ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
ザイレム中央広場──
戦場に降りた静寂は、ほんのわずかな時間で「秩序」へと転じていた。
火は消え、爆煙は風に流され、瓦礫の間には人影が動いている。
かつて死を交えた者たちは、今や敵味方の区別もないまま、沈黙の中で機体の間を行き交っていた。
中央構造体の影──そこでは、解放戦線の戦士たちが集結し、捕虜となったベイラム兵たちの処理を進めていた。
列を成すのは、無装備の状態で整列させられたMTパイロットたち。
戦闘服の上から布製の拘束具を巻かれ、腰に下げていたデータ端末類もすでに回収済みだった。
無論、ACパイロットのような独立指揮権はない。彼らは軍属であり、命令なき今、ただ沈黙するしかなかった。
「次、名を」
「……デルマン・ロイ。レッドガン部隊、工兵第八MT中隊所属、識別番号C-113445』
「確認……ロイ、C-113445……はい、次」
冷ややかながらも秩序だった声で、解放戦線の記録係が淡々と情報を記録していく。
傍らでは、数名の兵士が警戒しながら捕虜たちの様子を見守っていた。
異常行動は、いまだゼロ。
ただ、その眼差しの中には、沈黙よりも深い敗北の色が浮かんでいた。
その少し離れた地点、かつて《バルテウス》が破壊を撒き散らした広場外縁部にて。
『全機、再点検開始。損耗率重。補給班はパーツ交換から。621は──』
《ハウンズ》ら、封鎖機構所属の特務部隊も、戦闘終了後の一時集合を行っていた。
621の《バルテウス》は、依然として圧倒的な存在感を放っていたが、機体のあちこちに火器の煤痕や冷却残留物がこびりついていた。
『……ハンガー接続待ち。スラスター出力、完全に落ちてるな』
『交換不能。下手に触ればバイパスが爆ぜる』
解放戦線の整備班オペレーターたちが、仮設ハッチを展開し、各機体に仮接続を行う。
補助電源の再供給が始まり、通信系が順次回復していく。
その中心には、無言のまま座す《バルテウス》。
整備兵らは恐る恐る近づき、機体フレームの外装データを確認していたが、621は一言も発しなかった。
まるで、完全な沈黙すらも任務の一部であるかのように。
そして、エア――《SOL 644》の機体は、広場の外縁で静止していた。
その紅を帯びた機体は、戦闘の痕跡すらない完璧な静寂を保っていたが──周囲の空気は、確実に変わっていた。
人々の目が向き始めていた。
目を逸らせなくなっていた。
それは圧倒的戦力ゆえでもある。
戦場をほぼ単独で制し、ベイラムを退けた“超兵器”──C兵器アイビスシリーズ《SOL 644》。
だが、それ以上に。
「……あれ、本当に“人”が操縦してるのか?」
「いや、別物だろ……制御できるわけがない。機構の、C兵器というやつだ」
囁きが、薄く、重く、拡がっていく。
誰も近づこうとはしなかった。
なぜならそれは、畏怖に近い好奇心だったからだ。
《SOL 644》が歩き出す。
赤い残光を帯びながら、瓦礫と焦熱の死地を踏み分けていく。
脚部の油圧シリンダが低く唸り、機体の膝部がわずかに軋んだ。
あくまでゆっくりと──まるで“気配”を損なわぬように。
目的はただ一つ。
《バルテウス》から降り、外部端末を操作する強化人間C4-621のもとへ、近づくこと。
その姿は小さかった。
高層ビルの隙間に立つような存在。焦げた装甲服、煤けたヘルメット。
だが、エアにとってそれは、最も確かで、最も尊い“核”だった。
《SOL 644》は停止する。
621の至近十数メートルにまで接近した後──その巨躯を、限界まで屈めた。
膝を折り、腰部を沈め、機体全体を沈み込ませる。
かすかにモーターが軋み、関節部から放熱の蒸気が洩れる。
頭部ユニットが、地を這うように低く沈む。
目線を、合わせるために。
蓮を想起させるセンサー群が柔らかく明滅する。
その発光は、紅というよりも、光に染まった“想い”だった。
通信帯域が開かれる。
それは機械的な信号ではなかった。声に似た、けれど音とは違う、波だった。
『── 621、体調は如何ですか?』
静かな、優しい問いかけ。
音圧も、緊急性もない。ただ、そこに込められていたのは心配だけだった。
『──戦闘時の出力波形を確認しました。あなたの身体負荷は許容範囲を超えています』
《SOL 644》の頭部がわずかに傾ぐ。
巨体でありながら、その所作はあまりにも人間的だった。
応答は、ない。
だが、621の体がかすかに止まり、視線を《SOL 644》へと向けた。
その一瞬が、エアにとっては十分だった。
紅い粒子が、肩部から放たれて空に揺れた。まるで安堵の吐息のように。
《SOL 644》は、膝をついたまま動かない。
超兵器のその巨体が、ただ一人のためだけに姿勢を低く保ち、目線を合わせている。
《SOL 644》の巨躯が沈黙を保つ中、その背後から複数の機影が近づいてきた。
灰を巻き上げる足音。
《ハウンズ》の所属するAC部隊、621の“兄”たちだった。
簡易修復を終えた機体が並び、外装には焼け痕や裂傷が目立つ。
しかしその姿勢は、今や戦士ではなく、ひとつの小隊としての落ち着きを取り戻していた。
先頭に立つのは、長兄617。
その後ろに、618、619──そして最後方に、やや距離を取りながら620が続く。
617は立ち止まり、弟たちに小さく合図を送ってから、621へと歩み寄る。
「621、怪我はなさそうだな」
言葉は短く、しかし重みがあった。
数分前まで地獄のような戦場にいた者の声とは思えない、冷静で、軍人らしい抑制。
《SOL 644》がわずかに首部を旋回させ、617の存在を認識する。
それに一切動揺の気配を見せず、617は淡々と続けた。
「お前と……その機体の助力がなければ、この戦場で我々は全滅していた。封鎖機構として正式に感謝を表明する」
形式通りの一礼がなされる。
それは《SOL 644》にも向けられていたが、機体は応じなかった。ただ、静かに佇むだけだった。
619が短く唸る。
「無人機……とは少し違うな」
「中身は何だ?オペレーターか?AIか?それとも──」
620が問うも、回答はなかった。
《SOL 644》──エア。
敵を制圧したのも事実だ。
戦場を制したのも事実だ。
だが、誰も彼女の“本体”を見ていない。
それは、兵器の構造的な問題ではない。“存在”としての根拠が欠落していた。
「……協力はありがたいが、油断するな。『味方』と断定するには、あまりに情報が足りん」
617の言葉は低く鋭い。
その音に、621も、わずかに視線を投げた。
《SOL 644》は沈黙していたが、ほんの少しだけ──その頭部が621の方へと再び向き直る。
その仕草は、まるで『自分の立場はあなたが決めて』とでも言いたげだった。
──そして。
621は、言葉を選ばなかった。
端末を操作して、短く言葉を発する。
『ともだち』
機械音声は平坦で、強調もなかった。ただ、事実を告げるような調子で放たれた言葉。
《SOL 644》がびくりと反応する。
膝を折ったままの機体が、わずかに振動し、肩部のフィンが低く開放された。
紅の残光が、空へと揺らぐ。
『──レイヴ……621!い、今のは……記録されました、はい……記録完了……!』
通信帯域に乗って、いつもの静かな音声とはまるで違う、どこか浮き足立った響きが走る。
『── 621は、私を……“友人”と……!』
《SOL 644》の外装スピーカーが小さく共振する。
機体の肩が微かに上下し、脚部のスタビライザーが意味もなく展開──いや、挙動が完全に制御を逸していた。
617はただ一言、呆れを抑えた低音で漏らす。
「……味方、らしいな」
『──はい!!』
返答は、621ではなく、エアからだった。
《SOL 644》が跳ねるように膝を浮かし、だが寸前で思い出したかのように再び腰を落とす。
『── 621。次の作戦も……共にいきます。いえ、もう離れません。どこへでも、お供します』
音声は抑えていたが、その喜びは粒子のように漏れ出していた。
《621》は何も言わなかった。
だが、わずかに顎を引き──肯定の、わずかな頷きを見せた。
《SOL 644》のセンサー群が、喜びのまま瞬く。
その一拍の静寂のあと。
紅い光が穏やかに収束していくと、エアの声は先ほどとは打って変わって、落ち着いた響きを帯びる。
『──……すみません、少し浮かれてしまいました。けれど、621が“友人”だと認めてくれたこと……本当に、嬉しかったのです』
通信帯域が一瞬だけ切れたかと思えば、即座に再接続された。
その次に発された音声は、冷静だった。だが、そこには確かな決意が滲んでいた。
『──改めて自己紹介を、私はエア。Cパルス変異波形、肉体を持たないルビコニアンです』
《SOL 644》の頭部が、ゆっくりと617の方へと向けられる。
明滅していたセンサーの光が、僅かに収束する。
『貴方たちの指揮官──ハンドラー・ウォルターとの面会を希望します』