ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第68話 魔王

 《バルテウス》は、火の中から歩いてきた。

 

 機体外装には煤が貼りつき、赤熱化したフレームの隙間からパルススラスターが微かに煌めく。

 だがその歩みは、炎に焼かれることもなく、爆風に弾かれることもない。

 まるで、この世界の“物理”が、《バルテウス》の前では意味を成していないかのようだった。

 

『接近――十二、十一、十……』

 

 BRM-44のHUDがカウントを刻む。

 距離は詰まり、火線は届くはずだった。

 

『今だ!一斉射撃、包囲網を畳め!撃てェ!!』

 

 レッドの怒声が弾ける。

 

 全機が一斉に射撃を開始。

 ミサイルが尾を引き、榴弾が空気を裂き、キャノンが大気を焦がす。

 

 だが──

 

 バルテウスは止まらなかった。

 

 爆炎が機体を飲み込んでも、装甲は微塵も歪まない。

 パルスアーマーが唸りながら出力を調整し、微かな爆風さえ通さない。

 一撃一撃が“効いていない”のではない。無視されているのだった。

 

『な……!?』

 

 MTの一機が動揺する隙を、バルテウスは逃さなかった。

 

 パルスチェンソーが展開される。

 魔剣のように輝くその刃が、視認とほぼ同時に襲い掛かる。

 

 一瞬の後、機体中央から二つに裂けたMTが爆散する。

 

 次いで右。高速旋回。

 帯状マルチプルパルスランチャーから撃ち出されたパルスが空中で開花し、逃れようとした別のMTを塵に還す。

 

 左、跳躍。踏み込み。

 斜めから突撃してきた二機に向けて、ガトリングとキャノンを同時射出。

 重火器が火を噴き、二機は装甲を剥がされながら地面に転がった。

 

『なんて防護性能だ……!』

 

『……だめだ、射線が読まれてる……!』

 

 残存機が次々と崩れ落ちていく。

 戦術AIはすでに逃走パターンを提示し始めていたが、G6レッドは応じなかった。

 

『ひるむなァァ!! 恐怖に膝を折るな!!奴は魔物だが──魔物ごときに軍人が負けるかァァ!!』

 

 レッドの機体が突撃する。

 その火線は、バルテウスの正面装甲に直撃するが──

 

 火花を撒いたのは、逆だった。

 衝撃でレッドのキャノンが砕けたのだ。

 

 次の瞬間、バルテウスの腕部が展開。

 パルスチェンソーが回転を強め、振り下ろされた。

 《G6》の識別信号が、画面から消える。

 

 静寂。

 

 残されたMT部隊は、もはや戦闘単位とは呼べなかった。

 脚部が崩れ、火器を失い、通信も遮断されている。

 それでも誰も後退しようとしない。

 

 ──そう、目の前のそれが、“恩人の仇”だからだ。

 

 だが、《バルテウス》は動きを止めない。

 あらゆる敵意を、逐次、沈黙させていく。

 その姿は──

 

 魔王だった。

 

 火の中に降臨し、命令にも忠誠にも揺るがず、ただ“敵”を狩るためだけに存在する機構の死神。

 その動きに、暴力はある。だが激情はない。

 あるのは、冷徹な整合性。完璧な効率。芸術のような死。

 

 BRM-44は、機体を傾けながらそれを見ていた。

 

 “美しい”と、思ってしまった。

 

 ──軍人として、最悪の感情だった

 

 《バルテウス》が最後の一機を打ち倒し、火線の中心で静止する。

 パルスチェンソーが収束し、装甲の隙間から青白い光が蒸気のように吹き上がる。

 

 死者の上に立つその姿は、もはや兵器ではなかった。

 神々しさと禍々しさを兼ね備えた、暴力の化身。

 誰もがそれを“魔王”と錯覚した。そうでなければ、心が持たなかった。

 

 ──その時だった。

 

『こちらG2──後退を開始する。コア制御施設、確保失敗、G7が死亡。G3は既に離脱フェーズへ移行した』

 

 無線が生きていた。

 ノイズの奥から届いたその報は、MT部隊の生存者たちに“敗北”を告げるものだった。

 

『嘘だろ……俺たち、無敵のレッドガンじゃねえのかよ……』

 

 続いて、別の通信帯域にて上層部の一斉命令が展開される。

 

『ザイレム制圧作戦、フェイズ2は中止。戦線収縮。残存戦力は最寄の脱出ポイントへ集結せよ』

 

 BRM-44は、左腕の操作パネルに手を伸ばす。

 損傷の激しいUIを何とか操作し、前方の灰の中に沈んだ《G6レッド》の機体をズーム補足。

 

 中央コア──生きていた。

 

『……応答はない。だが、出力反応は残ってる。まだ死んでいない』

 

 彼はそう呟くと、音声出力を最大にして叫んだ。

 

『MT部隊、聞こえる者は応答せよ!G6レッドのコアが生きてる!回収して、脱出ラインへ移動する!』

 

 数秒の沈黙。

 

 やがて、壊れかけたMTの一機が、ゆっくりと機体を傾けて前進を始めた。

 続いて、残された数機が支援射撃をしつつ、コアへと向かっていく。

 

 その間にも、バルテウスは微動だにしなかった。

 だが誰も、あれが“見逃している”とは思っていなかった。

 まるで──狩りが終わったとでも言いたげに、ただ静かに煙を纏って立っている。

 

 レッドの機体へと辿り着いたBRM-44は、慎重にコアブロックを分離する。

 

『……総長の仇は、まだ取れません。だが、生きて伝える義務がある』

 

誰に言うでもなく、そう呟いた。

 

 そして、砲塔の破片の陰から、辛うじて動くMTたちが次々と離脱ラインへ向かっていく。

 その背に、バルテウスの冷たい視線が追いかけることはなかった。

 

 もはやそこに“戦場”はなかった。

 

 ただ、“勝利”だけが、異形の形でそこに在った。

 

 戦場の終焉には、いつも奇妙な静寂が訪れる。

 

 《バルテウス》は、完全な沈黙の中で再起動した補助センサー群を展開していた。

 高密度な熱源反応、EM波、生命維持シグナル──敵味方の区別は関係なく、ただ“生き残った者”を探す。

 

 数秒のスキャンで、動ける機体が数機、瓦礫の陰に潜んでいることが判明した。

 パルスレーダーが断続的に何かを拾い上げる。

 全員、重度の損傷。機能不全寸前。大半は無力化しており、もはや戦闘員ではなかった。

 

『……救護対象なし』

 

 奇妙なほどに、621の内側は静かだった。

 “戦場”としての役目が終わったこの場所に、次の行動指針を示すものは存在しない。

 

 だが、621は動かなかった。

 まだ“何か”が、終わっていない気がしていた。

 

 ──その時。

 

 空間が、波打った。

 

 直後、重低音の破裂と共に、重力に抗うような残光が天空を裂く。

 

 紅の粒子──コーラルが拡散し、残光の中から一機のACが姿を現した。

 

 《IB-07:SOL 644》

 

 C兵器、アイビスシリーズ。エアが操る、異端の超兵器。

 

 姿勢制御を終えたその機体は、静かにバルテウスの前方、約300メートルに着地した。

 着地の衝撃で巻き上がった塵煙を、コーラルの熱波が押し返す。

 

 右腕には、何かを握っていた。

 

 ──《ナイトフォール》の頭部ユニット。

 レイヴンが駆る機体の“バイザー”部──割れ、砕かれ、かろうじて形を保つ破片。

 

 バルテウスのセンサーが即座に識別を試みるも、すでに機体識別コードは抹消されていた。

 それでも、それが“敗北の証”であることは疑いようがなかった。

 

 だが、それは完全な勝利の証でもなかった。

 

 《SOL 644》は無傷。いや、それどころか、より洗練された挙動を見せていた。

 けれど──

 

 レイヴンを仕留め損なっていた。

 

 621の思考が、わずかに波を立てる。

 《SOL 644》の性能は、理論上、通常のACである《ナイトフォール》の上位互換である。

 機動性、火力、反応速度、そして耐久性。

 全てにおいて、上を行っていたはずだった。

 

 それでも、仕留めきれなかった。

 

 エアの機体から、通信帯域が開かれる。

 

 ──ただいま戻りました、独立傭兵やベイラムを任せきりにしてしまって申し訳ありません。

 

 エアの声は静かだった。

 だが、その中に微かに滲むものがある。

 

 戸惑いか、それとも……興奮か。

 

 ──“これ”のパイロットはまだ生きています。頭部や武装は削ぎ落せましたが……もう少しの所で離脱を許してしまいました。

 

 通信の一瞬の隙間に、風が吹いた気がした。

 それは、コーラルの吐息か、戦場の余韻か。

 

 ──おそらく、彼は“次”に備えています。まったく、恐ろしい傭兵です。

 

 バルテウスは応えない。

 ただ、センサー越しに、《SOL 644》の右腕を見つめていた。

 

 ナイトフォールのバイザーが、戦場の風に晒され、砕け散る。

 まるで、レイヴンの不在そのものが、次なる嵐を予感させる“前兆”のようだった。

 

 《SOL 644》がバルテウスの前で膝を折るようにして着地したまま、全身の粒子放出を停止する。

 その直後、機体上部の通信モジュール群が展開され、再びザイレム地下に埋設されたセンサー群とのリンクが開始された。

 

 ──広域センサー再接続完了……ザイレム外縁より、熱源、EM波、IFF信号、全て消失を確認。

 

 淡々と告げるエアの声。

 しかしそれは、どこかで安堵を滲ませていた。

 

 ──621。ベイラム勢力、独立傭兵の離脱を確認。交戦意志のある存在は、もはやこの領域には存在しません。

 

 電子的な余韻の後、エアが広域無線帯域に接続、大出力にて送信を開始した。

 

『──こちら封鎖機構特務部隊所属、C4-621およびC兵器《SOL 644》。ザイレム戦域、敵性存在の完全排除を確認』

 

『──これより、残存する全機に通達する』

 

 通信帯域が、戦場の全方位へと解き放たれる。

 

『──現在、敵味方を問わず、行動不能機体、生命反応保持個体の探索および救護活動を開始』

 

『──本通信を受信したすべてのオペレーターは、現帯域を通じて現在地と状態を通報されたし』

 

 その声に、ザイレムの大気が僅かに揺れる。

 敵味方の区別を超えた“無条件の宣言”。

 

 沈黙が続く。だが、確かに、応答が始まっていた。

 

『……こちら、解放戦線医療班……移動可能な3名を随伴し、指定帯域に接近中』

 

『損傷甚大。味方、敵、区別不能。了解、共にやる』

 

解放戦線の応答が入る。

 それは、ごくわずかな規模だったが、確かな意志を帯びていた。

 

 遠方、ザイレム東区画。

 構造体の残骸を超えて、真っ白な煙の中を一台の軽装医療機がゆっくりと進んでいく。

 

 その周囲には、数機の損傷したAC、もしくはMTが随伴していた。

 火器はすでに解除され、代わりに各機のハードポイントからは小型のスキャナーアームや簡易担架ユニットが伸びていた。

 

 敵と味方。

 兵と兵器。

 それらが混在する中──救うという、ただひとつの行為だけが成立していた。

 

『621、損傷機一体、生命反応アリ。自力移動不可らしく、対応を要請が』

 

 エアの報告に、バルテウスの視線が緩やかに動く。

 煙の奥。横たわるのは、先ほど切り裂かれたはずのMT機体の一つ。

 通信装置こそ機能停止していたが、操縦席内のパイロットスーツから微弱な心拍が検出されていた。

 

 バルテウスはゆっくりと踏み出す。

 今は、殺すためではない。ただ拾い上げるために。

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