ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第75話 非道

 港湾区に広がる爆煙の帳の中、《カタフラクト》はゆっくりと、だが確実に前進していた。

 

 厚い装甲が破片と弾丸の雨を弾き、足下の瓦礫を構わず踏み潰す。

 

 《カタフラクト》の複合装甲内、コアユニットとなっている封鎖機構製中量級MTの駆動系が、機体内でうなりを上げる。

 

──コックピット内。

 

 静寂に包まれた操縦席にて、グレイ特務上尉は数年ぶりの感覚に全神経を集中させていた。

 

 操作系は慣れ親しんだ旧式のままだ。故に、手が勝手に動く。

 

 指先が、トグルを跳ね上げ、駆動回路を直接制御系に繋ぎ直した。

 

 《カタフラクト》の砲塔がわずかに揺れ、その砲身が敵の密集地へと旋回する。

 

『──グレイ特務上尉、敵部隊反応多数。MT群が右翼に回り込もうと──』

 

 エアが警告を発し終わるより先に、指先が動いていた。

 

 砲身が一気に下段へ降ろされ、トリガーが引かれる。

 

 ──照射。

 

 地を這うように放たれたレーザーが、滑走路を突き抜ける。重力と空気の抵抗すら無視した熱線は、遮蔽物を穿ち、アーキバス製の中量級MTを一撃で消し飛ばした。

 

 爆発。

 

 弾薬とENバッテリーを抱えた機体が、内部から火を吹く。搭載された指揮端末もろとも焼き尽くされ、電子ノイズだけが通信帯を満たした。

 

『回避──できな──ッ』

 

 続けざまに、側部ミサイルベイが展開。ロックオンと同時に数十発の徹甲誘導弾が発射され、逃れようと散開したMT部隊を上空から殲滅する。

 

 その威容は、正しく動く要塞そのものだった。

 

「感覚が戻ってきたな……」

 

 グレイが呟く。

 

 かつて、最前線で数百の部隊を指揮していたころ。彼がこの《カタフラクト》を駆っていたのは、もう数年前のことだ。

 

 だが──この重量感、反応の遅延、視界の狭さ、砲身の揺れを「補正し切った時」の爽快さ。

 

 ──指先が覚えている。

 

『──グレイ特務上尉、敵左翼に増援』

 

『位置データ、照合済み』

 

 《カタフラクト》が進行を止め、砲塔を真横へ旋回。

 

 地形そのものを利用した、遮蔽下からの奇襲を狙っていたMT中隊の動きが、砲撃によって予測より数秒遅れて露見する。

 

 グレイは小さく目を細めた。

 

 照準、固定。砲塔安定化装置、同期完了。

 

 ──照射。

 

 濃密なレーザーが地表に奔流を刻み、谷底の遮蔽ごと敵編成を薙ぎ払った。断末魔すら残らず、電子機器の信号が一斉に断たれる。

 

 アーキバスMT部隊、反応消失。

 

 戦術ネットワーク上に、味方部隊からどよめくような声が走る。

 

『さっきのC兵器といい、あの特務機体といい、何が起こっているんだ……!?』

 

『アーキバスが、まるで赤子じゃないか』

 

 港湾区の空が、ようやく爆煙の向こうにその灰色を取り戻し始めていた。

 

 そしてその時──

 

 北側高地より、重低音を伴う駆動音が響く。

 

 装甲を焼け焦がした煙と瓦礫の隙間を縫って、四機のACと一機の特務機体が一直線に戦場へ降下してきた。

 

 封鎖機構特務部隊《ハウンズ》──C4-617から621までの強化人間達。

 

 それぞれ異なる機体構成を持つ精鋭たちが、火線を切り裂いて次々と戦場へ滑り込む。

 

『コード23、ハウンズ到着……想定以上の戦果……か』

 

 617が未だ上空に静止する《SOL 644》を一瞥した。

 

 地表には、無惨に引き裂かれた《デュアルネイチャー》と《リコンフィグ》の残骸。辺りには散り散りとなったアーキバス兵器群の燃え殻が転がっていた。

 

『特務機体《カタフラクト》、現在制圧区域にて展開中。敵戦力の8割がすでに無力化』

 

 後続の弟達が冷静に報告する。

 

 それはもはや戦闘ではなかった。掃討と断罪。戦場は完全に封鎖機構が制していた。

 

 その時──

 

 アーキバスの通信が、戦場全域の広域チャンネルへと割り込む。

 

『ふむ、予想以上です』

 

 神経質そうな声が戦術ネットワークを震わせた。

 

 どこか相手を見下す様な、感情の色を抑えつつも、冷笑を内包するような調子。

 

 表示される識別名はアーキバス所属、ヴェスパー第二隊長──《V.IIスネイル》。

 

 ヴェスパー部隊の二番手にして、アーキバスのルビコン方面部隊を実質的に取り仕切る前線指揮官。

 

『バートラム旧宇宙港──これ以上の戦力投下は“損益分岐”を超える。よって、全アーキバス部隊に告げます』

 

 一拍置かれた後、言い放たれる。

 

『戦線離脱。順次撤退を開始せよ』

 

 瞬間、残存アーキバス機の行動が明確に変化する。残された航空機やMT群が煙幕を展開し、爆破による撤収ルートの確保を図る。

 

 煙幕の帳が一斉に立ち上がり、アーキバス残存部隊が各所で煙と電子妨害を展開。爆破音と共に遮蔽用の壁や構造物が崩れ、巧妙に作られた撤収ルートが開かれていく。

 

『アーキバス全軍、撤退開始!全隊、追撃用意!』

 

 封鎖機構側の指揮系統が反応を示す。

 

 《ハウンズ》の各機も即座に射撃体勢に移行し、621を先頭に残敵掃討の準備が整う──が、

 

 その時。

 

 再び、スネイルの冷ややかな通信が走った。

 

『ああ、そうでした。すこし──“時間”を頂かなくてはなりませんね』

 

 直後。

 

 港湾区南東に布陣していたアーキバスMT機編成の一部──十数機が一斉に停止する。

 

 そして。

 

 自機のジェネレーターから、明滅する光が溢れた。

 

 ──強制過熱。臨界暴走。

 

『あれは……!? 自己爆破──!?』

 

 電子透過スクリーンに表示された熱源反応が、一気に閾値を突破。

 

 数秒後、十数機のLCとMT群が、まるで地雷のように爆発した。

 

 衝撃波が地表を抉り、追撃準備中だった機構側部隊の前進ルートを潰す。

 

 さらに後列の輸送車列にまで爆風が到達し、通信機器と索敵装置が一時的に機能不全に陥る。

 

『まさか、自爆……』

 

『特攻……か!?だが、アーキバスがこんな……!?』

 

 混乱する封鎖機構側の兵士たちをよそに、スネイルの通信が再び滑り込んでくる。

 

『あの子たちは、少しだけ私に“借り”がありましてね。病気の家族や恋人を救う為、借金や財務不正帳消し……あらゆる条件で、彼らにアーキバスは手を差し伸べました』

 

 声に、わずかな笑みすら滲む。

 

『代償として、命を支払う契約ですが……反故にはできませんよ。こちらとしても“秩序”を重んじているものですから』

 

 スネイルが口にした“秩序”という言葉には、皮肉と虚偽の正義が張り付いていた。

 

 その冷酷な言葉に、ハウンズの誰かが吐き捨てる。

 

『……なんて奴だ、命を、なんだと……』

 

 だが、感情では止まらない。スネイルの計算は徹底していた。

 

 追撃のタイミングを潰し、味方の撤退経路を確保。

 

 現場の指揮系統を攪乱し、損害を最小限に抑えて撤退を完了させる。

 

 それは、勝利を逃した指揮官ではなく、未来の勝利を“買った”戦略家の手並だった。

 

『では──お楽しみはまた今度。今度はもう少し、条件を揃えて挑みますよ』

 

 通信は、ノイズと共に切断された。

 

 その背後で、アーキバス残存部隊は次々と地平の彼方へと姿を消していく。

 

 港湾区には、戦火の残滓と焼け焦げた空気、そして特攻で散った機体の残骸だけが残された。

 

 《カタフラクト》の車体が、爆煙の中でわずかに揺れた。無数の自爆が巻き起こした衝撃波が、地を鳴らし、空気を歪める。

 

 グレイ特務上尉は、重々しく息を吐いた。

 

「……やってくれるな、V.II」

 

 その声音には、怒りでも憐れみでもない。ただ、深い呆れと、底の見えない冷笑が滲んでいた。

 

「……命を借用書の数字で計るか。企業屋らしい。だが──クソ以下の所業だ」

 

 コクピット内の通信パネルに指を伸ばす。グレイの声が、全前線の封鎖機構兵に響き渡る。

 

『──全戦闘部隊へ告ぐ。敵軍は撤退中。これ以上の追撃は中止とする』

 

 怒号のような報告が飛び交っていたチャンネルが、静まり返る。

 

『以後は、生存者の捜索および回収を最優先とせよ。味方に限らず、敵兵も対象とする。非戦闘員は保護し、重傷者には応急処置を。繰り返す──今この戦場に、敵も味方もない』

 

 その宣言に、ハウンズたちも応じる。

 

『了解、620、現地周辺のスキャンを開始する。滑走路西端に反応、複数の生命体を確認──』

 

 機構兵たちは散開し、瓦礫の山から身動きの取れない兵士を一人ずつ掘り起こしていく。うめき声、かすれた呼吸、血と焼けた金属の匂い。

 

 その中で、ひとりの若い執行隊員が、潰れたベイラムMTの隣に倒れていたアーキバス兵を助け起こそうと手を伸ばした。

 

「……手酷くやられたな。もう大丈夫だ、動くな。応急処置班を呼ぶ」

 

 その瞬間だった。

 

 微かな電子音。次いで、腹部装甲内で赤く明滅するランプ。

 

「──あっ……」

 

 次の瞬間、爆風が戦場の空気を切り裂いた。

 

 視界が白く染まり、破片と熱気が周囲を薙ぐ。

 

 通信チャンネルがざわめく。

 

『救助活動中の執行隊員より報告!執行部隊数名、敵兵のブービートラップにより──っ!』

 

『っ、あの負傷兵、動けなかったはずだ! まさか最初から……!?』

 

 煙が晴れる頃には、そこに兵の姿はなかった。

 

 グレイは目を伏せ、静かに呟いた。

 

『……屑め』

 

彼はわずかに目を細め、後方へ命令を送る。

 

『全域に追加通達。負傷兵への接触前に構造解析班の確認を取れ。敵兵のブービートラップを想定し、安全確認を徹底しろ。二次被害を避ける』

 

『……了解』

 

 戦闘は終わった。しかしそれは、ただの“生存競争の一区切り”でしかない。

 

 グレイ特務上尉は、深く沈み込むようにコクピットのシートへ背を預けた。

 

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