ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第57話 投降

 銃声が、夜空に響く。

 

 《ライガーテイル》のガトリングガンが唸り、炸裂音と閃光の奔流が宙を焼いた。夜の闇に映える火線の帯は、ベイラム製ドローンを次々と撃ち落としていく。

 

 爆風。金属片。轟音。

 

 次々と撃墜されるドローンの残骸が、熱と衝撃を撒き散らしながら砂塵に突き刺さる。

 

「数だけは揃えやがって……!」

 

 ヴォルタが岩の上から連射を繰り返しながら、低く唸るように言い捨てた。

 彼の放つ弾は正確無比。狙い澄ました一撃が、ドローンのセンサー部を正確に貫き、制御不能に陥らせていく。

 

「右回りで包囲に来てる!こっちも展開を変えるぞ!」

 

 617が叫びながら、拳銃を撃ちつつ621のそばに展開する兄弟たちに指示を飛ばす。

 

「620、621を前に出すな。囲まれたら終わりだ」

 

「了解。ここからは通さない」

 

 620が冷静に返し、621の前に立ちはだかるようにして身を屈めた。

 彼の手には、既に安全装が解除されたショットガンが握られている。

 

 ──621は、岩陰に隠れるように座り込んでいた。

 

 ぬいぐるみを胸に抱えたまま、松葉杖は傍らに倒れている。

 彼女の顔は無表情だったが、その瞳だけは、激しく揺れる戦場の光と影を確かに映していた。

 

 恐れているわけではない。

 ただ、彼女には、何もできなかった。

 

 無力だった。

 生身の人間として、戦場では何もできないことを、彼女自身がよく理解していた。

 

 それでも──彼女は、ただ黙ってそこにいた。

 信じていた。守る者たちの背中を。

 

 戦場はなおも続いていた。

 

 ベイラム製ドローンの群れは、数を頼みに包囲を強めるも──

 《ライガーテイル》の苛烈な迎撃によって、ひとつ、またひとつと落とされていく。

 

 ヴォルタの精密射撃。

 617と620の連携による陣地防衛。

 619の索敵支援。

 そしてミシガンの火力投射。

 

 戦況は明らかに、こちら側に傾いていた。

 

 夜空に、最後のドローンがひとつ。

 旋回しながら高度を落とし、621のいる岩場上空に迫る。

 

「……来るぞ!」

 

 619が叫び、照準を合わせる。

 

 ヴォルタの銃口がその影を捉え、銃声がひとつ。

 ドローンのセンサーが砕け、推進機が炎を吹き上げた。

 

 制御を失ったドローンが、黒煙を引きながら落下を始める──

 

「──しまっ……!!」

 

 その進路は、岩陰。

 621が蹲っている、まさにその場所だった。

 

 機体の一部が切断された影響で、真っすぐに落ちず、回転しながら暴れ落ちてくる。

 焦げた金属の破片が、爆風とともに飛び散る。

 その弾道のひとつが──621の頭上を目がけて迫る。

 

 周囲が、瞬間的に凍りついた。

 

 しかし次の瞬間、誰よりも早く動いた影があった。

 

「──バカ野郎!!」

 

 イグアスだった。

 

 岩陰の後方から疾走し、射線上に飛び出す。

 

 全身を盾のように差し出し──

 その瞬間、炸裂音。

 

 金属片がイグアスの背中と左脇腹に突き刺さり、彼の身体が半ば宙に投げ出される。

「イグアス!!」

 

 ヴォルタの怒声が響く。

 そしてすぐに、残骸は地面に激突し、大きく爆ぜた。

 

 土煙。熱風。焼けた臭い。

 それらすべての中心で──

 

 イグアスは、621の上に覆い被さるように倒れていた。

 

「……ッ……は……っ……」

 

 彼の吐く息は荒く、かすれていた。

 肩から血が流れ、左の腹部には深く鋭利な破片が突き刺さっている。

 

 その傷は、明らかに致命的なものだった。

 

 621の表情が、初めて変わる。

 

 呼吸のたび、イグアスの喉から血混じりの吐息が漏れる。

 それでも、彼は顔を上げようとする。

 

 血塗れの顔で、必死に、笑みらしきものを浮かべながら。

 

「どうだ……これで、貸し借りなしだぜ」

 

「イグアス!……クソッ、急げ!」

 

 ヴォルタが岩陰から飛び出し、彼の身体を抱え上げる。

 その手が触れた瞬間、全身の筋肉が硬直するほどの血の温度。

 

「腹をやられてる……貫通してるぞ!医療パック!」

 

「使え!」

 

 619の声と共に、白いパックが弧を描いて飛ぶ。

 ヴォルタはそれを片手で受け取り、即座に圧迫止血と気道確保の処置に取りかかる。

 

 ──だが。

 

「血が止まらない……!」

 

 圧着パッドが一瞬で赤く染まる。

 イグアスの顔色は、みるみるうちに青白くなっていった。

 

「……持たねぇ、これじゃ……っ」

 

 ヴォルタの声が低く震えた。

 

 その時。

 

「接近反応、封鎖機構の救助船が降下中だ」

 

 619が顔を上げる。

 通信端末の画面には、新たな光点が接近していた。

 

 夜空の彼方から──

 もう一機の救助船が、緩やかに降下してくる。

 

「……封鎖機構だ」

 

 ミシガンの《ライガーテイル》が、砲口を下ろしながら地を踏む。

 

 ドローンはすでに全機撃破。戦闘は終わっていた。

 偽装救助船は最後のドローンが撃墜された瞬間に引き返し、もう機影も見えない。

 

 そして、ミシガンはその巨体の中、わずかの逡巡も見せぬまま、通信回線を開く。

 

『こちらレッドガン総長G1ミシガン。封鎖機構救難班に告ぐ──我々は投降する。繰り返す、全員武装解除の上での投降だ』

 

 静かな、だが揺るぎない声だった。

 

『ただし、一名の緊急治療を要請する。腹部から大量出血、緊張性気胸の疑いあり』

 

 その言葉に、焚火の傍らで身を屈めていたハウンズたちが息を呑む。

 

 617が、低く呟く。

 

「本気か……?」

 

『レッドガン総長の首をつけてやる。システムとやらも文句は言わんだろう』

 

 封鎖機構の救助船は、赤い航行灯を瞬かせながら、上空から慎重に降下してきた。

 砂塵が巻き上がり、戦場の熱が微かに揺れる。

 

『……こちら封鎖機構救助班、降下を継続する。レッドガン部隊三名、収容対象として確保を許可。武装解除の意思を確認後、順次受け入れる』

 

 通信に応じたのは、現地指揮を任された士官の冷静な声だった。

 

『繰り返す。降下後、投降の意思を示せ。負傷者を優先で搬送する──抵抗があれば即時制圧に移行する』

 

『了解した』

 

 すでに《ライガーテイル》は腕部武装のロックを外し、両肩の兵装ユニットも排除されていた。

 脚部の駆動は切られ、まるで巨人がその場に跪くような姿勢で、封鎖機構の船に向き合っていた。

 

 ハッチが開き、ミシガンが姿を現す。

 その巨体が、降下リフトでゆっくりと地上へ戻ってくる。

 

「G4、G5を抱えていけ」

 

 重い足取りでミシガンが降り立ちながら命じる。

 

「……ああ」

 

 ヴォルタは一度だけ頷き、イグアスの身体を背負い直す。

 

 ぐったりとした身体。その肩に回されたヴォルタの腕が、しっかりと血を止めるように力を込められている。

 

 そして、彼らの背後──

 621はゆっくりと立ち上がると、無言のままその後ろ姿を見つめていた。

 その手に抱かれているのは、いつも通りの、くたびれたぬいぐるみ。

 

 救助船が着陸した。

 開いたハッチから、防弾装備に身を包んだ執行隊員が数名、ゆっくりと近づいてくる。

 

「武装を確認、レッドガン三名、投降の意志あり──搬送を開始する」

 

 周囲に緊張が走るも、彼らは銃を下げたまま、丁寧にイグアスの傷を確認し、担架に固定していく。

 

「止血処置は……よくやったな」

 

 一人の衛生兵が、ヴォルタに呟いた。

 

「ふん、さっさと連れていけ」

 

 ヴォルタは静かに言ってから、救助兵と共に歩き出す。

 

 イグアスは意識がほとんどなく、担架の上で浅く呼吸を繰り返していた。

 その口元だけが、微かに動いた気がした。

 

「……ふざけんな……てめえ、俺なんか」

 

 それを聞き取ったのは、ミシガンだけだった。

 彼はわずかに口角を上げ、低く呟いた。

 

「死に損ないは黙っていろ」

 

「……くそっ」

 

 機体は上昇を続け、救助船は揺れながら軌道上昇ルートに乗った。船内は狭く、無骨な構造と金属の軋みが不安定な静けさを強調している。

 

 救助船の両側の壁には簡易ベンチが設置されており、その中央に医療用ラックと資材が積まれていた。内部は、わずかな空調の唸りと、電子機器のビープ音、そして負傷者の呼吸音だけが満ちていた。

 

 イグアスは船体中央のストレッチャーに固定され、衛生兵二名が片側に付きっきりで治療に当たる。

 

「左腸骨裂傷あり、内出血反応陽性。出血性ショック進行中」

 

「酸素サチュレーション下がってる!気管確保、輸液全開!」

 

 船の揺れに合わせて医療器具が軋む。

 だが、作業は迅速だった。イグアスの胸元にコードが貼り付けられ、心電モニターが細かく彼の命の軌跡を記録し続ける。

 

 ヴォルタは、その隣で拘束具を付けたまま座っていた。

 視線はモニターに釘付けだが、表情には何の感情も浮かんでいない。ただ、沈黙のまま、彼は動かない。

 

「G4の監視、継続。拘束異常なし」

 

 防弾装備の執行員が、側で控えめに記録を取っていた。

 

 一方、船体後方では、ハウンズの面々がベンチにもたれて順番に処置を受けていた。狭いスペースに、汚れと血で汚れた兵士たちがぎゅうぎゅうに詰め込まれている。

 

「右大腿部に裂傷。貫通はなし」

 

「了解。縫合開始……麻酔は……」

 

「いや、大丈夫だ。やってくれ」

 

 617は眉一つ動かさずに答えた。

 

 619は通信端末を太腿に抱えながら、足首に巻かれた包帯の上から止血バンドを締め直していた。

 

「機体の回収は順次、回収船を派遣して実施します」

 

 執行隊員が通信端末を操作しながら報告する。その声にはだれも応じなかった、だれもが疲れ切っていた。

 

 620は621の隣に座っていた。彼自身も脇腹に切り傷を負っており、服の下から赤い染みが覗いていたが、気にする様子はない。

 

「621、痛むところはないか?」

 

 彼は低く問いかける。

 

 621は黙ったまま、抱いたぬいぐるみを見つめていた。

 その手は震えてはいない。ただ、何も言わずに、ただ前を見ている。

 

 彼女の足には処置用の包帯が巻かれ、松葉杖は足元に転がっていた。

 

『問題なし』

 

 617がその様子を見ながら、低く呟いた。

 

「……あのバカには借りが出来たな」

 

 619が、小さく息をつきながら言った。

 

 視線の先では、依然として意識を戻さぬイグアスが、静かに治療を受け続けている。

 

 その隣でミシガンは、電磁拘束具に両腕を縛られながらも、一言も発さなかった。

 ただ静かに目を閉じて、微かな船の振動と、イグアスの呼吸音に耳を傾けていた。

 

 封鎖機構の士官が近づき、彼に冷たく告げる。

 

「到着後、全員、別途収容施設に移送される。抵抗すれば即時鎮圧とする。了承したか」

 

「……ああ」

 

 ミシガンは短く応じる。

 

 船は揺れながら、静かに衛星軌道基地へと向かっていた。

 敵味方の区別も、今は意味を為さない。ここにはただ、命をつなぎ止めようとする、ひとときの仮初の平穏だけが存在していた。

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