ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第78話 蝸牛

 ──ルビコン3軌道上・封鎖機構輸送シャトル内。

 

 機体は無音のまま、軌道への遷移を進めていた。緩やかな振動と、空気のわずかな密度変化が、機体が今なお“上昇中”であることを伝えていた。

  

 その中、前方座席列の一角。

 強化人間、C4-621。

 

 彼女はほとんど身動きもせず、軍用端末の画面に黙々と視線を落としていた。

 

 表示されているのは、戦術ログでも通信プロトコルでもない。

 

 ──傭兵・技術者向けの、ACパーツに関する技術解説誌である。

 

 戦闘記録、耐久試験、熱管理レポート、駆動限界、最新鋭アセンブル例の検証。彼女の指先は、慣れた動きで誌面をスライドさせ、特定のページで止まった。

 

 【傭兵支援システムALLMINDの新たな挑戦 ~造られた芸術・MINDALPHA~】

 

 「人体感覚の延長」を掲げる本シリーズは、従来の重量配分やEN負荷の定石を一度すべて無視し、演算処理によって挙動を“正規化”するというALLMIND特有の非人間的発想。それでいて、何よりも「人体の事を考えた」“癖”のない操作感。

 

 それらを搭載したモデルのシルエットが、電子ページの中でゆっくりと360度回転している。621は、その軌道運動の曲線と荷重バランスを、まるで美術品でも眺めるように見入っていた。

 

 機体性能。スペック。挙動解析。

 

 だが、それ以上に。

 

 彼女がそこに“整合”を感じているのは、その静けさだった。

 

 正確で、無駄がなく、抑揚も派手さもない。ただ、淡々と戦果を積み上げることに最適化された構造。

 

 621の眼差しは、そのラインのわずかな傾斜や重心配置の意図を読み解くように、画面を凝視していた。

 

 ──その肩を、不意に誰かの手が軽く叩いた。

 

「621、そろそろだ」

 

 その声は、621にとってよく知ったものだった。落ち着いた低音。

 

 兄──C4-618。

 

 621は一拍遅れて顔を上げ、肩越しに兄を見た。618は座席の背にもたれたまま、わずかに顎をしゃくってみせる。

 

「着艦シークエンスが始まる。端末を凝視していると三半規管に不具合をきたす恐れがある」

 

 621は、それに特に返すでもなく、小さく端末の電源を切った。

 

『了解』

 

 短く、それだけ呟いてシートベルトを締めなおす。

 618は苦笑するように肩をすくめた。

 

 《着艦シーケンス開始まで、あと180秒》

 

 機体の制御系が自動で調整を始めたのか、床に微細な揺動が走る。

 

 シャトルが着艦ドックへ滑り込む音は静かだった。着艦時特有の沈み込むような重力変化の後、油圧機構の静かな吐息と共に、機体が完全停止する。

 

 コクピットからの報告を待たず、グレイは立ち上がった。背後では、ハウンズの面々──C4-621を含む数名の強化人間たちも、機械のような整然さで準備を整える。

 

 ハッチが開く。わずかに遅れて、外気の音が機内に流れ込んでくる。

 

 ──軌道基地の空気は、密閉構造特有の乾いた匂いがした。

 

 グレイがタラップを降り立つと、その下には彼の副官である執行中尉が既に待機している。

 普段は冷静さと即応力を兼ね備えた優秀な軍人である彼は、今ばかりは明らかにその均衡を崩していた。

 

「特務上尉──!」

 

 中尉は駆け寄り、規律を保とうとする姿勢の裏に、明確な困惑と焦燥をにじませている。

 

「ご帰還、ありがとうございます……まず最初に、お詫びを申し上げます。上尉の不在中、基地内で複数の問題が発生しました」

 

 グレイは歩みを止めず、冷ややかに問い返す。

 

「──人権団体の件か」

 

 レインは即座に頷いた。

 

「はい。“市民自由連盟”と名乗る団体が、緊急人道支援を理由に入港申請を行い、統括AIがこれを許可。我々の制止は、すべて“非武力対応優先”のAI命令で遮断されました」

 

「侵入経路と人数は」

 

「ドックベイ3経由、専用シャトル1機での到着。登録上は非武装要員28名、うち8名が“報道・広報”の名目で基地内複数区画へアクセスしています」

 

 ハウンズの一人が低く息を吐いた。だが誰も声を上げない。

 

 グレイの視線が、副官に鋭く突き刺さる。

 

「貴様は、それを止められなかったのか?」

 

 それは、怒号ではない。ただ冷酷な事実確認だった。

 

 副官はわずかに眉を下げ、しかし視線を外すことなく答えた。

 

「……はい。統括AIが“緊急非軍事優先命令”として基地内のアクセス全許可を出しており、我々では命令階層への干渉が不可能でした。ログもすでに暗号化され、現状は解析できていません」

 

 グレイは一拍だけ間を置き、次いで静かに言った。

 

「案内しろ。連中がどこで何をしているか、全てを確認する」

 

「はっ、現在は居住区近くの第3ブリーフィングルームを“臨時事務所”として使用しています。広報活動と称して、基地要員への接触も確認済みです」

 

 それを聞いた621が、小さく眉を動かす。

 

 軍施設内での情報接触──それは、彼女にとって“戦闘”と同義だった。

 

 グレイは踵を返し、基地通路の先を見据える。

 

「ハウンズ、随行。情報はすべて記録しろ。必要があれば、拘束を含めた制限措置も検討する」

 

 「了解」と、重い声がいくつも重なる。

 

 軌道基地の静かな回廊に、重い足音が鳴り響く。

 

 

 

 

 

──ルビコン3軌道上・封鎖機構衛星基地 第3ブリーフィングルーム前

 

 自動ドアの前に立ったグレイは、無言のままカードキーを掲げるように中尉へ合図を送った。中尉は即座にアクセス権を用いてロックを解除する。

 

 スライドドアが静かに開く。

 

 そこに広がっていたのは、仮設のデスクや折り畳み椅子が並べられた、いかにも「臨時」といった趣の雑然とした事務空間だった。

 

 簡素な機器と数台の端末が、情報交換や広報用として運用されているらしいが、肝心の“目的”を明確に示すものは何一つない。

 

 そして、その中央に立つ一人の男──

 

 よれたジャケットに、シワだらけのパンツ。眼鏡越しの視線はどこか所在なく泳ぎ、作り笑いのままグレイら一行を迎えた。

 

「お、お待ちしておりました。わ、わたくし、“市民自由連盟”の──ええ、代表を務めております、バレスと申します」

 

 どこか声が浮いている。言葉の端々に真面目さと律儀さを装う誠実な響きはあるが、芯がない。

 

 グレイは歩みを止めず、視線だけをバレスに投げかけた。

 

「この部屋を正規手続きもなく接収した上で、封鎖機構所属人員に接触。説明を求める」

 

「あ、はい、その……緊急人道支援のために、我々としてもできる限りの……情報提供や──あ、誤解のないよう、我々はあくまで非武装の民間──」

 

「それで、貴様が責任者か?」

 

 グレイの問いに、バレスはぴたりと口を閉じた。

 

 その瞬間、彼の視線が、ごくわずかに、部屋の奥──仮設パーティションの裏へと逸れた。

 

 ただの視線の動き。

 

 だが、グレイにとってそれは十分だった。

 

 指先で軽く合図を出す。即座に621が視線を送る方向へ向けて無言の圧をかけた。空気が変わる。

 

 「バレス」と名乗った男の額に、目に見えて冷や汗が浮く。

 

 グレイは一歩踏み出し、低く、鋭く言い放つ。

 

「……その裏にいる“本物”を出せ。人員の配置も、アクセス経路も。貴様ごときが仕切れる構成ではない」

 

 パーティションの向こうから、何かが止まったような気配が走った。

 

 バレスは口をぱくぱくと動かすが、言葉が出てこない。喉を上下させ、絞り出すように言った。

 

「……あの、その……我々はあくまで……非政治的立場の……」

 

「繰り返させるな。今、ここに“本物”を出せ。これは命令だ」

 

 言葉の強さではなく、その揺るぎなさに、部屋の空気が静まり返った。

 

 そして、パーティションの奥──

 

 不意に、金属質の足音が一つ、静かに響いた。

 

 それは軍靴の音だった。明らかに、民間の靴ではあり得ない。

 

 パーティションの奥から、足音が近づく。

 

 姿を現したのは、黒いロングコートを纏い、切れ長の目を眼鏡の奥に光らせる男だった。髪は艶のある銀で、丁寧に撫でつけたオールバック。その額に刻まれた皺は、笑いではなく“侮蔑”から生まれたものに他ならない。

 

 男は一歩、また一歩と、ためらいなくグレイの前へと進み出る。

 

 そして──あくまで上から下へ、値踏みするような視線で彼を見た。

 

「これはこれは……特務上尉殿。ようやく“お戻り”になられたようで」

 

 声は低く、滑らか。そして、どこか鼻につくほど芝居がかった抑揚。

 

 グレイは微動だにしない。その鋭い眼差しだけで、眼前の男に“軍人としての礼儀”を問うていた。

 

 だが、相手はあからさまにそれを無視した。

 

「貴様……スネイル」

 

 V.Ⅱスネイル。

 

 ──アーキバス直属の精鋭部隊「ヴェスパー」の第二隊長。先日のバートラム旧宇宙港防衛戦にて味方部隊に自爆特攻を命じ、負傷兵の装備に爆弾を仕込みブービートラップに仕立て上げた“冷徹と卑劣の体現”。

 

 そのスネイルが、今ここに──“市民自由連盟代表代理”として現れた。

 

「システムが……貴様を通したとはな」

 

「名乗るまでもないでしょうが……一応、形式として」

 

 スネイルはコートの内ポケットから、きちんと折りたたまれた書類を取り出し、指先で軽くひらひらと振る。

 

「わたくしは“ヴェスパー”ではなく、あくまでこの『市民自由連盟』における人道支援活動に、個人の資格で参加しています。つまり私的活動……機構の規則に照らしても、特段違反ではないはずですが?」

 

 その目は笑っていない。眼鏡の奥に宿るのは、純然たる軽蔑と挑発。

 

「我々はただ、この混乱する情勢下において、民間の安全と倫理的監視の必要性を訴えているに過ぎません。それがなぜ、こうまで警戒されねばならぬのか……不思議でなりませんね」

 

 言葉の端々に、芝居がかった“正しさ”を塗り込めて。

 

 グレイは、あくまで無言でその姿を見据えていた。

 

 沈黙。

 

 だが、部屋の空気は既に火薬の臭いを孕んでいた。

 

 ハウンズの一部が、音もなく背筋を正し、即応可能な姿勢を取る。

 

 その空気を愉しむように、スネイルはわざとらしく肩をすくめた。

 

「おや、睨まないでいただきたい。私はただ……“正しい手段で、正しい場所に立っている”だけですので」

 

 嘘だ。

 

 この男は、最初からすべてを知っていた。

 

 グレイは口を開いた。

 

「その“正しさ”とやらが……何人の命を奪ってきたか、数えたことはあるか?」

 

 スネイルは、まるでそれが挨拶でもあるかのように、小さく笑った。

 

「もちろん。ですが、数えるのは“兵士”の役目ではありませんよ、特務上尉」

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