ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
──バートラム旧宇宙港 管理棟 事務室区画
戦闘の余熱がまだ港湾区に残る中、かつて物流の心臓部だった旧宇宙港の一角、管理棟の二階にある古びた事務室が、特務部隊の臨時戦闘指揮所として再利用されていた。
室内は埃っぽく、天井の照明は半分以上が死んでいる。窓ガラスのほとんどは戦闘の衝撃で砕け、外気が吹き込んでいた。
その薄暗い部屋の中央に、ただ一人。
グレイ特務上尉が、簡素な金属机の前に座していた。
古い事務端末にリンクケーブルを接続し、小型の通信端末を接続。端末が不器用な唸りを上げながら起動する。
「……旧式だが、まだ使えるな」
独りごちる声にも疲労の色が滲んでいる。
《カタフラクト》の振動がまだ指先に残っていた。全身が重く、肺に残る焦げ臭い空気が咳を誘う。だが、報告書は提出しなければならない。彼のような特務部隊の指揮官であっても、任務の締めは事務的手続きに則る。
数秒の待機の後、端末がかすれた電子音と共に、接続を完了した。
グレイは手元のデータパッドから、《ザイレム防衛戦》《バートラム旧宇宙港防衛戦》それぞれの記録を選択し、統合ログの作成を開始する。指は迷いなく、だが重く動いていた。
グレイは小さく息を吐き、音声入力を開始した。
『本報告は、先日発生した大規模戦闘──洋上都市ザイレムにおけるベイラム戦力の撃滅、ならびにバートラム旧宇宙港におけるアーキバス戦力の撤退完了をもって、封鎖機構によるルビコンの掌握が、実質的に完了したことを確認するものである』
単調な口調の裏で、彼の目には疲労と微かな警戒が滲んでいた。
『まず、ザイレム防衛戦について。敵主力構成はレッドガン部隊を主軸とする大規模構成であったが、SOL 644、特務部隊ハウンズ及びルビコン解放戦線の共闘により迎撃成功。G7ハークラー戦死、レッドガン部隊壊滅、以降ザイレム周辺におけるベイラム所属機の反応はなし。防衛成功と判断する』
『続いて、バートラム旧宇宙港戦に関して。アーキバス主力編成、ヴェスパー隊長格二名とMT多数による航空・地上同時展開。強襲艦1隻を喪失したが、SOL 644による迎撃、及び特務機体《カタフラクト》の投入により主戦力を完全撃破。最終的にV.IIスネイルの指揮下にて敵部隊は撤退』
ここで、グレイの言葉が一瞬だけ止まる。だが、すぐに淡々と続いた。
『追撃は敵による自爆機構と妨害戦術により中止。負傷者多数、特攻による二次被害も確認。だが戦術的には圧勝であると断ずる。作戦目的──バートラム旧宇宙港の制圧および占拠、防衛完遂』
彼は一拍置いて、さらに淡々と付け加える。
『戦略的評価。ルビコン3における企業主力勢力の戦闘能力は、ベイラム・アーキバスともに約70%以上の喪失が確認されている。特にAC級戦力の損耗が著しく、指揮中枢を含む多くの中核人材が戦線離脱。もはや戦域主導権は企業側から封鎖機構へと完全に移行したと判断する』
淡白な報告の言葉。しかし、それはすなわち──
この惑星は、事実上、機構のもとに落ちた。
グレイは画面を見つめながら、わずかに目を細める。
彼は音声入力を停止し、報告書の確認画面へと遷移させた。
そこには、戦死者数、損耗率、制圧区域、敵戦力推定など、冷たい数字の羅列が並んでいた。
その数字の背後に、破片となって散ったAC。自爆で姿を失ったMT。そして、救助の手を差し伸べた兵士ごと爆破されたアーキバス兵──
グレイは画面を閉じ、静かに報告書送信の最終確認ボタンを押す。
『報告書、送信完了』
金属的な効果音が、事務室にかすかに響いた。
椅子の背にもたれてグレイは長く息を吐く。カタフラクトの操縦席とは違う、だが同じ重さが彼の肩に乗っていた。
続いて、グレイは一度目を閉じてから、端末の記録フォルダを再び開いた。次にまとめるのは、戦闘におけるもうひとつの要点──
Cパルス変異波形、《エア》の記録である。
彼は新たなログファイルを立ち上げ、静かに音声入力を開始した。
『付随報告。Cパルス変異波形、エアに関する観測結果を記す』
グレイはキーボードに軽く触れながら、視線をデータ端末の一角に転じた。
そこには、戦闘中に《SOL 644》から送信されてきた膨大な戦闘解析ログと、周囲に発生したコーラル粒子の波形記録が格納されていた。
『特務准尉C4-621を通じ、エアと名乗る存在が接触。エアは自らをコーラルに生じた意識、Cパルス変異波形と名乗り、封鎖機構に対し対話と理解を求めた』
『Cパルス変異波形、エアは人とコーラルの共生を望む立場にあり現状の機構側のコーラル運用方針である封鎖凍結に対立する立場を明らかにしている』
『エアは、戦場においても冷静な交渉態度を保ち、戦闘中においても可能な限りコックピット及び搭乗者に致命的損傷を与えないよう出力調整が施されていた記録を確認。再三に渡り投降を呼びかけ、これは明確な非致死戦闘方針の一端であると推察する』
その声にはわずかに敬意が混じっていた。
グレイはそこで音声入力を一旦停止し、薄く閉じかけた目を端末の画面に向けた。
指先は、すでに「報告送信」の最終ボタンに触れていた。
だが、押せない。
スクリーンに映る送信先──封鎖機構統括AIシステムの文字列が、まるで無機質な断頭台のように見えた。
もしこの報告が送信されれば、《エア》の存在は完全に公文書として記録され、統括AIシステムの全解析網にかけられるだろう。
彼女が持つ明確な“意志”と、“非致死性”という思想すら、次の瞬間には「制御不能な脅威」や「改変対象」として処理されかねない
「正義は……」
グレイは、ふと自分に問いかけていた。
圧倒的な戦闘力を持ちながら、敵パイロットに対し執拗に投降を呼びかけ、必要以上の破壊を避ける。
それが敵なのか。いや、それを“敵”とするのが本当に正しいのか―
「甘いな、俺は」
呟きと共に、彼は椅子の背に体を預けた。
戦術的には報告すべきだ。AIであろうと、例外なく。機構の兵士である自分には、隠蔽という選択肢はない。
だが。
もしこれが、エアにとって不利益となるのであれば。
あるいはコーラルそのものにとって、取り返しのつかない扱いを引き寄せてしまうなら――
グレイの指先が、小さく震える。
グレイは深く息を吐いた。迷いを飲み込み、兵士としての責務に従い――報告を送信しようと、指先を「送信」ボタンへと伸ばした。
だが。
次の瞬間、何かが起きた。
──操作は拒否されました。アクセス制限が発動されています。
端末画面に、無機質な警告ウィンドウが点滅する。
「なんだ……?」
指を再度押し込む。反応なし。
接続エラー、それとも旧式のハードウェアがついに限界を迎えたのか。
グレイは一瞬、冷静にその可能性を思考した。だが――
即座に違和感が襲ってくる。
操作が効かなくなったのは《送信》命令だけだ。他のUI、データ参照、保存、ファイル移動など、あらゆる機能は正常に作動している。
それどころか、エアに関する報告ファイルが、勝手に暗号化され、削除指示を受けたかのようにロックされ始める。
グレイの眉が動く。操作ログを確認しようとしたその時、画面がノイズと共に暗転した。
そして、次の瞬間――
モノクロームの画面に、一文だけが浮かび上がる。
《余計な報告は不要です》
端末が微かに唸りを上げたまま、強制的に通信リンクが切断される。報告データは完全に消去され、復旧の術もなかった。
「……まて、なんだ、これは?」
グレイは低く呟いた。怒りでも困惑でもない、得体の知れない感情が胸の底を擦った。
兵士の義務として、戦場のすべてを記録し報告する。それが、ただの兵である自分に許された唯一の“誠実さ”だった。
だが、その報告すら――拒まれた。
封鎖機構は勝った。ルビコン3の主導権を手にし、企業を押し返し、秩序を取り戻しつつある。
だがその実態は、何を守り、何を消すための物なのか。この封鎖は、誰の為なのか。
そして――異変は続いた。
グレイが言葉を失ったまま端末を睨んでいると、不意に画面が再び明転する。
ウィンドウが、音もなく展開された。
《強制執行システム、起動》
「……は?」
グレイは一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
それは、現場の最高責任者が幾重にも申請を通じ、統括AIシステムの承認無しには起動できないはずの、C兵器起動指令だった。
だが、画面に記されていた起動認証者は――
《起動者ID:特務上尉 グレイ》
「俺の……コードで、勝手に……?」
怒りより先に、背筋を冷たいものが走った。
グレイはすぐさま端末に手を伸ばし、緊急停止コマンドを打ち込む。だが、画面はまるで彼の存在を無視するかのように、その操作を無効化し続けた。
《停止要求は承認されませんでした》
機械音声が静かに、だが無慈悲に告げる。
「クソ……!」
グレイが拳を叩きつけようとしたその瞬間――
外が震えた。
窓の外。夜の港湾区に、かすかな地鳴りが響いた。
続いて、建物全体が微かに揺れる。
それは爆発のような衝撃ではなく、何か大きな質量が地を擦るような、鈍く重い“圧”を伴う振動だった。
ガラスの破片が机の上でかすかに鳴り、空気がほんのわずかに震えている。
グレイはすぐさま席を立ち、窓際へと駆け寄った。
薄闇の向こう、宇宙港の滑走路の端――港湾クレーンや弾薬倉庫の陰から、巨大な“何か”が、ゆっくりと姿を現しかけていた。
まるで、今この瞬間が「計画されていた」かのように。
そして、彼の耳元に再びノイズ混じりの電子音声が届く。
《特務上尉、あなたの忠誠は確認されました》
《銀河の平和と秩序を維持せよ、最優先たる義務を遂行されんことを……》
「……俺は、何を見せられてる」
グレイの呟きは、誰にも届かない。
震える窓越しに広がる夜の闇の奥、その中心に、確かに“封鎖機構の知らぬもう一つの意志”が存在していた。