ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第71話 査問

 衛星軌道基地・上層会議室──

 

 無機質な白光が、空調音さえ吸い込むように静まり返った会議室を満たしていた。

 

 長方形の黒檀テーブル。その中央に一人、グレイ執行上尉が姿勢を正して座している。軍服の襟元は乱れておらず、表情も無表情に近かったが──額の小さな汗が、彼の内面を物語っていた。

 

 その正面、映像通信越しに並ぶのは、惑星封鎖機構の上層評議員三名。全員が濃紺の正式軍務服に身を包み、階級章と識別コードが冷たいフォントで浮かび上がっていた。

 

『……説明願います、グレイ執行上尉』

 

 中央に座す人物──戦略局副総監を務める執行准将が、声音も冷たく口を開いた。

 

『独立傭兵組織《ブランチ》による基地中枢部への奇襲、警戒網突破、封鎖衛星網の麻痺……そしてそれに伴う《執行部隊》の壊滅。これら全て、あなたの任において発生した事象です』

 

「……異論はありません」

 

 グレイはただ淡々と応じた。歯向かうでも、弁解するでもなく。ただ認めた。

 

『さらに』

 

 今度は別の評議員が言葉を継ぐ。その声は、剃刀のような切れ味だった。

 

『惑星封鎖網の崩壊を皮切りに、惑星表層にて企業勢力である《ベイラム》《アーキバス》の侵入と勢力構築を許した……本来であればこれは本部直轄の査問案件です』

 

 会議室の空気が一層冷えたように思えたのは、次の発言が放たれた直後だった。

 

『──それと、もう一つ』

 

 情報局の筆頭評議員が画面越しに身を乗り出すようにして言葉を継いだ。

 

『突発的とされたベイラムとの大規模戦闘。その勝敗を決定づけた未登録C兵器──アイビスシリーズ《SOL 644》について、説明を願います。記録上、この機体は我々のデータベースに存在しません』

 

しばし沈黙が流れる。

 

 グレイ執行上尉は、目を伏せたまま資料端末を軽く指でなぞる。

 

 やがて、抑揚のない声が会議室に落ちた。

 

「……《SOL 644》は、ザイレム地下層にて発見された実験試作兵器群の一機です。詳細な製造記録は残されておらず、技術部の仮査定ではルビコン調査技研が設計した未登録のC兵器であるとしか判明しておりません」

 

 評議員の眉がわずかに動いた。

 

『発見、とは? あの領域は既に数度調査されているはずでは?』

 

「その通りです。しかし、ザイレム地殻の再活性化とコーラル干渉層の変位により、従来アクセス不可能だった深層区画が露出しました。作戦中、戦闘による構造体崩壊を契機として地下格納庫に通じる空間が確認され、当該機体が自動起動──敵勢力への迎撃行動を開始しました」

 

『つまり、自律防衛機能により稼働した、と?』

 

「はい。少なくとも当時は、そう解釈されるのが妥当でした」

 

 別の評議員が首をかしげる。

 

『しかし、その後《SOL 644》は封鎖機構部隊に随伴し、明確な協調行動を取っている。自律兵器としては明らかに逸脱した行動規範です』

 

「その点に関しては……」

 

 グレイは一拍、言葉を選んだ。

 

「機体は現在、他のC兵器と同様、私の監督下にあります。交信記録や指令ログ上でも、作戦コードの受信と応答が確認されており、一定の信号体系に従って行動していることが立証可能です」

 

『では、なぜ存在が記録されていなかった?』

 

「……不明です。恐らく、技研の管理系統における分類外兵装群、もしくは後期《アイビス計画》における試験機体。いずれにせよ、本部の記録には反映されておらず……今回の出現をもって、初めて実在が確認された形になります」

 

 その説明は、あくまで“記録に残すための言葉”だった。

 

 実際には、《SOL 644》は無人兵器であって無人兵器では無い。エアという肉体を持たないルビコニアンが干渉する事により駆動する、コーラルの意思そのものである。

 

 だが、その事実を認めた瞬間、すべての均衡が崩壊する。

 

 それを避けるために、《エア》は全記録を編集し、《SOL 644》の出現を「偶然の産物」として上層部へと提出したのだ。

 

 そして、グレイもまた──違和感を覚えつつも、その虚構を、あえて肯定した。

 

『……ふむ。正式な技術解析と機体収容を待つこととしましょう』

 

 会議室に再び沈黙が落ちる。

 

 評議員たちは数秒間だけ互いに視線を交わし──やがて、中央に座す准将が決定を口にした。

 

『……我々は今回の報告、ならびに《SOL 644》の出現、企業勢力の侵攻状況を総合的に勘案し……惑星ルビコン3の脅威評価を再定義する事としました』

 

 グレイの目が、わずかに見開かれる。

 

『現行分類ではルビコン3は“惑星封鎖対象”に留まっていたが、今後は“惑星凍結対象”へと格上げとします。現地反抗勢力の首魁と、対話の席を設ける機会を得たともありますので、好都合でしょう』

 

「惑星凍結……ですか」

 

 グレイの声は限りなく低い。それは、現役執行官では到底対応不可能とされる、機構の中でも最上位に近い危機分類だった。

 

『はい。これは君の責任という意味ではありません。だが君の執行権限では不十分だと判断せざるを得ない。最低でも執行准将以上、将校クラスの案件です』

 

『これよりルビコン封鎖運用の戦略指揮は、惑星封鎖機構中枢AIシステムに移行されます』

 

 決定は即座だった。抗う余地もなければ、猶予もない。

 

『現地作戦においては、従来通り君が指揮を続けて構いません。しかし、今後すべての戦略方針──兵器投入、データ運用、交戦規則、戦術レイヤの更新はシステムを経由して決定されます。理解していますね?』

 

「……了解しました」

 

 会議の終盤、機構評議会の筆頭評議員が静かに口を開いた。

 

『さて、グレイ執行上尉──今回の査問と封鎖指揮権の再編に関して、君にはもうひとつ、重要な報せがあります』

 

 グレイは無言で視線を上げた。

 

『以前より度々申請されていた件です──特務部隊への復帰配置がシステムより承認されました』

 

 沈黙が落ちる。

 

 数秒ののち、グレイの眉がほんのわずかに動いた。表情は変えずとも、その意味は深い。

 

『システムによる封鎖戦略指揮が始まる以上、現地部隊の指揮官はより現場に密接した形で動くべきだと判断されました。君のように現場経験が豊富で、かつ高等兵装への適応が証明されている人物は、後方に置いておくには惜しい』

 

 別の評議員が資料端末を確認しながら続ける。

 

『手続きはすでに完了しています。君の特務適性データは現役時と同様に有効、予備機として保管されていた特務機体──《カタフラクト》が整備区画にて再起動中』

 

 グレイは息を詰めたまま、ゆっくりと答えた。

 

「……本当に、よろしいのですか」

 

『かつての任務に戻れることを、君自身が何度も申請してきたはずです……今や前線に立てる人材は限られています、現場の事は任せましたよ』

 

「……感謝します」

 

 グレイの口元に、ほんの僅かに皺が刻まれた。笑みというには遠すぎるが、どこか懐かしさの滲む動きだった。

 

 評議員の一人が端末を操作しながら、平坦な口調で宣言した。

 

『そして──ルビコン3の新たな脅威評価に伴い、機構として以下の増援を即時投入する方針が決定されました』

 

 ディスプレイが自動的に分割され、複数の部隊編成図と戦力概要が並列表示される。

 

『高火力HC・LC部隊三個小隊。砲撃支援艦隊及びその随伴艦群、強襲艦二十隻。さらに、実験機を含む12機の特務機体群をルビコン現地へと展開』

 

『これらは全て、ルビコン凍結施行準備戦力に準ずるものとする。指揮系統はシステムへと接続され、現場運用権は特務対応官──君に委ねられる』

 

 グレイは無言のまま頷いた。応答の代わりに、端末の通知ランプが一つだけ点灯する。

 

 小型の軍務端末をそっと取り出し、画面をスライドさせると──そこには明確な変化が表示されていた。

 

 階級認証:グレイ特務上尉

 配備機体:AAS02:CATAPHRACT。

 任務登録:惑星封鎖対象《ルビコン3》特務戦線対応官

 

 その瞬間、数年ぶりに聞く、特務階級認証音が静かに鳴った。

 

『会議は以上となります。ルビコンの炎が、君の手で制御されることを期待しています。──健闘を』

 

 無音の中、グレイはただ、手元の端末を閉じ──胸元に静かに収めた。

 

 過去の階級章は、もう意味をなさない。

 

 機構評議会との通信が切れ、照明が通常の明度へと戻る。グレイ特務上尉はしばし無言のまま座っていたが、静かに椅子から立ち上がり、軍服の前を一度整えた。その所作には、言葉以上の決意が滲んでいる。

 

 扉が静かに開いたのは、その直後だった。

 

「執行上尉、失礼します」

 

 入室してきた副官の顔色に、かすかな緊張が浮かんでいた。

 

「アーキバス関連、直近の暗号通信と航路傍受記録に異常反応がありました。先ほど、バートラム旧宇宙港付近にて、複数の戦術サインを観測……侵攻の兆候ありと判断されます」

 

 副官は手元の端末を前に掲げ、最新のデータをグレイに提示した。

 

 グレイは一瞥しただけで、端末を受け取ることもなく言った。

 

「バートラム……残存しているほぼ全ての強襲艦が停泊している宇宙港だな。アーキバスめ、我らの航空戦力を奪いにきたか」

 

その言葉を聞いた瞬間──

 

 副官は、背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 

 グレイの背から放たれる“気配”が変わった。氷点下のような静けさの中に、獣のような殺気が一閃、吹き出す。

 

「……報告ご苦労。なお、私の事は以降特務上尉と呼称せよ。即時、ハウンズを含む可動戦力を招集、ブリーフィングを行う」

 

 静かな声。しかし、その内奥には容赦ない破壊衝動と作戦意思が滾っていた。

 

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