ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
ザイレム中央の一帯に、戦闘初期とは明らかに異なる緊張が満ちていた。
それは明確な前兆のない変化だった。だが、誰もが体感的に悟る。
何かが降りた。
何かが始まった。
ベイラム軍所属のMTパイロット――識別コード「BRM-44」は、制圧部隊の一員としてザイレム広場周辺に展開していた。
作戦当初は順調だった。
中央構造物への火力投射は成功し、解放戦線及び封鎖機構の応戦も断片的だった。
複数のACを視認し、交戦ログも得ていた。優勢。それが部隊の共通認識だった。
だが。
突如、IFF未登録の異形機が空から降り立った。
紅の粒子を纏ったそのシルエットに、戦術AIが反応しない。味方でも敵でもない。だが“排除対象”と認識された。
そして、同時にザイレムの地中から防衛砲塔がせり上がった。
自動照準、自動選別。
だが、その選別は敵味方を問わず、“存在”そのものを対象とするものだった。
一機、上空で爆発する。
別の一機が構造体ごと貫通され、火球と化す。
閃光と振動が連鎖的に起こる。
BRM-44のHUDが赤一色に染まり、次々と味方のIFF信号が消えていった。
混乱。
後退指示は出ず、命令系統は断絶。
各機は散開し、構造体の陰に退避を始める。だが、砲塔は逃さない。
上空の航空ユニットが撃墜され、地上では複数のMTが機体ごと焼き尽くされる。
BRM-44の機体も、側面に被弾した。
左脚部ブースターが損傷。姿勢制御が不安定になり、瓦礫に機体を横たえた。
それでも、彼は生きていた。
まだ、見えていた。
仲間の機影が焼ける。
目の前の瓦礫が黒く融ける。
そして、その向こうに立つ、異形の“何か”。
識別できない。戦術データベースに記録はない。
それなのに、圧倒的な存在感。
浮遊し、粒子を帯びながら空間を滑るように移動するそれは、戦場においてあまりに異質だった。
彼は理解した。
あれは兵器ではない。
理屈も、優劣も、布陣も関係のない“災厄”だ。
──通信が回復したのは、BRM-44の機体がすでに火点の中に埋もれかけていたときだった。
ノイズ混じりの帯域に割り込むように、強烈な金属音声が響く。
『レッドガン部隊、こちらG6!コールサイン・レッド!残存部隊、こちらへ集結せよ!』
その声には、異常なまでの力があった。
高圧的でも命令的でもない。ただ、絶対的な“信念”が宿っていた。
まるで、自分の声で戦場を押し返そうとするかのように。
同時に、遠方から滑り込む様にモスグリーンのACが現れる。
ベイラムの制式ラインを意識した、実直な中量二脚機体。
レッドガンのエンブレムに刻まれた番号──**《06》**。
《G6レッド》──彼が来た。
『恐れるな!俺たちは軍人だ!ここで逃げたら、誰が道を示す!?』
炎上する友軍機の前に、レッドは堂々と着地し、その機体を盾にして砲塔からの火線を逸らす。
MTたちが、次々に応答し始める。
『……こちらBRM-09、脚部破損だが、まだ動ける!』
『BRM-44……音声通信にて応答、視界確保、戦闘継続可能!』
『コールサイン確認! レッドガン……来てくれたか!』
各機が、死線の縁から意識を引き戻されるように集まり始める。
レッドの機体が先導し、砲塔の死角へと誘導する形で動き出す。
『各機、散開しても各個撃破されるだけだ! 構造体の遮蔽位置へ移動、そこで防御陣形を取る!』
まるで、軍の教本から抜け出したかのような指揮。
だが、その言葉には不思議な説得力があった。
レッドは、誰よりも真っすぐで、誰よりも命令を信じていた。
そして、誰よりも総長を、ミシガンを信じていた。
『立て!レッドガン!ミシガン総長の仇を、あの憎き猟犬共を必ず討伐するのだ!』
残存MT十数機が、一斉に前進する。
それはもはや、寄せ集めでも烏合の衆でもなかった。
生き残った意志の結晶だった。
遮蔽物の陰に陣取ったMT部隊のレーダーに、2つの高熱源反応が急接近する。
「識別応答あり……IFF照合、AC二機……シャルトルーズ機、キング機……!」
報告が上がると同時に、空中を引きずるような爆音と、鉄が捩れたような轟音が鳴り響いた。
爆煙を割って突っ込んできたのは、ボロボロに損壊した《アスタークラウン》と《アンバーオックス》。
どちらも、かつての凶悪さを微塵も感じさせない。
推進器は火花を吐き、外装は融け、脚部関節は軋みを上げている。
戦闘継続など到底不可能な状態だった。
『……また、傭兵か』
G6《レッド》は忌々しげに吐き捨てた。
戦場をうろつく独立傭兵──軍でもなく、指揮下にもなく、だが“味方”と呼ばねばならない存在。
信用に値せず、命令も通らず、命を賭ける価値もない。
『MT部隊!あの2機を遮蔽に押し込め!まだ死なれては困る!』
MT数機が躊躇いながらも動き出す。
焼けた《アンバーオックス》がバランスを崩し、その場に膝をついた。
《アスタークラウン》も、かろうじて姿勢を保つのがやっとだった。
『……くそ……』
キングの通信は、ほとんど咳のようなものでしかなかった。
だが、それ以上の言葉はなかった。命令系統外の存在に、言葉を交わす意味はない。
通信帯域に、短い咆哮のようなノイズが走る。
次の瞬間だった。
視界の前方、黒煙と熱波が渦を巻くように膨張する。
「なに……?」
MTの一人が漏らした。
その爆煙の中から──
異形の影が、ゆらりと現れた。
パルススラスターが、音もなく再点火される。
環状装甲の間から放たれるENの放熱。
コクピットから伝播する、重い存在圧。
《バルテウス》。
強化人間C4-621の駆る、封鎖機構特務機体。
煙をまとったまま、その巨体が姿を現す。
火の粉が散る。無音だった。全てが静まり返る一瞬。
『621……機構の、死神め』
レッドの言葉に、背後の部隊が息を呑む。
それはまるで、死の到来だった。
だが、レッドの声は震えていなかった。
彼は睨み据えた。恐怖すら、意志で押し潰すように。
『MT部隊、態勢維持。キング、シャルトルーズ、火器管制は稼働しているな?無理でも、マニュアルで固定砲台くらいにはなってもらうぞ!』
そして、短く言い放つ。
『こいつが、総長を殺した猟犬か──なら、なおさらだ。ここで殺す。軍人としてな』
《バルテウス》は無言で迫っていた。
ザイレム広場の地面が振動し、残存するプラットフォームの破片が落ちていく。
全火器は沈黙したまま。
だが、その沈黙こそが、殺意を孕んだものだった。
『全部隊、射撃開始!!!』
レッドの咆哮が、爆ぜるように全帯域へ走る。
次の瞬間、遮蔽から一斉に砲火が吐き出される。
MTの主砲、キャノン、ミサイル、榴弾──生き残ったすべての火力が《バルテウス》に収束する。
《バルテウス》はその中央に、ただ静かに立っていた。
衝突の直前、機体外装にパルスシールドが瞬間展開され、閃光と爆煙が視界を塗り潰す。
だが、砲火を通しても分かる。──止まっていない。
MT隊の一機が警告を上げる。
『接近、接近!向こう、突っ込んでくるぞ!』
『怯むな!奴は獣に過ぎん!総長の仇を討つのだ!!!』
レッドは自ら火線の中心に立ち、バルテウスへ向けて全火器を展開した。
スラスターが鳴る。バルテウスが、真正面から加速する。
その後方。
《アンバーオックス》と《アスタークラウン》は、ひどく静かに、砲撃ラインの後方で停止していた。
パージ済の武装から流れる熱量は乏しく、彼らの火器はほとんど“飾り”と化している。
『……撃てはする。あんたの言う“固定砲台”くらいにはな』
キングが口の中でつぶやき、キャノンを地面に固定する。
シャルトルーズもまた、崩れかけたブースターを物陰に伏せるように押し込み、サブアームのグレネードを一発だけ発射した。
それは弾幕の“形”をとる、戦意なき支援射撃だった。
『……これ以上は無理ね』
『ああ。生き残る気があるなら、戦場を切り上げるべきだ』
シャルトルーズのHUDに、再構成された暗号通信帯が浮かぶ。
キングが静かにアクセスを開始していた。
『レイヴン、応答せよ。こちらキング。まだ生きてるか?現状こちら戦闘継続困難。離脱ルートを再評価中』
わずかな沈黙の後、返答はなかった。
だが、そのノイズの向こうから、かすかな環境音──爆発音と、刃が空を裂くような高周波が聞こえていた。
『まだ交戦中か……C兵器相手ではレイヴンも苦戦は免れまい』
遠方でまた、砲火が爆ぜる。
だが二人のACは、もうその音を意に介していなかった。
『レッドの奴……ミシガンが死んだってのは、本気で信じてるらしいな』
『まあ、真偽は関係ない。アレはもう、怒りが燃料なんだよ』
《バルテウス》がMT部隊へ突撃を開始した。
火線を裂いて現れたその巨影に、いくつもの火器が弾け飛ぶ。
レッドの咆哮がまた、戦場を震わせる。
『こいつがミシガンを殺した猟犬なら──! ここで俺たちが討たねば、軍人の誇りが泣くぞォォ!!』
命を賭ける覚悟と、使い潰される予感。
それが、今のベイラムだった。
そして、その中で──
二人の独立傭兵は、次の戦場を睨みながら、あくまで“今”を切り抜けようとしていた。