ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
霧の帳の向こう。
まず、音が満ちた。
金属の摩擦音。戦車の無限機構が石畳を削る振動。ホバーユニットの圧縮空気音。そして何より、波のように押し寄せてくる──数の咆哮。
ベイラム軍が動いていた。
《封鎖機構》や《アーキバス》が精鋭による局地制圧を志向するならば、《ベイラム》は違う。
彼らは「戦術」を、数の上に築く。
迫る大地の轟きは、戦略ではなく「暴力の構造」を示していた。
霧を裂いて、まず姿を見せたのは、濃緑の装甲に塗装されたMTの群れだった。整然と縦隊を組み、歩調を合わせて前進するその様は、まるで軍用工場がそのまま移動してきたかのようだった。
その数はゆうに百を超える。
続いて現れたのは主力戦車群。装軌音を唸らせ、重厚な砲身を揃えて進む。各砲塔には統一された戦術マーク。火力管制の自動化が行き届いたベイラム仕様の最新鋭モデルだ。
その後方、雲を割って降下してくるのはVTOL(垂直離着陸機)部隊。機体下部には速射ガンポッドとロケットラック。空からの制圧と遮断を意図した展開。
視界の上から下まで、あらゆる戦域に《ベイラム》の意志が充満していた。
「戦う」のではない。「押し潰す」のだ。
それが、ベイラムという企業軍の理念だった。
そしてその前衛──紅いエンブレムを纏い、ひときわ鋭い機影を放つACが、まるで旗艦のように進軍してくる。
《G2・ナイル》
《G3・五花海》
《G6・レッド》
《G7・ハークラー》
どの一機もが、個としての脅威であると同時に、周囲に部隊を引き連れる指揮官だった。
《レッドガン》の番号付きが、部隊の核として進撃している。
これは迎撃ではない。制圧戦だった。
交渉の余地など、最初から考慮されていない。
ベイラムは、ただこの都市を「占有対象」として見ている。そこに人がいるかどうかは、重要ではなかった。
彼らにとって、すべては「計算された支配」の延長。
そして今、その圧倒的な数と規律が、ザイレムに牙を剥こうとしていた。
それに対して、ハウンズと解放戦線による迎撃の布陣は、急速に構築された。
旧ザイレム市街、中央広場から連なる高低差と交差路を利用し、解放戦線の兵たちは慣れた手つきで防衛ラインを築いていく。MTは角度を調整し、歩兵支援ユニットが電子誘導機器を設置する。
その中央、最も火線が集中すると予測される前面の砦、中央広場の前方──そこに、巨大な影が陣取った。
《特務機体バルテウス》。
冷却装置が白煙を吐き出し、装甲表面に刻まれた封鎖機構の紋章が霧の中に浮かび上がる。背部の武装・推進ユニットのブースターは駆動を保ったまま警戒モード。外殻には、常時展開型のパルスアーマーが稼働していた。
それは、まさに一機で“壁”を成す存在だった
通信機に、微弱な近距離の電波が届く。
『……621ちゃん、隣……入るよ』
わずかに緊張した声。
広場の脇から、無骨なBAWS製ACが滑るように前進してきた。
《ユエユー・ユエロン》。
その操縦席にいるのは──ツィイー。
621から受け継いだパルスブレードを構え、《バルテウス》の隣に機体を並べるその姿には、気まずさと、覚悟とが入り混じっていた。
言葉を交わすでもなく、621は視線を向ける。
ツィイーのACが、わずかに機体を傾ける。まるで、非言語の挨拶のように。
──621、聞こえますか。
《ユエユー・ユエロン》の傍らで、《バルテウス》のセンサーパネルが再び明滅した。
その一角に──見覚えのある波形が浮かぶ。
赤い残光。
意味を持たぬはずのCパルスが、一瞬だけ光の揺らぎとして視界を裂く。
そして、響く声。
──戦力分析が完了しました。封鎖衛星が使えずに時間がかかってしまいましたが……
その“声”は、どこか焦りを含んでいた。だが、それ以上に高ぶる意志があった。
──視界内に確認されているMT、戦車、航空機、およびAC部隊──全て合わせた数、およそ220ユニット以上。火力比において、こちらの防衛能力を3.7倍以上上回っています
──この防衛戦は無謀と言わざるを得ません。
淡々とした分析が、残酷に胸を刺す。
だが、声は続く。
──ですが、まだ終わりではありません。
──今、私はザイレム中枢へハッキングを仕掛けています。この都市は元々、ルビコン調査技研が設計した恒星間入植船です。中枢を抑えれば、防衛網……対ACレーザー、迎撃ミサイル網、そして船体動力、全てを再起動できます。
621の脳裏に、脳深部コーラルデバイスを通じ一瞬だけ構造図が流れ込んできた。
地下に眠る防衛システム。封鎖機構による管理ではなく、独自に動いていた最終防衛プロトコル。
それらが、今もなお眠っている──正しくは、“使用されていない”。
──これらを目覚めさせます。シンダー・カーラより、上手くやってみせましょう。
声が、熱を帯びる。
──621、この戦いにおける勝利は、ザイレムの確保以上に意義のあるものです。
──ルビコン解放戦線が機構に協力、こんな事はかつてのループでは想像も出来ませんでした。
──この協定が成されれば、コーラルと人が、共に道を選べる、唯一の可能性となる。
その一言に、621の指先が、わずかに強張る。
決して高揚でも感情論でもない。エアの声には、理性の中に、確かな願いが宿っていた。
──もう少し……もう少しで支配層に届きます。時間を稼いでください。私も、この作業が終わり次第"そちら"に向かいます。
──共に戦いましょう、621。
通信は途切れた。
だが、621の瞳には、彼女の意志が焼き付いていた。
──あの声が、確かに「戦う」と言った。
《バルテウス》のセンサーが再び唸りを上げ、前方の霧の帳の中──砲火の始まりが、音もなく膨張し始めていた。
次の瞬間、爆音が地平を割った。
ベイラムの戦列が一斉に火を噴いたのだ。
MT部隊の携行火砲が、榴弾の雨を前衛陣地へと降らせ、戦車群の主砲が時間差なく重ね撃ちを始める。VTOLからは高速で投下されるクラスター爆弾が閃光と轟音を伴って炸裂。空も地も、火の海と化した。
中央広場前面──そこは、もう地形ですらなくなりつつあった。
《バルテウス》は、その全砲火の焦点に立っていた。
だが、崩れない。
起動状態のパルスアーマーが次々と直撃弾をはじき、アーマーの隙間をぬって侵入しようとする弾幕を迎撃システムが打ち落とす。腕部に装備されたガトリングやショットガンが弾幕を形成し、短時間で20を超える航空目標を消し飛ばしていく。
まさに、“壁”だった。
621の意識と、戦術処理システムは一体化し、わずか一瞬ごとに最適化される迎撃パターンを選び続ける。1秒の間に、6度敵弾が直撃コースに入り、5度弾き返され、1度は防御装甲で受け止められた。
だが、その耐久にも、限界はある。
そして、それは621だけではなかった。
《ユエユー・ユエロン》──ツィイーの機体が、その横で斜めに滑るように移動しながら、大型火器を持つ大型MTへ肉薄。パルスブレードで一閃し、胴体を断ち割った。
しかし、直後に背後から迫った迫撃弾がユエロンの肩部アーマーを吹き飛ばす。機体が一瞬よろけた。彼女は無言で姿勢を立て直し、隣の《バルテウス》に寄るように移動する。
別の方向──ザイレムのビル影から、一機のACが空中を跳び、旋回斬撃で敵の機体を両断する。
師父──サム・ドルマヤン。
老いた英雄は、今なお前線で剣を振るっていた。
その動きは、獣のように鋭く無駄がない。経験と技量の塊だった。
サムの側近たち、老練なMT兵、そして《五本指》になぞらえたネームドAC部隊が縦横に走る。無人機に陽動を仕掛け、後衛火砲の座標を混乱させる。彼らはベイラムの作戦AIすら読み切れない“人間らしさ”を武器に食い下がっていた。
が──
限界は、迫っていた。
MTの残骸が、徐々に解放戦線側に傾き始める。
味方の損耗比率は明確だった。
数で押す戦術において、「押される側」は、常に疲弊を強いられる。
『621、《バルテウス》パルス圧低下。迎撃効率80%……!』
620の警告が飛ぶ。
敵はまだ止まらない。むしろ勢いを増していた。
──そして、その時だった。
『……追加戦力確認。新規AC3機、街の西端より接近中』
619のセンサー報告が、冷ややかな音調で広域通信に流れた。
直後、621のHUD上にも──新たな、鮮明な敵識別シグナルが浮上する。
赤。
ベイラム所属識別ではない。
だが、味方でもない。
そのコードを見た瞬間、各機から一斉に息を呑むような反応が洩れた。
──《BRANCH》
『……ブランチ!?』
617の声が震えた。広域通信がざわめきに包まれる。
『間違いない、確認されたACは三機──《アスタークラウン》《アンバーオックス》《ナイトフォール》……奴ら、ベイラムに雇われたか』
ブランチの三機が同時に、ゆっくりと広がる。
正面から突撃を仕掛けていたベイラムの主力とは別軸、完全に防衛網の“背面”へと展開しようとしていた。
『……包囲するつもりか』
617が即座に叫ぶ。
サム・ドルマヤンのACが跳ね、即座に背後の市街路へと旋回した。
『各機、背面防衛に備えろ!新たな敵勢力がこちらを包囲に来ている!』
その声は、前線に向けていたすべての照準を、揺らがせた。
《バルテウス》のセンサーが急旋回し、新たなターゲットを収束。
ツィイーの《ユエユー・ユエロン》も、再びパルスブレードを構え直し、後方へと振り返る。
だが──その刹那、《アスタークラウン》の三連装レーザーキャノンが閃いた。
防衛線の一角、広場へと通じるアーチ橋の支柱が爆ぜ、轟音と共に崩落する。
ベイラムの正面火力、そしてブランチの奇襲。
二正面戦。
──悪夢だった。
『621!いずれの前線も持たない!』
618の叫びが通信を貫く。
その背後で、621の視界にはもう、都市の構造そのものが砕かれていく様が映っていた。
照準に、G2・ナイルとG6・レッドの影が迫る。
そして、後方には──ブランチ。
戦場が、音を立てて崩れていく。
ベイラムの物量は止まらない。中央広場は既に半ば瓦礫と化し、MTの残骸が折り重なる中で、ハウンズと解放戦線はそれでも尚、諦めることなく踏みとどまっていた。
──だが、限界は確実に近づいていた。
そのときだった。
上空、重層化された爆煙の切れ間を、閃光が裂いた。
目にも止まらぬ軌道で──一機の未確認機体が、蒼穹を突き破るように降下してくる。
白銀の装甲。滑らかな曲線と、獣のような重量感を併せ持つシルエット。
蓮を想起させる特徴的な頭部センサー群。
そして、発光する紅のライン。
──コード23、現着……なんて、冗談です。
──ザイレムの掌握を完了、これより私自身も含めこの防衛戦に参加致します。
──お待たせしました。621。
彼女の声が、621の通信リンクに重なる。
機体は、爆風を切り裂くように降下した後、《バルテウス》のすぐ隣へと着地する。地を穿つような衝撃と共に、白銀の巨影が姿をさらけ出した。
『誰も、乗っていない……?』
620が呟く。
だが、違う。
そこには《搭乗者》など不要だった。この機体は、エアそのものである。コーラル・デバイスを通じてリンクされた彼女の意思が、今まさに戦場に実体を得て現れたのだ。
──共に戦いましょう。
──人と、コーラルの未来の為に。
電子ノイズ混じりの声が、それでも明確な感情を帯びていた。