ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第62話 謝罪

 タワー前、静まり返った広場にて。

 

 赤錆びたACから降り立った老パイロット──サム・ドルマヤンは、両手をわずかに広げたまま動かずにいた。

 

 《ハウンズ》部隊の前で、それはあまりにも無防備な姿だった。

 

 静かに沈黙が流れ、やがて、617の秘匿回線が開かれた。

 

『各機、冷静に。現在、敵性反応なし。──だが、状況は異常だ。警戒を解くな』

 

『師父サム・ドルマヤン……信じられん。なぜ、こんな場所に単身で……』

 

 619が低く唸る。表面温度、生命反応、携帯武装いずれも検知済み。だが、明確な敵意は確認されていなかった。

 

『捕えるべきだ』

 

 短く、618が言い切った。

 

『ルビコン解放戦線の精神的支柱。戦力以上の意味を持つ存在だ。ここで確保できれば、後方攪乱に絶大な効果がある。逃す手はない』

 

 だがすぐに、別の声が割って入る。

 

『──その前に確認を。武装の有無。現在、ACから離脱しており、個人装備も確認できていない。事実上、丸腰だ』

 

 620だった。

 

『封鎖機構軍規第五条、及び戦闘休止条項第九項に基づけば──』

 

『武装解除された者に対して、先制攻撃は許可されない』

 

『敵対意思を示していない者に対して攻撃すれば、我々自身が条約違反となる可能性がある。これは、単なる感情論ではない。記録が残れば──粛清もあり得る』

 

『……記録は、残さない』

 

 618が押し返す。

 

『ここは封鎖区域、しかも極秘任務中の非公開作戦領域だ。処理は“作戦中の不慮の交戦”として処理できる。あの男を生かして帰す方が、よほど危険だ』

 

 電子ノイズ混じりの秘匿通信内に、わずかな緊張が走った。

 

 そして──

 

『……待て』

 

 617が短く制止した。

 

『まだ、判断するには材料が足りん。奴は、こちらに敵意を見せていない。交渉の可能性がある』

 

 短く息を呑むような沈黙。続いて、静かに声が割り込む。

 

『621』

 

 長兄の声が、部隊の末妹へと向けられる。

 

『お前の直感で構わない。あの男は──何をしに、ここへ来たと思う?』

 

 すぐに答えは返ってこなかった。

 

 《バルテウス》の座席に沈んだまま、621は黙していた。

 

 だがその瞳は、確かに赤錆びたAC──そしてその前に立つ老いた男を、じっと見つめていた。

 

 ハウンズたちの通信回線は、一時沈黙したまま、次の判断を待つ。

 

 問いは、621に向けられていた。

 

 応答はなかった。だが、機体の内奥──《バルテウス》の制御中枢、その座席に沈む少女の意識は、確かに何かを見ていた。

 

 コクピットの前方、HUDの隅に、仄かに揺らぐ“何か”があった。

 

 物理的には存在しないはずの影。

 だが、621にとって、それは紛れもなく現実だった。

 

 ──浮かぶ紅い閃光。

 Cパルス変異波──《エア》。

 

 彼女は何も言わなかった。ただ静かに、621を見つめていた。

 

 ただ、委ねるような、赦すような……それでいて、確かに“信じる”という強い意志があった。

 

 621の右手が、無言のまま制御パネルへと伸びた。

 

 システム・ステータス──戦闘警戒レベル:第二種。

 敵性機体への自動射撃命令はすでに入力済み。トリガーを一つ引くだけで、即座に射線が走る状態だった。

 

 だが、彼女はそれを選ばなかった。

 

 軽やかに指先がパネルに触れ、プロトコルが一段階降格される。

 

 《バルテウス》の武装モジュールが、わずかに解除姿勢へと移行した。

 

 ──メインシステム、戦闘モード、停止。

 

 警告灯が一瞬だけ点滅し、主兵装のアクティブフレームが自動格納される。

 外観上の変化は微細なものでしかなかったが、状況は決定的に変わった。

 

 隊列の後方で、それを確認した620が即座に発声する。

 

『621、戦闘モード解除を確認。理由を照会──』

 

『……621』

 

 618も、低く押し殺すように名を呼んだ。

 

 だが、応答はなかった。

 

 621はただ、静かに、前方──赤錆びたACと、その傍らに立つサム・ドルマヤンを見据えていた。

 

 かつてのループ。

 この同じ場所、この同じ状況で、かつての621は迷うことなく引き金を引いた。

 

 彼女に“敵”と見做された対象は、瞬く間に排除された。かつての戦友、居合わせただけの敵兵士、区別無く。

 

 大義の元に星系を灼き尽くした時間軸では、正しく悪魔の様に語られた。

 

 だが、何かが違った。

 

 過去の時間軸とは、明らかに異なる選択。

 

 ──621?

 

 機体は静止していた。

 赤い警戒灯がすべて沈黙し、バイタル・スキャンが通常モードへと切り替わる。

 

 621は、ゆっくりと身体を起こした。

 上半身を支えるハーネスが自動で解除され、搭載スロットに格納されていく。

 

 彼女は無言のまま、後方格納スペースにある軽量型車椅子ユニットに手を伸ばした。

 折り畳まれていた機構が静かに展開し、揺れも音もなく床面に着地する。

 

 短く息を吐き、座面に腰を落とす。

 

 コックピット・ハッチ、開放。

 

 《バルテウス》のコアユニットの装甲が油圧音を立てて開き、微かに冷えた外気が入り込んだ。

 都市の霧をかすかに含んだ風が、彼女の頬を撫でる。

 

 数秒の間をおき、621の姿が現れる。

 

ゆっくりと、車椅子の操作レバーを傾ける。

 段差制御モードが作動し、段差を感知してフレームが自動調整を行った。

 

 《バルテウス》の膝元から、まるで巡礼者のように、少女は一人静かに降りていく。

 

 誰も動かなかった。

 

 広場は静まり返っていた。

 

 サム・ドルマヤンは、その場から一歩も動かず、621の接近をただ見守っていた。

 

『621……降車確認』

 

 620の声が、わずかに揺れた。

 

『……本気か』

 

 618の呟きが、秘匿回線に漏れる。

 

 だが、次の瞬間。

 

 618はパルスブレードをロックし、各兵装の照準システムを解除した。

 更に、621と同じく戦闘モードを停止させる。

 

『……621が信じるなら、それに従う』

 

 618が、呟くように言った。

 

 続いて620も、戦闘モードを停止させ同様に武装を格納する。

 

『非武装地帯規定、遵守。621が命を取らなかったという事実が、今の正解だ』

 

 619も沈黙のまま、機体を地上姿勢に移行させ、乗降モードを選択する。

 

 最後に、617。

 全装備をセーフティロックへと切り替えると、静かに口を開いた。

 

『全機、武装解除。交渉構えに移行。──降車する。621に続け』

 

 赤錆びたACの前へと、少女が近づいていく。

 その姿は、戦士ではなく、一人の人間だった。

 

 そして、それを追うように──ハウンズ部隊の兄たちも、機体から地上へと降り立った。

 

 それぞれが、武装を所定のラックに置き、両手を身体の側に下ろす。

 

 広場に、五つの影が歩を進める。

 誰一人、威圧でも敵意でもなく──ただ、確かな覚悟を纏って。

 

 《師父》は、彼らの姿を、風のような静けさで迎えた。

 白い髪が揺れる。

 その眼差しは、何も言わず、何も責めず、ただ真実を映す鏡のようだった。

 

 ふと、サム・ドルマヤンが視線を巡らせ、軽く顎を引いた。

 

 それは、合図だった。

 

 中央に聳え立つビルの陰から。

 地下へと続く排気口の格子の向こうから。

 そして、頭上のモノレール支柱の影から──

 

 次々に、人影が現れる。

 

 全員が迷うことなく姿を現した。

 

 旧式の遮蔽マントに身を包み、各部に簡素なタクティカル装備を備えた者たち。

 その動きに、ためらいや敵意はなかった。

 

 一様に、背中から武装を外す。

 ライフルを地面に置き、携行弾薬を脇に並べ、爆薬系統を小さくまとめて収める。

 

 解除された装備は、一つの円を描くようにして、サムの立つ広場中央に並べられた。

 

 

 ──戦う意思がない。 

 

 彼らが、それを行動で示したのだった。

 

 621の視線が、自然とその中の一人を捉えた。

 

 細身の体格。

 短く切り揃えられた黒髪。

 鋭く、それでいて憂いを帯びた目元。

 

 ──ツィイー。

 

彼女は、621の視線に気づいた瞬間、はっとしたように顔を逸らした。

 

 動揺ではない。

 怒りでもない。

 

 ただ、気まずさと、何かを飲み込んだような沈黙だけが、そこにあった。

 

 621は何も言わなかった。

 

 ただ、その場に立ち、目の前で展開される“対話の構え”を、静かに見つめていた。

 

 サム・ドルマヤンは、両手を下ろしながら、軽く顎を引いて後方を振り返った。

 

「……まずは、礼を言わせてくれ」

 

 しわがれた声が、広場の静寂に響く。

 

「このような形で、対話の場に応じてくれたことを、私は心から感謝している。ここに立つという選択が、どれほどの覚悟を伴うか……我々も理解しているつもりだ」

 

 サムは一歩、621に近づくことなく、やや脇に視線を投げた。

 

 その方向にいた、遮蔽マントを羽織った若い女戦士が、身を強張らせた。

 

「……ツィイー」

 

 名を呼ばれた少女は、わずかに肩を震わせた。だが拒むことはなく、一歩前に進み出る。

 

「来なさい」

 

 サムの静かな促しに従い、ツィイーは広場の中心──621の前へと歩み出た。

 

 両手は空。武装なし。身ひとつ。

 

 彼女は621の正面に立つと、わずかに俯き、口を開いた。

 

「……あの、久しぶり621ちゃん」

 

 ツィイーの声は微かに震えていた。

 

「何も言わずに逃げた事、謝りたくて……敵同士だから、謝るのも変な話かも……なんだけど」

 

 彼女の手が、無意識に腹部を押さえる。かつての傷跡が、そこにあるのだろう。

 

「……アーキバスの基地でさ、また助けてくれたよね。変なこと傭兵に襲われた時の事も含めたら、あれで2回目。2回も、助けてくれたね」

 

 その声には、どこか自嘲の色が滲んでいた。

 

「私、機構の基地が《ブランチ》って組織に襲われて混乱してる時、チャンスだって思って……イグアス君、G5と一緒に逃げ出して降下ポッドで地上に戻ったの」

 

 俯いたまま、ツィイーの肩がかすかに震える。

 

「ほんとは、ちゃんと、感謝も、謝罪もしたかったのに……って、どっちも逃げ出す捕虜がする事じゃないけどさ」

 

言葉が、そこで途切れた。

 

 息を一つ、吐いた。

 

「ごめん……621ちゃん。君の好意を裏切って、私は今、機構の敵としてまたACに乗ってる」

 

彼女は深く頭を下げた。静かに、深く、胸から滲むような所作だった。

 

 ハウンズの兄たちがその様子を沈黙のまま見守るなか、621は微動だにせず、ただ視線を向け続けていた。

 

 ツィイーの背中に、淡く霧が流れていく。

 

 やがて621は──何も言わずに、ただ、ほんのわずかに頷いた。

 

 それは肯定でも、赦しでもない。

 

 だが、ツィイーの言葉が、確かに届いたという応答だった。

 

 ツィイーは顔を上げ、何かを言いかけたが、それを飲み込み、静かに一歩下がった。

 

 そして、何も言わず、サム・ドルマヤンの背後へと戻っていった。

 

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