ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
──ルビコン3軌道上・封鎖機構輸送シャトル内。
機体は無音のまま、軌道への遷移を進めていた。緩やかな振動と、空気のわずかな密度変化が、機体が今なお“上昇中”であることを伝えていた。
その中、前方座席列の一角。
強化人間、C4-621。
彼女はほとんど身動きもせず、軍用端末の画面に黙々と視線を落としていた。
表示されているのは、戦術ログでも通信プロトコルでもない。
──傭兵・技術者向けの、ACパーツに関する技術解説誌である。
戦闘記録、耐久試験、熱管理レポート、駆動限界、最新鋭アセンブル例の検証。彼女の指先は、慣れた動きで誌面をスライドさせ、特定のページで止まった。
【傭兵支援システムALLMINDの新たな挑戦 ~造られた芸術・MINDALPHA~】
「人体感覚の延長」を掲げる本シリーズは、従来の重量配分やEN負荷の定石を一度すべて無視し、演算処理によって挙動を“正規化”するというALLMIND特有の非人間的発想。それでいて、何よりも「人体の事を考えた」“癖”のない操作感。
それらを搭載したモデルのシルエットが、電子ページの中でゆっくりと360度回転している。621は、その軌道運動の曲線と荷重バランスを、まるで美術品でも眺めるように見入っていた。
機体性能。スペック。挙動解析。
だが、それ以上に。
彼女がそこに“整合”を感じているのは、その静けさだった。
正確で、無駄がなく、抑揚も派手さもない。ただ、淡々と戦果を積み上げることに最適化された構造。
621の眼差しは、そのラインのわずかな傾斜や重心配置の意図を読み解くように、画面を凝視していた。
──その肩を、不意に誰かの手が軽く叩いた。
「621、そろそろだ」
その声は、621にとってよく知ったものだった。落ち着いた低音。
兄──C4-618。
621は一拍遅れて顔を上げ、肩越しに兄を見た。618は座席の背にもたれたまま、わずかに顎をしゃくってみせる。
「着艦シークエンスが始まる。端末を凝視していると三半規管に不具合をきたす恐れがある」
621は、それに特に返すでもなく、小さく端末の電源を切った。
『了解』
短く、それだけ呟いてシートベルトを締めなおす。
618は苦笑するように肩をすくめた。
《着艦シーケンス開始まで、あと180秒》
機体の制御系が自動で調整を始めたのか、床に微細な揺動が走る。
シャトルが着艦ドックへ滑り込む音は静かだった。着艦時特有の沈み込むような重力変化の後、油圧機構の静かな吐息と共に、機体が完全停止する。
コクピットからの報告を待たず、グレイは立ち上がった。背後では、ハウンズの面々──C4-621を含む数名の強化人間たちも、機械のような整然さで準備を整える。
ハッチが開く。わずかに遅れて、外気の音が機内に流れ込んでくる。
──軌道基地の空気は、密閉構造特有の乾いた匂いがした。
グレイがタラップを降り立つと、その下には彼の副官である執行中尉が既に待機している。
普段は冷静さと即応力を兼ね備えた優秀な軍人である彼は、今ばかりは明らかにその均衡を崩していた。
「特務上尉──!」
中尉は駆け寄り、規律を保とうとする姿勢の裏に、明確な困惑と焦燥をにじませている。
「ご帰還、ありがとうございます……まず最初に、お詫びを申し上げます。上尉の不在中、基地内で複数の問題が発生しました」
グレイは歩みを止めず、冷ややかに問い返す。
「──人権団体の件か」
レインは即座に頷いた。
「はい。“市民自由連盟”と名乗る団体が、緊急人道支援を理由に入港申請を行い、統括AIがこれを許可。我々の制止は、すべて“非武力対応優先”のAI命令で遮断されました」
「侵入経路と人数は」
「ドックベイ3経由、専用シャトル1機での到着。登録上は非武装要員28名、うち8名が“報道・広報”の名目で基地内複数区画へアクセスしています」
ハウンズの一人が低く息を吐いた。だが誰も声を上げない。
グレイの視線が、副官に鋭く突き刺さる。
「貴様は、それを止められなかったのか?」
それは、怒号ではない。ただ冷酷な事実確認だった。
副官はわずかに眉を下げ、しかし視線を外すことなく答えた。
「……はい。統括AIが“緊急非軍事優先命令”として基地内のアクセス全許可を出しており、我々では命令階層への干渉が不可能でした。ログもすでに暗号化され、現状は解析できていません」
グレイは一拍だけ間を置き、次いで静かに言った。
「案内しろ。連中がどこで何をしているか、全てを確認する」
「はっ、現在は居住区近くの第3ブリーフィングルームを“臨時事務所”として使用しています。広報活動と称して、基地要員への接触も確認済みです」
それを聞いた621が、小さく眉を動かす。
軍施設内での情報接触──それは、彼女にとって“戦闘”と同義だった。
グレイは踵を返し、基地通路の先を見据える。
「ハウンズ、随行。情報はすべて記録しろ。必要があれば、拘束を含めた制限措置も検討する」
「了解」と、重い声がいくつも重なる。
軌道基地の静かな回廊に、重い足音が鳴り響く。
──ルビコン3軌道上・封鎖機構衛星基地 第3ブリーフィングルーム前
自動ドアの前に立ったグレイは、無言のままカードキーを掲げるように中尉へ合図を送った。中尉は即座にアクセス権を用いてロックを解除する。
スライドドアが静かに開く。
そこに広がっていたのは、仮設のデスクや折り畳み椅子が並べられた、いかにも「臨時」といった趣の雑然とした事務空間だった。
簡素な機器と数台の端末が、情報交換や広報用として運用されているらしいが、肝心の“目的”を明確に示すものは何一つない。
そして、その中央に立つ一人の男──
よれたジャケットに、シワだらけのパンツ。眼鏡越しの視線はどこか所在なく泳ぎ、作り笑いのままグレイら一行を迎えた。
「お、お待ちしておりました。わ、わたくし、“市民自由連盟”の──ええ、代表を務めております、バレスと申します」
どこか声が浮いている。言葉の端々に真面目さと律儀さを装う誠実な響きはあるが、芯がない。
グレイは歩みを止めず、視線だけをバレスに投げかけた。
「この部屋を正規手続きもなく接収した上で、封鎖機構所属人員に接触。説明を求める」
「あ、はい、その……緊急人道支援のために、我々としてもできる限りの……情報提供や──あ、誤解のないよう、我々はあくまで非武装の民間──」
「それで、貴様が責任者か?」
グレイの問いに、バレスはぴたりと口を閉じた。
その瞬間、彼の視線が、ごくわずかに、部屋の奥──仮設パーティションの裏へと逸れた。
ただの視線の動き。
だが、グレイにとってそれは十分だった。
指先で軽く合図を出す。即座に621が視線を送る方向へ向けて無言の圧をかけた。空気が変わる。
「バレス」と名乗った男の額に、目に見えて冷や汗が浮く。
グレイは一歩踏み出し、低く、鋭く言い放つ。
「……その裏にいる“本物”を出せ。人員の配置も、アクセス経路も。貴様ごときが仕切れる構成ではない」
パーティションの向こうから、何かが止まったような気配が走った。
バレスは口をぱくぱくと動かすが、言葉が出てこない。喉を上下させ、絞り出すように言った。
「……あの、その……我々はあくまで……非政治的立場の……」
「繰り返させるな。今、ここに“本物”を出せ。これは命令だ」
言葉の強さではなく、その揺るぎなさに、部屋の空気が静まり返った。
そして、パーティションの奥──
不意に、金属質の足音が一つ、静かに響いた。
それは軍靴の音だった。明らかに、民間の靴ではあり得ない。
パーティションの奥から、足音が近づく。
姿を現したのは、黒いロングコートを纏い、切れ長の目を眼鏡の奥に光らせる男だった。髪は艶のある銀で、丁寧に撫でつけたオールバック。その額に刻まれた皺は、笑いではなく“侮蔑”から生まれたものに他ならない。
男は一歩、また一歩と、ためらいなくグレイの前へと進み出る。
そして──あくまで上から下へ、値踏みするような視線で彼を見た。
「これはこれは……特務上尉殿。ようやく“お戻り”になられたようで」
声は低く、滑らか。そして、どこか鼻につくほど芝居がかった抑揚。
グレイは微動だにしない。その鋭い眼差しだけで、眼前の男に“軍人としての礼儀”を問うていた。
だが、相手はあからさまにそれを無視した。
「貴様……スネイル」
V.Ⅱスネイル。
──アーキバス直属の精鋭部隊「ヴェスパー」の第二隊長。先日のバートラム旧宇宙港防衛戦にて味方部隊に自爆特攻を命じ、負傷兵の装備に爆弾を仕込みブービートラップに仕立て上げた“冷徹と卑劣の体現”。
そのスネイルが、今ここに──“市民自由連盟代表代理”として現れた。
「システムが……貴様を通したとはな」
「名乗るまでもないでしょうが……一応、形式として」
スネイルはコートの内ポケットから、きちんと折りたたまれた書類を取り出し、指先で軽くひらひらと振る。
「わたくしは“ヴェスパー”ではなく、あくまでこの『市民自由連盟』における人道支援活動に、個人の資格で参加しています。つまり私的活動……機構の規則に照らしても、特段違反ではないはずですが?」
その目は笑っていない。眼鏡の奥に宿るのは、純然たる軽蔑と挑発。
「我々はただ、この混乱する情勢下において、民間の安全と倫理的監視の必要性を訴えているに過ぎません。それがなぜ、こうまで警戒されねばならぬのか……不思議でなりませんね」
言葉の端々に、芝居がかった“正しさ”を塗り込めて。
グレイは、あくまで無言でその姿を見据えていた。
沈黙。
だが、部屋の空気は既に火薬の臭いを孕んでいた。
ハウンズの一部が、音もなく背筋を正し、即応可能な姿勢を取る。
その空気を愉しむように、スネイルはわざとらしく肩をすくめた。
「おや、睨まないでいただきたい。私はただ……“正しい手段で、正しい場所に立っている”だけですので」
嘘だ。
この男は、最初からすべてを知っていた。
グレイは口を開いた。
「その“正しさ”とやらが……何人の命を奪ってきたか、数えたことはあるか?」
スネイルは、まるでそれが挨拶でもあるかのように、小さく笑った。
「もちろん。ですが、数えるのは“兵士”の役目ではありませんよ、特務上尉」