ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
──再教育センター・食堂
白く無機質な照明が、わずかに強すぎる光を放っている。
冷たく均質な空調の流れが、疲弊した肌を撫でるが、それすら誰も気に留めていなかった。
再びの「休養フェーズ」。
シミュレーションルームから解放された者たちが、文字通り引きずられるようにして、この食堂に集められていた。
C4-621もまた、無言で車椅子に乗せられ、長テーブルの端に配置された。
肩はかすかに上下していたが、目の焦点は定まっていない。
さきほど、初めて敗北を喫したばかりだというのに、その感情の片鱗すら表情には現れていなかった。
彼女の隣には、G5イグアスが座っていた。
髪は乱れ、目元の痙攣は止まっていない。それでも、ゼリー剤のパックを乱暴に開き、無言で啜っている。
その向かいに、G4ヴォルタ。
頬はこけ、いつもの饒舌さも怒声も、今はない。スプーンを握る指に力が入らず、ゼリーを零しては、何度も拭おうとして拭えずにいる。
そして──ハウンズ。
617、618、619、620。
それぞれ、かつては強靭な戦士だった彼らの姿も、今や影を落としていた。
身を寄せ合うように座る姿は、どこか“戦友”というより、“生存者”のようにすら見えた。
その中心に、寡黙なひとりの男がいた。
──ハンドラー・ウォルター。
彼は淡々と、スプーンで皿の中のスープを口に運んでいた。
その動きは無駄がなく、それでいて何かを考えているような、深く沈んだ瞳をしていた。
彼は621の姿を見やると、わずかに眉を動かし、声をかける。
「休養フェーズが被るのは初めてだな、621。無理はするな……」
「それと……昨日の敵AIの動きだが……まるで」
小さく発せられたその声に、イグアスが顔をしかめる。
「……ああ、見た。最後の模擬戦──アレ、あの動きは……」
「621自身」だった。
敵の機体が、621の癖を、傾向を、過去の動作パターンを──全て知っていた。
まるで、621という存在を“喰った”ような。
冷たく無慈悲な事実に、誰もが言葉を失っていた。
「ムカつくぜ、本物より容赦がねえ」
イグアスがゼリーを啜り終え、乱暴に投げ捨てる。
「──お前の真似する奴が敵に出てきてから、全然勝てなくなっちまった。笑えねぇ」
イグアスがうなだれるようにテーブルに肘をつく。
その頬は痩せこけ、眼球は乾いて赤い。だが、敗北の記憶だけは、血が通っているかのように濃かった。
「五戦五敗。あのAI──“621の模倣機”が出てくるたびに、こっちの機体が先に壊される。読まれてる。全部な。最初のブーストも、距離の詰め方も……まるで、俺の次の行動を、事前に記録してるみてぇに」
彼の言葉に、ヴォルタが苦笑を浮かべながら応じた。
「読まれてるんじゃねぇ……あれは“演算してる”んだ。俺もやられたさ。三回出てきて、三回とも俺の癖を潰してきた。こっちのエネルギー切れのタイミングすら、見越してた」
619が口を開く。
「俺たちだけじゃない。さっき、ヴェスパーの連中とも話したが、全員──全員あのAIに負けてる。……スネイルですら、最初は勝ててたらしいが、今は、声を上げることすらできてない」
食堂の隅で皿を擦っていたV.IIスネイルの姿が、一同の脳裏をかすめた。
精神崩壊したとは言え、精鋭と知られるヴェスパーの第二隊長が手も足も出ないAI。
617がスプーンを置いて呟く。
「アレに勝ち越している者はいるか?」
ウォルターが食事を終え、スプーンを置いて答えた。
「……奴に“安定して”勝てているのは、今のところ、俺と621だけだ」
全員が、彼に目を向けた。
「もっとも、それでも勝率は五割を切る。四回に一回、あるいは二回……ギリギリ勝てているだけに過ぎん。そして、奴の動きは戦闘回数を重ねる毎に洗練されていっている」
その事実に、誰かが小さく息を呑んだ。
「……つーか、それもう『お前ら』のAIじゃねえか。621とそのハンドラーを合成した、最悪のコピー機かよ……」
イグアスの言葉は皮肉だったが、どこか冗談にも聞こえなかった。
「それは違う。学習対象は……この施設にいる全員だ」
ウォルターの言葉が、冷静に訂正を入れる。
「確かに621を中心に設計されてはいる。だが──あのAIの演算モデルには、この“再教育センター”に収容されている全戦闘要員のデータが逐次追加されている」
言葉の意味を咀嚼するように、皆の視線が彼へと向かう。
「全員……俺のもかよ」
イグアスが息を吐くように呟く。
「お前たちも、思い当たる節があるだろう」
ウォルターはスプーンを皿に置いたまま、卓上を指でなぞるようにして話を続けた。
「ヴォルタ──あのAIは、お前の“間合いの潰し方”を正確に使ってくる。お前が敵に使ってきた突撃戦術を、今は俺にも621にも使ってきた」
ヴォルタが肩を震わせた。記憶にある動作が、そのまま目の前のAIに再現された光景が甦る。
「イグアス。お前の防御戦術も、完全に模倣されてる。射撃に合わせたイニシャルガード、冷却のタイミング、今やお前だけの技術ではない。」
「……チッ……確かに」
イグアスが唇を噛む。
「617、618、619、620……お前たちの“連携”に至っては、今じゃ複数機が同時に展開される際の“テンプレート”になってる。完璧な相互支援行動。お前たちが誇る連携を、逆に“使われる”んだ」
兄弟たちの肩が、僅かに震えた。
「俺から学習したのは、癖の強い武装の扱い方くらいだろう。そして621」
ウォルターは、彼女を見やった。
「全員の技術がお前の“戦闘構造”を中心に、肉付けされている」
沈黙が落ちた。
「そういや、何回かパルスプロテクションで味方機を援護する奴がいたな……ありゃ、ミシガンの野郎か……ムカつくぜ」
イグアスの呟きは、怒りとも絶望ともつかない低音だった。
「このまま続けば……俺たちは、全員“完成のための踏み台”にされる。次の戦闘では、誰かが二度と戻ってこないかもしれない」
食堂に、薄く冷気が満ちるような感覚が走った。
「放っておけば、“模倣AI”は完成する。いや、既にほぼ完成しているのかもしれん」
ウォルターの声は低く、だが誰よりも明瞭だった。
「これ以上、奴の学習を進ませるわけにはいかない。どこかで止めなければならん。全員でだ」
「……じゃあ、脱出かよ?この施設から逃げ出して、外に出て、統括AIに反抗を仕掛けるってか?」
イグアスが鼻で笑った。
「……冗談じゃねぇな。俺たちは素手も同然だ。武器もない、機体も……俺ら軍人だけならまだしも、621は車椅子だぞ」
「脱出した先の話もある。地上の通信網もドローン網も、統括AIに握られてる。脱出しても、衛星砲で消し炭だ」
619の冷静な言葉が、現実を突きつけた。
「だが……それでも、ここで“完成”を許せば、もう後がねぇ。いずれ、宇宙全域に同じAIが複製される」
ヴォルタが小さく息を吐いた。
「……たとえ全員が生き延びられなくても、行動を起こすしかない。俺たちはもう、単なる実験素材じゃない。そうだろ?」
誰も返さなかった。
だが──それは、すでに“決意”の共有でもあった。
──今動かなければ、全てが手遅れになる。
無音の沈黙のなかで、誰からともなく、視線がひとつの方向へと向かっていった。
──食堂の隅、孤立した円卓。
そこに、皿を擦り続けている男がいた。
──V.IIスネイル。
アーキバス再教育プログラムの設計者。この施設の監理中枢を知る、数少ない人間。
「……あの男が、設計者ってんなら──何か、抜け道のひとつくらい知ってんだろ?」
イグアスがぼそりと呟いた。
「仮に……の話だが、制御端末や地下通路、封鎖区域の解除方法……あるいは、主制御室への物理的なアクセス方法……」
ウォルターの視線も、ゆっくりとスネイルに向けられる。
だが──
スネイルは依然として、空になった皿を擦り続けていた。擦る。擦る。擦る。
その指は震え、眼差しは虚ろなまま、何も映していなかった。
「……駄目だな。あの様子じゃ、“まとも”に話せるかすら怪しい」
イグアスが呟く。だが、それでも──この状況下において、他に可能性のある選択肢は存在しなかった。
ウォルターが椅子を引く音だけが、静寂の食堂に微かに響いた。
「行こう。俺が話す」
短く言って、彼は立ち上がる。
続いて、617から619らハウンズが無言で席を立ち、イグアスが621の車椅子を押し、彼らの後に続いた。
その小さな集団は、スネイルの座る円卓へと向かっていく。
彼は依然として、空になった皿を擦っていた。
擦るたびにかすれる陶器の音が、耳に障るほど長く響いた。
ウォルターは真正面に立ち、しゃがみこむようにしてスネイルの目線に合わせた。
「……スネイル。聞こえるか」
反応はない。
だが、次の瞬間──彼の指が、わずかに止まった。
「V.IIスネイル。君がこの施設を設計した責任者だと知っている。我々は、ここを出たい。出なければ──全員が“彼ら”に喰われる」
その言葉に、皿を擦っていたスネイルの手が、ようやく完全に止まった。
眼球がゆっくりと動き、乾いた目でウォルターを捉える。
「……出る……?」
呟くような声だった。
「そうだ」
「……不可能です」
スネイルはかすれた声で言った。
「この施設は……外部との接続はすべて遮断されています。脱出口も封鎖され、AIに掌握された……私ですら制御権限を持っていません」
「だが、お前は設計した側だ。なら、どこかに“例外”があるはずだ。外部に伝わっていない経路。計画段階で作られた予備構造……」
「──例外など、あるはずが……」
スネイルが言いかけ、ふいに、虚ろだった瞳が微かに揺れた。
「……いや」
彼は額を押さえるようにして、眉間に皺を寄せた。
「……あった、かもしれません。初期段階の“物資保管庫”……」
全員が息を潜めた。
「その区画は、本来のネットワークには接続されていません。再教育プログラムが全面稼働する前に封鎖された旧地下倉庫……そこならば今も隔離状態のまま、システムに検出されていない可能性があります」
「そこに何がある?」
ウォルターの声が低く問う。
スネイルは、頭を抱えるようにして呻いた。
「……何って、スクラップですよ……何世代も前のAC、損傷した戦術資材……」
その場に沈黙が落ちる。
ウォルターが、確かめるように言った。
「その倉庫、君は場所を覚えているか?」
「ええ、まぁ……
「なるほど、可能性が出てきたな」
スネイルは、再び擦り切れたような声で呟いた。
「不可能です……たどり着く前に殺される。私は、もう無理です。やるなら、どうぞ、勝手に貴方達だけでやってください……」
彼の声は次第に細くなり、再び擦るように空皿へ手を伸ばしかけた。
だが──
ウォルターがその手を掴んだ。
「駄目だ」
スネイルは、怯えたような目でウォルターを見つめ返す。
ウォルターの声は静かだった。だが、かつて聞いたことのないような強い力が、そのひと言には込められていた。
スネイルの手を握る指先が、かすかに震える。
「もう……終わったんですよ……私は……」
「黙れ」
その瞬間、周囲の空気が変わった。
ウォルターの低く通る声が、静かに響く。
「お前は、どれだけの人間を地獄に落とした?」
スネイルの瞳が揺れた。
「何百人だ? 何千人だ? どれだけの人間が、“更生”と称して解体され、“実験素材”として死んでいった? お前の設計したこの牢獄で!」
声が怒鳴りではなかったことが、余計に重く響いた。
「逃げるな、スネイル。死にたければ、戦ってから死ね。せめてその命、有意義に使え」
「私は……私は……そんなつもりでは」
「では何のつもりだった?人類のため?企業の論理?“適正な再教育”の名のもとに、ここでどれだけの命が踏み潰されたと思っている」
スネイルの肩が跳ね、震える指先がウォルターの手から逃れようとする。だが、ウォルターは離さない。
「私は、もう……無力で……」
「だったら、それでもいい。無力でもいい。“無力のまま”、戦え。それが、お前に課せられた義務だ」
スネイルの口が開きかけて、また閉じた。
その目には、もう何も映っていないわけではなかった。かすかに、過去の業火に焼かれた後悔と、消えかけた良心の光が、揺らいでいた。
「人類の為に懸命に戦って、死ね、スネイル。お前にはその義務がある」
長い沈黙。
誰も言葉を挟めなかった。621すら、かすかにまばたきをしながら、ウォルターとスネイルを見つめていた。
……やがて。
スネイルが、空皿からそっと手を離した。
その手は震えていたが、今度は、皿を擦ることはなかった。
「──……第七層。封鎖された保守区画の、その先……」
掠れた声が、ようやく、言葉として落ちる。
「搬送用リフトを使えば、地上監視網をかいくぐれる“かもしれない”。保証は、出来ない……」
ウォルターが小さく頷いた。
「それでいい。少しでも可能性があるなら、それを使わせてもらう」
スネイルはうつむき、目を閉じた。
その顔はまだ弱く、まだ震えていた。