ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
銃声が、夜空に響く。
《ライガーテイル》のガトリングガンが唸り、炸裂音と閃光の奔流が宙を焼いた。夜の闇に映える火線の帯は、ベイラム製ドローンを次々と撃ち落としていく。
爆風。金属片。轟音。
次々と撃墜されるドローンの残骸が、熱と衝撃を撒き散らしながら砂塵に突き刺さる。
「数だけは揃えやがって……!」
ヴォルタが岩の上から連射を繰り返しながら、低く唸るように言い捨てた。
彼の放つ弾は正確無比。狙い澄ました一撃が、ドローンのセンサー部を正確に貫き、制御不能に陥らせていく。
「右回りで包囲に来てる!こっちも展開を変えるぞ!」
617が叫びながら、拳銃を撃ちつつ621のそばに展開する兄弟たちに指示を飛ばす。
「620、621を前に出すな。囲まれたら終わりだ」
「了解。ここからは通さない」
620が冷静に返し、621の前に立ちはだかるようにして身を屈めた。
彼の手には、既に安全装が解除されたショットガンが握られている。
──621は、岩陰に隠れるように座り込んでいた。
ぬいぐるみを胸に抱えたまま、松葉杖は傍らに倒れている。
彼女の顔は無表情だったが、その瞳だけは、激しく揺れる戦場の光と影を確かに映していた。
恐れているわけではない。
ただ、彼女には、何もできなかった。
無力だった。
生身の人間として、戦場では何もできないことを、彼女自身がよく理解していた。
それでも──彼女は、ただ黙ってそこにいた。
信じていた。守る者たちの背中を。
戦場はなおも続いていた。
ベイラム製ドローンの群れは、数を頼みに包囲を強めるも──
《ライガーテイル》の苛烈な迎撃によって、ひとつ、またひとつと落とされていく。
ヴォルタの精密射撃。
617と620の連携による陣地防衛。
619の索敵支援。
そしてミシガンの火力投射。
戦況は明らかに、こちら側に傾いていた。
夜空に、最後のドローンがひとつ。
旋回しながら高度を落とし、621のいる岩場上空に迫る。
「……来るぞ!」
619が叫び、照準を合わせる。
ヴォルタの銃口がその影を捉え、銃声がひとつ。
ドローンのセンサーが砕け、推進機が炎を吹き上げた。
制御を失ったドローンが、黒煙を引きながら落下を始める──
「──しまっ……!!」
その進路は、岩陰。
621が蹲っている、まさにその場所だった。
機体の一部が切断された影響で、真っすぐに落ちず、回転しながら暴れ落ちてくる。
焦げた金属の破片が、爆風とともに飛び散る。
その弾道のひとつが──621の頭上を目がけて迫る。
周囲が、瞬間的に凍りついた。
しかし次の瞬間、誰よりも早く動いた影があった。
「──バカ野郎!!」
イグアスだった。
岩陰の後方から疾走し、射線上に飛び出す。
全身を盾のように差し出し──
その瞬間、炸裂音。
金属片がイグアスの背中と左脇腹に突き刺さり、彼の身体が半ば宙に投げ出される。
「イグアス!!」
ヴォルタの怒声が響く。
そしてすぐに、残骸は地面に激突し、大きく爆ぜた。
土煙。熱風。焼けた臭い。
それらすべての中心で──
イグアスは、621の上に覆い被さるように倒れていた。
「……ッ……は……っ……」
彼の吐く息は荒く、かすれていた。
肩から血が流れ、左の腹部には深く鋭利な破片が突き刺さっている。
その傷は、明らかに致命的なものだった。
621の表情が、初めて変わる。
呼吸のたび、イグアスの喉から血混じりの吐息が漏れる。
それでも、彼は顔を上げようとする。
血塗れの顔で、必死に、笑みらしきものを浮かべながら。
「どうだ……これで、貸し借りなしだぜ」
「イグアス!……クソッ、急げ!」
ヴォルタが岩陰から飛び出し、彼の身体を抱え上げる。
その手が触れた瞬間、全身の筋肉が硬直するほどの血の温度。
「腹をやられてる……貫通してるぞ!医療パック!」
「使え!」
619の声と共に、白いパックが弧を描いて飛ぶ。
ヴォルタはそれを片手で受け取り、即座に圧迫止血と気道確保の処置に取りかかる。
──だが。
「血が止まらない……!」
圧着パッドが一瞬で赤く染まる。
イグアスの顔色は、みるみるうちに青白くなっていった。
「……持たねぇ、これじゃ……っ」
ヴォルタの声が低く震えた。
その時。
「接近反応、封鎖機構の救助船が降下中だ」
619が顔を上げる。
通信端末の画面には、新たな光点が接近していた。
夜空の彼方から──
もう一機の救助船が、緩やかに降下してくる。
「……封鎖機構だ」
ミシガンの《ライガーテイル》が、砲口を下ろしながら地を踏む。
ドローンはすでに全機撃破。戦闘は終わっていた。
偽装救助船は最後のドローンが撃墜された瞬間に引き返し、もう機影も見えない。
そして、ミシガンはその巨体の中、わずかの逡巡も見せぬまま、通信回線を開く。
『こちらレッドガン総長G1ミシガン。封鎖機構救難班に告ぐ──我々は投降する。繰り返す、全員武装解除の上での投降だ』
静かな、だが揺るぎない声だった。
『ただし、一名の緊急治療を要請する。腹部から大量出血、緊張性気胸の疑いあり』
その言葉に、焚火の傍らで身を屈めていたハウンズたちが息を呑む。
617が、低く呟く。
「本気か……?」
『レッドガン総長の首をつけてやる。システムとやらも文句は言わんだろう』
封鎖機構の救助船は、赤い航行灯を瞬かせながら、上空から慎重に降下してきた。
砂塵が巻き上がり、戦場の熱が微かに揺れる。
『……こちら封鎖機構救助班、降下を継続する。レッドガン部隊三名、収容対象として確保を許可。武装解除の意思を確認後、順次受け入れる』
通信に応じたのは、現地指揮を任された士官の冷静な声だった。
『繰り返す。降下後、投降の意思を示せ。負傷者を優先で搬送する──抵抗があれば即時制圧に移行する』
『了解した』
すでに《ライガーテイル》は腕部武装のロックを外し、両肩の兵装ユニットも排除されていた。
脚部の駆動は切られ、まるで巨人がその場に跪くような姿勢で、封鎖機構の船に向き合っていた。
ハッチが開き、ミシガンが姿を現す。
その巨体が、降下リフトでゆっくりと地上へ戻ってくる。
「G4、G5を抱えていけ」
重い足取りでミシガンが降り立ちながら命じる。
「……ああ」
ヴォルタは一度だけ頷き、イグアスの身体を背負い直す。
ぐったりとした身体。その肩に回されたヴォルタの腕が、しっかりと血を止めるように力を込められている。
そして、彼らの背後──
621はゆっくりと立ち上がると、無言のままその後ろ姿を見つめていた。
その手に抱かれているのは、いつも通りの、くたびれたぬいぐるみ。
救助船が着陸した。
開いたハッチから、防弾装備に身を包んだ執行隊員が数名、ゆっくりと近づいてくる。
「武装を確認、レッドガン三名、投降の意志あり──搬送を開始する」
周囲に緊張が走るも、彼らは銃を下げたまま、丁寧にイグアスの傷を確認し、担架に固定していく。
「止血処置は……よくやったな」
一人の衛生兵が、ヴォルタに呟いた。
「ふん、さっさと連れていけ」
ヴォルタは静かに言ってから、救助兵と共に歩き出す。
イグアスは意識がほとんどなく、担架の上で浅く呼吸を繰り返していた。
その口元だけが、微かに動いた気がした。
「……ふざけんな……てめえ、俺なんか」
それを聞き取ったのは、ミシガンだけだった。
彼はわずかに口角を上げ、低く呟いた。
「死に損ないは黙っていろ」
「……くそっ」
機体は上昇を続け、救助船は揺れながら軌道上昇ルートに乗った。船内は狭く、無骨な構造と金属の軋みが不安定な静けさを強調している。
救助船の両側の壁には簡易ベンチが設置されており、その中央に医療用ラックと資材が積まれていた。内部は、わずかな空調の唸りと、電子機器のビープ音、そして負傷者の呼吸音だけが満ちていた。
イグアスは船体中央のストレッチャーに固定され、衛生兵二名が片側に付きっきりで治療に当たる。
「左腸骨裂傷あり、内出血反応陽性。出血性ショック進行中」
「酸素サチュレーション下がってる!気管確保、輸液全開!」
船の揺れに合わせて医療器具が軋む。
だが、作業は迅速だった。イグアスの胸元にコードが貼り付けられ、心電モニターが細かく彼の命の軌跡を記録し続ける。
ヴォルタは、その隣で拘束具を付けたまま座っていた。
視線はモニターに釘付けだが、表情には何の感情も浮かんでいない。ただ、沈黙のまま、彼は動かない。
「G4の監視、継続。拘束異常なし」
防弾装備の執行員が、側で控えめに記録を取っていた。
一方、船体後方では、ハウンズの面々がベンチにもたれて順番に処置を受けていた。狭いスペースに、汚れと血で汚れた兵士たちがぎゅうぎゅうに詰め込まれている。
「右大腿部に裂傷。貫通はなし」
「了解。縫合開始……麻酔は……」
「いや、大丈夫だ。やってくれ」
617は眉一つ動かさずに答えた。
619は通信端末を太腿に抱えながら、足首に巻かれた包帯の上から止血バンドを締め直していた。
「機体の回収は順次、回収船を派遣して実施します」
執行隊員が通信端末を操作しながら報告する。その声にはだれも応じなかった、だれもが疲れ切っていた。
620は621の隣に座っていた。彼自身も脇腹に切り傷を負っており、服の下から赤い染みが覗いていたが、気にする様子はない。
「621、痛むところはないか?」
彼は低く問いかける。
621は黙ったまま、抱いたぬいぐるみを見つめていた。
その手は震えてはいない。ただ、何も言わずに、ただ前を見ている。
彼女の足には処置用の包帯が巻かれ、松葉杖は足元に転がっていた。
『問題なし』
617がその様子を見ながら、低く呟いた。
「……あのバカには借りが出来たな」
619が、小さく息をつきながら言った。
視線の先では、依然として意識を戻さぬイグアスが、静かに治療を受け続けている。
その隣でミシガンは、電磁拘束具に両腕を縛られながらも、一言も発さなかった。
ただ静かに目を閉じて、微かな船の振動と、イグアスの呼吸音に耳を傾けていた。
封鎖機構の士官が近づき、彼に冷たく告げる。
「到着後、全員、別途収容施設に移送される。抵抗すれば即時鎮圧とする。了承したか」
「……ああ」
ミシガンは短く応じる。
船は揺れながら、静かに衛星軌道基地へと向かっていた。
敵味方の区別も、今は意味を為さない。ここにはただ、命をつなぎ止めようとする、ひとときの仮初の平穏だけが存在していた。