ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第59話 鉄拳

「……は?」

 

 イグアスは思わず声を漏らしていた。

 

 目の前に鎮座する《ライガーテイル》のミニチュア──それは、見れば見るほど本物そっくりだった。細部のディテール、各部装甲の塗装剥げまで精密に再現されている。

 

 呆然としたまま、彼は片手を伸ばしてミニチュアのガトリング砲に触れようとするが、その前に621が小さく首を横に振った。

 

 『お見舞い』

 

 イグアスはしばしその言葉を理解できずにいた。

 

 ――お見舞い?

 

 この化け物みたいな精密模型が、か?

 

 返す言葉が見つからないまま、621はポケットから小型の端末を取り出し、無言のまま操作を始めた。

 

 次の瞬間。

 

 ミニチュアの《ライガーテイル》の頭部、『威嚇する蜘蛛』を想起させる光学センサーが淡く赤く輝いた。

 

「おい……」

 

 イグアスが警戒する間もなく、《ライガーテイル》の腕に取り付けられたミニチュアサイズのガトリングユニットが、低く唸るような電子音とともに回転を始めた。

 

 ヴゥゥン……

 

「お、おいおい」

 

 イグアスが思わず椅子を少し引いたその瞬間、621は再び操作を止め、ガトリングの回転はゆっくりと収束。センサーの赤光もすうっと消えていった。

 

 再び沈黙。

 

 ミニチュアの《ライガーテイル》は、ただそこに鎮座しているだけだった。センサーの光は消え、回転していたガトリングも動きを止めている。それはもうただの模型に過ぎなかった──だが、イグアスの中には、何かが確かに点火していた。

 

「……おい」

 

 低く、絞り出すような声だった。

 

 621は反応しなかった。ミニチュアを見下ろしたまま、無表情に佇んでいる。

 

 イグアスはゆっくりと立ち上がると、テーブルを挟んでそのミニチュアを睨みつけた。

 

 「お前、分かっててこれ持ってきたのか?」

 

 拳を握る。視界の端が赤く染まる。胸の奥から湧き上がる、言いようのない苛立ちと、焦燥と、恥辱。

 

「これを“お見舞い”?ふざけんなよ……ッ!」

 

 その言葉と同時に、イグアスの手が振り下ろされた。

 

 ガンッ――

 

 重い音とともに、ミニチュア《ライガーテイル》はテーブルから叩き落とされ、床に激突した。装甲の一部が割れ、細かい部品が床を転がっていく。光学センサーの発光ユニットも砕け、赤い光は二度と点ることはなかった。

 

 621は動かない。

 

 その瞳は、砕けた模型ではなく、今にも肩を震わせて怒りを爆発させそうなイグアスだけを、じっと見つめていた。

 

「俺が……俺のせいで!」

 

 声が掠れていた。拳を握ったまま、イグアスは唇を噛みしめていた。

 

「……あんなふうにして、あんなかたちで……あいつは……!」

 

 語尾が震える。次の言葉を吐き出す寸前、口から洩れかけたその懺悔のような呻きが──

 

「俺が、ミシガンを終わらせちまった……」

 

 バガンッ!

 

 その瞬間、扉が音を立てて開いた。

 

 鉄の蝶番が悲鳴を上げる間もなく、まるで壁を蹴破るような勢いで扉を押し開いた巨影が、イグアスの前に立っていた。

 

「……ッ!」

 

 目を見開いたイグアスが振り向くより早く、鋼のような拳が彼の頬を捉えていた。

 

 鉄拳。

 

 横殴りの衝撃が、イグアスの顔面を弾き飛ばす。身体ごと吹き飛ぶようにして椅子から転げ落ち、背中から床に叩きつけられた。

 

「ぐっ……!」

 

 視界が揺れる。歯茎の奥に血の味が滲む。床に手をつきながら、イグアスは何が起きたのかを理解するのに数秒を要した。

 

「この大馬鹿者!!!見舞いの品を粗末に扱うとは、一体どういう了見だ!!!」

 

 足音。重いそれが、ゆっくりと近づいてくる。

 

「それに、貴様が俺を終わらせただと!?聞き捨てならんな!!!G5!」

 

その怒声は、まるで砲撃のようだった。天井のパネルが震え、談話室の空気が一瞬で張り詰める。

 

「この……ミシガン……」

 

 イグアスは呻くように名を呼んだ。頬を押さえたまま、床に膝をつきながら顔を上げる。その視界の先、拘束具を装着されたままの巨漢が仁王立ちしていた。ミシガンの両手には、まだ拘束具がはまっていたはずだ──だが、それでも殴れるのがこの男だ。

 

 ミシガンはそのまま、イグアスの目の前にしゃがみ込んだ。

 

「確かにな、投降した指揮官となればベイラムの俺への評価は地に落ちるだろう。元々煙たがられていたしな」

 

 その顔に怒りの色はある。だがそれ以上に、深い哀しみと、どこか諦観にも似た情が浮かんでいた。

 

「惚れた女を庇って死にかけるなんて、命のかけ方として一番上等だ」

 

 その言葉に、イグアスは絶句した。

 ミシガンは更に言葉を続ける。

 

「よくやった、イグアス。貴様はレッドガンの名に恥じない、誇り高い男だ」

 

「……なんで、あんたが……そんなこと……」

 

 イグアスは呻くように問うた。震える声が、まるで自分でも信じられないようだった。

 

「故に、お前を救う投降という判断には何の間違いも無かった。お前も男なら、男の決断にグチグチと文句を付けるな。分かったか!!!」

 

 言葉の端々に、嘘はなかった。

 

 621は沈黙したまま、転がったミニチュアの破片を拾い始めていた。だが、その手は乱暴ではなく、まるで何かを“戻す”ように、丁寧だった。

 

 イグアスはしばらく言葉を返せなかった。

 

 ぐっと唇を噛み、こみ上げるものを堪える。どこにもぶつけられない感情が、目の奥を焼いていく。

 

「ミシガン……お、おれは」

 

ミシガンは、その言葉の続きを遮るように、もう一度拳を振り上げた。

 

「それはそれとして!!」

 

 ――ゴンッ!

 

 乾いた音が室内に響く。さっきよりは加減された、だが容赦のない拳骨がイグアスの頭頂に炸裂した。

 

「いってぇッ!!」

 

 イグアスが頭を押さえてうずくまる。今度こそ涙が出そうだった。

 

 ミシガンは腕を組んだまま、睨みを利かせて怒鳴る。

 

「見舞いの品をぶっ壊すとは、どこのチンピラだ貴様は!せっかく作って持ってきた621の気持ちも考えんか!」

 

「……いや、だって……」

 

「だってもクソもあるか!!」

 

 怒声が炸裂する。イグアスが思わず口を噤むと、ミシガンはふんと鼻を鳴らし、片腕で転がったミニチュアの残骸を指差した。

 

「責任を取れ、G5。貴様が壊したなら、貴様が直せ。部品が足りんのなら探せ。塗料が合わんのなら色を調合しろ。……分かったな?」

 

「……っくそ……マジかよ……」

 

 イグアスは渋々頷き、床に手を伸ばして破片を集め始めた。だがその背には、どこか吹っ切れたような、そして安堵したような空気が滲んでいた。

 

 その様子を静かに見守っていた621が、手に抱えた小さな破片をイグアスに差し出す。割れたガトリング砲の先端部だった。

 

イグアスは無言でそれを受け取ると、小さく頷いた。

 

 そのとき──

 

「621」

 

 不意に、談話室の外から低く静かな声が響いた。

 

 扉越しに呼びかけたのは、ハンドラー・ウォルターだった。

 様子を伺っていたのか、半身になって部屋の中を覗いている。

 

「少し、来てくれ……次の任務について、話す」

 

 621はそっと立ち上がり、車椅子の操作パネルに手を伸ばす。振り返ることはせず、ただ一度だけミシガンとイグアスに目をやった。

 

 その瞳には、どこか安心した色が宿っていた。

 

 車椅子が静かに回転し、扉の方へと進んでいく。

 その背を見送るミシガンは、口元をわずかに緩めて呟いた。

 

「……まったく、手のかかるガキどもだ」

 

 イグアスは、床に散った最後の破片を手に取りながら、小さく鼻を鳴らした。

 

「誰のせいだよ、ほんとに……」

 

 だがその声には、もはや怒りも自嘲もなかった。

 ただ、少しだけ照れくさいような、そんな響きがあった。

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