ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
爆煙の中、ペイターの《デュアルネイチャー》は滑るように距離を取っていた。
《リコンフィグ》が一瞬にして撃破される――その現実を目にして、彼は一瞬、瞳孔を見開いた。
だが、驚愕は一瞬。次の呼吸にはもう、鋭い戦術判断が脳内を巡っている。
即座に《デュアルネイチャー》の姿勢制御が切り替わり、脚部スタビライザーが射撃重視の配置へと最適化される。
『第四隊長……うぅ……よくも、タダでは済まさないぞ!』
ペイターは無線を切らず、己に言い聞かせるように呟いた。
空中の《SOL 644》が、紅の光を纏いながらゆっくりと旋回を始める。砕けた《リコンフィグ》の残骸を左腕に掴んだまま、まるで“意思ある存在”としてこちらを見据えていた。
その姿は、もはや機体というよりも、空に降臨した神話の怪物だった。
《SOL 644》より、再び通信が走る。
『──……V.VIIペイター。戦闘継続は非合理的です。投降を』
『私はV.VIIではない。ホーキンスさん亡き今、繰り上がってV.VI、ヴェスパー第六隊長……うぅ、いい響きだ』
通信が終わるより先に、ペイターは引き金を引いた。
『──V.IVホーキンスは死んでいませんが……?』
パルスガンが青白い閃光を連射する。精度、間隔、照準補正――すべてが完璧だった。回避運動を読んで描かれた射線が、確実に《SOL 644》の進路を潰す。
が――それらは届かない。
着弾直前、機体外殻に浮かぶように展開された紅の粒子膜が閃光を呑み込んだ。コーラル粒子を高密度圧縮した《パルスアーマー》が、ペイターの弾丸をすべて霧消させたのだ。
『──照射確認。防御処理完了』
エアの声は静かだった。
《SOL 644》の紅光がさらに濃くなる。粒子フィールドが強化されると同時に、機体姿勢が下段へと傾く。
次の瞬間。
《SOL 644》が突如として消失――いや、瞬間移動したかのような軌跡を描いて、《デュアルネイチャー》の死角へと出現した
『──ッ!?』
ペイターの反応すら許さぬ速度。視認すら困難な機動により、距離を取っていたはずの《デュアルネイチャー》は一瞬にして追い詰められていた。
《SOL 644》の左腕が、空気の爆ぜるような音を残しながら横薙ぎに閃く。だがそれは本命ではない。
追い討ちのように踏み込んだ右脚が、ペイターのACの腹部装甲を正確に踏み砕いた。
バチィン!という断裂音。
脚部のEN供給ラインが断たれ、跳躍と加速を担っていた機動システムが一斉にダウンする。逆関節機の強みである高機動が、その瞬間、完全に封じられた。
《デュアルネイチャー》が揺らぎ、姿勢制御が乱れる。
『動力接続ラインに損傷確認。脚部機構、沈黙──これ以上の逃走は不可能です』
紅い視線が、鋭く見据えてくる。
『──最後の警告です。V.VIIペイター。あなたは敗北しました』
《SOL 644》は、なおも《リコンフィグ》の頭部残骸を左手に掴んだまま、まるで“裁定者”のごとくその場に佇んでいた。
沈黙の中、ペイターは喘ぐようなノイズを漏らした。
《デュアルネイチャー》の脚部が沈黙し、動力供給系が部分停止したことを示す警告灯が内部コクピットに瞬く。
だが、次の瞬間――
『……私が、ホーキンスの意思を継ぐ……!』
喉の奥から滲むような、異常な熱を帯びた声。
『この私が、君の仇を討つぞ……』
泣きそうな声で、しかし歓喜を帯びたその声音は、明らかに常軌を逸していた。
『まて……第六隊長殿が行方不明の今、席次を二つ繰り上がり……ペイター第五隊長、いい響きだ!』
『──様子のおかしい人です』
その瞬間、機体内部の警告信号が急転した。脚部が沈黙したまま、ペイターは手動でシステム優先順位を切り替え、封印されていたバックアップ動力ラインを強制起動。
燃え上がるように背部ブースターが光を放つ。オーバーレギュレーションを完全に無視した高出力が、補助姿勢制御ブースターと併せて点火される。
『V.Vペイター、征くぞ!』
残響と同時に、《デュアルネイチャー》が弾丸のように跳ねる。
脚部が動かない、姿勢制御はすべて背部と側部のスラスターに依存していた。
捻れた軌道を描きながら、重力と推進力のギリギリの縁をなぞるように飛翔する《デュアルネイチャー》が、《SOL 644》の目前に躍り出る。
その刹那。
──《SOL 644》の纏う赤い粒子膜が、侵入を拒むように振動した。
だが、ペイターの狙いはそこだった。
『そこだ……!』
彼は、右腕のパルスガンを限界までチャージする。通常の運用ならば、暴発警告が表示されるタイミングをあえて越え、照準も捨ててただ純粋に出力のみを膨張させていく。
コクピット内に鳴り響くシステム警告を無視し、ペイターは狂気じみた笑みを浮かべた。
『完璧な兵器なんて存在しない……!』
照射ではなく、あえて銃口ごと《SOL 644》へ突き立てる形で、ペイターはパルスガンを強制放出。
──衝突。
パルスガン内部で暴走したエネルギーが、紅の粒子膜とぶつかり合い、瞬間的に相干渉が発生した。
赤と青がせめぎ合うように激しく波打ち、空間そのものがノイズに満ちる。
次の瞬間、周囲の空気が真空のように凍りついた。
《SOL 644》を包んでいたパルスアーマーが、相干渉によって歪み、瞬間的に消失。
『ッ今だッ!!』
ペイターはその一瞬を逃さなかった。《デュアルネイチャー》のパルスブレードが、確かに《SOL 644》の右肩部に喰らいつく。
しかし──そこまでだった。
金属が悲鳴を上げたのは、次の瞬間。
《SOL 644》の左腕が、まるで虫を払うかのように《デュアルネイチャー》の胴を掴む。そして、容赦のない腕力が、関節を軋ませながら機体を引き剥がした。
『な……馬鹿な!?』
悲鳴が混線した無線に飛び込む。
《SOL 644》の右腕が、関節部をピンポイントで突き、まずは右脚部を、続いて左脚を切断。
さらに捻り上げるようにして両腕をもぎ取る。
まるで“人型の構造”という概念を根本から否定するかのように、《デュアルネイチャー》が分解されていく。
『──私は完璧ですよ、V.Vペイター』
空に投げ出された残骸のコクピットが、もはや何も反応を示さず沈黙した。
《SOL 644》はただ、無言でそれを見下ろしていた。
エアの声は、終始淡々と、そして非情だった。
『──この機体を破壊したければ、私の攻撃を全て潜り抜ける様に避け、私の軌道を全て読み切り、アーマーを真正面から削り切れる程の火力を投射し続ける必要があります』
『──それが出来るのは、この世界にたった1人だけです』
《SOL 644》が紅き光を帯びて静止していた。
その眼下で、ペイターの《デュアルネイチャー》とホーキンスの《リコンフィグ》が動力を断たれ、沈黙する。
戦術ネットワーク上に、隊長機二機共に行動不能の警告が点灯した瞬間。
アーキバス側の残存部隊は、明らかに動揺した。
『ヴェスパーの主力が……!?あれが一撃で……!?』
『連携指示が来てない!全戦力、散開を──っ!』
『ま、待て、敵はまだ──』
混乱と沈黙が交差し、統制を失いかけたその時。
戦場の遥か地平――雲煙の向こう側から、轟音が響いた。
次の瞬間、水平線上の空気が歪む。
──レーザーキャノン、水平全域拡散照射。
漆黒の曇天をなぞるように、水平方向へと伸びる無数の光条。
赤熱と共に放たれたレーザーが、アーキバス部隊の密集隊形を断ち割った。
MT、LC、索敵ドローン、遮蔽装甲車両──敵味方の認識すら追いつかぬ速度で、一直線に焼き払われる。
『っ……直撃!? 味方機が、消し飛んで──!』
『いや、あれは──敵だ!封鎖機構の……っ、なに、あれは……!?』
崩れ落ちた煙の向こう。
戦場に現れたのは、まさしく“戦場そのもの”と呼ぶべき巨影だった。
特務機体《カタフラクト》。
それは、常識を覆すような異形の塊だった。
本来は独立機動MTとして設計された中量級の戦術中枢ユニット。その機体を芯にして、巨大戦車の車台、航空機並のジェネレーター、戦艦用レーザー砲、ミサイルベイ、さらに重装甲化された拡張複合外殻まで──ありとあらゆる兵装と機構が、ただ「乗る限り」という基準で貼り付けられている。
まるで戦車と要塞を溶接したかのような怪物。
その機体が、キャタピラを軋ませながら港湾地区の瓦礫を踏み砕いて進行していた。
コクピット内部、グレイ特務上尉は静かに通信を開く。
『──コード23、特務部隊現着。グレイ特務上尉よりバートラム旧宇宙港前線全域へ。防衛陣形、再構築に入れ』
《カタフラクト》の砲塔が旋回し、再びエネルギー充填の警告が走る。
今度は狙いを絞った指向射撃──
再び、蒼雷が地表を薙ぐ。
アーキバス残存部隊、完全に混乱。
それはまさに、封鎖機構という“秩序”が、混沌へ下す鉄槌だった。