ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
ザイレム中央広場。
灰と火が降る、戦場の心臓部。
瓦礫に囲まれたオープンスペースは既に本来の形状を失い、複数の環状プラットフォームが崩落と爆発によって傾いていた。
《バルテウス》はその中心に静止し、全火器の冷却処理を終えつつ、広場から離れていく二つの光を見つめていた。
『……』
スラスターの駆動音。
正面、左から右へ流れる視界に、四脚の機影が跳ねる。
《アスタークラウン》が側面高速迂回。次いで、後方砲撃線から《アンバーオックス》が火力誘導。
エアが621に任せた《ブランチ》の2機が、《バルテウス》を囲みに来た。
621は動かない。
《バルテウス》の全身に備わっている高性能センサーが一瞬、静かに輝く。トリガーとスロットルにかかる指はわずかに震えるが、それはもはや恐れではなかった。
最初の遭遇で、追い詰められたあの記憶。
衛星砲の閃光と、エリオットの言葉。
621は、静かに息を吐いた。
脚部スラスターユニットが収束、点火。火花を散らし、灰塵を巻き上げながら《バルテウス》は低く、鋭く跳ねた。
《アスタークラウン》が背後へ回り込む。四脚機の瞬間加速――視界から外れる寸前、わずかに熱源がブースト波で歪んだ。
『特務機体、ボーナス対象だ。回り込むぞ、シャルトルーズ』
621はそちらを振り返らない。
斜め後方に旋回射撃。
腕部ガトリングが火を吹き、炸裂した銃弾が空間を斜めに切り裂く。
『チッ……』
《アスタークラウン》の前脚部装甲が削られる。
わずかにバランスを崩した機影が、軌道を修正しながら飛び退いた。
直後、正面から《アンバーオックス》の主砲、拡散レーザーキャノンと大口径グレネードキャノンが放たれた。
爆風と共に、視界全域が熱で霞む。
感知センサーの閾値が警告音を鳴らすが、621は警告を無視し、パルスアーマーの出力を全開にして突っ込んだ。
構造体の影を利用して一瞬視界を遮り帯状マルチプルパルスランチャーを展開。即時照準、全弾発射。
上空から降り注ぐパルス弾が、アンバーオックスの頭上を抉る。防御用の小型ブースターが対応するが、一発が推進機構を削り取った。
閃光。
直撃ではない。それでもよろけた。
動作軌道の癖。射線の傾斜。反撃タイミング。
すべて覚えている。
視て、記録し、再現する。
『こいつ……軌道基地の時より動きが……』
『ぼーっとしないよキング!もう一回だ!』
《アスタークラウン》が再接近。斜め下から跳ね上がる軌道。
621は、ようやく初めて、意識を向ける。
帯状マルチプルパルスランチャー、連続刃、展開。
迎撃に合わせ、機体を捻って重心を左後方に倒す。
機体が交錯する。金属音。火花。
反動で後退しつつ、621は短く息を吐く。
『……問題なし』
もう、恐怖ではない。
鬱屈と、静かな怒り。
そして、徹底的な実行。
再点火。
《バルテウス》がパルスチェンソーをまとい、中央広場を旋回する。
追いつけない。
最適解に沿った加速とブースト制御、パルス回避と遮蔽物の一時利用。
全てが、確実に2機を削るためだけに洗練されていた。
《完成された傭兵》キング、《見つめ合うと死ぬ女傭兵》シャルトルーズ。
その手札は、既に読み切られている。
この日、猟犬はかつての幽霊ではなかった。
真に獲物を狩る、獣だった。
『なるほどな、それが本来のお前の戦い方か』
621の照準が正面を貫く。
《アンバーオックス》の前面装甲がまた一枚剥がれた。
『……分が悪い、か』
通信帯域。
短く、舌打ち混じりの男の声。
2対1だとしても捉えきれず、むしろ着実に被弾を重ねていく。
『チッ!ベイラムMT部隊聞こえるか!こちら独立傭兵キング、支援を……なんだ?』
621のセンサーに複数の敵味方IFFが交錯する。
その中で、味方の識別帯が一斉に退避距離を取った。
即座に理由が判明する。
ザイレム中央防衛中枢──再起動済。
格納地下構造より、砲塔が複数射出。自動防衛リンクの制御信号、稼働中。
敵味方の区別を行わず、侵入角度と照準角のみを判断基準とする、ルビコン調査技研の遺物。
バルテウスは射線の外。
だが、ベイラム軍は違う。
爆音。
MT一機が空中で炸裂。
別の一機が、構造体の残骸ごと貫通され、火球と化して吹き飛ぶ。
混乱。
ベイラム部隊は敵味方識別処理に失敗し、各自散開を始める。
だが、防衛機構はそれを見逃さない。
地上に展開した迎撃型ミサイルバンクが、空中の航空ユニットへ照準。
──一閃。
墜落。閃光。回線切断。
そのすべてを、621はただ、傍観していた。
敵を倒す手間が、確実に減っていく。
むしろ、下手な射撃は味方を巻き込む危険すらあった。
『技研の兵器……なぜ、起動している。それに先程の機体……クソ、勝ち馬に乗ったつもりだったんだがな』
キングの機影が後退を試みる。だが遅い。
621はすでに加速していた。
スラスターワークで二機の間合いを完全に断ち、正面から《アスタークラウン》に照準。
機体の右脚部装甲──粉砕。
621は追撃の手を緩めない。
そのまま触れ合うほどに《アスタークラウン》に接近するとパルスチェンソーでガードブレードを抉る。
HUDに浮かび上がる敵の行動予測パターンが急速に乱れた。
『キング!なんなのこいつ……』
《バルテウス》が旋回する。今度はシャルトルーズへ。
火力を集中できない敵。
乱れる陣形。
崩れる戦場。
この瞬間、ザイレム中央広場は621一機を中心に再構成された。
地形すら、彼女のために動いているかのように。
包囲は失敗した。
戦術は崩壊した。
残されたのは、獣の前に散るだけの、敵影だけだった。
破滅的なパルスチェンソーが振るわれるたび、空間が軋むような低音を響かせた。
火線を逃れようとする《アンバーオックス》が全力で後退するが、621はその動きを完全にトレースしていた。
戦況は明白だった。
時間が経つほどに、動きが読まれ、距離が詰まる。
シャルトルーズは僅かに舌打ちし、通信帯域を切り替える。
『こちらシャルトルーズ。レイヴン、聞こえる?』
返答はなかった。
代わりに、通信音の隙間から空間を揺るがす衝撃音と高出力の斬撃音が混じった。
──交戦中。激しい、近接戦。
わずかなタイムラグの後、応答が入る。だが、それは本人の声ではなかった。
『……あいにく、本人は応答不能です。代わりに承ります、シャルトルーズ』
女の声だった。明瞭、かつ冷静。だが、その背景に不安定な通信環境と多数の警告音が混在していた。
『そのようね。中央広場が崩れてる、キングかやられた。支援に回れない?』
『不可能です。現在、C兵器と思われる未確認機体と交戦中』
一瞬、通信が途切れる。
次に戻ったとき、声の調子が変わっていた。
『敵機は高速変則機動を行っており、手が離せません……申し訳ありませんが、戦線の維持はそちらで頼みます。通信、おわり』
チャンネルが閉じられた。
静寂が広がる。
シャルトルーズは歯を食いしばる。
ほんの数秒。
だが、その間にも、621は間合いを詰めていた。
眼前に迫る《バルテウス》。
チェンソーの刃が空を裂き、視界の端で《アスタークラウン》が火花を散らしながら膝をつく。
シャルトルーズの中で、戦術的撤退という選択肢が浮かびかけた。
崩落寸前の中継ステーション群の間を、高速で交錯する二つの機影が走る。
赤い残光と、白い爆煙。
そこに生じる衝撃波は、空間そのものを軋ませていた。
《警告:EN値急減──再チャージ不能圏突入》
警報音が、レイヴンのコクピットに木霊する。
オペレーターの女性──正確で無駄のない情報処理が、既に極限域に達していた。
「肩部グレネード、偏差補正──右斜め上空二度、旋回起動。今!」
レイヴンの機体が即応。
双肩の二連装グレネードキャノンが斜めに展開、弾道を反転させるように放たれた。
爆発。瓦礫。閃光。
だが──影は、煙の向こうから現れた。
C兵器、アイビスシリーズ──IB-07:SOL 644
形状こそ人型に近いが、その挙動は常軌を逸していた。
ブレードの残光を靡かせながら、コーラル粒子を展開し、瞬時にその位置を数十メートルも転位させる。
レイヴンは瞬時に機体をひねる。
背部ミサイルラックが自動照準を逸らし、小型双対ミサイルがばら撒くように射出される。
ミサイルの海にアイビスの機影が消える。
……だが、次の瞬間には頭上にいた。
紅い閃光。
高濃度のコーラルを一点収束させた紅の奔流。
レイヴンは即座にENブーストをフル展開し、爆心から離脱。
だが、回避ではない。
避けさせられている。動きを読まれている。
機体が傾く。脚部フレームが警告を発する。
《着地不可:姿勢制御失調──再制御に3.2秒》
そこへ、コーラルブレードの直撃。
右腕のアサルトライフルが弾かれ、宙を舞う。
レイヴンは残された左腕──パイルバンカーを展開。
だが、打ち込む暇は与えられない。エアの機体が、高速旋回でその腕ごと押し倒すように接触を仕掛けた。
レイヴンの唇が結ばれる。
爆発的な加速度。再起動不能なセンサー範囲で、コーラル火器が再充填されていく。
『レイヴン!離脱を!』
オペレーターの声が響く。
『警告――この敵は、兵器ではありません。化け物です』
それでも、レイヴンは沈黙したまま機体を立て直す。
刹那、膝部のスラスターが噴き、推進を再開。
残された武装を最大効率で用いる方向へと再構成されていく。
だが、その背後──
エアは、もうそこにいた。
紅い閃光の中、機体が停止する。
高速戦闘の最中にも関わらず、その挙動は寸分の狂いなく制止し、まるで時間だけが一瞬凍りついたような静寂が訪れた。
次の瞬間、開かれる通信帯域。
識別信号は、C兵器《IB-07:SOL 644》より。
『──貴方は、強い』
無機的でありながら、どこか人間の温度を感じさせる声。
だが、それが心を許すものではないと、レイヴンのオペレーターは直感する。
『レイヴン、自由意思の象徴。その技量と胆力。称賛に値します』
レイヴンは無言。
敵意も感情も交えず、ただ機体を構える。
『……ですが、それは“存在”の許可には繋がりません』
声に微かに滲む、硬い決意。
戦場という事実に依存しない、もっと深い層から発された言葉だった。
『ここで退くことは許しません。生存も、等しく──』
通信帯域が一瞬だけ歪む。
だが、次の言葉ははっきりと、正確に響いた。
『……貴方の名を簒奪します。その名は、彼女にこそ相応しい』
コーラル粒子が一気に収束する。
SOL 644の全身から放たれた赤い光が、まるで“決別”の合図のように空間を裂いた。