ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第61話 師父

 ルビコン上空、低軌道周回中の強襲艦内に、緊張の気配が満ちていた。

 

 格納庫内では惑星封鎖機構臨時特務部隊《ハウンズ》が、静かに待機していた。封鎖機構には「地形データ更新調査」として偽装されているが、実態は異なる。

 洋上に放棄されたはずの旧都市──洋上都市ザイレムへの極秘潜入。封印された何かを探り、秘密裏に確保するための任務だった。

 

『降下シークエンス、T-90秒』

 

 艦内アナウンスが、淡々と告げる。

 ACはすでに射出架に接続され、各機とも最終確認を終えていた。

 

『617からハウンズ各機、状態を報告』

 

『618。降下可能』

 

『619、同様に良好。降下可能』

 

『620、通信のノイズを調整……調整完了。降下に支障なし』

 

『621、問題なし。』

 

 次々と返される定型報告に、無駄な感情はなかった。機械のような正確さが、かえって彼らの覚悟を滲ませていた。

 

『各機確認。──これより降下モードへ移行する。621の《バルテウス》を先頭に縦列を形成、谷間への着地を優先しろ。通信封止、作動開始』

 

 617の声が終わると同時に、艦底に位置するカタパルトが音を立てて開く。外壁を遮っていた格子扉が展開され、赤茶けた大気が視界を満たす。

 

『T-15秒──』

 

 カウントが低下していく。

 

 視認距離ゼロの霧の下、その先に広がるのは断層谷地──偽装降下地点だ。

 

『T-00──全機、投下』

 

 激しい振動とともに、機体が射出された。低空投下用のフォーメーションが正確に展開され、五機が一定の間隔を保ったまま、高速で滑降していく。

 

 着地と同時に、各機は偽装ユニットを展開。標準地形観測モジュール、擬似熱源送信装置、圧力変動記録用のマーカーが散布された。

 

 617が秘匿回線を用いて、素早く指示を飛ばす。

 

『620、外部観測網への送信開始』

 

『了解。巡回パターンのログ送出開始、行動ルーチンに自動挿入。少なくとも12時間は“調査任務中”と認識される』

 

『619、通信反射装置の配置を』

 

『丘陵帯に設置完了。外部からの追跡信号は全てそちらへ向かう』

 

 偽装は完了した。

 

 彼らの行動は、あくまで封鎖機構の命令に基づく通常任務──そう“見える”よう設計されていた。

 

『これより、第二段階へ移行する。座標変更──目標海域上空へ移動』

 

『了解』

 

 617の指示に応じ、各機がブースターノズルをわずかに下げた。

 

 低く唸りを上げる機体群が、断層谷間の中で次々と再点火していく。

 着地からわずか数分。行動ログ上は「地形調査継続中」と記録されるが、実際にはすでに離脱フェイズへと移行していた。

 

『全機、ブースター点火。巡航航路に乗る』

 

 621の《バルテウス》が先行し、重力スラスターを噴射。

 霧の谷間を断ち切るようにして、低空を這う巡航モードへ移行する。

 

 後続のハウンズ各機も、次々に離陸。地形に沿った超低空飛行を維持し、外部監視網から徹底的に死角を取りながら洋上へと進出する。

 

 断層帯を抜けると、荒れた原野が広がった。

 

 茶色く乾いた大地を、波のような動きで滑走するAC群。

 視界に広がるのは、徐々に近づく海の境界線。

 

 気温は急激に下がり、空気は塩を含んだ重たいものに変わっていく。

 

 そして、切り立った沿岸部に達した瞬間──

 

『上昇開始、渡海ポイントへ移行』

 

 617の号令とともに、各機が一斉にスラスターを吹かし、短距離跳躍。

 波しぶきを散らしながら海上へと躍り出た。

 

 目の前には、どこまでも広がる灰色の海。

 視界を遮る濃霧。

 そして、その向こうにかすかに浮かぶ、巨大な都市の影──ザイレム。

 

『621、隊列維持。速度を標準からマイナス5%に落とせ。警戒優先』

 

『了解』

 

 621が推力をわずかに絞り、霧中の航行モードへと移行する。

 

 全機、静かに波間すれすれを滑るようにして、洋上都市へ向かっていった。

 

 灰色の海と霧に包まれた世界を、ハウンズの機体群が静かに進む。

 

 先頭を進む《バルテウス》の座席で、621は航路データをモニタリングしながらも、神経を張り詰めさせていた。

 

 ──621。

 

 不意に、意識の深層に、柔らかく差し込む声があった。

 

 電子通信でも、機体システムからの警告でもない。

 もっと本質的な、言葉を超えた“感触”だった。

 

 知っている声だった。

 

 ――今ループも随分進みましたね、とうとうこのザイレムまで辿り着いてしまった。

 

 声には、微かな戸惑いと、抑えきれない感情の揺らぎが滲んでいた。

 

 外部通信には何の異常もない。

 この声を知覚できるのは、部隊の中で621ただ一人だった。

 

 ――ここは、ウォルターの推測通り……ルビコン調査技研の技術で造られた“遺産”。

 

 ――《洋上都市ザイレム》……いいえ、本当の名は《恒星間入植船ザイレム》。

 

 ――以前、解放戦線が用い、貴方が堕とした《ウォール》の船の姉妹艦。

 

 エアの声は、静かだった。だがその静けさは、怒りでも悲しみでもない、複雑な感情の糧で成り立っていた。

 

 ――以前のループ、貴方がコーラルを妬いた時間軸では、《オーバーシアー》の計画により、この船が着火に使われました。

 

 霧の向こうに見え隠れするザイレムの高層建築物群が、まるで呼吸しているかのようにゆらめく。

 

 ――彼らの選択は……なにも間違っていませんでした。

 

 ――コーラルは人の手に余る物質です。極めて強大な爆発性、摂取すればドラッグのように脳を溶かし……私のような、意思を持つ事さえある。

 

 エアの声は、穏やかに、しかしどこか悲しげに続いた。

 

 霧の中、ザイレムの外壁が徐々にその全貌を現していく。

 

 高層ビルが立ち並び、高速道路や公共交通機関が整備された近代的な都市。 

 その建築構造は一切朽ちておらず、つい先ほどまで人間が生活を営んでいたと言われてもなんの違和感もない。

 

 621の視界に広がるその光景を、エアは静かに受け止めながら言葉を紡ぐ。

 

 ──けれど。それだけが、すべてではありません。

  

 ――あの時、私は、貴方と共に、違う未来を見たいと願った。

 

 声に微かな熱が宿る。

 

 ──コーラルは、確かに危険です。けれど……それは同時に、可能性でもある。共に生きる道も、きっとあったはず……

 

 霧を裂きながら、《バルテウス》がザイレム外周の構造体に接近していく。

 

 背後では、ハウンズ各機が沈黙を守りながら間隔を保ち、隊列を維持していた。

 彼らにはエアの声は届かない。ただ621だけが、この言葉を受け止めていた。

 

 ──お願いです、621。私は、貴方の決断を強制しない。ウォルターの命令に従うなら、それもいい。必要なら、コーラルを封じる手助けもする。

 

 ――……でも、どうか覚えていて。もし、ほんのわずかでもいい。共に生きる未来を、信じられるなら。

 

 声が、少しだけ震えた。

 押し殺していた想いが、わずかに零れるように。

 

 ──貴方となら、きっとできる。コーラルも、人も、共にあれる道を──

 

 621は応えなかった。

 言葉にする必要もない。ただ、深く、胸の奥にその願いを刻み込む。

 

 ザイレムの外壁が、至近距離に迫る。

 

 鋼鉄の肌をなぞるように、621は《バルテウス》を微調整しながら降下姿勢を取った。

 

『これより、都市内部への侵入を開始する』

 

 617の指揮に従い、部隊が陣形を変化させる。

 

 スロープを降下し、洋上都市ザイレムの内部へと進入したハウンズ部隊は、密集陣形を維持したまま慎重に歩を進めていた。

 

 街並みは異様なほど整っていた。

 

 高層ビル群はガラス一枚欠けておらず、路面の舗装も完全。

 公共インフラも外観上は機能しているように見え、街灯すら淡い光を灯している。

 朽ちた痕跡は一切ない。

 

 あたかも、この都市が今も正常に稼働しているかのようだった。

 

『……ここまで維持されているとはな』

 

 618が感嘆にも似た声を短く漏らす。

 

『想定通りだ』

 

 617が淡々と応じる。

 

『この都市は、封鎖機構が中枢を押さえた後、完全自動化で管理を継続している。破損一つ許されていないのもそのためだ』

 

 都市内部に点在する無人兵器群──

 

 警備ドローン、タレット、防衛機構。

 

 いずれも正常に稼働していた。

 センサーは稼働しており、動力系統にも異常はない。

 だが、ハウンズ各機を敵性対象として認識する様子は微塵もなかった。

 

『619、状況を報告』

 

『異常なし。友軍認識コード有効。警備機群との接触時、警告行動もなし。しかし、機構の設置したECMジャマーにより長距離通信が困難、各機は目視距離を維持』

 

『了解』

 

 短い確認のやり取りだけが交わされ、再び部隊は沈黙のまま進行する。

 

 霧の向こうに、中央区画が見え始める。

 

 大規模なタワー構造体──ザイレム中枢。

 完全自立型の管理機構が集約された心臓部。

 

 そこに、ウォルターが求める『切り札』が存在しているはずだった。

 

『中央区画、目前。全機、通常警戒態勢を維持』

 

 やがて、部隊がタワー前の広場へと到達した瞬間だった。

 

 視界の中央──

 巨大な広場の中心に、一機のACが、静かに佇んでいた。

 

 無骨なフレーム。

 鈍重なラインに沿って、時間の重みを刻むような赤錆がこびり付いている。

 だが、装甲は未だ健在であり、姿勢には一片の揺らぎもない。

 

 621は即座に識別信号を照合した。

 

 ──ID確認。

 ルビコン解放戦線所属。特別優先認証コード──

 

 サム・ドルマヤン。

 《師父》。

 

 かつてルビコン解放戦線を精神的に支えた指導者、そして老練のAC乗り。

 

『……サム・ドルマヤン』

 

 617が、微かに声音を落とす。

 

『なぜ……ここに』

 

 街は無傷だった。

 無人兵器群は、今もハウンズにも、そしてあの赤錆びたACにも、一切の敵意を示していなかった。

 

 静かに、時が流れる。

 

 そして──

 

 赤錆びたACが、わずかに機体を傾けた。

 

 背面ハッチが駆動音と共に開き、コクピットから一人の男が姿を現す。

 

 赤銅色の外套に身を包み、長い白髪を風に靡かせながら、老齢のパイロットが広場に降り立った。

 

 その動きに怯えも焦りもなかった。

 

 ただ、堂々と、まるで古代の戦士が儀礼のために剣を置くかのように。

 

 彼はハウンズ部隊に向かって、両手をわずかに広げる。

 

 対話の意思を、示した。

 

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