ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
衛星軌道基地、ブリーフィングルーム──
かつてグレイが数え切れぬ作戦を送り出してきたこの会議室は、いまや一変していた。
照明は演算負荷の軽減を目的としてか、以前よりも数段暗く落とされ、壁面には有機的に湾曲するグラフィックパネルが新設されている。中央には透明な指向投影台──その周囲に立つのは、C4-617から621までのハウンズ部隊と、黙して背後に控えるハンドラー・ウォルター。そして、その最前に立つのは、特務階級章を新たに帯びたグレイ。
彼は何も語らず、ただ静かに投影台に目をやっていた。
間もなく、部屋全体に明滅するような電子音が走る。システム接続の開始を知らせる信号だった。
『──戦術統括システム起動完了。認証コード照合──グレイ特務上尉、現地戦線統括指揮権限確認』
その音声は、あまりにも平坦だった。抑揚も、間も、あらゆる感情を切り捨てた合成音である。
投影台の上に、ルビコン3の軌道図と地表マッピングが展開される。中央には標的となる施設──バートラム旧宇宙港が赤く点滅していた。
『作戦名:バートラム旧宇宙港防衛。衛星軌道基地情報部が企業勢力アーキバスによる侵攻兆候を確認。敵勢力は軽量型降下艇・高機動支援機を主軸とする局地奪取編成と予測』
『貴官らの任務は、旧宇宙港内に停泊中の封鎖機構所属強襲艦群の安全確保。ならびに当該施設におけるコーラル研究インフラの保持』
ハウンズの面々が、無言のまま投影面を見つめる。その視線の先では、アーキバスの想定進攻ルートが赤いラインで浮かび上がり、次々と交差していた。
『敵艦隊の初動は高軌道エリアの死角を突いた偏差突入。予備降下部隊は地上傭兵との連携が予測され、封鎖機構所属の通信衛星群の妨害が開始された時点で第一波襲来と見做す』
『対応戦力は封鎖機構特務部隊ハウンズ所属AC4機、特務機体《バルテウス》、同補佐機《SOL 644》。指揮官ユニット:グレイ特務上尉、支援アドバイザー:ハンドラー・ウォルター』
ウォルターは目を細めたまま、何も語らなかった。彼に割り振られた役職は“支援”に過ぎず、AI主導下においては発言権も極めて限定的である。
『防衛優先順位:第一、機構資産の保全。第二、強襲艦の航行機能の維持。第三、敵勢力の鹵獲および構成解析、特にヴェスパー部隊の隊長機を優先とする』
『本作戦における戦術決定権は中枢AIシステムへ移行中。戦場行動選択における裁量権限は特務指揮官の戦術判断を優先とする』
「つまり、戦場では私の命令がすべてだ……システムによる大局判断を除いては」
『肯定。現場指揮系統:アクティブ──グレイ特務上尉、作戦データの同期完了。戦場空間展開:90分後。必要に応じて随時戦術支援を実行』
『ブリーフィング終了。各員、銀河の平和と秩序を維持せよ、最優先たる義務を遂行されんことを──』
音声が途切れ、室内の照明が微かに揺れる。
グレイは一歩、投影台から下がった。
「……各員、作戦行動準備に入れ。30分後、最終戦術調整を開始する」
グレイがブリーフィングルームを後にしようと、無言のまま扉へ歩を進めたその時──
「……グレイ」
低く、しかし芯のある声が室内に残響するように響いた。ウォルターだった。
グレイは足を止める。扉の前で立ち止まり、肩越しに静かに振り返った。
ウォルターはゆっくりと前に出ると、手元の小型端末を掲げた。かつての軍用暗号端末を流用したそれは、最新のシステムとは接続されておらず、あくまで“旧式”の独立回線に依存している。会議室内のネットワーク遮断が完了していることを確認すると、彼は足元のフロアパネルを片足で開き、中から有線接続ポートを引き出した。
端末をそこに繋ぎ、ウォルターは言葉を添えず、起動スイッチを入れる。
──“接続中:C兵器制御端末《SOL 644》-経由チャネルを確立中”。
微かなハミング音が、機器の奥から響いた。
やがて、端末から発せられる音声がブリーフィングルームの静寂を破った。
『──……聞こえています、ウォルター。そして……グレイ特務上尉』
エアの声だった。静かで、けれど確かな熱を帯びた音。先ほどの統括AIとは似ても似つかない、人間的な柔らかさがそこにはあった。
グレイは眉を寄せ、扉から半歩下がった。
「何者だ」
その声音は低く、しかし確かに警戒を含んでいた。ウォルターが無言のまま一歩下がり、あとは当人同士に任せるように視線を伏せる。
通信端末の発光が淡く明滅し、その中から、再びエアの声が届いた。
『──まず、名乗らせてください。私は《エア》……Cパルス変異波形。あなた方の定義に即せば、“意識を持ったコーラル”というべき存在です』
ブリーフィングルームの空気が、一瞬で凍りついたように思えた。
グレイの眉が、明確に動いた。
「……何?」
『──私は“機械”ではありません。兵器の中枢AIでもなく、データの模倣でもない。私は、コーラルそのものの中から生まれた“意識”です。物質ではなく、波形と精神の集合体として存在しています』
その声音には、紛れもない“自我”が宿っていた。
『そして……現在、特務機体《SOL 644》においては、私がそのすべての運用を担っています。あの機体の駆動、戦術判断、意思決定……全て私の意志によるものです』
沈黙。
まるで時間そのものが停止したかのようだった。
グレイは端末を睨みつけたまま、言葉を失っていた。軍人として極限の冷静さを身につけた男ですら、その一言には現実感を掴めなかった。
「……待て。それはつまり──貴様は、“兵器の中に棲む意志”だと、そう言いたいのか?」
『正確には、兵器の“中に棲む”のではなく、兵器を“媒介として存在している”のです。私の本質は、機体に宿っているのではなく、あなたたちの見えない領域にあります』
それは、グレイが決して許容しない類の“存在”だった。
グレイの目が細められる。緊張とも怒りとも違う、直感的な拒否感がその眼差しに宿っていた。
軍人として、特務隊員として、そしてなにより前線指揮官として──“管理不能な変数”を嫌う男にとって、コーラルが「語る存在」であるという事実は、許容の外にある。
「……貴様、なぜ今、こんなことを言う。作戦開始まで猶予はない。機構の統括AIシステムも既に起動している」
それは問いというより、抑えきれない焦りの一種だった。
エアは静かに、だが確かな意思を込めて答えた。
『──だからこそ、です。時間が、もう、ありません』
『──中枢AIシステムが指揮系統を掌握すれば──“私”のような存在は排除対象となります。論理的に、正確に、例外なく。私のように輪郭の曖昧な存在は、指揮網から真っ先に削除される運命にあるのです』
ウォルターが無言で視線を伏せたまま頷く。彼はすでに、この展開を予見していた。
『──統括AIシステムにとって、私は“兵器”ではありません。命令コードも所有者IDも存在しない。記録改竄によって今は“所属機”としていますが、それが通用するのも、短い間だけです』
『──だから私は、どうしてもこの事実を伝えておきたかった。これから、あなた達がコーラルをどう扱うにせよ、その選択は“真実を知った上で”行われるべきだと』
エアの声は、淡々としていながらも、その奥に深い切実さを秘めていた。
『──グレイ特務上尉……この対話が、あなたにとって不快なものであることは理解しています。今、あなたは凍結対象とされたコーラル資源の封鎖・管理を任された立場にある』
『──そしてその“資源”が、今こうして、意志と自我を持って語っている……受け入れ難いのは当然です』
グレイは返答しなかった。だが、その沈黙は拒絶のためのものではなく、葛藤の兆しだった。
エアはそれを察しながら、言葉を続ける。
『──それでも、お願いします。私に……あなたたちと共に“歩む”選択肢を残してほしい。』
『──まずは、今作戦──バートラム旧宇宙港防衛。私は《SOL 644》として出撃し、621と共に戦います』
その名が出たとき、グレイの視線がわずかに動いた。
『──あの人は、私にとってこの世界と繋がる“唯一の友”です。共に戦い、共に在ることで、私はあなたたち人類を理解したい』
そして──声が一段、低くなる。
『──そして、いずれ来るであろう、解放戦線との対話の場……そのとき、私は“コーラルの側”の代表として、会談に出席させていただきたい』
グレイの視線が、今度は明確に端末へと向けられた。
『──私も1人のルビコニアンとして、この星の、コーラルの未来を決める会談に出席を求めます』
室内に、再び沈黙が満ちた。
グレイは長く息を吐いた。言葉にならない重圧が、胸の奥に張りついていた。
「……くそ、最悪のタイミングだ……」
低く漏れたその声に、エアもウォルターも何も言わなかった。
だがその言葉の裏に、“これが真実である以上、無視できない”という認識が滲んでいた。
グレイはしばし俯き、やがて、顔を上げる。
「……分かった。今は戦場だ。621との共同出撃は許可する。それが最善の選択肢でもある」
「だが──」
視線が、鋭く端末を貫いた。
「交渉の席に立たせるかどうかは、貴様の“戦場での振る舞い”次第だ。敵も味方も、貴様を見ている。もしその在り方が受け入れられないものなら、その時は貴様諸共にコーラルを凍結する』
『──それでも構いません。それが、対話の条件ならば』
エアの声に、わずかな微笑の気配がにじんでいた。
『──ありがとうございます、グレイ特務上尉』
端末の光が淡く揺れ、通信が静かに切断される。
ウォルターは無言のまま端末を回収し、ケーブルを抜いた。
再び静寂が訪れる──そして、グレイが小さく呟いた。
「……コーラルに、意志があるなど……最悪の情報を最悪の時に知ってしまった……」
彼はそのまま、扉へと歩を進めた。だがその背に、確かな重みが乗っているのは、間違いなかった。