ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第77話 暗雲

 窓の外で、地面が低く唸るように震えている。

 

 その振動は、ただの余震でも建造物の崩落でもなかった。もっと根源的で、質量そのものが動くときに生じる“重さ”を伴っていた。

 

 グレイは、手元の通信端末に目を戻すと、即座に封鎖機構の衛星軌道基地へのリンクを要請した。

 

 通信遅延。信号強度、規定内。

 

 数秒の静寂の後、画面に一人の青年士官の姿が映し出された。

 

『こちら衛星軌道基地管制室!──グレイ特務上尉!?一体何が――』

 

「それはこちらの台詞だ、報告しろ。強制執行システムが……“俺のIDで”勝手に起動した。どういうことだ」

 

 その瞬間、画面の中で管制官の顔色が変わった。

 

 反応時間、わずかコンマ一秒。明らかな驚愕と緊張の色。

 

『グレイ特務上尉、こちらもまだ確認段階ですが……先程、機構の保有するC兵器群が一斉に始動プロトコルを実行しました』

 

 グレイの眉がわずかに歪んだ。

 

 報告が続く。

 

『起動信号は、いずれも衛星軌道を経由せず、地表からのダイレクトコード。その発信署名には、明確に“グレイ特務上尉”の認証が用いられていました』

 

 言葉の最後は、やや震えていた。

 

『加えて現在、複数の管制ノードが封鎖され、C兵器の行動ログが閲覧不可能となっています。我々も詳細位置を追えない状況にあります』

 

「ふざけるな……!」

 

 グレイは拳を机に叩きつけた。

 

 報告書の削除、強制送信、認証の捏造。すべてが統括AIの介入によるものである可能性が高い。

 

 だが、その背後に何があるのか。なぜ、いま、このタイミングで――

 

「衛星砲も、座標が特定できないのでは使えないか……最悪の場合、地表の制圧権限を取り戻す手段は?」

 

『……現在、それも“アクセス制限中”です。緊急介入プロトコルも、認証が通りません。まるで我々自身が“除外対象”にされているような状態です』

 

 通信の向こうで、誰かが怒号を上げる声が混線して届いた。戦術班か、それとも管制技術者か。状況は、明らかに異常だった。

 

『気象衛星を利用し、バートラム旧宇宙港付近の映像を送信します』

 

 暗転した端末のスクリーンに映し出された映像は、ただの“地表”ではなかった。

 

 瓦礫と氷に覆われた港湾区の地下、滑走路の基盤下に位置する凍結層――その一角が、内側から盛り上がるように歪み始めていた。

 

 突如として、地中から巨塊が浮上する。

 

 いや、厳密には“掘り進む”ように姿を現した。

 

『映像、拡大──これは……!』

 

 映像に映る“それ”は、蛇のような機構構造をもった超巨大兵器だった。

 

 全長数百メートルに及ぶその胴体は、角の丸い三角形状の機体が幾重にも連なり、その結節部が有機的に蠢いていた。先頭には巨大な三基の掘削ドリルが並び、超高出力コーラルで発光しながら、氷とコンクリートの層を容易く穿ち進む。

 

 ──C兵器《アイスワーム》。

 

「馬鹿な……アレは地層深部で半ば凍結放棄されていたはずだ……」

 

 グレイの呟きが、虚空に吸われた。

 

 《アイスワーム》の蛇行する機動は、巨体に似つかわしくない異様な速度と柔軟性を備えていた。下部に設けられた掘削ドリルによって地表を抉りつつ、胴体をくねらせながら直進──その挙動はまるで生物的ですらあった。

 

 氷塊、瓦礫、建材、防衛陣地。すべてが、進路上で爆風と共に粉砕されていく。

 

『移動ルートを解析中!幸い、進行方向に機構の施設は存在していませんが……一体何処に』

 

 グレイは無言のまま、窓の外へと視線を向けた。

 

 滑走路の向こう、地下から突き出すようにして浮かび上がった《アイスワーム》の胴体が、夜空の影に重なりながら、まるで何かを“目指す”ように進路を変えていく。

 

 それはあくまで静かに。だが圧倒的な力をもって、ひたすらに地中を穿ち、港湾区を離れつつあった。

 

破壊でも、占拠でもなく。

 

 まるで、最初から“そこへ向かう”ように。

 

「……なにが目的だ」

 

 誰に向けたでもない問いが、グレイの口をついて出る。

 

 ルビコン調査技研の製造したC兵器群は、改修を行われ現在は統括AIシステムの命令で動く。ただし、本来は人間の制御を前提とした命令系統を持つはずだった。

 

 それが、なぜ今――

 

『……これは命令を離れた“行動”です。何かが、機構の中で──暴走している』

 

 副官の声は、確信と恐れを孕んでいた。

 

 グレイは言葉を返さなかった。言葉の代わりに、拳を握る。

 

 機構は勝ったはずだった。ベイラムを、アーキバスを退け、この星に秩序を取り戻したはずだった。

 

 だが、もし今、勝利の裏で動いているものが――この“怪物”たちの意志であるなら。

 

 封鎖機構とは一体、何を“封鎖”しようとしていたのか。

 

「俺たちは、コーラルを封じていたのか。それとも……」

 

 グレイはその場で短く息を吐き、頭上を見上げた。剥き出しの鉄骨と砕けた天井の隙間から、夜空の黒がのぞいている。だが、今この瞬間、彼の思考は地上ではなく、遥か上空にある衛星軌道基地へと向いていた。 

 

「埒があかない」

 

 グレイは通信端末に再びアクセスし、衛星軌道基地へ帰還シャトルの発進要請を送信した。

 

 短く確認音が鳴り、端末に「発進許可・受理」の文字が点滅する。

 

 グレイは立ち上がり、通信を切断する直前、最後に言った。

 

「シャトルが到着次第そちらに帰還する。ログの収集、《アイスワーム》の追跡を怠るな」

 

『了解、お気を付けて』

 

 通信が切断された。

 

 グレイは端末の電源を落とし、埃の舞う空間に沈黙が戻る中、背後の通路へと歩き出す。

 

 その足取りは重く、だが確かな意志が滲んでいた。

 

 

 

 

 

 ──ルビコン3軌道上空路・封鎖機構輸送シャトル内。

 

 シャトルは静かに、しかし確実に衛星軌道基地へと向かっていた。

 

 無音の機体内では、わずかに響く振動音だけが存在を主張している。窓の外には、やがてルビコン3の紅い雲海と、ぼんやりと輝く大気の輪郭が映り始めていた。

 

 その中央、最も後方の座席区画で。

 

 グレイ特務上尉は背を深く椅子に預けたまま、手元の通信端末に視線を落としていた。照明の乏しい機内に、液晶の光だけが彼の表情をぼんやりと照らしている。

 

 その表情は──硬い。

 

 静かに、だが明確に緊張と焦燥が滲んでいた。

 

 彼は端末の操作を止めず、次々と各地の管制ノードや解析班へアクセスを試みていた。地下深くの観測局、独立分岐の旧型AIユニット、あるいは一部の技術者ネットワーク。

 

 だが──

 

『要求タイムアウト。ノード接続失敗』

 

『信号遮断。認証不一致により通信不可』

 

『対象プロトコルは現在ロック中。上位承認が必要です』

 

「……くそ」

 

 グレイは低く呟き、端末を乱暴に閉じる。

 

 この数時間、彼が繰り返しているのは「拒絶」と「遮断」への接触だけだった。まるで、封鎖機構という組織そのものが、“今のこの瞬間の情報”を外部に出すことを拒んでいるようだった。

 

 まるで、“何か”が、情報の流れそのものを握っている。

 

 隣席では、621をはじめとしたハウンズの面々が無言のまま沈黙を保っている。輸送シャトルのこの静けさは、彼らであっても例外ではなかった。

 

 だが、緊張は伝わっていた。

 

 この空気の静寂は、嵐の直前のそれだった。

 

 その時、不意にグレイの通信端末が振動音を発した。

 

 グレイは即座に応答し、低く問うた。

 

「俺だ」

 

 画面に映った副官──若く端正な顔立ちの執行中尉は、どこか困惑した表情で敬礼を返した。その背後には、騒然とした司令室の様子が一瞬映る。

 

『特務上尉、緊急連絡です。……基地内に“人権団体”を名乗る民間集団が強行的に入港しました。彼らは現在、ドックベイで抗議活動を行っております』

 

 グレイは、眉一つ動かさなかった。ただ静かに応じる。

 

「人権団体?軌道基地のセキュリティはどうした。入港は許可されていないはずだ」

 

『それが……統括AIシステムの認証コードにより、正規手続きとして自動的に許可されました』

 

言葉の最後には、明らかに納得のいかない色が滲んでいた。

 

『警備班も介入を試みましたが、AIの上位命令で「非武力対応を厳守せよ」との制限が発動しています。正直、我々も身動きが取れません』

 

「……連中の所属は?」

 

『現時点では、市民自由連盟を名乗っています。表向きは中立的な人道支援団体の体裁ですが、データベース照会の結果……複数の企業シンクタンクやアーキバス関連の影響下にあると見られます』

 

 グレイは小さく目を細めた。

 

「アーキバスか……」

 

 それは企業の報復か、あるいは監視か。どちらにしても“自然発生的な抗議”などではない。もっと厄介なものの手が、すでに軌道の内側に届いているということだった。

 

「中尉、現地での対応はそのまま継続。だが一つだけ命じておく……連中の一挙手一投足を監視し、全て記録しろ。通信、移動、交渉──その裏にいるのは奴らだけじゃない」

 

『了解しました。ログ取得と映像記録を優先します。ご帰還の際には、状況を報告書にまとめて提出いたします』

 

「……そうしろ」

 

 通信が切れると、グレイはしばし無言で座席にもたれたまま、暗い天井を見上げた。

 

 統括AIが勝手に許可を出し、警備班が動けず、企業の影がすでに軌道基地を内側から蝕み始めている──

 

 C兵器群の起動に続き、今度はこれか。

 

 「封鎖機構」とは名ばかりだ。内部から徐々に、支配権が剥ぎ取られている。

 

 グレイは、ふと呟いた。

 

「これは……戦争じゃない。内臓を食い破られる病だ」

 

 そして、瞼を閉じた。

 

 だがその背筋は、いつでも立ち上がれるよう張り詰めたままだった。

 

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