ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第65話 降臨

 ザイレム中枢の掌握が完了したことにより、封鎖機構が長らく秘匿してきたアーカイブ群が解放された。

 

 その中に、ある極秘分類が含まれていた。

 

 ──C兵器

 

 それは、通常の兵器体系とは明確に一線を画するカテゴリーである。Cパルス、すなわちコーラル由来のエネルギー特性および思考干渉波を応用した“超常動作”を備える兵器群の総称であり、人類の科学技術の範疇では説明が困難な挙動を持つ。

 

 C兵器は、コーラルの振る舞いが高度に予測不能であるという前提のもとに設計され、制御においては従来の電子戦システムやAIでは対応不可能な領域に踏み込んでいる。そのため、設計そのものが「人の操作を最終手段」とし、「共鳴または共存」を原則としていた。

 

 具体的には、次のような特徴を持つ。

 

 ・戦術AIではなく、Cパルスとの相互干渉による自己判断制御

 ・熱核エネルギーに依存しない、自己充足型の動力循環構造

 ・電子攻撃やEMP無効化を前提としたコーラル層通信

 ・敵味方識別すらコーラルとの共鳴に依存する、極めて不安定な識別機構

 

これらの特性を備えるC兵器は、制御不能のリスクを常に孕んでおり、いかなる戦術的優位を持ってしても「投入に慎重であるべき兵器」とされた。

 

 そして、そのC兵器群の中にあって、特に別格の危険性を持つとされたものがある。

 

 ──《アイビスシリーズ》

 

 正式名称:コーラル集中管理システム。

 

 このシリーズは、元々ルビコン全域に点在するコーラル・ネットワークの統制を目的として構築された“制御中枢”の名を冠するものであり、「コーラルそのものの意志を翻訳し、兵器へと変換する」という禁忌の技術を基盤としている。

 

 その運用理念は、兵器というより“翻訳機”に近い。だが、出力されるものは決して言語ではなく──殺意だった。

 

アイビスシリーズは、以下のような特性を持つ:

 

 ・搭乗者・一部例外を除き、操縦系を一切排除した完全自律構造

 ・すべての動作判断を、Cパルスと直結した「共鳴知性」が実行

 ・単独で戦略級の制圧行動が可能(軌道防衛、広域殲滅)

 ・味方識別を排除、対象が“敵”であるかはコーラル側の判断に委ねられる

 ・機構内では「戦略的自殺兵器」として分類された

 

 その結果、開発初期段階で複数回にわたり発生した“敵味方識別崩壊”事例により、アイビスシリーズは正式運用に入ることなく永久凍結の判定を受けた。記録上では「存在しない兵器」として封印され、関連文書の大半は意図的に抹消されている。

 

 そんな禁忌兵器として扱われたアイビスシリーズの一機、それが《IB-07:SOL 644》。エアが操り、このザイレムに降り立った機体である。

 

 この機体は、他のC兵器と同じく搭乗者を持たない完全無人兵装であり、自己判断による戦術行動とCパルス共鳴による運用を前提とした設計となっている。

 

 だが、それには“特異な操縦者”が必要だった。

 

 それは、生体信号や脳波ではなく、コーラルそのものと干渉可能な意識。機械でも人でもない、Cパルスと同調しうる“第3の存在”──

 

 《エア》はその条件を、唯一満たしていた。

 

 彼女は元より肉体を持たず、コーラル・ネットワークを通じて存在する“意志”である。彼女にとって、兵器の搭乗席など意味を成さず、必要なのは「触れ得る器」だけだった。

 

 そして今、ザイレム中枢の掌握と同時に解凍された《SOL 644》は、エアの意識と完全にリンクされ、“現実に干渉する手段”となった。

 

 これは単なる無人ACではない。

 

 制御端末でも、支援装置でもない。

 

 あくまでエアという存在が、戦場に降り立つための“端末”だった。

 

 IB-07: SOL 644──それは、AIでもなく人間でもなく、コーラルと共にある意識が現世に干渉するために設計された「器」。

 

 通常の制御系では駆動すら不可能なこの機体を、エアは意思の拡張として操る。

 

 それは兵器というより、「手」としての存在。

 

 かつて兵器として封印され、なおも危険とされたアイビスシリーズの中で、唯一「使い得る」と判定された幻のコード。

 

 そして今、それが再び現れた。

 

 白銀の装甲に、赤いパルスラインを灯し──

 

 音もなく《バルテウス》の傍らに立つその機体に、搭乗者はいない。

 

 だが、そこには確かに、エアの意志があった。

 

 それは、戦うための存在ではない。

 

 “選ぶ”ために降りてきた、もう一つの命だった。

 

 ──そして、《SOL 644》がわずかにその顔を傾けた。

 

 無人のはずの頭部が、ほんの一瞬、隣に立つ《バルテウス》に“目配せ”するような挙動を見せる。

 

 直後──

 

 ザイレム全域に、重く沈んだような低周波ノイズが走った。

 

 地下から、地響きにも似た振動。

 

 次いで、都市構造に埋設されていた高密度通信ノードが一斉に覚醒する。

 

 《防衛ネットワーク、再接続完了──識別コード:IB-07、認証中……承認》

 

 制御権は、完全にエアへと委ねられた。

 

 次の瞬間、都市全域の各防衛装置が一斉に起動した。

 

 ビル屋上に隠されていた自動防衛砲塔が展開し、ベイラムのVTOL編隊を正確無比な軌道で撃墜していく。対ACレーザー砲が路地の奥から姿を現し、一撃で装甲車両を貫き、歩兵隊を吹き飛ばす。

 

 地下構造に秘匿されていたミサイルサイロ群が一斉に展開。都市中央から吹き上がるように上昇した垂直発射弾頭が、霧の向こう、主力戦車部隊の陣形を飲み込む。

 

『……動いた、都市そのものが!』

 

 620が驚愕をもらす。

 

 621の視界にも、まるで“都市が戦っている”ような異様な映像が広がる。

 

 だがそれは、異様でも幻でもなかった。

 

 ザイレムは元より、ルビコン調査技研が築き上げた入植用恒星間艦。その本質は巨大な防衛母艦だったのだ。

 

 その本能のような自己防衛機能が、いまエアの意志のもとに蘇生した。

 

 ベイラムの進撃が、一時的にせよ緩んだ。

 

 空に残ったVTOLは数を減らし、地上のMT隊は防衛システムの迎撃網により前進を鈍らせる。各部隊が次々と緊急後退の判断を迫られ、司令系統の混乱が広がる。

 

 そして、そのわずかな隙を突くように──

 

 解放戦線の兵たちが、再び動き出した。

 

『再配置!火線を立て直せ!』

 

『負傷者を後送、MTは砲台の射線に重ねる!』

 

 サム・ドルマヤンの咆哮が響き、側近たちが即座に応じる。煙の奥から再出撃するMT群が、再編された陣地へと展開していく。

 

 砕けかけていた戦線が、再び形を成し始めていた。

 

 その全ての中心に──

 

 《IB-07: SOL 644》が立っていた。

 

 その存在はまるで、崩壊の淵に立たされた戦場に差し込んだ一点の光だった。

 

 ただの兵器ではない。

 

 ただの支援でもない。

 

 その無人機の挙動には、確かな“意志”があった。

 

 ──エアは、ここにいる。

 

 《IB-07: SOL 644》は、その場に静止したまま──ほんのわずか、滑らかに身を傾けた。

 

 肩部装甲が僅かに傾斜し、巨大な機体全体が《バルテウス》に寄り添うような角度を描く。

 

 それは、巨獣が仲間に身を預けるような、あるいは──女が信頼する相手に寄り添うような、どこか優美な動きだった。

 

 次の瞬間、621の通信チャンネルに、あの声が届く。

 

 ──遅れて、すみません。

 

 エアの声は、電子ノイズを帯びながらも、どこか申し訳なさそうに、しかし確かな温度を持っていた。

 

 ──思ったより、中枢掌握に時間がかかってしまいました……でも、ようやく、あなたの隣に立てました。

 

 言葉と同時に、SOLの頭部がわずかに傾く。《バルテウス》の視線に合わせるようなその動きは、もはや“操縦”とは別の、意思の表れだった。

 

 エアが《SOL 644》という巨大で重厚な躯体をまといながらも、その挙動には奇妙なまでの“優しさ”がにじむ。 

 

 ──この形で会うのは、初めてですね。……不思議です。

 

 ──621。あなたの隣に立つこの時間を、私はずっと……夢見ていました。

 

 その声は、柔らかく、どこか嬉しげですらあった。

 

 背後では、都市の防衛装備が轟きを上げて動き続けていた。無数の敵影を押し返し、再び形を取り戻した戦線の中心で、ただ二機のACが並び立つ。

 

 一機は、封鎖機構の“壁”。

 

 一機は、コーラルの“意志”。

 

 ──今度こそ、失いません。選ばれた未来を、共に掴みましょう。

 

 そう語る声は、戦術でも戦略でもない。これは、願いそのものだった。

 

 《バルテウス》のセンサーが静かに揺れた。

 

 621の視界の中で、《SOL 644》の白銀装甲に灯る赤いパルスが、まるで脈打つように微かに共振していた。まるで心拍のように──同調する意思のリズムを刻むかのように。

 

 ──共に在る。

 

 その実感が、621の中に確かに息づいた。

 

 《SOL 644》が《バルテウス》の隣に並び立った、そのわずか数十秒後だった。

 

 空間を裂くような三重の音速突破──頭上の爆煙を引き裂くようにして、三機のACがザイレムの戦場へ突入した。

 

 それは、まるで戦局が再び傾ぐことを告げる鐘のようだった。

 

 重厚な金青の装甲、黄金の浮遊機構、そして──灰色に染め抜かれた、異様な沈黙を纏う一機。

 

 ブランチ所属の独立傭兵たち。

 それぞれが一個戦域をひっくり返すほどの戦力を有する、プロの殺戮者。

 

 ──《アスタークラウン》

 ──《アンバーオックス》

 ──そして──《ナイトフォール》

 

 三機が、都市の空を駆けながら軌道を分ける。

 

 そのうち、二機──アスタークラウンとアンバーオックス──が明確に《バルテウス》へ照準を向けていた。

 

 空からの直線突撃。放熱を抑えた超高加速機動。

 

 明らかに、621を標的とした奇襲。

 

 ──621、避けて!

 

 《SOL 644》が即座に介入姿勢を取ろうとした、その瞬間だった。

 

 エアの意識が、ふと横滑りするように視線を変える。

 

 《ナイトフォール》。

 

 灰色のRaD製特装型AC。まともな人間なら選択肢にすら入らない、《パイルバンカー》という超近接特化武装。

 

 戦場で暴れ回るというより、「獲物を追い詰めることに特化した」作り。

 

 そして──そのパイロット名。

 

 《レイヴン》。

 

 ……そのコードに、エアは黙していられなかった。

 

──それは、赦せなかった。

 

 レイヴン。

 

 かつて、戦場を渡る者たちの間で囁かれた、自由意志の表象。

 

 国家にも企業にも縛られず、ただ己の意志と契約だけを信じて動く傭兵の中の傭兵──独立傭兵の理想、そして都市伝説。

 

 その名を、かつてのループで名乗ったのは他でもない、621だった。

 

 いや、名乗ったのではない。

 

 ──奪い取ったのだ。

 

 終末に近づく世界で、レイヴンの損壊した機体から奪い、そしてレイヴンを倒し、その名を継いだ。

 

 それは、血と鉄にまみれた強奪でありながら、エアにとっては621こそが《レイヴン》であり、他の者が名乗っているなんて赦せない。たとえ、今ループにおいて現レイヴンからすれば知るよしもない言いがかりだとしても……

 

 そんな事は、一切関係ない。

 

 《レイヴン》という名は、彼女にこそ相応しい。

 ――もう一度、彼女の《レイヴン》と呼びたい。

 

 ――621。

 

 通信が繋がる。

 

 《SOL 644》の音声チャンネルが、直接《バルテウス》に届いた。

 

 音ではない。圧だった。

 

 穏やかでありながら、決して退かぬ強い意志がそこにあった。

 

 ――お願いがあります。

 

 エアは言った。

 

 その声は、まるで差し出すように、慈しむように続いた。

 

 ――レイヴンは私が相手をします。そして、その名を貴方に……捧げたい。

 

 《SOL 644》が、ナイトフォールを真正面から見据える。

 

 空を滑るように旋回し、都市の上層構造へと誘導する軌道に入る。

 

 明確に、戦場の重心から“外す”動きだった。

 

 ――あの名は……あなたのものです。世界を選び、背負い、命を燃やして進んだ……本物の“意思”にこそ、貴方にこそふさわしい。

 

 ナイトフォールが反応する。

 

 灰色の機体が音もなく追従し、砲撃を封じるような追尾角度で《SOL 644》へと食いつく。

 

 その軌道は、明らかに一対一の戦闘領域を構築していた。

 

『621──彼は、私が引き受けます』

 

 エアの言葉には、一切の躊躇がなかった。

 

『他の二機……お願いしても、いいですか?』

 

 言葉を告げる一方で、《SOL 644》はナイトフォールを視線で誘導しながら上層へと導いていく。

 

 高架道路、瓦礫と金属片に覆われた空中層。

 

 都市の骨組みすら露出した廃墟の上空に、二機のACが残像を引いて踊るように昇っていく。

 

 まるで、そこだけが別の戦場であるかのように。

 

『……レイヴン、レイヴン、レイヴン、レイヴン…………』

 

 エアの声が、最後にもう一度届く。

 

『女の子を数字で呼ぶなんて、ナンセンスですよね』

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