ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第60話 監視

 衛星軌道基地──ブリーフィングルーム。

 

 ウォルターが操作した重厚な防音扉が閉じられると同時に、空間の気配が変わった。静寂ではない。むしろ、過剰な静けさだ。外界とのあらゆる通信と接続が遮断され、記録装置はすべて手動で停止。電子的な記録も、音声ログも、一切残らない“特例仕様”の会議室。

 

 この部屋で交わされる言葉は、文字通りの“非公開”だった。

 

 室内にはすでに数名の姿があった。小さなブリーフィングテーブルを囲むようにして、今やルビコンに駐留する封鎖機構唯一の戦術部隊──《ハウンズ》、621の兄らが集まっていた。

 

「621、怪我はどうだ?」

 

『問題なし』

 

 長兄、617が妹を気遣う様に声をかけた。

 621は短く返答し、車椅子をブリーフィングテーブルに寄せる。

 

「遅くなってすまない。それではブリーフィングを開始する。総員、電波封止。この会話は我々のみの情報とする、資料も残せないので注意しろ」

 

 ウォルターがテーブル中央の投影装置を操作すると、ルビコンの地形図が淡く浮かび上がった。

 

「……今回の任務は、ある座標の調査だ。だが、これは“任務”とは名ばかりのものだ。本来の、正式な指令系統を通して発令されたものではない」

 

 ウォルターは淡々と、しかし慎重に言葉を選びながら言った。

 

「俺個人の依頼だ。だが、地形調査という名目で通してある。機構の監察にも記録には残らない……要するに、記録に残すべきでない、ということだ」

 

 621を除いたハウンズたちの間に、一瞬だけ視線が交差した。

 

「座標はアーリア海洋上、とある放棄された都市を調査してもらう」

 

「……都市?」

 

 617が眉をひそめ、手元のタブレットで座標情報を検索しながら呟いた。指先がスクロールするたび、古い管理台帳の断片がホログラムに浮かび上がる。

 

「ハンドラー・ウォルター。この座標は封鎖機構の管理区域では。現在は無人、立ち入りのみを制限しているようだが」

 

 ウォルターはゆっくりと頷いた。

 

「そうだ。名目上は放棄されたまま、立ち入り制限区域として分類されている。封鎖機構の管理下にあるのは確かだが……実際のところ、誰も“中身”を知らない」

 

 投影された都市の俯瞰図に、今度は別のレイヤーが重ねられる。青と赤の点が都市周辺に点在し、それぞれ異なる勢力を示していた。

 

「……これは?」

 

 619が眉をひそめた。

 

「ベイラムと、解放戦線の動きだ」

 

ウォルターが即座に答えた。

 

「両陣営の通信記録等を解析した結果、両者ともこの座標の周囲を何度か探っていた痕跡がある。どちらも慎重に動いてはいたが……痕跡は消しきれていなかった」

 

 620が苦い表情を浮かべながら呟く。

 

「妙な組み合わせだ。協力して探索している様にも見える」

 

「そうなるな。特にベイラム側は、旧企業系統のコードを使って都市外縁にアクセスを試みていた。防衛システムの反応があった形跡もある。だが……“記録はされていない”」

 

「記録が……?」

 

 617の声に、ウォルターが視線を上げた。

 

「ああ。都市の中枢を管制するシステムが、外部との接続ログを完全に遮断している。つまり、何が起きても、封鎖機構の上層には伝わらない」

 

 618が息を飲む。

 

「ベイラムも解放戦線も、そこに何かがあると見抜いて動いた。でも誰も中には入れていない?」

 

「入れなかったか、あるいは──入ったことすら、誰も“知らない”まま処理されたのかもしれん」

 

 沈黙が、再び落ちた。

 

「お前たちも感じているだろう。これは、ただの廃都市ではない。少なくともベイラムや解放戦線はこの都市に何かを見出した……」

 

「……しかし、ハンドラー・ウォルター」

 

 沈黙の中、618が低く口を開いた。冷静な声音だが、その奥に慎重な警戒がある。  

 

「この行動、形式上は“調査”でも、実態は封鎖機構の任務外活動だ。ましてや制限区域の内部調査となれば、上層部に発覚した場合……」

 

 そこで言葉を切り、視線だけで続きの意味を伝える。命令違反。軍律違反。あるいは、粛清。

 

「──重大な処分対象になる。貴方もそれは承知の上なのか?」

 

 他のハウンズたちが彼に視線を向ける中、ウォルターは微動だにせず、投影された都市の中心部を見つめていた。

 

「……ああ」

 

 短く、だがはっきりと頷いた。

 

 ウォルターは、手元の認証装置に指を滑らせた。直後、ブリーフィングルームの空調音さえ吸い込むような、重たい沈黙が訪れる。

 

「これから話すことは、封鎖機構の権限下にはない。ましてや執行部隊の報告経路に乗せることも許されない」

 

 ゆっくりと、彼はハウンズたち一人ひとりの顔を見渡した。

 

「俺は……封鎖機構に所属しながら、ある組織の一員として活動している。“オーバーシアー”──コーラルの根源的監視を目的に活動する非公式の組織だ」

 

 瞬間、空気がわずかに揺らいだ。予想もつかない名称に、全員が沈黙のまま耳を傾ける。

 

「その存在は、ルビコンの災厄……『アイビスの火』以降、ルビコン調査技研の生き残りや現地企業連合らが設立に関与し、だが表には一切出てこない。理由は単純だ。“必要とあらば、星系ごと焼き尽くす”という方針を、最初から是としているからだ」

 

ウォルターの声は淡々としていたが、どこか、自己否定のような苦味を帯びていた。

 

「『アイビスの火』──あれは、人為的に点火された災厄だ。そしてオーバーシアーは、その再現すら厭わない。コーラルが制御不能と判断された場合、迷いなく引き金を引く組織だ」

 

「……狂っている」

 

 618がぽつりと呟く。だがウォルターは否定しなかった。

 

「同感だ。だが、理性だけでは止められない。コーラルは真空環境において爆発的に増殖する、その特性上、決してルビコンからコーラルを漏れ出させる訳にはいかない。封鎖機構は今まで完璧に封鎖を遂行してきた、しかし、先の軌道基地襲撃以来、各企業は封鎖を突破し次々とルビコンに侵入してきている」

 

 ウォルターは視線を都市中枢のマーカーへと移し、声をさらに落とす。

 

「彼らは口では“コーラルの平和的利用”を謳っているが、実際は違う。ベイラムやアーキバスといった星外企業は兵器転用を目論み、自己増殖という特性を好都合としか考えていない」

 

ハウンズたちの顔つきが、ひとつまたひとつと硬くなっていく。

 

「だが、奴らは分かっていない。あるいは、分かった上で目を背けている。コーラルは資源でも技術でもない。“世界そのもの”を塗り替えかねない構造体だ。理屈で制御しようとすれば、逆に取り込まれるだろう」

 

 その言葉に、621の赤い瞳がわずかに動く。

 

「封鎖機構は、今はまだ機能している。だが、それがいつまで持つかは分からない。機構の上層部にはコーラルを政治的に利用しようという動きも出ている。C兵器群運用もその兆候だろう。時間は、もうあまり残されていない」

 

 ウォルターは一拍置き、低く、だが確かな意志を持って言った。

 

「だから俺は、この都市に賭ける。この座標に、かつての技研が“最後の切り札”として封じた何かがあると睨んでいる。兵器か、制御装置か、あるいは……別の何かかは分からない。だが、オーバーシアーも、封鎖機構も知らぬまま遺された“何か”が、ある」

 

「その“何か”を、今ここで秘密裏に確保する。それが俺の目的だ」

 

 ブリーフィングルームに、再び沈黙が落ちた。

 

 重圧のような情報の奔流の後、誰も軽々しく口を開こうとはしなかった。

 

 やがて、最初に動いたのは長兄──617だった。

 

「……我々《ハウンズ》は、貴方の猟犬だ」

 

 彼は腕を組んだまま、視線をウォルターに向ける。

 

「ここにいるのは、貴方の部隊だ。その依頼、必ず遂行しよう」

 

 静かだが確かな声だった。

 

 その言葉に呼応するように、ハウンズの面々は次々に頷く。

 

 そして最後に、全員の視線が621に向けられた。

 

 彼女は何も言わない。ただ、いつものように沈黙を保ったまま、視線だけでウォルターを見つめていた。

 

 やがて、ごくわずかに顎を引く。

 

 それは機械的な承認ではない。人として、部隊の一員として、自らの判断で応じた“肯定”だった。

 

 その所作を確認すると、ウォルターはゆっくりと息を吐いた。

 

「──ありがとう」

 

 感情を滲ませず、だが確かに、静かな感謝の声だった。

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