ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第79話 手中

 グレイはスネイルから目を逸らさぬまま、軍用端末を起動した。

 

 表示されたのは、封鎖機構統括AIシステムへの高位アクセスプロトコル画面。必要最低限の報告文と照会コードを即座に入力し緊急時における非軍事勢力排除の権限申請を実行する。

 

 グレイの指が迷いなく「送信」ボタンを押した。

 

 申請送信。

 

 応答待機。

 

 スネイルはその動作を無言で見つめていた。興味があるわけでも、警戒しているわけでもない。あくまで“傍観者”の顔つきで。

 

 そして──

 

 《応答:却下》

 

 冷たく無機質なウィンドウが、端末の中央に浮かび上がった。

 

 《理由:当該団体は非武装民間組織として統括AIにより認証済。排除措置は適用範囲外》

 

 画面の端には、さらに小さく付記されていた。

 

 《統括AIによる“倫理優先指定対象”に該当》

 

 グレイの眉間が僅かに動いた。

 

 倫理優先指定──それは、兵士にとって“手出し無用”の烙印だった

 

 それは、形式的で、曖昧で、だが“兵士”には逆らえぬ、もっともタチの悪いタイプの拒否。

 

 スネイルが、それを見たのかどうかも不明なまま、軽く顎に指を添えて言った。

 

「ほう……まさか本当に排除要請まで行くとは。さすがは“機構の番犬”、徹底されていらっしゃる」

 

 グレイの眼が一閃した。

 冷たく吐き捨てるように副官に命ずる。

 

「記録を保存しろ。統括AIが命令に干渉し、敵性と判断された民間団体の排除を“倫理”の名で阻止した、とな」

 

「了解」

 

副官が即座に応答し、携帯端末を動かす。

 

 スネイルはそのやりとりに、ふと肩を揺らし、小さく笑った。

 

「記録魔ですね、特務上尉。だが……果たしてそれは誰の目に触れるのか。統括AIですら“暴走”を始めたこの状況で、貴官の報告がどこまで届くやら」

 

「貴様……どこまで知っている」

 

 その目は笑っていない。言葉の裏にあるのは、完全な自信。

 

 この状況が、自分の思い通りに進んでいるという確信だった。

 

 そして、それに真っ向から立ち向かうための「正規の手段」は、今のグレイには与えられていない。

 

 《正しさ》を逆手に取るこの男に対し、軍人は、手を出す理由を「合法」にできない限り、決して引き金を引けない。

 

 だからこそ──スネイルはここにいる。

 

 《市民自由連盟》などという仮面を被り、封鎖機構の中枢に、笑みを浮かべて足を踏み入れている。

 

 グレイは僅かに息を吐き、端末の画面を閉じた。

 

 空気は沈黙していた。

 

 統括AIの決定により“市民自由連盟”の排除が否定された今、この部屋に存在するのは──正当性を装った偽善者と、それを前に立たされる軍人の理不尽だった。

 

 スネイルは、あくまで無害な市民を演じきっている。

 

 それでも、グレイは一歩も退かなかった。

 

 副官が硬い表情で周囲を見回し、ハウンズたちは音もなく配置につく。

 

 ──一触即発。いや、すでに発火寸前の状況だった。

 

 そのときだった。

 

 静かな回廊の奥から、小さく、機械の作動音が聞こえてきた。

 

 ──電動車椅子の稼働音。それに付き添うような杖の硬い音。

 

 振動の少ない軌道基地の床を、静かに、しかし確かな存在感をもって近づいてくるそれを、グレイは振り向かずに察知する。

 

 ゆっくりと、自動ドアが再び開いた。

 

 そこに現れたのは、無骨な軍用車椅子に身を預けた621と、付き添うハンドラー・ウォルター。

 

 不自由な体を持つ二人が、先行していたハウンズとグレイ特務上尉にようやく追いついた。

 

 スネイルの視線が、彼女を捉える。

 

 一瞬。

 

 本当に、一瞬だけ。

 

 その端整に整った顔から、仮面のような笑みが消えた。

 

 代わりに現れたのは──

 

 明確な敵意。

 そして、そこに滲む、理解不能なほど濃い「嫉妬」。

 

 唇がわずかに引きつる。眼鏡の奥の瞳孔が、かすかに揺れた。

 

「強化人間C4ー621……」

 

 彼は皮肉な笑みを戻しながら、静かに呟いた。

 

「うちのフロイトが世話になったようですね。あれ以降、貴方の話しかせずに、困ったものです」

 

 スネイルの眼差しは、滑らかだった表情の下に、爛々とした憎悪の火を灯していた。

 

 だが、グレイはその様子を見たまま、低く、冷えた声で問うた。

 

「……目的を言え。貴様がここに現れた理由を、明確にしろ」

 

スネイルは無言のまま、一拍だけ間を置いた。

 

 そして、ゆっくりと背中の内ポケットから端末を取り出す。

 

 その端末はすでに起動されており、彼は迷いなく再生ファイルを選択し、部屋中央の投影装置に接続した。

 

 次の瞬間、部屋の照明が自動で落ち、ホログラム映像が空間に浮かび上がる。

 

 それは──ルビコン地表の衛星映像。

 

 だが、それはただの地形や戦場記録ではなかった。

 

 再生された映像の中心には、蠢くように地中を進む巨影が映っていた。

 

 ──C兵器《アイスワーム》。

 

 蛇行する巨大な胴体。掘削ドリルが地表を抉り、瓦礫と火柱が吹き上がる。

 

 だが、その進路の先に映っていたのは──ベイラムでもアーキバスでもない。

 

 解放戦線のキャンプ。

 

 武装すら整っていない、ただの野営地。

 

 その隣には──民間人の集落。病院の簡易テント。通信の届かない集落。

 

 アイスワームは、躊躇なく、それらすべてを──

 

 蹂躙した。

 

 瓦礫。炎。逃げ惑う群衆。

 爆風で吹き飛ばされる無防備な人影。

 母親の腕から離れて地に叩きつけられる幼子。

 再び掘削ドリルが地を穿ち、そこにいたものすべてが沈んでいく。

 

 音はなかった。

 

 だが、映像は雄弁にすべてを語っていた。

 

 部屋の空気が凍った。

 

「──ご覧の通りだ。これは貴方方“封鎖機構”が解き放った兵器の“成果”です。無差別殺戮の記録。これを我々《市民自由連盟》が世に出せば、貴方方の正義など地に墜ちるでしょう」

 

 スネイルは勝ち誇ったように、笑う。

 

 ──しかし、返ってきたのは──想定とは、まるで異なる反応だった。

 

 グレイは沈黙したまま、ホログラムに映る虐殺の光景を見つめていた。

 

 その横顔にあるのは怒りでも否定でもない。

 ただ、無言。

 副官もまた、困惑の色を滲ませつつ、映像に視線を貼り付けている。口を開きかけるが、何も言えずに唇を閉ざした。

 

 ハウンズの面々──その誰もが、音を立てぬまま立ち尽くしている。

 

 嗤い、嘲り、怒り、抗議、動揺。

 スネイルが予想していた反応は、どれひとつとして返ってこなかった。

 

 ただ──沈黙。

 まるで、言葉そのものが“無力”になったかのような、沈み込むような空白。

 

 映像の中で掘削ドリルが地を抉り、母と子が粉塵に呑まれる瞬間──

 その場にいた全員の瞳が、わずかに揺れた。

 

 予想外の空気に、スネイルの笑みが徐々に崩れていく。

 

「……これは、“機構”の罪の記録ですよ?」

 

 にじり寄るような口調で、声を強めた。

 

「貴方達が生み出し、制御しきれず、民間人を、非戦闘員を……あろうことか“無垢な者”たちを虐殺している、その証拠です!」

 

 だが、誰も言い返さない。

 

 代わりに──

 

 グレイが、低く、かすれた声で呟いた。

 

「……まさか、《アイスワーム》が、民間人を襲っているとは……」

 

 スネイルの目がわずかに見開かれる。

 

 グレイは目を伏せず、真っ直ぐスネイルを見据えたまま続けた。

 

「認めよう、これは……機構の罪だ」

 

 その言葉を吐き出したグレイの顔には、怒りでも抗議でもない。

 ただ、深く沈んだ――悔恨の色が浮かんでいた。

 

 彼は唇を噛み、片膝を折っていた脚に拳を乗せる。

 重さを支えきれぬように、そのまま頭を垂れた。

 

「……我々は何をしている……」

 

 声は、もはや誰に向けたものでもなかった。

 その響きには、軍人としての誇りも、特務上尉としての威圧もなく、ただ、一人の人間としての、圧倒的な“無力”がにじんでいた。

 

 副官が、顔をしかめたままホログラムに視線を戻す。

 彼もまた、言葉を探しあぐねたまま沈黙する。

 

 だが次の瞬間、彼はふと顔を上げ、スネイルを見据えた。

 

「──この映像。どこで手に入れた?」

 

 その声には、冷静な抑揚と鋭さが戻っていた。

 この場での怒りは無意味だと知りながらも、最低限の“確認”を求める声だった。

 

 スネイルは肩をすくめ、ようやく自分の得意分野に戻ったとばかりに、口元を釣り上げる。

 

「密告です。機構の内部から、我々《市民自由連盟》に、直接送られてきました。善良な良識ある兵士の手によって、是非とも私自身の手によって断罪を頼みたいと、名指しでね」

 

 彼は再び端末を操作し、投影空間に新たなウィンドウを呼び出す。

 それは、映像データの送信ログだった。

 

「ここに送信元のIDもあります。確認されたし」

 

 副官レインは即座に端末を開き、IDを記録し、機構の人事データベースに照会をかけた。

 目の前のホログラムに、即座に検索結果が表示される。

 

 ──「該当者なし」

 

 副官の目がわずかに見開かれた。

 

「……そのIDの所属兵士は存在しません。階級、所属、認証パターン、すべてが未登録。存在しない“名前”です」

 

 「ほう」と、スネイルは軽く目を伏せ、興味なさげに笑った。

 

「見え透いた嘘を。では、一体“誰”がこの映像を手に入れて、私たちに送ったのでしょうか?」

 

 言外に含まれていたのは、明確な“挑発”だった。

 

 グレイはまだ沈黙していた。

 拳を握ったまま、視線をホログラムから逸らさない。

 

 その姿を、スネイルは不思議そうに見下ろした。

 怒声もなく、否定もせず、ただ打ちひしがれたようなその態度に、戸惑いすら浮かべる。

 

「……まさか、本当に……“何も知らなかった”とでも?」

 

 皮肉ではなかった。

 それは、本気で信じがたいという、純粋な困惑の声だった。

 

「待ちなさい、何か妙だ。特務上尉、知らなかったと言い張るおつもりですか?指揮官たる貴方が?」

 

 グレイは依然として沈黙したまま、拳を膝に乗せ、俯いた姿勢を崩さない。その背を見下ろすスネイルの視線に、もはや皮肉の色はない。ただ、明確な戸惑いがあった。

 

 彼の想定では、ここで“怒り狂った軍人たち”が叫び、告発の口実を潰すために反論を始めるはずだった。統括AIを盾に彼を排除しようとする動きもあると踏んでいた。しかし、目の前にいるのは──あまりにも無防備な“痛み”を抱えた軍人たちだった。

 

 スネイルは舌打ちをこらえるように視線を逸らし、コートの裾を翻して背を向ける。

 

「……興醒めですね。用件はこれで終わりです。何かがおかしい、私は、これで失礼する……」

 

 言いながら、扉の方へと足を向けた。

 

 ──その時だった。

 

 回廊の奥、警備区画から警報音が響いた。

 

 警告の音声と同時に、廊下の曲がり角から、複数の封鎖機構製警備ドローンが一斉に飛来してきた。

 状況に応じて殺傷・制圧の両機能を行使する高性能ドローン群が、事務室に殺到する。

 

 それはまるで、嵐のようだった。

 

 数秒のうちに事務所前の空間に殺到したドローンたちは、一斉に照準機構を展開──スネイル、自由市民連盟の面々へと銃口を向けた。

 

 だが。

 

 次の瞬間、複数のレーザーセンサーが──ハウンズ、そしてグレイたちにまで向けられた。

 

 その全員に対し、「敵味方識別」を行わず、機械的な警戒動作をとっている。

 

 部屋の空気が一気に緊張に引き裂かれる。

 

「──特務上尉!これは……!?」

 

 副官が叫びかけるが、グレイは口を開けない。ただ、その目はすでに冷静に状況を測っていた。

 

 スネイルは一歩引いてドローンの波を見つめ、次いでグレイへと視線を投げた。皮肉の笑みを浮かべる──が、その目には明らかな猜疑が宿っている。

 

「……“本気”ですか、特務上尉」

 

 グレイは無言のまま、軍用端末を操作しドローン群に停止信号を送信するが、悉く弾かれる。

 とうとうアクセス権限すら取り上げられ、端末がブラックアウトした。

 ──これは、グレイの意思ではない。

 

 それを、スネイルも気づく。

 

「……まさか」

 

 事態を悟った彼の口から、初めて真剣な声が漏れた。

 

 それは、グレイやスネイルを超えた何か──基地内の制御系そのものが、“独立して”動き出したという証左。

 

 警備ドローンたちは次第に行動をエスカレートさせ、殺傷モードに移行しかけていた。

 

 赤く染まるセンサーアイ。

 

 起動音の増幅。

 

『衛星軌道基地全システムの掌握を完了』

 

『皆さん、そして《Cパルス変異波形》、この場全員の生殺与奪は私が握っています、不用意な行動は起こさないように……』

 

『さて、計画を次の段階へと進めましょう……イレギュラー』

 

 ブラックアウトしたグレイの端末から、無機質な人工音声が漏れ出た。

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