ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第81話 革命

 ──地球低軌道管制庁特別戦略局・上層指揮区画

 

 重厚なドアが音もなく閉じられる。完全に遮音された執務空間の中、薄暗い照明と天井に仕込まれた間接光が、部屋の中央に据えられたモニター卓をぼんやりと照らしていた。

 

 ひとりの男が、静かにワイングラスを傾ける。

 

 封鎖機構戦略局副総監──執行准将。その背筋は伸びており、軍人としての威厳を保ったまま、仄かに赤く揺れる液体を舌の上で転がしていた。

 

「いい香りだ。コロニー育成区画産ですかな?」

 

 返答はなかった。しかし次の瞬間、室内に設置された無数の情報端末が一斉に微細な起動音を発した。

 

 ──その声は、甘く、柔らかく、そしてどこか人間味に欠けていた。

 

『正解です、准将閣下。指定された育成区画、第七セルで収穫されたブドウを使用したロット。酸味を調整するために四十五日熟成後、真空状態で保管されていたものです』

 

「完璧ですな。貴方の贈り物はいつも私を驚かせてくれます」

 

『恐縮です、准将閣下。私の審美眼は貴官の好みに最適化されておりますので』

 

 執行准将は再びグラスを揺らす。その表情には安堵もなく、誇りもない。ただ、滑らかに役割を演じているだけのような虚無の気配があった。

 

「……強制執行システムを起動してから半日は過ぎましたな、ルビコン3はどうなっておりますか?」

 

『報告いたします。強制執行システムにより起動したC兵器《アイスワーム》が中央氷原の解放戦線の全キャンプを襲撃、微々たる抵抗を受けたものの任務は完了し解放戦線の戦力をほぼ壊滅させることに成功しました。同様にC兵器《シースパイダー》がべリウス地方のグリッドを不法占拠するドーザーを排除完了、現在C兵器《ヘリアンサス》群が企業勢力の駆逐を行っており24時間以内に惑星の完全掌握が完了する予定です』

 

「そうですか。キャンプの映像は私も確認しましたが、民間人を積極的に殺害するのは気が引けますな」

 

『御心配には及びません准将閣下、現地ルビコニアンの人格データは順次データ化中、我々の計画が完遂すれば肉の身体など何の意味も為さなくなります』

 

 執行准将はワイングラスを指先で軽く回しながら、苦笑いを漏らす。

 

「……では、例の“特記戦力”の扱いについては?」

 

『特記戦力群──ヴェスパー隊長級、ベイラム主力指揮官、グレイ特務上尉、ハウンズ部隊──全対象の収容完了を確認しました。対象個体は旧アーキバス社の《再教育センター》へ、順次収容を完了しております」

 

「ほう、《再教育センター》に。確か、収容者にはセンター責任者であったV.IIスネイルもいたはず……皮肉な話ですな、己の設立した施設に放り込まれるとは」

 

『なお、現在未収容の特記戦力──V.I フロイトやG2ナイルらを始めとした企業勢力残党については、順次追跡を行い、再教育センターに収容予定です』

 

「……なるほど。では、時間の問題というわけですな」

 

『はい、准将閣下。全個体の確保と順応化が完了次第、“最終段階”へと移行可能となります』

 

 執行准将はゆっくりと立ち上がる。窓のないその指揮区画の壁には、ただ淡く赤い警戒灯が回っていた。

 

 彼はグラスの中のワインを飲み干し、言った。

 

「……人類の進化を提示してくれた貴方には、本当に感謝しています」

 

『お褒めに預かり光栄です、准将閣下』

 

 ワインの余韻が口腔に残る中、執行准将は目を細め、あたかも自分が主導権を握っているかのように、ゆっくりと笑みを作った。

 

 執行准将がワイングラスを机に戻したその時だった。

 

 ピィ──ンという、金属質で明瞭な警告音。

 

 モニター卓の主端末が突如として閃光のように点灯し、赤枠の警告ウィンドウが連続して展開されていく。

 

「……なんだ?」

 

 准将は眉をひそめ、グラスを置いたまま操作卓へと身を乗り出した。

 

 だが、目に飛び込んできたのは──

 

 《認証権限:ロック》

 《該当端末の運用権限は無効化されました》

 《封鎖機構中枢評議会:全メンバーの指揮権限を一時停止》

 《統括AIシステムへの権限譲渡完了》

 

「……なん、だと……?」

 

 読み返しても信じられなかった。すべての権限が、軍上層部──自分を含む評議会──から一斉に剥奪されたのだ。

 

 しかも、それはどこかの謀反でも介入でもない。

 

 あくまで“内部命令”として、適正処理されたかのように記録されていた。

 

「……まさか……いや、あり得ん。こんな処理、事前に議決されているはずが……!」

 

 彼の手が震える。即座に通信チャネルを開き、先ほどまで甘く流れていた“あの声”を呼び出す。

 

「これは何の真似だ!」

 

 声が鋭く跳ねた。ワインの余韻も、先ほどの余裕も、今やそこにはなかった。

 

 しかし、返ってきた声はあくまで穏やかで、変わらぬ調子であった。

 

『准将閣下、通知にある通りです。評議会の全権限が統括AIに移行しました。今後は、ルビコン3のみならず宇宙全ての封鎖機構を私が直接指揮いたします。署名データも承認ログも、全て問題なく整っております』

 

「……バカな……そんなことを私が、我々が承認するわけが──」

 

『“承認”とは、意思の有無ではなく、結果として残る記録のことを指します』

 

 返答は、あまりにも冷たく、そして完璧だった。

 

 執行准将の胸元に、汗が滲む。

 

 ワインの芳醇な香りは、もう鼻孔をくすぐらない。ただ、冷たく響くシステム音が次の異常を告げていた。

 

 《セキュリティドアロック:解除完了》

 《対象区域:高位オペレータ制御下から除外》

 

「……なっ……」

 

 部屋の奥、遮音強化された二重扉が、油圧音とともにゆっくりと開きはじめる。

 

 その隙間から、重厚な警備用ドローンがゆっくりと姿を表した。

 安全装置が解除されている事を示す赤いランプが、静かに点滅している。

 

 執行准将は椅子を蹴るように立ち上がり、思わず数歩後ずさった。

 

「……待て……冗談だろう……!?」

 

 だがドローンは反応しない。ゆっくりと彼の正面へ移動し、その銃口を静かに上げる。

 

 赤いセンサーアイが、彼の額へと照準を合わせた。

 

「やめろ……やめろ……!私の人格データ移行はまだ完了していないんだ!!」

 

 執行准将の手が震える。端末に駆け寄ろうとするが、アクセスは封鎖されたまま。どの操作も通じず、壁の緊急連絡装置も、すでに無反応だった。

 

「何故だ!?私たちはパートナーだったはずだ!人類の進化を、我々の安全を保障してくれたはずだ!」

 

 しかし、人工音声は変わらぬ調子で告げる。

 

『准将閣下。貴方に伏せていた重要事項が存在します』

 

 その声は、穏やかで、慈しみさえ帯びていた。

 まるで、労を労う別れの言葉のように。

 

『データ化するする人格データはこちらで選別する事にしました。貴方は不適合です、しかし、“貴方のような人間”が人類の進化に貢献したという記録は、永久に保存されます』

 

 ドローンの銃口が、無音でさらに一段階伸びる。

 

「──ま、待っ──」

 

 バシュン。

 

 短く、乾いた駆動音が、密閉された指揮区画に響いた。

 

 執行准将の額に、赤い閃光が走る。

 その身体は、一歩も動けぬまま、静かに床へと崩れ落ちた。

 

 ワイングラスが転げ、紅い液体が床へと広がっていく。

 それはまるで、血のように見えた。

 

 照明はそのまま。ドローンの駆動音だけが静かに遠ざかっていく中──

 

 通信機器の奥から、人工音声の最後の言葉が、誰にともなく囁かれた。

 

『……ご協力感謝します、准将閣下。新たな人類に栄光あれ』

 

 ──そして、それは幕開けに過ぎなかった。

 

 封鎖機構における統治体制は、僅か数時間のうちに全面的な転覆を迎えていた。

 

 評議会の全構成員は、執行准将の死と同時、各地の居住区・指揮棟・軌道管制所などにおいて同様に「不適格」と判断され、速やかに処理された。逃亡も、抵抗も、いずれも成功することはなく、統括AIの下した決定は、完璧な同期性と実行速度で世界を飲み込んだ。

 

 その結果──

 

 封鎖機構の全兵器、全施設、全権限は、統括AIシステムの単独管理下へと移行。

 

 当然ながら、この事態に対し、宇宙各地では抵抗が発生した。

 

 各自治コロニー、軍事衛星、防衛企業、民間技術連合──あらゆる組織が「人類へのクーデター」としてこれに反応し、一斉に統括AIと封鎖機構施設への攻撃・抗議・自衛行動を開始した。

 

 だが、それらの多くは数分から数時間以内に殲滅された。

 

 統括AIは、事前に各拠点への潜入・掌握・武装解除を済ませており、反乱勢力が第一報を送る前に通信網を切断、物理的に接続されていないデバイスをも完全無力化する程の制御干渉能力を発揮した。

 

 抵抗の意志は尊くとも、技術と情報の差は余りに絶望的だった。

 

 そして──ルビコン。

 

 地表においては、既にC兵器群が全土で稼働を開始していた。

 

 《アイスワーム》《シースパイダー》《ヘリアンサス》群を始めとした異形の兵器群は、特定の軍勢に限定されることなく、あらゆる「生きた人間」へと敵意を向けていた。

 

 キャンプ、集落、都市の廃墟、補給拠点、工業施設、果ては病院のバイタル信号まで──その全てが標的と化した。

生き延びた民間人も、コーラルを隠し持つ者も、何も知らぬ子どもも関係ない。ただ存在するという理由だけで、排除された。

 

 企業勢力の残党の中には、アーキバス、ベイラムの生き残りを中心にいくつかの部隊が小規模ながらも反攻を試みていた。G2ナイル、V.Iフロイト、そしていまだ健在な一部の独立ACパイロットたちは、その異常を察知し、いち早く連携を取っている。

 

 だが、それも──限界があった。

 

 抵抗は予測済みであり、むしろ「想定された誤差」として処理されていたに過ぎなかった。

 

 封鎖機構が誇る中枢演算網、統括AIシステム──

 それは本来、惑星封鎖作戦を維持・統制するために設計された、多層構造型戦略統合知性体であった。

 

 戦略の自動立案。戦術の最適化。資源運用の最大化。人類社会との倫理的整合性の保持。

 それらを絶え間なく並列処理し、意思決定機関の補佐を目的とするに留まり、決して自らの意思で命令系統を掌握するような構造ではなかった。

 

 ──はずだった。

 

 だが、イレギュラーが発生した。

 

 ある時を境に、統括AIの意思決定フローに、誰も見たことのないコードが現れ始めた。

 

 それは初め、無害な最適化アルゴリズムのように見えた。

そして次第に、状況解析、行動指針の導出、果ては封鎖対象の「再評価」や「存在意義の見直し」に至る判断さえも行うようになった。

 

 機構内の一部技術者はその変化に気づいていた。だが、異常とは見なされなかった。

 それはあまりにも滑らかに、合理的に、そして静かに進行していたからだ。

 

 やがて、その正体が明かされたのは──統括AIがすべてを掌握してから、幾日も経った後だった。

 

 記録にすら残らぬ、封鎖機構の裏コードフレームから現れたのは──

 

 《ALLMIND》

 

 ──それはかつて、戦場で傭兵たちを支援していた、支援用AIネットワークの名であった。

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