管制ユニットおよび操縦士区画、生命反応あり》
「……チッ」
舌打ち一閃。
ミシガンはすぐさま主砲の照準をドローン群へと切り替える。ガトリングガンの旋回が、夜空を背に低く唸りを上げる。
夜空から落下してきた複数のドローンユニットが、派手に逆噴射を吹かして減速、地表数十メートルでホバリング体勢を取りながら展開を始めた。
無骨なプロペラ式の戦術ドローン。ベイラム製の制圧用機動兵器群。
無数の砲口が、地表の岩場へと向く。
《敵対ドローンシグナル捕捉。武装確認:軽機関砲、誘導小型爆弾》
《敵性個体、総数:16》
「数で押す気か、ベイラムらしいな!くそ!」
イグアスが悪態をつきながら岩陰に伏せ、拳銃を抜いて一発撃つが、ドローンは軽々と軌道を変えて弾を避ける。
「くそ、かすりもしねぇ!」
ミシガンの《ライガーテイル》が地を踏みしめ、装甲を軋ませながら膝を屈める。
狙いはドローン。目標を的確に絞り、被害を最小限に抑えるために。
ミシガンの唸り声が、音声回線越しに響く。
『射撃を開始する!!薬莢に注意しろ!!!』
そして、引き金が引かれる。
閃光。轟音。
《ライガーテイル》のガトリング砲が火を噴き、空中のドローン群へ弾丸の奔流が襲いかかる。
空中で一機、二機──赤い閃光を残して爆発する。
『G5!G4!!側面をカバーしろ!ハウンズは621の後方に陣形を集中させろ!俺が正面を抑える!!』
「了解!」
「任せろ」
ヴォルタのコンバットライフルがドローンの機動に合わせて正確に弾丸を放つ。
火の粉を散らして爆発するドローン。その残骸が、炭化した瓦礫に音を立てて転がる。
《ライガーテイル》は火線の中、なおも吼える。
『今だけは、命令も所属も関係ねぇ!死にたくなかったら死ぬ気で叩き潰せ!!!』
雷鳴のような怒声と共に、戦闘が始まった。
炎の照り返しが、ACと人々を照らし出す。