ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第84話 贖罪

 ──再教育センター・食堂

 

 白く無機質な照明が、わずかに強すぎる光を放っている。

 

 冷たく均質な空調の流れが、疲弊した肌を撫でるが、それすら誰も気に留めていなかった。

 

 再びの「休養フェーズ」。

 シミュレーションルームから解放された者たちが、文字通り引きずられるようにして、この食堂に集められていた。

 

 C4-621もまた、無言で車椅子に乗せられ、長テーブルの端に配置された。

 肩はかすかに上下していたが、目の焦点は定まっていない。

 さきほど、初めて敗北を喫したばかりだというのに、その感情の片鱗すら表情には現れていなかった。

 

 彼女の隣には、G5イグアスが座っていた。

 髪は乱れ、目元の痙攣は止まっていない。それでも、ゼリー剤のパックを乱暴に開き、無言で啜っている。

 

 その向かいに、G4ヴォルタ。

 頬はこけ、いつもの饒舌さも怒声も、今はない。スプーンを握る指に力が入らず、ゼリーを零しては、何度も拭おうとして拭えずにいる。

 

 そして──ハウンズ。

 

 617、618、619、620。

 それぞれ、かつては強靭な戦士だった彼らの姿も、今や影を落としていた。

 身を寄せ合うように座る姿は、どこか“戦友”というより、“生存者”のようにすら見えた。

 

 その中心に、寡黙なひとりの男がいた。

 

 ──ハンドラー・ウォルター。

 

 彼は淡々と、スプーンで皿の中のスープを口に運んでいた。

 その動きは無駄がなく、それでいて何かを考えているような、深く沈んだ瞳をしていた。

 

 彼は621の姿を見やると、わずかに眉を動かし、声をかける。

 

「休養フェーズが被るのは初めてだな、621。無理はするな……」

 

「それと……昨日の敵AIの動きだが……まるで」

 

 小さく発せられたその声に、イグアスが顔をしかめる。

 

「……ああ、見た。最後の模擬戦──アレ、あの動きは……」

 

 「621自身」だった。

 

 敵の機体が、621の癖を、傾向を、過去の動作パターンを──全て知っていた。

 まるで、621という存在を“喰った”ような。

 

 冷たく無慈悲な事実に、誰もが言葉を失っていた。

 

「ムカつくぜ、本物より容赦がねえ」

 

 イグアスがゼリーを啜り終え、乱暴に投げ捨てる。

 

「──お前の真似する奴が敵に出てきてから、全然勝てなくなっちまった。笑えねぇ」

 

 イグアスがうなだれるようにテーブルに肘をつく。

 その頬は痩せこけ、眼球は乾いて赤い。だが、敗北の記憶だけは、血が通っているかのように濃かった。

 

 「五戦五敗。あのAI──“621の模倣機”が出てくるたびに、こっちの機体が先に壊される。読まれてる。全部な。最初のブーストも、距離の詰め方も……まるで、俺の次の行動を、事前に記録してるみてぇに」

 

 彼の言葉に、ヴォルタが苦笑を浮かべながら応じた。

 

「読まれてるんじゃねぇ……あれは“演算してる”んだ。俺もやられたさ。三回出てきて、三回とも俺の癖を潰してきた。こっちのエネルギー切れのタイミングすら、見越してた」

 

 619が口を開く。

 

「俺たちだけじゃない。さっき、ヴェスパーの連中とも話したが、全員──全員あのAIに負けてる。……スネイルですら、最初は勝ててたらしいが、今は、声を上げることすらできてない」

 

 食堂の隅で皿を擦っていたV.IIスネイルの姿が、一同の脳裏をかすめた。

 精神崩壊したとは言え、精鋭と知られるヴェスパーの第二隊長が手も足も出ないAI。

 

 617がスプーンを置いて呟く。

 

「アレに勝ち越している者はいるか?」

 

 ウォルターが食事を終え、スプーンを置いて答えた。

 

「……奴に“安定して”勝てているのは、今のところ、俺と621だけだ」

 

全員が、彼に目を向けた。

 

「もっとも、それでも勝率は五割を切る。四回に一回、あるいは二回……ギリギリ勝てているだけに過ぎん。そして、奴の動きは戦闘回数を重ねる毎に洗練されていっている」

 

 その事実に、誰かが小さく息を呑んだ。

 

「……つーか、それもう『お前ら』のAIじゃねえか。621とそのハンドラーを合成した、最悪のコピー機かよ……」

 

 イグアスの言葉は皮肉だったが、どこか冗談にも聞こえなかった。

 

「それは違う。学習対象は……この施設にいる全員だ」

 

 ウォルターの言葉が、冷静に訂正を入れる。

 

「確かに621を中心に設計されてはいる。だが──あのAIの演算モデルには、この“再教育センター”に収容されている全戦闘要員のデータが逐次追加されている」

 

 言葉の意味を咀嚼するように、皆の視線が彼へと向かう。

 

「全員……俺のもかよ」

 

 イグアスが息を吐くように呟く。

 

「お前たちも、思い当たる節があるだろう」

 

 ウォルターはスプーンを皿に置いたまま、卓上を指でなぞるようにして話を続けた。

 

「ヴォルタ──あのAIは、お前の“間合いの潰し方”を正確に使ってくる。お前が敵に使ってきた突撃戦術を、今は俺にも621にも使ってきた」

 

 ヴォルタが肩を震わせた。記憶にある動作が、そのまま目の前のAIに再現された光景が甦る。

 

「イグアス。お前の防御戦術も、完全に模倣されてる。射撃に合わせたイニシャルガード、冷却のタイミング、今やお前だけの技術ではない。」

 

「……チッ……確かに」

 

 イグアスが唇を噛む。

 

「617、618、619、620……お前たちの“連携”に至っては、今じゃ複数機が同時に展開される際の“テンプレート”になってる。完璧な相互支援行動。お前たちが誇る連携を、逆に“使われる”んだ」

 

 兄弟たちの肩が、僅かに震えた。

 

「俺から学習したのは、癖の強い武装の扱い方くらいだろう。そして621」

 

 ウォルターは、彼女を見やった。

 

「全員の技術がお前の“戦闘構造”を中心に、肉付けされている」

 

 沈黙が落ちた。

 

「そういや、何回かパルスプロテクションで味方機を援護する奴がいたな……ありゃ、ミシガンの野郎か……ムカつくぜ」

 

 イグアスの呟きは、怒りとも絶望ともつかない低音だった。

 

「このまま続けば……俺たちは、全員“完成のための踏み台”にされる。次の戦闘では、誰かが二度と戻ってこないかもしれない」

 

 食堂に、薄く冷気が満ちるような感覚が走った。

 

「放っておけば、“模倣AI”は完成する。いや、既にほぼ完成しているのかもしれん」

 

 ウォルターの声は低く、だが誰よりも明瞭だった。

 

「これ以上、奴の学習を進ませるわけにはいかない。どこかで止めなければならん。全員でだ」

 

「……じゃあ、脱出かよ?この施設から逃げ出して、外に出て、統括AIに反抗を仕掛けるってか?」

 

 イグアスが鼻で笑った。

 

「……冗談じゃねぇな。俺たちは素手も同然だ。武器もない、機体も……俺ら軍人だけならまだしも、621は車椅子だぞ」

 

「脱出した先の話もある。地上の通信網もドローン網も、統括AIに握られてる。脱出しても、衛星砲で消し炭だ」

 

 619の冷静な言葉が、現実を突きつけた。

 

「だが……それでも、ここで“完成”を許せば、もう後がねぇ。いずれ、宇宙全域に同じAIが複製される」

 

 ヴォルタが小さく息を吐いた。

 

「……たとえ全員が生き延びられなくても、行動を起こすしかない。俺たちはもう、単なる実験素材じゃない。そうだろ?」

 

 誰も返さなかった。

 だが──それは、すでに“決意”の共有でもあった。

 

 ──今動かなければ、全てが手遅れになる。

 

 無音の沈黙のなかで、誰からともなく、視線がひとつの方向へと向かっていった。

 

 ──食堂の隅、孤立した円卓。

 

 そこに、皿を擦り続けている男がいた。

 

 ──V.IIスネイル。

 

 アーキバス再教育プログラムの設計者。この施設の監理中枢を知る、数少ない人間。

 

「……あの男が、設計者ってんなら──何か、抜け道のひとつくらい知ってんだろ?」

 

 イグアスがぼそりと呟いた。

 

「仮に……の話だが、制御端末や地下通路、封鎖区域の解除方法……あるいは、主制御室への物理的なアクセス方法……」

 

 ウォルターの視線も、ゆっくりとスネイルに向けられる。

 

 だが──

 

 スネイルは依然として、空になった皿を擦り続けていた。擦る。擦る。擦る。

 その指は震え、眼差しは虚ろなまま、何も映していなかった。

 

「……駄目だな。あの様子じゃ、“まとも”に話せるかすら怪しい」

 

 イグアスが呟く。だが、それでも──この状況下において、他に可能性のある選択肢は存在しなかった。

 

 ウォルターが椅子を引く音だけが、静寂の食堂に微かに響いた。

 

 「行こう。俺が話す」

 

 短く言って、彼は立ち上がる。

 続いて、617から619らハウンズが無言で席を立ち、イグアスが621の車椅子を押し、彼らの後に続いた。

 

 その小さな集団は、スネイルの座る円卓へと向かっていく。

 

 彼は依然として、空になった皿を擦っていた。

 擦るたびにかすれる陶器の音が、耳に障るほど長く響いた。

 

 ウォルターは真正面に立ち、しゃがみこむようにしてスネイルの目線に合わせた。

 

「……スネイル。聞こえるか」

 

 反応はない。

 

 だが、次の瞬間──彼の指が、わずかに止まった。

 

「V.IIスネイル。君がこの施設を設計した責任者だと知っている。我々は、ここを出たい。出なければ──全員が“彼ら”に喰われる」

 

 その言葉に、皿を擦っていたスネイルの手が、ようやく完全に止まった。

 

 眼球がゆっくりと動き、乾いた目でウォルターを捉える。

 

「……出る……?」

 

 呟くような声だった。

 

「そうだ」

 

「……不可能です」

 

 スネイルはかすれた声で言った。

 

「この施設は……外部との接続はすべて遮断されています。脱出口も封鎖され、AIに掌握された……私ですら制御権限を持っていません」

 

「だが、お前は設計した側だ。なら、どこかに“例外”があるはずだ。外部に伝わっていない経路。計画段階で作られた予備構造……」

 

「──例外など、あるはずが……」

 

 スネイルが言いかけ、ふいに、虚ろだった瞳が微かに揺れた。

 

「……いや」

 

 彼は額を押さえるようにして、眉間に皺を寄せた。

 

「……あった、かもしれません。初期段階の“物資保管庫”……」

 

 全員が息を潜めた。

 

「その区画は、本来のネットワークには接続されていません。再教育プログラムが全面稼働する前に封鎖された旧地下倉庫……そこならば今も隔離状態のまま、システムに検出されていない可能性があります」

 

「そこに何がある?」

 

 ウォルターの声が低く問う。

 

 スネイルは、頭を抱えるようにして呻いた。

 

「……何って、スクラップですよ……何世代も前のAC、損傷した戦術資材……」

 

 その場に沈黙が落ちる。

 

 ウォルターが、確かめるように言った。

 

「その倉庫、君は場所を覚えているか?」

 

「ええ、まぁ……

 

「なるほど、可能性が出てきたな」

 

 スネイルは、再び擦り切れたような声で呟いた。

 

「不可能です……たどり着く前に殺される。私は、もう無理です。やるなら、どうぞ、勝手に貴方達だけでやってください……」

 

 彼の声は次第に細くなり、再び擦るように空皿へ手を伸ばしかけた。

 

 だが──

 

 ウォルターがその手を掴んだ。

 

「駄目だ」

 

 スネイルは、怯えたような目でウォルターを見つめ返す。

 

 ウォルターの声は静かだった。だが、かつて聞いたことのないような強い力が、そのひと言には込められていた。

 

 スネイルの手を握る指先が、かすかに震える。

 

「もう……終わったんですよ……私は……」

 

「黙れ」

 

 その瞬間、周囲の空気が変わった。

 

 ウォルターの低く通る声が、静かに響く。

 

「お前は、どれだけの人間を地獄に落とした?」

 

 スネイルの瞳が揺れた。

 

「何百人だ? 何千人だ? どれだけの人間が、“更生”と称して解体され、“実験素材”として死んでいった? お前の設計したこの牢獄で!」

 

 声が怒鳴りではなかったことが、余計に重く響いた。

 

「逃げるな、スネイル。死にたければ、戦ってから死ね。せめてその命、有意義に使え」

 

「私は……私は……そんなつもりでは」

 

「では何のつもりだった?人類のため?企業の論理?“適正な再教育”の名のもとに、ここでどれだけの命が踏み潰されたと思っている」

 

 スネイルの肩が跳ね、震える指先がウォルターの手から逃れようとする。だが、ウォルターは離さない。

 

「私は、もう……無力で……」

 

「だったら、それでもいい。無力でもいい。“無力のまま”、戦え。それが、お前に課せられた義務だ」

 

 スネイルの口が開きかけて、また閉じた。

 

 その目には、もう何も映っていないわけではなかった。かすかに、過去の業火に焼かれた後悔と、消えかけた良心の光が、揺らいでいた。

 

「人類の為に懸命に戦って、死ね、スネイル。お前にはその義務がある」

 

 長い沈黙。

 

 誰も言葉を挟めなかった。621すら、かすかにまばたきをしながら、ウォルターとスネイルを見つめていた。

 

 ……やがて。

 

 スネイルが、空皿からそっと手を離した。

 

 その手は震えていたが、今度は、皿を擦ることはなかった。

 

「──……第七層。封鎖された保守区画の、その先……」

 

 掠れた声が、ようやく、言葉として落ちる。

 

「搬送用リフトを使えば、地上監視網をかいくぐれる“かもしれない”。保証は、出来ない……」

 

 ウォルターが小さく頷いた。

 

「それでいい。少しでも可能性があるなら、それを使わせてもらう」

 

 スネイルはうつむき、目を閉じた。

 その顔はまだ弱く、まだ震えていた。

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