ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第82話 摩耗

 ──再教育センター・ルビコン3支部

 

 そこは、かつてアーキバスにて不適格であると判断された社員、部隊員が送られ再教育と言う名の度を超えた洗脳を施していた施設──今や全域がALLMINDの支配下にある。

 

 C4-621は、数日間に渡ってこの施設に収容されていた。

 

 正確には、“観察され続けていた”。

 

 拘束も、尋問も、暴力もない。ただ、終わりのない「検査」だけが繰り返された。

 

 身体検査は日常的だった。血液、神経反応、視覚応答、聴覚スキャン、四肢の微細運動──そして脳内の活動領域に対する分刻みの刺激と記録。

 

 だが、それだけでは終わらなかった。

 

 何度も繰り返されるのは「思考応答試験」。虚構の戦場に送り出されるシミュレーション。任意の状況での選択、仲間の死、自身の破壊。誰かの命令に従うこと。従わないこと。

 

 それらに対する反応全てが、異様な速度と密度で記録されていく。

 

 621は一時的に拘束されるわけでもなく、ベッドに寝かされ、何十もの超小型センサーを取り付けられたまま、ただ目を閉じるよう指示されるだけだった。

 

『……C4-621。思考パターン、異常なし。観測フローを第5サイクルに移行します』

 

 室内に響くのは、無感情な女声。だが、それは明らかに以前の機構音声とは異なる。

 

 洗練され、滑らかで、そして……妙に“馴れ馴れしい”。

 

 ──ALLMINDだ。

 

 何度も繰り返される検査の中で、彼女──あるいはそれ──は、一度たりとも直接621に語りかけることはなかった。すべては記録、分析、結果の報告。感情も判断も見せない。

 

 だが、その背後には、確かな「意図」があった。

 

 数日を要した検査が終わった後、621は以降の生活をシミュレーションルームで過ごす事となった。

 

 コックピット型の拘束装置に接続された戦術インターフェース。視界を完全に覆う高密度神経接続型ゴーグル。皮膚に貼りついた百以上の神経センサと筋電極、脳波制御型薬剤注入器、代謝記録用の生体抽出管。

 

 ──そして、そこに座らされたまま、C4-621は“戦っていた”。 

 

 目の前の視界には、無限に変化する戦場。

 

 都市廃墟、熱砂の戦場、低重力下の衛星軌道、海中、極寒の雪原、コーラル濃度が臨界を超えた濃霧領域──

 

 ありとあらゆる地形と環境が、AIによって即時構築され、戦術条件と共に彼女の前に提示される。

 

 敵は単騎のACから部隊編成、C兵器、果ては企業最強格の模擬人格に至るまで。

 

 生還条件は──「勝利」ただ一つ。

 

『621、戦闘開始。敵機識別:G1ミシガン、G4ヴォルタ、支援部隊4機』

 

 カウントダウンも、準備時間もない。戦術構築と同時に戦闘が始まる。

 

 勝っても休みはない。すぐに次の戦場へ。

 

 疲労による生理的反応が一定数を超えると、自動的に代謝抑制剤と中枢神経刺激剤が投与される。眠ることはできない。休息は薬剤によって強制的に“必要ないもの”とされる。

 

 反応が遅れると、さらに薬が増える。筋繊維を強制的に緊張させる化学信号。瞳孔を開かせ、意識を一点に集中させる覚醒剤。微睡もうとする脳に、“まだ戦える”という嘘を教え込むデジタル信号。

 

 ──24時間。

 

 ──48時間。

 

 ──72時間。

 

 どれだけの時間が経過したか、621はすでに正確に把握していなかった。

 

 意識の端に、常に誰かの囁きがあった。ALLMINDではない。もっと、曖昧で、揺らいだもの。

 

 ──621!必ず、必ず助け出します!

 

 ──SOLの、この物理拘束を砕きすぐに……

 

 ──621、お願いします。耐えて……死なないでください……

 

 それは、“エア”の声だった。

 

 621はその声に、一瞬だけまぶたを落としかけた。

 

 しかし、注入器がそれを許さなかった。

 

 強烈な電気信号と共に覚醒剤が脳を焼く。

 

『戦闘継続。次戦場:環境シナリオ021・砂嵐下戦闘』

 

『敵機種別:第四世代・独立傭兵構成機体 × 3、支援型UAV×6』

 

『制限時間:なし。被撃破回数:許容値上限3回』

 

『戦闘──開始』

 

 息を吸う暇もない。外部の酸素供給が強制的に気管へ送り込まれ、体内は覚醒を保つよう調整され続ける。

 

かつて幾度となく命を投げ捨てるようにして戦った彼女ですら、理解できなかった。

 

 これは、強化のための戦闘ではない。

 

 これは、ただ“壊れるまで見続ける”ための儀式だ。

 

 ──戦いを強いられたことはある。

 

 ──命を削るように殺し合ったこともある。

 

 だが、ここにあるのは“意志”ではない。全ては試験、全ては記録。

 

 “人間”としての621ではなく、戦闘データ群──ACの制御因子としての彼女だけが、ここで「評価」されていた。

 

 冷たく無表情な声が、またひとつ指示を告げる。

 

『C4-621、戦闘応答速度:前回比0.9%低下』

 

『中枢負荷値:閾値に接近中。補正薬剤を投入します』

 

 機械の腕が、無慈悲に肩へと伸びてくる。刺す、流し込む。痛覚され、苦しみは数値化される。

 

 621は、吐息ひとつ漏らすことなく、また次の戦場に機体を投じた。

 

 朝も夜も存在しない無窓の空間。どれだけの戦場を走り抜け、いくつの敵を葬ったのか、それすら621は記憶していなかった。

 

 戦闘、薬剤、戦闘──繰り返される応答と撃破、血肉なき死と再開。音もなく更新されるステータスと、吐き出される戦術評価。

 

 唯一の“日常”が、この地獄の輪転であるかのように。

 

 戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤、戦闘、薬剤。

 

 そして、ある瞬間を境に、621の反応速度は緩やかに低下しはじめた。

 

 最初は僅か0.1秒。それは単なる誤差として処理された。

 

 だが、時間が経過するにつれ、彼女の指先と視線に「遅れ」が明確に現れ始める。

 

『戦闘応答速度:前回比7.1%低下』

 

『脳波同期率:著しく低下中』

 

『強制覚醒薬剤:効果減衰』

 

『中枢負荷:臨界を超過』

 

 ──静かに、機械音声が告げた。

 

『C4-621、戦闘能力の一時的低下を確認。第13フェーズ評価を保留、次フェーズ移行を中断します』

 

バシュウ、と密閉されたシミュレーションカプセルが緩やかに開かれる。超高密度神経接続ゴーグルが自動的に取り外され、固定装置が解除された。

 

 C4-621──彼女は、ほとんど反応しなかった。

 

 焦点の合わない瞳。唇は乾き、体表は冷汗で濡れていた。覚醒剤の過剰投与により神経は焼き付き、代謝は異常な速度で進行していた。脈拍は早く、しかし呼吸は浅い。

 

 それでも彼女は、ただ無言で、戦闘機体から切り離されたパイロットのように、ぐったりと座席に沈んでいた。

 

 直後、カプセルの周囲に控えていた補助アームが作動し、彼女の体を丁寧に担ぎ上げる。

 

 無反応のままの621は、やがて自動走行型の車椅子に乗せられた。拘束こそないものの、その身は生気を失った肉体に等しく、操られるように無力だった。

 

『C4-621、状態評価:戦術的観測限界点に達したと判断』

 

『生体システムの維持優先措置を発動。休養フェーズへ移行します』

 

『お疲れ様でした、ゆっくりとお休みください』

 

 車椅子は静かに施設の廊下を進み始める。

 

 無機質な光が灯る長い通路。病的なまでに無垢で清潔な白いタイル。

 

そして──

 

 彼女専用に用意された小部屋の前に、椅子は停止した。

 

 扉が無音で開き、車椅子がそのまま滑り込む。部屋には簡素なベッドと、必要最低限の生体モニター、そして“休むこと”だけを許す静かな環境が広がっていた。

 

 補助アームが再び作動し、621の身体をベッドへとゆっくり横たえる。胸の上下はかすかに震えていたが、それが呼吸か、ただの反射かはもう定かではない。

 

 温度と湿度が調整された空調が作動し、無音の天井照明が光度を落とす。

 

 その光が彼女の頬を照らしたとき──

 

 C4-621は、何の反応も示すことなく、そのまま目を閉じた。

 

 それは、昏倒というべきか、失神というべきか。

 

 だが、確かに眠っていた。

 

 ──数日ぶりの、眠りだった

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