ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
ツィイーが静かに下がり、再び沈黙が広場を包み込む。
誰もが次の言葉を待っていた。
そして、サム・ドルマヤンは、かすかに息を吐きながら前へ一歩進み出る。
まるで、その場の空気そのものを正すように。
「──済まなかった。ここからが、本題だ」
白髪の老人の声は静かだが、芯があった。年齢を重ねた声帯が刻む低音が、音響装置も通さずに空気を震わせる。
「私は、戦いに来たのではない。提案に来た」
《ハウンズ》たちの間に、わずかな反応が走る。
だが、彼らは動じない。ただ、聞くべきものとしてその言葉を待つ。
「──惑星ルビコン3の封鎖。それが何をもたらしているのか、君たちが最もよく知っているはずだ」
サムは、彼らの目を順に見ていくように視線を巡らせた。
「経済は破綻し、交通も通信も分断された。ルビコンに生きる者たちは、死ぬことすら許されない静寂の中に押し込められている」
「これは、コーラルという不安定な資源に依存した歪な経済を生み出した、我々ルビコニアンの罪かもしれない……だが、新たな子らにそその罪はないはずだ」
そこには後悔の色もあったが、同時に、確かな覚悟があった。
「だからこそ──その火を、もう一度封じる」
静かに、言葉が落とされた。
「我々ルビコン解放戦線は、コーラル資源の凍結を受け入れる。全面的に、だ。我々の持つコーラルの井戸も全て差し出す」
ざわめきは起きなかった。だが、《ハウンズ》の兄たちは無言のまま互いに短く視線を交わす。
あまりに重大な宣言だった。
「その上で、我々は惑星封鎖の解除、あるいは段階的な緩和を要請したい」
「資源を封じ、軍事技術を放棄する代わりに──我々の星に生きる術を与えてほしい。代替エネルギー。最低限の医療技術。少なくとも、次の冬を越せるだけの“持続”を」
言葉には演説のような誇張はなかった。ただ、現実に即した、事務的で冷静な提案だった。
「我々がコーラルに依存せざるを得なかったのは、他に生きる手段がなかったからだ。封鎖するというなら──封じるなら、それで構わない。だが……見捨てないでほしい」
視線が、再び621へと向けられる。
「君は……《バルテウス》を止めた。あれは交渉の意思だと、私は信じている。だから、こうして言葉を尽くす」
サム・ドルマヤンは、一歩も引かず、ただ正面から語りかけていた。
「……これは、恥でも、屈服でもない。これは、生き延びるための選択だ。我々は、今を諦めたくない」
都市の霧が、その言葉に静かに揺れる。
サム・ドルマヤンの言葉は、もはや交渉という枠を超えていた。
──ルビコン解放戦線の全面降伏。
──コーラル資源の完全凍結への協力。
それは、《封鎖機構》が数年かけてなお成しえなかった“目的の完遂”を、敵の側から提示するに等しい。
誰もが、思考を止められていた。
「全面凍結……本気か」
低く、だが確かに震えを含んだ声で、618が呟いた。
619も、かすかに顔をしかめながら言う。
「……そんなシナリオ、想定すらされていないぞ。敵が、ここまで折れるなんて」
だが、誰も否定できなかった。
サム・ドルマヤンの言葉には虚飾がなかった。ただ、歳月の重みと、命を選ぶ者の覚悟だけがあった。
620が短く呟く。
「……我々の手に余る話だ」
621は口を開かないまま、ただ正面を見つめていた。
サムの言葉に、嘘はなかった。彼の背後に立つツィイーたちも、戦士ではなく生き残りとしてそこにいた。
やがて、最年長の617がゆっくりと前に出る。
重みをもって、言葉を紡ぐ。
「……提案内容、確かに受領した」
その声は機械のように冷静だったが、わずかに喉の奥が震えていた。
「この場で即答はできない、我々はただ、この街の調査に来ていただけだ……これは現場指揮の判断を超えている。上層部、執行上尉──そしてそのさらに上、惑星封鎖機構を統括するシステムの政治判断が必要だ」
サムは何も言わなかった。ただ、短く頷く。
それで充分だった。
「620、記録は?」
「……完全に取得済み。映像、音声、空間信号全てログに記録。改竄なしで転送可能」
「ならば、ここでの対話は一旦終了とする。そちらも動きを控えてもらえるとありがたい」
彼の言葉に、サム・ドルマヤンは無言のまま頷いた。
互いの視線が交差し、やがて再び沈黙が落ちる。
617は視線を隊へ戻す。
「……任務の本来だが、ザイレムの調査を──」
その瞬間だった。
「……──ズ……あ──……きこえるか……!」
ノイズにかき消されるような音が、耳に突き刺さる。
《ハウンズ》全員の通信機が、一斉にわずかに震える。
次の瞬間──
『617、全員聞こえるか。こちらウォルターだ』
明らかに強制突破された通信回線から、聞き慣れた男の声が割り込んできた。
だが、その声は普段の落ち着きとは明らかに異なっていた。
焦燥と、怒気と、切迫が入り混じった、ただならぬ響き。
『お前たちの位置に、ベイラムの主力部隊が移動している。こちらの観測網にも干渉があり、正確な数は不明……だが、レッドガン部隊の番号付きを複数確認、これは、明らかな大規模軍事作戦だ』
通信が、ノイズと共に一瞬だけ切れた。
重く沈んでいた広場の空気が、わずかに揺れる。
617がその場で、サム・ドルマヤンを睨むように振り向いた。
鋭い視線。疑念と警戒が混ざり合ったそれは──
《裏切ったのか?》
その問いを、言葉にせずとも強く突き刺すような眼差しだった。
だが、サムは一歩も引かなかった。
「……我々ではない」
すぐさま、静かに、しかし断固とした声で否定した。
「この奇襲は完全に予想外だ。通信傍受も、軍事作戦の兆候も──少なくともこちらには一切、なかった」
サムの目は微塵も揺れていなかった。視線を逸らさず、真正面から617を見返す。
「私は、君たちとここで対話をするためにすべての武装を解除した。隠し球など、持ち合わせていない」
その静けさは、確かな“本気”を滲ませていた。
だが──
ゴォオオオ……ッ……
低く、地を這うような重低音が、どこからともなく霧の向こうから響いてきた。
次いで、鉄の機構が軋む音。クローラーの摩擦、エンジンの咆哮。
そして──空を切り裂くような航空機のタービン音が上空にまで届きはじめる。
617が、すぐに顔を上げた。
「装軌音……ベイラムの戦車隊だ、航空機隊も……」
霧の向こう、まだ目視はできない。しかし、そこにいる。
地を揺らし、空を満たす無数の機影が、今まさにこの広場へと迫ってきているのだ。
交渉の刻限は、あまりにも唐突に──無慈悲に終わりを迎えようとしていた。
「……全員、配置に戻れ!」
低く、しかし明瞭なサム・ドルマヤンの号令が、広場に鋭く響いた。
即座に、解放戦線の戦士たちが動き出す。
遮蔽マントを翻し、各自が分散して待機していたMTや、簡素なACへと駆け寄る。地面に置かれていた武装も手際よく再装着され、弾薬の確認、機体の再起動、簡易ブースターの燃焼チェック──その全てが、訓練された動きだった。
彼らはまた、戦士としての顔に戻ってしまった。
生き延びるために、再び戦う覚悟を決めた者の動きだった。
「全機、搭乗準備!即応体制を取れ!」
617もまた。ハウンズに即座に命ずる。
『ハウンズ、全員聞け。戦闘は不可避だ。目標はベイラムの殲滅ではない──時間稼ぎと、ザイレムの確保だ』
『621、先行して警戒網を展開。バルテウスのセンサーを最大出力で作動。状況を掴め!』
『了解』
静かに応じた621は、操作レバーを倒し、車椅子を旋回させて《バルテウス》の搭乗リフトへと向かった。
コックピットが自動で開き、リフトが無音で降下してくる。
その動作の間にも、頭上では霧の帳を裂くように飛翔するVTOL音が重なっていく。地鳴り。機械の怒号。砲塔の旋回音。
もはや、前線はここだった。
リフトに乗り込んだ621は、短く息を吐き、座席に沈む。
装着が自動で完了し、神経接続が進行。視界が一瞬、暗転し──次の瞬間、バルテウスの高性能複合センサーが解像度最大で起動した。
「──!」
息を呑む。
HUDに展開されたのは、赤色の敵識別アイコンが画面を埋め尽くすかのような、圧倒的な情報量だった。
敵性目標数:推定小型MT120超
中型陸戦車両:40
VTOL/航空ユニット:20
AC反応──識別不能:4機
まさに、戦争だった。
これまでの奇襲や局地戦とは、次元が異なる規模。
ルビコン封鎖下でも稀な、正面からの正規戦力による制圧作戦。
それが、今このザイレムに向かって、着実に迫っていた。
『621、映像リンク共有、全機へ送出』
『了解、センサーデータ共有──送る』
621が視線を走らせると、霧の向こう、ビル群の裂け目から浮かび上がっていく影があった。
赤いマーキング。
バイラムの軍徽。
そして、一際威圧感を放ち進軍する、番号付きのAC。
識別コードが走る──
《G2・ナイル》《G3五花海》《G6レッド》《G7・ハークラー》――
《レッドガン》が来ている。
この戦場は、交渉の場ではなくなった。
《ハウンズ》と《解放戦線》。
今この瞬間、敵味方の線を超えて、一つの戦列が引かれようとしていた。