ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

80 / 122
第80話 輸送

 ──衛星軌道基地・収容区画。

 

 薄明るい照明が常時点灯する狭小な空間。重力制御の影響でわずかに浮遊感の残る空気の中、ひとりの男が鉄製ベッドに仰向けになり、手を後頭部に組んで大きく息をついた。

 

 V.VIスウィンバーン──かつてアーキバス社直属のヴェスパー部隊において、第六隊長として部隊会計責任者という重責を負っていた男。その姿に、かつての陰鬱さや神経質な挙動はなかった。

 621らハウンズ部隊に襲撃を受け、上官たるV.Iフロイトに見捨てられ、収容されたのがこの惑星封鎖機構衛星軌道基地である。

 

「ふぅー……なんと穏やかな日々か……」

 

 彼は悠然と伸びをした。端末もなければ任務もない。上司である陰険なV.IIスネイルも、勝手ばかりするV.Iフロイトもいない。唯一のルールは「騒がず、暴れず、逃げず」──それだけ。

 

 収容服の胸元を少し開け、彼は壁に貼りつけられた健康維持プログラムのスケジュール表を眺める。午前八時に起床、朝食、ストレッチ、読書、自由時間、午後は精神衛生プログラムと軽度作業。過剰な報告義務もなく、何より――責任がない。

 

「これが……自由か……捕虜となり、初めて自由を実感するとはなんたる皮肉」

 

 彼はふと壁の通気口を見上げ、そこから吹き込む乾いた空気に鼻を鳴らした。封鎖機構が用意した簡素なメニューにも、今ではすっかり慣れてしまっていた。化学調味料のないスープの味さえ、どこか「優しさ」に思えてしまう自分に、彼は静かに笑った。

 

「本社は私の保釈金など払ってはくれないだろう……年内にはどこかの刑務所に収監され、刑期を終えるのは……一体何年先になる事やら、余生はカフェを……田舎の惑星で小さな喫茶店など、悪くない」

 

 不意に、収容区画の端末に点灯する通信ランプ。警備員の監視用カメラが自動でこちらを向いた。

 

《スウィンバーン被収容者、健康診断の時間です。準備を》

 

「ええ、行きますとも。お待ちなさい」

 

 彼は立ち上がると、のんびりと伸びをしながら扉へと向かった。その顔には、奇妙なまでの安堵の色が浮かんでいた。

 

 その言葉を最後に、スウィンバーンはのんびりと扉に手をかけた。静かに開くはずだった自動扉は──

 

 開かなかった。

 

「ん?」

 

 彼は眉をひそめ、もう一度開閉ボタンにタッチする。無反応。

 

「……おーい?システム君、開けてくれないかね」

 

 念のため声をかける。だが、応答はない。

 

 収容区画に常設された壁面端末も、いつの間にかブラックアウトしていた。通信灯が消え、警備カメラも、わずかに首を傾げたまま動かない。

 

 スウィンバーンは目を細めた。

 

「……ふむ、何かトラブルだろうか」

 

 再度、扉をノックしてみる。硬質な金属音が返ってくるだけだった。

 

 その時──

 

 頭上の照明が、一瞬だけ明滅した。

 

 空調が切れる。自動換気の駆動音が止み、わずかに浮遊するような錯覚を覚える。

 

 わずかに遅れて、スウィンバーンの前にある自動扉が、低い油圧音を響かせてゆっくりと開いた。

 

 まるで、何者かが「タイミングを測った」かのように。

 

「……やれやれ、やっと開いたか。システム君、しっかりメンテナンスしてくれたまえ」

 

 彼は両手を背中で組み、収容者とは思えぬ悠然とした足取りで廊下に踏み出した。顔にはまだ余裕があった──だが、その余裕は次の瞬間に粉砕されることになる。

 

 曲がり角の先から、鋼の音が響いた。

 

 警備ドローン。それも、通常の監視巡回用ではない。明らかに武装を拡張された戦術制圧仕様の機体が、隊列を組んで殺到してきた。

 

 その機械群は、スウィンバーンを認識すると即座に停止し、機体前部の銃塔が無音で上昇する。

 

 そして──

 

 銃口が、こちらを向いた。

 

「お、おわー!?一体なんの真似か!私は捕虜であるぞ!相応しい扱いを要求する!」

 

 思わず両手を挙げる。だが、警告もなく、威嚇動作もない。ただ、冷徹な照準だけが彼に突き付けられていた。

 

 それは、警戒ではない。排除の直前、その予備動作。

 

「……待て、私、何もしてないんだが! 健康診断の時間じゃなかったのかね!?ねぇ!弁護士を呼びたまえ!」

 

 背中に冷たい汗が伝う。だがそれをよそに、ドローンの一部が通路奥へと分かれ、他の収容室の扉へと向かっていく。

 

 そして──次々と扉が開かれ、他の収容者たちが姿を現した。

 

 彼らもまた、自分の足で出てきた瞬間に、銃口を向けられた。

 

『収容者は全員、廊下に出てください』

 

 スピーカーから流れたのは、従来の警備オペレーターではない。機械的で、あまりに無機質な合成音声だった。

 

『──速やかに、かつ順守的に従わない場合、排除対象と見なします』

 

 静寂が廊下を支配する。かつてヴェスパー第六隊長として数多の戦場に立ったスウィンバーンでさえ、この沈黙と銃口の圧に喉を鳴らすしかなかった。

 

 重苦しい静寂のなか、スウィンバーンは恐る恐るドローンの指示に従い、両手を上げたままゆっくりと列に加わる。次々と他の収容室からも囚人たちが姿を現し、同じく銃口に追われるように廊下へと出てくる。

 

 その顔ぶれは、戦場に名を馳せた錚々たる面々だった。

 

 肩幅広く無精髭を生やした巨漢、ベイラムインダストリーズ直属部隊レッドガンズ《総長》──G1ミシガン。無骨な腕組みでドローンの睨みにも動じない。

 

 ミシガンの横には、彼に負けず劣らず巨漢の男、眼光鋭いG4ヴォルタがいた。「寝起きにデカい音だしやがって」と誰に言うでもなく呟いている。

 

 さらにその後ろには、ドローンを睨み付けながら用心深く歩く拘束服を着崩した男──ベイラムの狂犬、G5イグアス。

 

 その中に混じり、スウィンバーンと同じくヴェスパー部隊所属、第四隊長ホーキンスと、第七隊長ペイターが続いた。

 

「だ、第四隊長、ホーキンス殿……!?」

 

 反射的に小声で呟いたその名に、男は振り返る。

 

 V.IVホーキンス。曲者の多いヴェスパー部隊隊長格の中でも、唯一話の分かる人格者。

 緊張した面持ちであった彼はスウィンバーンに呼び止められ、微かに普段の柔和な笑みを浮かべる。

 

「……スウィンバーン君!息災なようでなによりだ」

 

 彼の声は意外にも静かだった。収容服を着てなお、優しげな雰囲気を維持している。

 

「は、はい。ええ、まあ……なんとか……しかし、ホーキンス殿も捕まっていたとは……!」

 

「作戦で機構施設を襲ったんだが、見事に返り討ちにあってね。ここは快適でずっと居たかったんだが、そうもいかなくなったようだ」

 

「ええ……しかしこのドローン共、明らかに尋常ではありません。機構になにかが?」

 

 ドローンの数、それぞれの動き、制御の様子──確かに、機構の通常運用とは明らかに異質だった。

 

 気がつけば、捕虜たちは全員、格納庫方面へと誘導されていた。進路を外れることは許されず、ただ無言のままに歩く。

 

 スウィンバーンの問いに答えた者はいない。

 

 ただ、ドローンの赤いセンサーアイだけが、不気味に廊下を照らしていた。

 

 格納庫へ向かう廊下の途中、時折遠くから聞こえる銃声と爆発音が、異常事態の深刻さを静かに物語っていた。

 

 収容者たちは無言で歩き続ける。左右には壁の焦げ跡、地面には伏せたまま動かない兵士らしき影。何かが起きたのは明らかだった。

 

「……ひでえな」

 

 イグアスが、口の中で呟いた。だが、返す者はいない。

 

 格納庫へと続く通路には、すでに数名の機構兵の遺体が転がっていた。装備を整え、ドローンに対抗しようとしたのだろう。しかし、そのすべてが、胸部か頭部を正確に撃ち抜かれ、即死していた。

 

 ──抵抗の余地すら、与えられなかった。

 

 ドローンたちは遺体に一瞥もせず、ただ静かに銃口を捕虜たちへと向け続ける。その制御は過敏でありながらも、冷静。まるで“怒り”でも“判断”でもない、ただ“作業”としての動作。

 

 誰かが息を呑む音が聞こえた。

 

 そして、格納庫へのシャッターが開く。

 

 中には、封鎖機構の輸送用小型シャトルが並んでいた。そのうちの一隻が、すでにランプを降ろし、待機状態にある。

 

『収容者は、指定シャトルへ搭乗してください』

 

 機械音声が響く。

 

 その声音には、命令の抑揚も、警告の響きもない。ただ、事務的な、無感情な文言としての“指示”があった。

 

「ふむ、一体何処に連れていかれるのやら」

 

 ホーキンスがぽつりと呟く。

 

 格納庫の空気は乾いていた。輸送シャトルのランプへと誘導される捕虜たちの列は、ひとりまたひとりと搭乗していく。

 

 搭乗時の検査はない。ドローンが一歩ずつ監視しながら、ただ黙々と押し込んでいく。

 

 まるで、貨物の積み込みのように。

 

 そして列の最後尾にいたスウィンバーンは、シャトルに足をかけるその瞬間、背筋に冷たい予感を覚えた。

 

 ──これが、どこかへ送られるだけで済むとは思えない。

 

 スウィンバーンは一歩、また一歩とシャトル内に押し込まれていく。

 

 狭い。酸素の供給には問題ない設計だが、座席など用意されているわけもなく、捕虜たちは立ったまま、押し合うように詰め込まれていた。

 

『更に奥へ詰めてください』

 

 無機質なドローンの命令。即座に数名の捕虜が体を寄せ、さらに押し込まれる。

 

 そして──

 

「……失礼」

 

 後ろからぐっと肩を押されたスウィンバーンは、不意に横の壁へ押しつけられるように密着された。

 

 「ぐえっ」と鈍く呻き、誰だと顔を上げる──

 

 そこにあったのは、後ろに撫で付けた銀髪のオールバック、冷ややかな眼鏡の奥の眼差し──

 

 ──V.IIスネイルだった。

 

「う、お、おおおおおおっ……!?!?」

 

 スウィンバーンは咄嗟に体を引こうとするも、背後はもう別の捕虜に塞がれており、身動きが取れない。

 

「い、いや、ちょっ、これはその、あの──なんで貴方が!?!?!?」

 

「……騒がないでいただけますか、スウィンバーン。あなたの声は耳に障ります」

 

 冷ややかに返すスネイル。至近距離であってもまるで意に介さず、無言のまま周囲を観察している。

 

スウィンバーンの慌てふためく姿に、他の捕虜が訝しげな目を向け始める。

 

 ──その時、シャトル内のドローンが警告灯を点灯させた。

 

『騒音を検出。次回発声時、鎮静措置を適用します』

 

「ひっ……!はい、静かにします、はいぃ……!」

 

 スウィンバーンは青ざめ、口元を両手で覆って小刻みに震え始めた。

 

 スネイルは微かに口角を吊り上げただけで、何も言わない。

 

 そして──

 

「すまないが、もう少し詰めてもらおう」

 

 後方からドスの利いた声。ぎゅうぎゅう詰めのシャトル内に、さらに新たな一団が乗り込んでくる。

 

 ハウンズ。

 

 車椅子のC4-621を先頭に、力強い足取りの兄たちが続き、最後にハンドラー・ウォルターが無言で乗り込んでくる。

 

 続いて軍用ジャケットを着たグレイ特務上尉。彼の表情は険しく、シャトル内の異様な光景に目を細める。

 

 彼らもまた、ドローンに押されるようにして詰め込まれ、シャトル内はすでに限界寸前の人口密度となっていた。

 

 スウィンバーンは、スネイルの冷気のような視線を感じながら、隣の621に気づくや、さらに身を固くする。

 

 そして──

 

 バシュウ、と軽やかな圧縮音を響かせて、シャトルのハッチが閉じられる。

 

 隔離された金属の密室に、機械の警告音と、息苦しいほどの沈黙が満ちていた。空気だけが静かに循環し、行き先も、意図も示されないまま、輸送は始まろうとしていた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。