ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
衛星軌道基地──収容区画、尋問室。
白い照明が天井から降り注ぎ、無機質な金属壁に光の輪郭を描いていた。部屋の中央には固定式の尋問台。その向かいに、電磁拘束具で手首を繋がれたミシガンが座っていた。
その巨躯はベンチに納まりきらず、背を丸め、両肘をテーブルに乗せていた。拘束の金属が微かに軋む。彼の顔は無表情で、ただ前を見据えていた。
「改めて問う。氏名、所属、階級を」
尋問官の声は、冷静そのものだった。軍規に忠実な抑揚で、一字一句、淡々と口にされる。
「ベイラム・インダストリー社レッドガン部隊、ミシガン。コードネーム《G1》」
短く、淀みのない応答。
「この投降は自発的なものと認めるか」
「ああ」
「所属部隊の戦術目的、任務指令内容、及びベイラム本部の現行作戦について──説明を求める」
ミシガンは答えなかった。
数秒の沈黙が流れる。
尋問官は再度、文調を変えずに問いを続ける。
「封鎖機構の宙域内での交戦行動、ならびにドローン部隊による民間区域への接近は、複数の条項違反に該当する。これに対し、部隊指揮官としての弁明を──」
「……俺は条約に従い、氏名と所属を述べた。それ以上は、何も話す義務はない」
ミシガンの声は低く、しかしはっきりと響いた。
「我々は交戦の意志を放棄し、降伏した。その上で負傷者の治療を要請し、捕虜となった──条項に基づいた行動だ。……あんたらが、それを無視して俺から何か引き出すってんなら、そりゃもう拷問の類だ。お望みなら、やってみろ」
尋問官の手が、机上の記録端末に軽く触れた。
その背後では、透明なガラス越しに複数の監視者と記録者が控えていたが、誰一人として口を開かなかった。
「了解した。記録に残す。G1ミシガン、尋問段階では一切の軍事情報提供を拒否。現在のところ、交戦捕虜条約に基づき、処遇を保留」
「好きにしろ」
ミシガンはわずかに肩を揺らして言った。
その顔は変わらず無表情だったが、眼だけが、まるで尋問官を試すように鋭く光っていた。
尋問官は記録端末に手を置いたまま、一拍の沈黙を挟んだ。
そして今度は、それまでと異なる口調で問いかける。冷静ではあるが、どこか探るような響きが混じっていた。
「では、質問を変える。……貴殿らレッドガン部隊は、ベイラム本隊よりの命令を受け──停戦下にあった“ハウンズ”部隊への攻撃に加担したか?」
ミシガンの眉が微かに動いた。
「もしくは──それを拒否したのか?」
沈黙。
尋問官は続けた。
「確認されている事実として、救助船を騙る戦闘艇が交戦中の領域に接近し、貴殿ら“レッドガン”を回収対象としながら、その一方で同地点に展開していた“ハウンズ”への無差別攻撃を行った」
「……」
「その際、貴殿が自機を起動し、攻撃ドローンの迎撃に当たった記録が残っている。交戦記録、通信ログ、熱源反応。すべて、封鎖機構が掌握済みだ」
ミシガンは視線をわずかに落とし、テーブルにかかる手の拘束具を見た。
「明確に問う。G1ミシガン──貴殿は“味方の命令”に背き、敵たるハウンズに助力した。その判断の根拠は何か」
しばしの静寂。
やがて、ミシガンの唇がわずかに動いた。
「道理だ。それ以上野暮な事を聞くな」
声は低く、しかし今度は拒絶ではなく、明確な意志を帯びていた。
尋問官が次の問いを口にする前に、尋問室の扉が静かに開いた。
開口部に現れたのは、一人の男──黒いコートを着た壮年の人物。白髪交じりの髪を後ろに流し、杖をつき立っていた。
封鎖機構特別戦術顧問──ハンドラー・ウォルター。
「下がっていい」
低く、しかし拒絶を許さぬ声音でウォルターが言う。
「……了解しました」
尋問官は一礼し、記録端末を回収して部屋を後にした。
扉が閉まり、重いロック音が室内に響く。
ウォルターは何も言わずに椅子を引いた。対面に腰を下ろすと、しばらくの間、ミシガンをじっと見つめる。
ミシガンも黙ってそれを受け止めた。軽く顎を引き、鼻で息を吐く。
「……誰が来ても話す内容は変わらん。ウォルター、お前でもな」
「……変わらないな、ミシガン。相変わらず、面の皮が厚い」
ウォルターはわずかに片眉を上げる。ポケットから細身の記録カードを取り出し、尋問台の上に滑らせた。
「……ベイラムが何を狙っていたのか。その中で、レッドガンが掴んでいた“本命の情報”は何だったか──お前が知っているのは明白だ。話してもらおう」
ミシガンは、その記録カードを一瞥するも、何の興味も示さなかった。
「お前が殴られて口を割るような男じゃないのは知ってる。だから俺が来た」
ウォルターは低く言った。
「古い借りを返せ、ミシガン。ベイラムはそこまでして忠義を尽くすに足る相手か」
ミシガンの顔が、そこでわずかに歪んだ。
それまで微動だにしなかった表情に、ほんの一瞬だけ、忌々しげな色が走る。
「借り」という言葉が、まるで腐肉のようにその口に広がったのだろう。苦虫を噛み潰したような、その渋面。
「……その言い方は気にくわんな、ウォルター」
低く、しかしはっきりと吐き捨てるように言った。
ウォルターは黙っていた。視線の奥に揺らぎはなかったが、言葉の重みを理解している男の沈黙だった。
ミシガンはやがて、わずかに顎を引いて、肩を鳴らす。
「……だがまあ、一つだけ教えてやってもいい。どうせ、近いうちにお前達も知ることになる」
その言葉に、ウォルターの視線が鋭くなる。
ミシガンは、拘束された手首をゆっくりと持ち上げ、天井を仰ぐように目を細めた。
「ベイラムは、解放戦線と手を組んでる。奴らの幹部と、少なくとも数回、密会があった」
「解放戦線と企業が手を組む?目的は相反しているはずだ」
ウォルターが眉をひそめる。ミシガンは軽く鼻で笑った。
「一時的共闘というやつだ」
ここでミシガンの声が一段低くなる。
「解放戦線は今、ある“座標”を探してる。“どこか”の場所……恐らくは、ルビコン調査技研の遺産を」
その言葉を聞いた瞬間、ウォルターの身体がわずかに前傾した。
杖を支えに立ち上がりかける。
彼の目には、明らかな動揺と焦燥が浮かんでいた。
「ミシガン、まさかそれは……」
だが、ミシガンの反応は違った。
ふっと肩が落ちる。そして、顔を上げることなく、静かに息を吐いた。
答えはなかった。
口を閉ざしたまま、彼は再び正面のウォルターを見据える。
その瞳には──明確な拒絶の色が宿っていた。
それは言葉にするまでもない、“ここから先は話せない”という、明確な意志だった。
借りがあるとはいえ、これ以上は応じられない。
これ以上進めば、自分ではなく“誰か”を裏切ることになる──そんな、不器用な覚悟が、無言のうちに突き刺さってくる。
ウォルターはその視線を受け止め、やがて、静かに頷いた。
「……そうか」
短く、それだけを口にすると、彼は背を向けた。
杖の音が静かに床を叩き、尋問室の重い扉へと向かう。
ドアの前で一度だけ足を止めた。
振り返ることはなかったが、低く落ち着いた声だけが、背後に向けて投げかけられる。
「……うちの連中が世話になった。礼を言う」
無言。
ミシガンは視線を外さず、ただその言葉だけを受け止めた。
ウォルターはそのまま、扉を開け、静かに出ていった。
扉が閉まる音とともに、尋問室には再び静寂が戻る。
蛍光灯の白い光が、変わらぬ鋼鉄の壁を照らしていた。
ミシガンは天井を仰ぎ見たまま、目を閉じた。
衛星軌道基地──収容区画、簡易談話室。
金属と強化樹脂で構成された無機質な空間に、人工重力のわずかな反発が足元を押し返していた。壁際には最低限の家具と監視カメラ、中央には人間二人が座れば埋まってしまうような丸テーブルが据え付けられている。
その隅の椅子に、イグアスは腰を沈めていた。
無言のまま、目を虚空に向けている。
制服の上着は脱ぎ捨てたままで、インナーの袖をたくし上げた腕にはまだ点滴の跡が残っていた。腹部の包帯はすでに外され、応急の皮膚再生処置が済んだあとが赤く浮かんでいる。致命傷を負ってから、わずか数日──だが、奇跡的な回復だった。
それでも、彼の表情には生命の実感がなかった。
卓上に置かれた冷えたスープには、一口も手がつけられていない。傍にあったスプーンも、彼の指先に触れられることなく、ただそこにあった。
口は開いていない。だが、呟くような思念だけが内面に渦巻いている。
「くそっ……だせぇ……」
自嘲気味に呟いたその声に、誰も応えはしない。
目元を覆うように指を押し当てる。
静かな鼓動が、妙に重たく感じた。
談話室の扉が、遠くで開く音がした。
だがイグアスは顔を上げなかった。
誰が来たかも気にしない。今の彼には、それすらどうでもよかった。
ただ、何も考えずにいたかった。
何も決めず、何も答えず、今だけはただ──空っぽで。
衛星軌道基地に響く微細な空調の唸りが、彼の沈黙を覆い隠すように続いていた。
『G5イグアス』
その機械音声は、あまりにも不意打ちだった。
低く、しかし不思議な確かさをもって談話室に響く。
イグアスは眉ひとつ動かさなかった。だが、その声に含まれたわずかな“間”に、彼の心が引っかかったのを自分でも感じた。
気怠げに顔を上げる。扉の前にいたのは車椅子の少女──621だった
「お前……!なんでここに」
イグアスが言葉を探していると、彼女は無言のまま車椅子を操作して近づいてきた。
そして──
ドンッ。
軽い衝撃音が、テーブルに響いた。
イグアスの前に置かれたのは、一体のミニチュアだった。
20分の1スケール──《ライガーテイル》。
その再現度は、冗談の域を超えていた。装甲の接合部、腕部ユニットの回転軸、さらにはガトリング砲の照準機までが精密に作り込まれている。塗装は実機と同じマーキング。重厚な質感までもが、再現されていた。
これは、時間も手間もかかっただろう。
621は満足げに、精巧なミニチュアを見上げる。
「……は?」