ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第63話 霧中

 ツィイーが静かに下がり、再び沈黙が広場を包み込む。

 

 誰もが次の言葉を待っていた。

 

 そして、サム・ドルマヤンは、かすかに息を吐きながら前へ一歩進み出る。

 

 まるで、その場の空気そのものを正すように。

 

「──済まなかった。ここからが、本題だ」

 

 白髪の老人の声は静かだが、芯があった。年齢を重ねた声帯が刻む低音が、音響装置も通さずに空気を震わせる。

 

「私は、戦いに来たのではない。提案に来た」

 

 《ハウンズ》たちの間に、わずかな反応が走る。

 

 だが、彼らは動じない。ただ、聞くべきものとしてその言葉を待つ。

 

「──惑星ルビコン3の封鎖。それが何をもたらしているのか、君たちが最もよく知っているはずだ」

 

 サムは、彼らの目を順に見ていくように視線を巡らせた。

 

「経済は破綻し、交通も通信も分断された。ルビコンに生きる者たちは、死ぬことすら許されない静寂の中に押し込められている」

 

「これは、コーラルという不安定な資源に依存した歪な経済を生み出した、我々ルビコニアンの罪かもしれない……だが、新たな子らにそその罪はないはずだ」

 

 そこには後悔の色もあったが、同時に、確かな覚悟があった。

 

「だからこそ──その火を、もう一度封じる」

 

 静かに、言葉が落とされた。

 

「我々ルビコン解放戦線は、コーラル資源の凍結を受け入れる。全面的に、だ。我々の持つコーラルの井戸も全て差し出す」

 

 ざわめきは起きなかった。だが、《ハウンズ》の兄たちは無言のまま互いに短く視線を交わす。

 

 あまりに重大な宣言だった。

 

「その上で、我々は惑星封鎖の解除、あるいは段階的な緩和を要請したい」

 

「資源を封じ、軍事技術を放棄する代わりに──我々の星に生きる術を与えてほしい。代替エネルギー。最低限の医療技術。少なくとも、次の冬を越せるだけの“持続”を」

 

 言葉には演説のような誇張はなかった。ただ、現実に即した、事務的で冷静な提案だった。

 

「我々がコーラルに依存せざるを得なかったのは、他に生きる手段がなかったからだ。封鎖するというなら──封じるなら、それで構わない。だが……見捨てないでほしい」

 

 視線が、再び621へと向けられる。

 

「君は……《バルテウス》を止めた。あれは交渉の意思だと、私は信じている。だから、こうして言葉を尽くす」

 

 サム・ドルマヤンは、一歩も引かず、ただ正面から語りかけていた。

 

「……これは、恥でも、屈服でもない。これは、生き延びるための選択だ。我々は、今を諦めたくない」

 

 都市の霧が、その言葉に静かに揺れる。

 

 サム・ドルマヤンの言葉は、もはや交渉という枠を超えていた。

 

 ──ルビコン解放戦線の全面降伏。

 

 ──コーラル資源の完全凍結への協力。

 

 それは、《封鎖機構》が数年かけてなお成しえなかった“目的の完遂”を、敵の側から提示するに等しい。

 

 誰もが、思考を止められていた。

 

 「全面凍結……本気か」

 

 低く、だが確かに震えを含んだ声で、618が呟いた。

 

 619も、かすかに顔をしかめながら言う。

 

「……そんなシナリオ、想定すらされていないぞ。敵が、ここまで折れるなんて」

 

 だが、誰も否定できなかった。

 

 サム・ドルマヤンの言葉には虚飾がなかった。ただ、歳月の重みと、命を選ぶ者の覚悟だけがあった。

 

 620が短く呟く。

 

「……我々の手に余る話だ」

 

 621は口を開かないまま、ただ正面を見つめていた。

 

 サムの言葉に、嘘はなかった。彼の背後に立つツィイーたちも、戦士ではなく生き残りとしてそこにいた。

 

 やがて、最年長の617がゆっくりと前に出る。

 

 重みをもって、言葉を紡ぐ。

 

「……提案内容、確かに受領した」

 

 その声は機械のように冷静だったが、わずかに喉の奥が震えていた。

 

「この場で即答はできない、我々はただ、この街の調査に来ていただけだ……これは現場指揮の判断を超えている。上層部、執行上尉──そしてそのさらに上、惑星封鎖機構を統括するシステムの政治判断が必要だ」

 

 サムは何も言わなかった。ただ、短く頷く。

 

 それで充分だった。

 

「620、記録は?」

 

「……完全に取得済み。映像、音声、空間信号全てログに記録。改竄なしで転送可能」

 

「ならば、ここでの対話は一旦終了とする。そちらも動きを控えてもらえるとありがたい」

 

 彼の言葉に、サム・ドルマヤンは無言のまま頷いた。

 

 互いの視線が交差し、やがて再び沈黙が落ちる。

 

 617は視線を隊へ戻す。

 

「……任務の本来だが、ザイレムの調査を──」

 

 その瞬間だった。

 

「……──ズ……あ──……きこえるか……!」

 

 ノイズにかき消されるような音が、耳に突き刺さる。

 

 《ハウンズ》全員の通信機が、一斉にわずかに震える。

 

 次の瞬間──

 

『617、全員聞こえるか。こちらウォルターだ』

 

 明らかに強制突破された通信回線から、聞き慣れた男の声が割り込んできた。

 

 だが、その声は普段の落ち着きとは明らかに異なっていた。

 

 焦燥と、怒気と、切迫が入り混じった、ただならぬ響き。

 

『お前たちの位置に、ベイラムの主力部隊が移動している。こちらの観測網にも干渉があり、正確な数は不明……だが、レッドガン部隊の番号付きを複数確認、これは、明らかな大規模軍事作戦だ』

 

通信が、ノイズと共に一瞬だけ切れた。

 

 重く沈んでいた広場の空気が、わずかに揺れる。

 

 617がその場で、サム・ドルマヤンを睨むように振り向いた。

 

 鋭い視線。疑念と警戒が混ざり合ったそれは──

 

 《裏切ったのか?》

 

 その問いを、言葉にせずとも強く突き刺すような眼差しだった。

 

 だが、サムは一歩も引かなかった。

 

「……我々ではない」

 

 すぐさま、静かに、しかし断固とした声で否定した。

 

「この奇襲は完全に予想外だ。通信傍受も、軍事作戦の兆候も──少なくともこちらには一切、なかった」

 

 サムの目は微塵も揺れていなかった。視線を逸らさず、真正面から617を見返す。

 

「私は、君たちとここで対話をするためにすべての武装を解除した。隠し球など、持ち合わせていない」

 

その静けさは、確かな“本気”を滲ませていた。

 

 だが──

 

 ゴォオオオ……ッ……

 

 低く、地を這うような重低音が、どこからともなく霧の向こうから響いてきた。

 

 次いで、鉄の機構が軋む音。クローラーの摩擦、エンジンの咆哮。

 

 そして──空を切り裂くような航空機のタービン音が上空にまで届きはじめる。

 

 617が、すぐに顔を上げた。

 

「装軌音……ベイラムの戦車隊だ、航空機隊も……」

 

 霧の向こう、まだ目視はできない。しかし、そこにいる。

 

 地を揺らし、空を満たす無数の機影が、今まさにこの広場へと迫ってきているのだ。

 

 交渉の刻限は、あまりにも唐突に──無慈悲に終わりを迎えようとしていた。

 

「……全員、配置に戻れ!」

 

 低く、しかし明瞭なサム・ドルマヤンの号令が、広場に鋭く響いた。

 

 即座に、解放戦線の戦士たちが動き出す。

 

 遮蔽マントを翻し、各自が分散して待機していたMTや、簡素なACへと駆け寄る。地面に置かれていた武装も手際よく再装着され、弾薬の確認、機体の再起動、簡易ブースターの燃焼チェック──その全てが、訓練された動きだった。

 

 彼らはまた、戦士としての顔に戻ってしまった。

 

 生き延びるために、再び戦う覚悟を決めた者の動きだった。

 

「全機、搭乗準備!即応体制を取れ!」

 

 617もまた。ハウンズに即座に命ずる。

 

『ハウンズ、全員聞け。戦闘は不可避だ。目標はベイラムの殲滅ではない──時間稼ぎと、ザイレムの確保だ』

 

『621、先行して警戒網を展開。バルテウスのセンサーを最大出力で作動。状況を掴め!』

 

『了解』

 

 静かに応じた621は、操作レバーを倒し、車椅子を旋回させて《バルテウス》の搭乗リフトへと向かった。

 

 コックピットが自動で開き、リフトが無音で降下してくる。

 

 その動作の間にも、頭上では霧の帳を裂くように飛翔するVTOL音が重なっていく。地鳴り。機械の怒号。砲塔の旋回音。

 

 もはや、前線はここだった。

 

 リフトに乗り込んだ621は、短く息を吐き、座席に沈む。

 

 装着が自動で完了し、神経接続が進行。視界が一瞬、暗転し──次の瞬間、バルテウスの高性能複合センサーが解像度最大で起動した。

 

「──!」

 

 息を呑む。

 

 HUDに展開されたのは、赤色の敵識別アイコンが画面を埋め尽くすかのような、圧倒的な情報量だった。

 

 敵性目標数:推定小型MT120超

 中型陸戦車両:40

 VTOL/航空ユニット:20

 AC反応──識別不能:4機

 

 まさに、戦争だった。

 

 これまでの奇襲や局地戦とは、次元が異なる規模。

 

 ルビコン封鎖下でも稀な、正面からの正規戦力による制圧作戦。

 

 それが、今このザイレムに向かって、着実に迫っていた。

 

『621、映像リンク共有、全機へ送出』

 

『了解、センサーデータ共有──送る』

 

 621が視線を走らせると、霧の向こう、ビル群の裂け目から浮かび上がっていく影があった。

 

 赤いマーキング。

 

 バイラムの軍徽。

 

 そして、一際威圧感を放ち進軍する、番号付きのAC。

 

 識別コードが走る──

 

 《G2・ナイル》《G3五花海》《G6レッド》《G7・ハークラー》――

 

 《レッドガン》が来ている。

 

 この戦場は、交渉の場ではなくなった。

 

 《ハウンズ》と《解放戦線》。

 

 今この瞬間、敵味方の線を超えて、一つの戦列が引かれようとしていた。

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