ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第70話 対話

 衛星軌道基地・着艦デッキ──

 

 甲高い警報音が三度鳴り響いた後、空気制御バルブが開放される。外壁に面したドッキングゲートがゆっくりと開き、複数の強襲シャトルが順に着艦していく。着地の衝撃を吸収する機構が、低くうなるような音を立てた。

 

 まず最初に降り立ったのは、ハウンズ部隊、《LOADER》シリーズのAC群だった。C4-617から620──それぞれの機体は、すでに武装を解除し、ユニットの収納を完了している。最終降下地点の汚泥や灰が装甲の隙間に張りついていたが、損傷は軽微で、整備班の隊員たちも訓練通りに受け入れ作業を開始した。

 

 最後に、ひときわ重厚な着陸音とともに、改造《バルテウス》が滑り込む。C4-621の機体は、他の兄たちとは明確に異なる構造を持ち、現場にいた整備士たちの間に、一瞬だけ緊張と沈黙が走る。

 

 整備士たちがバルテウスの着艦処理に取りかかる中、もう一機の補助艇──機構に登録されていない独立搬送仕様の低重力用艇が、ドッキングレールに静かに滑り込み、沈黙のまま着艦した。

 

 その艇は、明らかに通常の戦術運用機とは設計思想を異にしていた。外装には機体番号もマーキングもなく、コーラルの微光が装甲の継ぎ目からにじむように漂っている。

 

 誰も声をかけられなかった。

 

 ただ、着艦直後──

 

 ハッチが開き、紅の光と共に、異様な兵器、《SOL 644》が姿を現す。

 

 C兵器、コーラル集中管理システム《アイビス》の一機。

 

 《SOL 644》は滑走路の表面に淡い残光を撒きながら、機体はゆっくりと前進を開始した。

 

 《SOL 644》は、何も言わず、何も掲げず。ただ重力環境に適応するよう微調整しながら、ゆっくりと歩みを進める。

 

 待機していた整備員たちは、配置された誘導ラインのすぐ外側に退避し、息を殺してその巨体を見送った。彼らにとって、それは“整備対象”ではなかった。未知の存在であり、“命令に従って迎え入れる”という建前だけで成り立つ対象だった。

 

 格納庫上部、管制用の観測窓から、その様子を見下ろしていたのが──ハンドラー・ウォルターだった。

 

 指の先に乗るほどの携帯型通信端末を握ったまま、彼は思わず額の汗を袖で拭う。

 

「エア……Cパルス変異波形、肉体を持たないルビコニアン……」

 

誰にともなく呟いた声は、かすれていた。恐れではない。だが、緊張は隠せなかった。

 

 あれほどの戦力が、たった一人の意志で動き、そしてこの軌道基地へと来訪したという事実。

 

 《SOL 644》が整備エリア中央に誘導され、慎重な動きで膝を折る。

 機体の各部はまだ稼働状態にあり、放熱フィンやエネルギーユニットが呼吸のように微細な音を響かせていた。

 

 その全てを見届けながら、ウォルターは深く目を伏せ、静かに呟いた。

 

「……もはや後戻りは出来ないな」

 

 そして、腰の端末に指を添え、通信ラインを開く。

 

『グレイ執行上尉、こちらウォルター。C兵器《SOL 644》、到着を確認。以降、私が対話にあたる』

 

 その声は、穏やかで、しかし確かな責任を背負った男のものだった。

 

 通信が途切れた後も、彼の目は決して逸らさなかった。

 

 《SOL 644》の頭部が、わずかに観測窓の方向を向く。

 

ウォルターは静かに椅子から立ち上がった。

 

 無言のまま、手元の通信端末を折りたたみ、上着のポケットにしまうと、観測窓を背にして廊下へと出る。靴音が金属の床を硬く打ち、やがて格納区画へのエレベータへと消えていく。

 

 衛星基地の整備デッキ──

 

 《SOL 644》はすでに指定位置に停止していた。補助整備班は最低限のチェックと放熱処理を施していたが、彼らの動きは必要以上に慎重で、時に畏敬に満ちていた。

 

 エアは反応を返さない。ただ膝を折った姿勢のまま、静かに佇んでいる。

 

 そこへ、別の足音が近づく。  

 

「……ハンドラー・ウォルター」

 

 聞き慣れた低声が呼び止めた。

 

 振り返ると、C4-617が一歩後方に立っていた。防塵コートの襟を立てたまま、肩にはまだ戦地の塵が残っている。無言で敬礼すると、間もなく短く口を開いた。

 

「報告が遅れた。ザイレム調査任務──完了」

 

ウォルターは頷く。その表情は安堵とも緊張ともつかず、ただ静かだった。

 

「続けてくれ」

 

「了解」

 

 617は携帯端末を起動し、スクロール無しで要点を口頭で伝えていく。

 

「調査任務中、解放戦線の指導者サム・ドルマヤンが現れ、技術資源の提供と引き換えに、コーラルの全凍結を提案。部隊指揮官の権限を大きく超えていた為、一旦保留」

 

 ウォルターの眉がわずかに動く。

 

「……ドルマヤンが交渉に出てきたか」

 

「はい。その直後、ベイラムが戦術規模を大きく上回る部隊でザイレムへ侵攻。解放戦線と共同して迎撃」

 

 言葉が重く沈む。ウォルターは視線を伏せ、軽く頷くだけで先を促す。

 

「その際──」

 

 617はほんの一瞬だけ間を置いた。

 

「エア、C兵器《SOL 644》が現場に出現。出現と同時にザイレムの中枢システムを掌握し防衛装置を起動、ベイラム主力を殲滅。戦線を完全に崩壊させ、敵は撤退」

 

「……621と共に、か?」

 

「はい。彼女は621を“友人”と認識、また、我々封鎖機構に対して敵意は示しておらず、逆に──」

 

 ここで、617はやや言いづらそうに声を落とした。

 

「ハンドラー・ウォルター。貴方との面会を求めている。Cパルス変異波形、コーラルに生じた意識、ルビコニアンの1人として」

 

沈黙が降りた。

 

 ウォルターは、もともと多弁な人間ではない。だが、この報告の密度は常人ならば数十分を要するだろう情報量を含んでいた。

 

 彼は軽く目を閉じた。

 

 重く、ゆっくりとした吐息がひとつ。

 

 ほんのわずかだが、膝に力が抜けそうになる。それを悟られぬよう背筋を伸ばし、再び《SOL 644》へと視線を戻す。

 

「……わかった。グレイ執行上尉からも、この件については俺に一任すると言われている」

 

 言葉の端には、静かな覚悟がにじんでいた。

 

「任務ご苦労だった、617。君たちは一時待機に移ってくれ」

 

「了解。621も──現在、機能回復処理中」

 

 617は敬礼を送り、短く踵を返して歩き出す。

 

 その背に向かって、ウォルターはただ一言、低く。

 

「……ありがとう。全員、よく生きて戻ってくれた」

 

 617は返礼をせず、背中だけでそれを受け取った。

 

 そして──

 

 ウォルターはゆっくりと、赤く輝く《SOL 644》の前へと歩き出す。

 

 その機体は、あいかわらず沈黙を保ったまま。しかしセンサーの一つが、わずかにウォルターの動きを追った。

 

ウォルターの足音が、整備デッキの金属床を規則正しく叩く。周囲の整備兵たちは、ただ静かにその進路を開けた。

 

 《SOL 644》は動かない。

 

 だが、その紅のセンサーは確かに“こちら”を見ていた。

 

 ウォルターは、膝を折ったその巨体の前で立ち止まり、深く一礼する。

 

「ようこそ、君の訪問を心より歓迎する。俺は封鎖機構の外部顧問であり……今作戦の非公式な管理者でもあるハンドラー・ウォルターだ」

 

 その声音は穏やかで、しかし一切の曖昧さを含んでいなかった。威圧でも懐柔でもない、ただ責任を自らの胸に引き受けた者の言葉だった。

 

 やや間を置いて、機体から柔らかな通信波形が発せられる。

 それは声というより、音の温度を持った“反応”だった。

 

『──直接、お会いできて光栄です、ハンドラー・ウォルター。私はエア。Cパルス変異波形を基盤とした自己意識体……ルビコニアンの一端を成す存在です』

 

 センサーが柔らかく明滅し、紅の波が機体全体を包む。

 

『──実は、貴方の事はよく知っています。私は今でこそ、この機体《SOL 644》を通じてこの場に在りますが、以前は知覚出来ない精神体として621の傍にいました』

 

 ウォルターの眉がわずかに動いた。

 だがすぐに、表情を整え、再び口を開く。

 

「621と……?」

 

『──はい。貴方は彼女にとって雇用主であり、師であり……父親でした。私自身、貴方には一定の信頼を置いています』

 

「……だが、その信頼は一方的なものだ。俺にとって、君は全てが未知だ」

 

 《SOL 644》のセンサーが、静かに揺れる。

 

『……承知しています』

 

『──私の存在、そして行動が、多くの危機を招き、あなたの立場を危うくしたことも』

 

 エアの声が、わずかに沈む。

 

『──本来、今回のザイレム調査は“地形構造の解析”という名目でしたね?。貴方は《技研の遺産》を入手しようと目的を偽り部隊を動かした。しかし、様々な要因によって隠蔽は困難となりました、そこで、私は任務記録を一部編集し──偶発的な出来事として報告を提出しました』

 

 ウォルターの表情が、わずかに強張った。

 

 それは、任務記録改竄──ウォルターに与えられた権限やハッキング技術でも到底行えない、システムの根幹に触れる行為だった。

 

 だが同時に、そこに悪意はなかった。

 

 むしろ、彼女は“彼らの立場を守るために”それを行ったのだと、瞬時に理解した。

 

『──これにより、貴方が機構からの追及を受ける事はありません』

 

「どうりで執行上尉が何も言ってこない訳だ……なぜ、そこまで」

 

 静かに問う。

 

 そして、少しだけ迷ってから、答えが返ってくる。

 

『──私は、あなたたちに“拒絶される”ことを恐れたのです』

 

『──サム・ドルマヤンの登場も、ベイラムの侵攻も、ザイレムの掌握も……すべて、偶然の連鎖としました』

 

 《SOL 644》の巨体が、わずかに沈む。

 まるで、謝罪の意を示すかのように。

 

『──私という存在が、621と、あなた方ハウンズ、そして封鎖機構にとっての“脅威”であると認定されれば──私は、二度とあの人の隣にいられなくなる』

 

『──それだけは……嫌だったのです』

 

 ウォルターは、息を詰めるようにして、エアの言葉を聞いていた。

 

 そして──深く、重く、一つの息を吐き出す。

 

「……そうか、あいつにも、友人が出来たか」

 

 ウォルターは己の恐れを噛み殺すように、ゆっくりと顎を引く。

 

「話そう。君が望むならば、私にできる限りの協力を惜しまない」

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