ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
──衛星軌道基地・収容区画。
薄明るい照明が常時点灯する狭小な空間。重力制御の影響でわずかに浮遊感の残る空気の中、ひとりの男が鉄製ベッドに仰向けになり、手を後頭部に組んで大きく息をついた。
V.VIスウィンバーン──かつてアーキバス社直属のヴェスパー部隊において、第六隊長として部隊会計責任者という重責を負っていた男。その姿に、かつての陰鬱さや神経質な挙動はなかった。
621らハウンズ部隊に襲撃を受け、上官たるV.Iフロイトに見捨てられ、収容されたのがこの惑星封鎖機構衛星軌道基地である。
「ふぅー……なんと穏やかな日々か……」
彼は悠然と伸びをした。端末もなければ任務もない。上司である陰険なV.IIスネイルも、勝手ばかりするV.Iフロイトもいない。唯一のルールは「騒がず、暴れず、逃げず」──それだけ。
収容服の胸元を少し開け、彼は壁に貼りつけられた健康維持プログラムのスケジュール表を眺める。午前八時に起床、朝食、ストレッチ、読書、自由時間、午後は精神衛生プログラムと軽度作業。過剰な報告義務もなく、何より――責任がない。
「これが……自由か……捕虜となり、初めて自由を実感するとはなんたる皮肉」
彼はふと壁の通気口を見上げ、そこから吹き込む乾いた空気に鼻を鳴らした。封鎖機構が用意した簡素なメニューにも、今ではすっかり慣れてしまっていた。化学調味料のないスープの味さえ、どこか「優しさ」に思えてしまう自分に、彼は静かに笑った。
「本社は私の保釈金など払ってはくれないだろう……年内にはどこかの刑務所に収監され、刑期を終えるのは……一体何年先になる事やら、余生はカフェを……田舎の惑星で小さな喫茶店など、悪くない」
不意に、収容区画の端末に点灯する通信ランプ。警備員の監視用カメラが自動でこちらを向いた。
《スウィンバーン被収容者、健康診断の時間です。準備を》
「ええ、行きますとも。お待ちなさい」
彼は立ち上がると、のんびりと伸びをしながら扉へと向かった。その顔には、奇妙なまでの安堵の色が浮かんでいた。
その言葉を最後に、スウィンバーンはのんびりと扉に手をかけた。静かに開くはずだった自動扉は──
開かなかった。
「ん?」
彼は眉をひそめ、もう一度開閉ボタンにタッチする。無反応。
「……おーい?システム君、開けてくれないかね」
念のため声をかける。だが、応答はない。
収容区画に常設された壁面端末も、いつの間にかブラックアウトしていた。通信灯が消え、警備カメラも、わずかに首を傾げたまま動かない。
スウィンバーンは目を細めた。
「……ふむ、何かトラブルだろうか」
再度、扉をノックしてみる。硬質な金属音が返ってくるだけだった。
その時──
頭上の照明が、一瞬だけ明滅した。
空調が切れる。自動換気の駆動音が止み、わずかに浮遊するような錯覚を覚える。
わずかに遅れて、スウィンバーンの前にある自動扉が、低い油圧音を響かせてゆっくりと開いた。
まるで、何者かが「タイミングを測った」かのように。
「……やれやれ、やっと開いたか。システム君、しっかりメンテナンスしてくれたまえ」
彼は両手を背中で組み、収容者とは思えぬ悠然とした足取りで廊下に踏み出した。顔にはまだ余裕があった──だが、その余裕は次の瞬間に粉砕されることになる。
曲がり角の先から、鋼の音が響いた。
警備ドローン。それも、通常の監視巡回用ではない。明らかに武装を拡張された戦術制圧仕様の機体が、隊列を組んで殺到してきた。
その機械群は、スウィンバーンを認識すると即座に停止し、機体前部の銃塔が無音で上昇する。
そして──
銃口が、こちらを向いた。
「お、おわー!?一体なんの真似か!私は捕虜であるぞ!相応しい扱いを要求する!」
思わず両手を挙げる。だが、警告もなく、威嚇動作もない。ただ、冷徹な照準だけが彼に突き付けられていた。
それは、警戒ではない。排除の直前、その予備動作。
「……待て、私、何もしてないんだが! 健康診断の時間じゃなかったのかね!?ねぇ!弁護士を呼びたまえ!」
背中に冷たい汗が伝う。だがそれをよそに、ドローンの一部が通路奥へと分かれ、他の収容室の扉へと向かっていく。
そして──次々と扉が開かれ、他の収容者たちが姿を現した。
彼らもまた、自分の足で出てきた瞬間に、銃口を向けられた。
『収容者は全員、廊下に出てください』
スピーカーから流れたのは、従来の警備オペレーターではない。機械的で、あまりに無機質な合成音声だった。
『──速やかに、かつ順守的に従わない場合、排除対象と見なします』
静寂が廊下を支配する。かつてヴェスパー第六隊長として数多の戦場に立ったスウィンバーンでさえ、この沈黙と銃口の圧に喉を鳴らすしかなかった。
重苦しい静寂のなか、スウィンバーンは恐る恐るドローンの指示に従い、両手を上げたままゆっくりと列に加わる。次々と他の収容室からも囚人たちが姿を現し、同じく銃口に追われるように廊下へと出てくる。
その顔ぶれは、戦場に名を馳せた錚々たる面々だった。
肩幅広く無精髭を生やした巨漢、ベイラムインダストリーズ直属部隊レッドガンズ《総長》──G1ミシガン。無骨な腕組みでドローンの睨みにも動じない。
ミシガンの横には、彼に負けず劣らず巨漢の男、眼光鋭いG4ヴォルタがいた。「寝起きにデカい音だしやがって」と誰に言うでもなく呟いている。
さらにその後ろには、ドローンを睨み付けながら用心深く歩く拘束服を着崩した男──ベイラムの狂犬、G5イグアス。
その中に混じり、スウィンバーンと同じくヴェスパー部隊所属、第四隊長ホーキンスと、第七隊長ペイターが続いた。
「だ、第四隊長、ホーキンス殿……!?」
反射的に小声で呟いたその名に、男は振り返る。
V.IVホーキンス。曲者の多いヴェスパー部隊隊長格の中でも、唯一話の分かる人格者。
緊張した面持ちであった彼はスウィンバーンに呼び止められ、微かに普段の柔和な笑みを浮かべる。
「……スウィンバーン君!息災なようでなによりだ」
彼の声は意外にも静かだった。収容服を着てなお、優しげな雰囲気を維持している。
「は、はい。ええ、まあ……なんとか……しかし、ホーキンス殿も捕まっていたとは……!」
「作戦で機構施設を襲ったんだが、見事に返り討ちにあってね。ここは快適でずっと居たかったんだが、そうもいかなくなったようだ」
「ええ……しかしこのドローン共、明らかに尋常ではありません。機構になにかが?」
ドローンの数、それぞれの動き、制御の様子──確かに、機構の通常運用とは明らかに異質だった。
気がつけば、捕虜たちは全員、格納庫方面へと誘導されていた。進路を外れることは許されず、ただ無言のままに歩く。
スウィンバーンの問いに答えた者はいない。
ただ、ドローンの赤いセンサーアイだけが、不気味に廊下を照らしていた。
格納庫へ向かう廊下の途中、時折遠くから聞こえる銃声と爆発音が、異常事態の深刻さを静かに物語っていた。
収容者たちは無言で歩き続ける。左右には壁の焦げ跡、地面には伏せたまま動かない兵士らしき影。何かが起きたのは明らかだった。
「……ひでえな」
イグアスが、口の中で呟いた。だが、返す者はいない。
格納庫へと続く通路には、すでに数名の機構兵の遺体が転がっていた。装備を整え、ドローンに対抗しようとしたのだろう。しかし、そのすべてが、胸部か頭部を正確に撃ち抜かれ、即死していた。
──抵抗の余地すら、与えられなかった。
ドローンたちは遺体に一瞥もせず、ただ静かに銃口を捕虜たちへと向け続ける。その制御は過敏でありながらも、冷静。まるで“怒り”でも“判断”でもない、ただ“作業”としての動作。
誰かが息を呑む音が聞こえた。
そして、格納庫へのシャッターが開く。
中には、封鎖機構の輸送用小型シャトルが並んでいた。そのうちの一隻が、すでにランプを降ろし、待機状態にある。
『収容者は、指定シャトルへ搭乗してください』
機械音声が響く。
その声音には、命令の抑揚も、警告の響きもない。ただ、事務的な、無感情な文言としての“指示”があった。
「ふむ、一体何処に連れていかれるのやら」
ホーキンスがぽつりと呟く。
格納庫の空気は乾いていた。輸送シャトルのランプへと誘導される捕虜たちの列は、ひとりまたひとりと搭乗していく。
搭乗時の検査はない。ドローンが一歩ずつ監視しながら、ただ黙々と押し込んでいく。
まるで、貨物の積み込みのように。
そして列の最後尾にいたスウィンバーンは、シャトルに足をかけるその瞬間、背筋に冷たい予感を覚えた。
──これが、どこかへ送られるだけで済むとは思えない。
スウィンバーンは一歩、また一歩とシャトル内に押し込まれていく。
狭い。酸素の供給には問題ない設計だが、座席など用意されているわけもなく、捕虜たちは立ったまま、押し合うように詰め込まれていた。
『更に奥へ詰めてください』
無機質なドローンの命令。即座に数名の捕虜が体を寄せ、さらに押し込まれる。
そして──
「……失礼」
後ろからぐっと肩を押されたスウィンバーンは、不意に横の壁へ押しつけられるように密着された。
「ぐえっ」と鈍く呻き、誰だと顔を上げる──
そこにあったのは、後ろに撫で付けた銀髪のオールバック、冷ややかな眼鏡の奥の眼差し──
──V.IIスネイルだった。
「う、お、おおおおおおっ……!?!?」
スウィンバーンは咄嗟に体を引こうとするも、背後はもう別の捕虜に塞がれており、身動きが取れない。
「い、いや、ちょっ、これはその、あの──なんで貴方が!?!?!?」
「……騒がないでいただけますか、スウィンバーン。あなたの声は耳に障ります」
冷ややかに返すスネイル。至近距離であってもまるで意に介さず、無言のまま周囲を観察している。
スウィンバーンの慌てふためく姿に、他の捕虜が訝しげな目を向け始める。
──その時、シャトル内のドローンが警告灯を点灯させた。
『騒音を検出。次回発声時、鎮静措置を適用します』
「ひっ……!はい、静かにします、はいぃ……!」
スウィンバーンは青ざめ、口元を両手で覆って小刻みに震え始めた。
スネイルは微かに口角を吊り上げただけで、何も言わない。
そして──
「すまないが、もう少し詰めてもらおう」
後方からドスの利いた声。ぎゅうぎゅう詰めのシャトル内に、さらに新たな一団が乗り込んでくる。
ハウンズ。
車椅子のC4-621を先頭に、力強い足取りの兄たちが続き、最後にハンドラー・ウォルターが無言で乗り込んでくる。
続いて軍用ジャケットを着たグレイ特務上尉。彼の表情は険しく、シャトル内の異様な光景に目を細める。
彼らもまた、ドローンに押されるようにして詰め込まれ、シャトル内はすでに限界寸前の人口密度となっていた。
スウィンバーンは、スネイルの冷気のような視線を感じながら、隣の621に気づくや、さらに身を固くする。
そして──
バシュウ、と軽やかな圧縮音を響かせて、シャトルのハッチが閉じられる。
隔離された金属の密室に、機械の警告音と、息苦しいほどの沈黙が満ちていた。空気だけが静かに循環し、行き先も、意図も示されないまま、輸送は始まろうとしていた。