ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
タワー前、静まり返った広場にて。
赤錆びたACから降り立った老パイロット──サム・ドルマヤンは、両手をわずかに広げたまま動かずにいた。
《ハウンズ》部隊の前で、それはあまりにも無防備な姿だった。
静かに沈黙が流れ、やがて、617の秘匿回線が開かれた。
『各機、冷静に。現在、敵性反応なし。──だが、状況は異常だ。警戒を解くな』
『師父サム・ドルマヤン……信じられん。なぜ、こんな場所に単身で……』
619が低く唸る。表面温度、生命反応、携帯武装いずれも検知済み。だが、明確な敵意は確認されていなかった。
『捕えるべきだ』
短く、618が言い切った。
『ルビコン解放戦線の精神的支柱。戦力以上の意味を持つ存在だ。ここで確保できれば、後方攪乱に絶大な効果がある。逃す手はない』
だがすぐに、別の声が割って入る。
『──その前に確認を。武装の有無。現在、ACから離脱しており、個人装備も確認できていない。事実上、丸腰だ』
620だった。
『封鎖機構軍規第五条、及び戦闘休止条項第九項に基づけば──』
『武装解除された者に対して、先制攻撃は許可されない』
『敵対意思を示していない者に対して攻撃すれば、我々自身が条約違反となる可能性がある。これは、単なる感情論ではない。記録が残れば──粛清もあり得る』
『……記録は、残さない』
618が押し返す。
『ここは封鎖区域、しかも極秘任務中の非公開作戦領域だ。処理は“作戦中の不慮の交戦”として処理できる。あの男を生かして帰す方が、よほど危険だ』
電子ノイズ混じりの秘匿通信内に、わずかな緊張が走った。
そして──
『……待て』
617が短く制止した。
『まだ、判断するには材料が足りん。奴は、こちらに敵意を見せていない。交渉の可能性がある』
短く息を呑むような沈黙。続いて、静かに声が割り込む。
『621』
長兄の声が、部隊の末妹へと向けられる。
『お前の直感で構わない。あの男は──何をしに、ここへ来たと思う?』
すぐに答えは返ってこなかった。
《バルテウス》の座席に沈んだまま、621は黙していた。
だがその瞳は、確かに赤錆びたAC──そしてその前に立つ老いた男を、じっと見つめていた。
ハウンズたちの通信回線は、一時沈黙したまま、次の判断を待つ。
問いは、621に向けられていた。
応答はなかった。だが、機体の内奥──《バルテウス》の制御中枢、その座席に沈む少女の意識は、確かに何かを見ていた。
コクピットの前方、HUDの隅に、仄かに揺らぐ“何か”があった。
物理的には存在しないはずの影。
だが、621にとって、それは紛れもなく現実だった。
──浮かぶ紅い閃光。
Cパルス変異波──《エア》。
彼女は何も言わなかった。ただ静かに、621を見つめていた。
ただ、委ねるような、赦すような……それでいて、確かに“信じる”という強い意志があった。
621の右手が、無言のまま制御パネルへと伸びた。
システム・ステータス──戦闘警戒レベル:第二種。
敵性機体への自動射撃命令はすでに入力済み。トリガーを一つ引くだけで、即座に射線が走る状態だった。
だが、彼女はそれを選ばなかった。
軽やかに指先がパネルに触れ、プロトコルが一段階降格される。
《バルテウス》の武装モジュールが、わずかに解除姿勢へと移行した。
──メインシステム、戦闘モード、停止。
警告灯が一瞬だけ点滅し、主兵装のアクティブフレームが自動格納される。
外観上の変化は微細なものでしかなかったが、状況は決定的に変わった。
隊列の後方で、それを確認した620が即座に発声する。
『621、戦闘モード解除を確認。理由を照会──』
『……621』
618も、低く押し殺すように名を呼んだ。
だが、応答はなかった。
621はただ、静かに、前方──赤錆びたACと、その傍らに立つサム・ドルマヤンを見据えていた。
かつてのループ。
この同じ場所、この同じ状況で、かつての621は迷うことなく引き金を引いた。
彼女に“敵”と見做された対象は、瞬く間に排除された。かつての戦友、居合わせただけの敵兵士、区別無く。
大義の元に星系を灼き尽くした時間軸では、正しく悪魔の様に語られた。
だが、何かが違った。
過去の時間軸とは、明らかに異なる選択。
──621?
機体は静止していた。
赤い警戒灯がすべて沈黙し、バイタル・スキャンが通常モードへと切り替わる。
621は、ゆっくりと身体を起こした。
上半身を支えるハーネスが自動で解除され、搭載スロットに格納されていく。
彼女は無言のまま、後方格納スペースにある軽量型車椅子ユニットに手を伸ばした。
折り畳まれていた機構が静かに展開し、揺れも音もなく床面に着地する。
短く息を吐き、座面に腰を落とす。
コックピット・ハッチ、開放。
《バルテウス》のコアユニットの装甲が油圧音を立てて開き、微かに冷えた外気が入り込んだ。
都市の霧をかすかに含んだ風が、彼女の頬を撫でる。
数秒の間をおき、621の姿が現れる。
ゆっくりと、車椅子の操作レバーを傾ける。
段差制御モードが作動し、段差を感知してフレームが自動調整を行った。
《バルテウス》の膝元から、まるで巡礼者のように、少女は一人静かに降りていく。
誰も動かなかった。
広場は静まり返っていた。
サム・ドルマヤンは、その場から一歩も動かず、621の接近をただ見守っていた。
『621……降車確認』
620の声が、わずかに揺れた。
『……本気か』
618の呟きが、秘匿回線に漏れる。
だが、次の瞬間。
618はパルスブレードをロックし、各兵装の照準システムを解除した。
更に、621と同じく戦闘モードを停止させる。
『……621が信じるなら、それに従う』
618が、呟くように言った。
続いて620も、戦闘モードを停止させ同様に武装を格納する。
『非武装地帯規定、遵守。621が命を取らなかったという事実が、今の正解だ』
619も沈黙のまま、機体を地上姿勢に移行させ、乗降モードを選択する。
最後に、617。
全装備をセーフティロックへと切り替えると、静かに口を開いた。
『全機、武装解除。交渉構えに移行。──降車する。621に続け』
赤錆びたACの前へと、少女が近づいていく。
その姿は、戦士ではなく、一人の人間だった。
そして、それを追うように──ハウンズ部隊の兄たちも、機体から地上へと降り立った。
それぞれが、武装を所定のラックに置き、両手を身体の側に下ろす。
広場に、五つの影が歩を進める。
誰一人、威圧でも敵意でもなく──ただ、確かな覚悟を纏って。
《師父》は、彼らの姿を、風のような静けさで迎えた。
白い髪が揺れる。
その眼差しは、何も言わず、何も責めず、ただ真実を映す鏡のようだった。
ふと、サム・ドルマヤンが視線を巡らせ、軽く顎を引いた。
それは、合図だった。
中央に聳え立つビルの陰から。
地下へと続く排気口の格子の向こうから。
そして、頭上のモノレール支柱の影から──
次々に、人影が現れる。
全員が迷うことなく姿を現した。
旧式の遮蔽マントに身を包み、各部に簡素なタクティカル装備を備えた者たち。
その動きに、ためらいや敵意はなかった。
一様に、背中から武装を外す。
ライフルを地面に置き、携行弾薬を脇に並べ、爆薬系統を小さくまとめて収める。
解除された装備は、一つの円を描くようにして、サムの立つ広場中央に並べられた。
──戦う意思がない。
彼らが、それを行動で示したのだった。
621の視線が、自然とその中の一人を捉えた。
細身の体格。
短く切り揃えられた黒髪。
鋭く、それでいて憂いを帯びた目元。
──ツィイー。
彼女は、621の視線に気づいた瞬間、はっとしたように顔を逸らした。
動揺ではない。
怒りでもない。
ただ、気まずさと、何かを飲み込んだような沈黙だけが、そこにあった。
621は何も言わなかった。
ただ、その場に立ち、目の前で展開される“対話の構え”を、静かに見つめていた。
サム・ドルマヤンは、両手を下ろしながら、軽く顎を引いて後方を振り返った。
「……まずは、礼を言わせてくれ」
しわがれた声が、広場の静寂に響く。
「このような形で、対話の場に応じてくれたことを、私は心から感謝している。ここに立つという選択が、どれほどの覚悟を伴うか……我々も理解しているつもりだ」
サムは一歩、621に近づくことなく、やや脇に視線を投げた。
その方向にいた、遮蔽マントを羽織った若い女戦士が、身を強張らせた。
「……ツィイー」
名を呼ばれた少女は、わずかに肩を震わせた。だが拒むことはなく、一歩前に進み出る。
「来なさい」
サムの静かな促しに従い、ツィイーは広場の中心──621の前へと歩み出た。
両手は空。武装なし。身ひとつ。
彼女は621の正面に立つと、わずかに俯き、口を開いた。
「……あの、久しぶり621ちゃん」
ツィイーの声は微かに震えていた。
「何も言わずに逃げた事、謝りたくて……敵同士だから、謝るのも変な話かも……なんだけど」
彼女の手が、無意識に腹部を押さえる。かつての傷跡が、そこにあるのだろう。
「……アーキバスの基地でさ、また助けてくれたよね。変なこと傭兵に襲われた時の事も含めたら、あれで2回目。2回も、助けてくれたね」
その声には、どこか自嘲の色が滲んでいた。
「私、機構の基地が《ブランチ》って組織に襲われて混乱してる時、チャンスだって思って……イグアス君、G5と一緒に逃げ出して降下ポッドで地上に戻ったの」
俯いたまま、ツィイーの肩がかすかに震える。
「ほんとは、ちゃんと、感謝も、謝罪もしたかったのに……って、どっちも逃げ出す捕虜がする事じゃないけどさ」
言葉が、そこで途切れた。
息を一つ、吐いた。
「ごめん……621ちゃん。君の好意を裏切って、私は今、機構の敵としてまたACに乗ってる」
彼女は深く頭を下げた。静かに、深く、胸から滲むような所作だった。
ハウンズの兄たちがその様子を沈黙のまま見守るなか、621は微動だにせず、ただ視線を向け続けていた。
ツィイーの背中に、淡く霧が流れていく。
やがて621は──何も言わずに、ただ、ほんのわずかに頷いた。
それは肯定でも、赦しでもない。
だが、ツィイーの言葉が、確かに届いたという応答だった。
ツィイーは顔を上げ、何かを言いかけたが、それを飲み込み、静かに一歩下がった。
そして、何も言わず、サム・ドルマヤンの背後へと戻っていった。