ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第58話 尋問

 衛星軌道基地──収容区画、尋問室。

 

 白い照明が天井から降り注ぎ、無機質な金属壁に光の輪郭を描いていた。部屋の中央には固定式の尋問台。その向かいに、電磁拘束具で手首を繋がれたミシガンが座っていた。

 

 その巨躯はベンチに納まりきらず、背を丸め、両肘をテーブルに乗せていた。拘束の金属が微かに軋む。彼の顔は無表情で、ただ前を見据えていた。

 

「改めて問う。氏名、所属、階級を」

 

 尋問官の声は、冷静そのものだった。軍規に忠実な抑揚で、一字一句、淡々と口にされる。

 

「ベイラム・インダストリー社レッドガン部隊、ミシガン。コードネーム《G1》」

 

 短く、淀みのない応答。

 

「この投降は自発的なものと認めるか」

 

「ああ」

 

「所属部隊の戦術目的、任務指令内容、及びベイラム本部の現行作戦について──説明を求める」

 

 ミシガンは答えなかった。

 

 数秒の沈黙が流れる。

 

 尋問官は再度、文調を変えずに問いを続ける。

 

「封鎖機構の宙域内での交戦行動、ならびにドローン部隊による民間区域への接近は、複数の条項違反に該当する。これに対し、部隊指揮官としての弁明を──」

 

「……俺は条約に従い、氏名と所属を述べた。それ以上は、何も話す義務はない」

 

 ミシガンの声は低く、しかしはっきりと響いた。

 

「我々は交戦の意志を放棄し、降伏した。その上で負傷者の治療を要請し、捕虜となった──条項に基づいた行動だ。……あんたらが、それを無視して俺から何か引き出すってんなら、そりゃもう拷問の類だ。お望みなら、やってみろ」

 

 尋問官の手が、机上の記録端末に軽く触れた。

 

 その背後では、透明なガラス越しに複数の監視者と記録者が控えていたが、誰一人として口を開かなかった。

 

「了解した。記録に残す。G1ミシガン、尋問段階では一切の軍事情報提供を拒否。現在のところ、交戦捕虜条約に基づき、処遇を保留」

 

「好きにしろ」

 

 ミシガンはわずかに肩を揺らして言った。

 

 その顔は変わらず無表情だったが、眼だけが、まるで尋問官を試すように鋭く光っていた。

 

 尋問官は記録端末に手を置いたまま、一拍の沈黙を挟んだ。

 

 そして今度は、それまでと異なる口調で問いかける。冷静ではあるが、どこか探るような響きが混じっていた。

 

「では、質問を変える。……貴殿らレッドガン部隊は、ベイラム本隊よりの命令を受け──停戦下にあった“ハウンズ”部隊への攻撃に加担したか?」

 

 ミシガンの眉が微かに動いた。

 

「もしくは──それを拒否したのか?」

 

 沈黙。

 

 尋問官は続けた。

 

「確認されている事実として、救助船を騙る戦闘艇が交戦中の領域に接近し、貴殿ら“レッドガン”を回収対象としながら、その一方で同地点に展開していた“ハウンズ”への無差別攻撃を行った」

 

「……」

 

「その際、貴殿が自機を起動し、攻撃ドローンの迎撃に当たった記録が残っている。交戦記録、通信ログ、熱源反応。すべて、封鎖機構が掌握済みだ」

 

 ミシガンは視線をわずかに落とし、テーブルにかかる手の拘束具を見た。

 

「明確に問う。G1ミシガン──貴殿は“味方の命令”に背き、敵たるハウンズに助力した。その判断の根拠は何か」

 

 しばしの静寂。

 

 やがて、ミシガンの唇がわずかに動いた。

 

「道理だ。それ以上野暮な事を聞くな」

 

 声は低く、しかし今度は拒絶ではなく、明確な意志を帯びていた。

 

 尋問官が次の問いを口にする前に、尋問室の扉が静かに開いた。

 

 開口部に現れたのは、一人の男──黒いコートを着た壮年の人物。白髪交じりの髪を後ろに流し、杖をつき立っていた。

 

 封鎖機構特別戦術顧問──ハンドラー・ウォルター。

 

「下がっていい」

 

 低く、しかし拒絶を許さぬ声音でウォルターが言う。

 

「……了解しました」

 

 尋問官は一礼し、記録端末を回収して部屋を後にした。

 

 扉が閉まり、重いロック音が室内に響く。

 

 ウォルターは何も言わずに椅子を引いた。対面に腰を下ろすと、しばらくの間、ミシガンをじっと見つめる。

 

 ミシガンも黙ってそれを受け止めた。軽く顎を引き、鼻で息を吐く。

 

「……誰が来ても話す内容は変わらん。ウォルター、お前でもな」

 

「……変わらないな、ミシガン。相変わらず、面の皮が厚い」

 

 ウォルターはわずかに片眉を上げる。ポケットから細身の記録カードを取り出し、尋問台の上に滑らせた。

 

「……ベイラムが何を狙っていたのか。その中で、レッドガンが掴んでいた“本命の情報”は何だったか──お前が知っているのは明白だ。話してもらおう」

 

 ミシガンは、その記録カードを一瞥するも、何の興味も示さなかった。

 

「お前が殴られて口を割るような男じゃないのは知ってる。だから俺が来た」

 

 ウォルターは低く言った。

 

「古い借りを返せ、ミシガン。ベイラムはそこまでして忠義を尽くすに足る相手か」

 

 ミシガンの顔が、そこでわずかに歪んだ。

 

 それまで微動だにしなかった表情に、ほんの一瞬だけ、忌々しげな色が走る。

 「借り」という言葉が、まるで腐肉のようにその口に広がったのだろう。苦虫を噛み潰したような、その渋面。

 

「……その言い方は気にくわんな、ウォルター」

 

 低く、しかしはっきりと吐き捨てるように言った。

 

 ウォルターは黙っていた。視線の奥に揺らぎはなかったが、言葉の重みを理解している男の沈黙だった。

 

 ミシガンはやがて、わずかに顎を引いて、肩を鳴らす。

 

「……だがまあ、一つだけ教えてやってもいい。どうせ、近いうちにお前達も知ることになる」

 

 その言葉に、ウォルターの視線が鋭くなる。

 

 ミシガンは、拘束された手首をゆっくりと持ち上げ、天井を仰ぐように目を細めた。

 

「ベイラムは、解放戦線と手を組んでる。奴らの幹部と、少なくとも数回、密会があった」

 

「解放戦線と企業が手を組む?目的は相反しているはずだ」

 

 ウォルターが眉をひそめる。ミシガンは軽く鼻で笑った。

 

「一時的共闘というやつだ」

 

 ここでミシガンの声が一段低くなる。

 

「解放戦線は今、ある“座標”を探してる。“どこか”の場所……恐らくは、ルビコン調査技研の遺産を」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ウォルターの身体がわずかに前傾した。

 

 杖を支えに立ち上がりかける。

 彼の目には、明らかな動揺と焦燥が浮かんでいた。

 

「ミシガン、まさかそれは……」

 

だが、ミシガンの反応は違った。

 

 ふっと肩が落ちる。そして、顔を上げることなく、静かに息を吐いた。

 

 答えはなかった。

 

 口を閉ざしたまま、彼は再び正面のウォルターを見据える。

 その瞳には──明確な拒絶の色が宿っていた。

 

 それは言葉にするまでもない、“ここから先は話せない”という、明確な意志だった。

 

 借りがあるとはいえ、これ以上は応じられない。

 これ以上進めば、自分ではなく“誰か”を裏切ることになる──そんな、不器用な覚悟が、無言のうちに突き刺さってくる。

 

ウォルターはその視線を受け止め、やがて、静かに頷いた。

 

「……そうか」

 

 短く、それだけを口にすると、彼は背を向けた。

 杖の音が静かに床を叩き、尋問室の重い扉へと向かう。

 

 ドアの前で一度だけ足を止めた。

 

 振り返ることはなかったが、低く落ち着いた声だけが、背後に向けて投げかけられる。

 

「……うちの連中が世話になった。礼を言う」

 

無言。

 

 ミシガンは視線を外さず、ただその言葉だけを受け止めた。

 

 ウォルターはそのまま、扉を開け、静かに出ていった。

 

 扉が閉まる音とともに、尋問室には再び静寂が戻る。

 蛍光灯の白い光が、変わらぬ鋼鉄の壁を照らしていた。

 

 ミシガンは天井を仰ぎ見たまま、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 衛星軌道基地──収容区画、簡易談話室。

 

 金属と強化樹脂で構成された無機質な空間に、人工重力のわずかな反発が足元を押し返していた。壁際には最低限の家具と監視カメラ、中央には人間二人が座れば埋まってしまうような丸テーブルが据え付けられている。

 

 その隅の椅子に、イグアスは腰を沈めていた。

 

 無言のまま、目を虚空に向けている。

 

 制服の上着は脱ぎ捨てたままで、インナーの袖をたくし上げた腕にはまだ点滴の跡が残っていた。腹部の包帯はすでに外され、応急の皮膚再生処置が済んだあとが赤く浮かんでいる。致命傷を負ってから、わずか数日──だが、奇跡的な回復だった。

 

 それでも、彼の表情には生命の実感がなかった。

 

 卓上に置かれた冷えたスープには、一口も手がつけられていない。傍にあったスプーンも、彼の指先に触れられることなく、ただそこにあった。

 

 口は開いていない。だが、呟くような思念だけが内面に渦巻いている。

 

「くそっ……だせぇ……」

 

 自嘲気味に呟いたその声に、誰も応えはしない。

 

 目元を覆うように指を押し当てる。

 静かな鼓動が、妙に重たく感じた。

 

 談話室の扉が、遠くで開く音がした。

 

 だがイグアスは顔を上げなかった。

 誰が来たかも気にしない。今の彼には、それすらどうでもよかった。

 

 ただ、何も考えずにいたかった。

 何も決めず、何も答えず、今だけはただ──空っぽで。

 

 衛星軌道基地に響く微細な空調の唸りが、彼の沈黙を覆い隠すように続いていた。

 

『G5イグアス』

 

 その機械音声は、あまりにも不意打ちだった。

 

 低く、しかし不思議な確かさをもって談話室に響く。

 

 イグアスは眉ひとつ動かさなかった。だが、その声に含まれたわずかな“間”に、彼の心が引っかかったのを自分でも感じた。

 

 気怠げに顔を上げる。扉の前にいたのは車椅子の少女──621だった

 

「お前……!なんでここに」

 

 イグアスが言葉を探していると、彼女は無言のまま車椅子を操作して近づいてきた。

 

 そして──

 

 ドンッ。

 

 軽い衝撃音が、テーブルに響いた。

 

 イグアスの前に置かれたのは、一体のミニチュアだった。

 20分の1スケール──《ライガーテイル》。

 

 その再現度は、冗談の域を超えていた。装甲の接合部、腕部ユニットの回転軸、さらにはガトリング砲の照準機までが精密に作り込まれている。塗装は実機と同じマーキング。重厚な質感までもが、再現されていた。

 

 これは、時間も手間もかかっただろう。

 

 621は満足げに、精巧なミニチュアを見上げる。

 

「……は?」

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