ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
旧アーキバス社・再教育センター
ハンドラー・ウォルターを中心に進められた脱出計画。
その第一段階は、「休養フェーズ」の調整。
これはスネイルの技術によるものだった。彼は端末の奥深くに埋め込まれた開発者権限の一部を利用し、少しずつ、極めて自然に──AIに検知されぬように、各被収容者のシミュレーションスケジュールを“調整”していった。
同時に、ウォルターと彼に協力する者たちは、信頼できる戦力候補を一人ずつ個別に接触し、「意志」の確認を進めた。
説得に応じた者から順に、個別の戦術ブリーフィングが行われ、次第に「同調する者」は数を増やしていった。
第二段階は、監視網の掌握。
621に宿る存在──コーラル由来の意思体《エア》が、わずか数十秒という制限付きながら、センター中枢系のハッキングが可能と宣言した。だがその成功には、正確なネットワーク遷移タイミングの把握が不可欠だった。
それを担ったのは、元ヴェスパー部隊員たちの中で、かつて電子戦を専門としていた技術兵たちだった。
彼らは仮想空間の隙間を解析し、エアの演算と連動する形で、「監視の切れ目」が発生する周期を特定していった。
そして第三段階──武装の準備。
廃棄区画に集積された数十年前の旧式AC部品、損傷した制御端末、警備ドローンの残骸、施設内の通信機材、果ては支給されていた栄養剤容器の薬用素材すら分解・再構築され、即席の装備が一つずつ作られていった。
武器庫など存在しないこの場所では、全てが「作る」しかなかった。
再点火されたガスカートリッジによる簡易熱源、古いACの関節部を流用した格闘用ナックル、再調整された昇降ベッドを流用した携行式盾──すべてがスクラップと知識の結晶だった。
最も重要な作業は、ベイラム・レッドガンの一員として数多の戦場を戦い抜いたG4ヴォルタが担った。
彼は汗と鉄粉にまみれながら、沈黙のまま次々と即席の武装を組み立てていく
「まさか、今更ジャンク屋の真似事をする事になるとはな」
緩慢だが、確かに、準備は進みつつあった。
気づかれず、記録にも残らぬまま──
そして、四日後。すべてが一つの瞬間に向けて、整えられていく。
無機質な壁に囲まれた個室。その中で、C4-621は仰向けに横たわっていた。
シミュレーションは終了していた。
点滴は外され、覚醒剤の投与も今夜に限って止められている。
「休養フェーズの調整」によって、621に訪れた、久方ぶりの夜だった。
天井のモニターは何も映しておらず、ただ白い照明がゆっくりと明滅を繰り返している。
しかし、621は眠っていなかった。呼吸は浅く、指先は神経質に毛布の端を撫でている。
その時、思考に何かが割り込むような感触が走った。
──621。今夜が、決行日です。
エアだった。
その声は、あいかわらず優しげで、どこか懐かしさを感じさせる響きを持っていた。
──4時間後、休養フェーズが全員に適用されます。あなたを含め、ハウンズ、レッドガン、そしてヴェスパー……
621は目を閉じた。
その内側で、まるで走馬灯のように──無数の敗北、無数の戦闘、無数の記録が脳裏を駆けていく。
特記戦力と呼ばれるACパイロットを取り込んだ戦闘AIが完成し、全無人機に搭載されれば、人類に未来は無い。
──休養フェーズが始まれば、全員が食堂に集められます。その瞬間、私がセンターの中枢ネットワークに侵入を試みます
──侵入時間は最大で──41.3秒。それ以降はもう同じ手段は使えません、ネット防壁は更に強化となり入り込む事すら出来なくなるでしょう。
具体的な秒数が告げられる。
短い。しかし、それが限界なのだろう。
チャンスは一度きり。
──この41.3秒間、監視ドローン、セントリーポッド、戦闘機構に関するシステムが“認識不能状態”に移行します。この間に、ウォルターの指揮で警備ブロック突破を行います。
621は目を開いた。
照明は淡く、だがその光の下で、彼女の眼差しは僅かに揺れた。
──V.IIスネイルの案内で、封鎖された物資搬入口に至る“裏通路”を通過。
──この経路は、かつて整備班用に使われていたもの。現在は閉鎖され、管理システムからも除外されています。
──到達地点は、旧保守区画。そこにある倉庫には、旧世代ACが保管されています。戦闘は行えずとも、施設を破壊し脱出の役には立つでしょう。
621は、ゆっくりと頷いた。
眠気はなかった。
眠るべきだと分かっていたが、興奮と薬剤の余韻が眠気を寄せ付けない。
──施設を出た後は、解放戦線と連絡を取り支援を求めます。まずは、そこをゴールとしましょう。課題はまだまだ山積みですが……
──そして、ようやく。
621は、まるで重力に引きずり込まれるように、無理やり意識を手放した。
眠りというより、緊張と疲労による一時的な昏倒に近かった。
身体の芯から力が抜け、意識は深く、暗く、静かな闇に沈んでいく。
621が目を覚ましたのは、微かな機械音だった。
寝台の上に身体を横たえたまま、頭の芯にまだ靄が残っている。
だが、空気が違う。
照明はすでに点灯しており、いつもの冷たい白光が天井から降り注いでいる。
室内に響く微かな駆動音──配膳機構、エアの循環音、外からわずかに漏れ聞こえる足音……それらが全て、通常フェーズへの復帰を告げていた。
──おはようございます、621。予定通り、全て進行しています
エアの声が響いた。
その口調に焦りはない。だが、底に隠された緊張は621にも伝わってくる。
ドアが開く音がした。
食堂へ移動するよう促すドローンの無感情なアナウンス。
従うようにして621の寝台がゆっくりと起き上がり、車椅子へと乗せ替えられる。
補助機構の冷たいアームが彼女の肩を支え、機械的な動作で移動を完了させた。
食堂へ──
視界の端、廊下の奥に、複数の収容者が移動を始めている姿が見えた。
誰もが同じ、疲れた表情で、それでもどこか揃った歩調で。
決行の時が、来たのだ。
ハウンズ。ヴェスパー。レッドガン。
それぞれが、食事を装いながら、視線を交わしていた。
軽く頷く者。わずかに拳を握り直す者。誰ともなく、呼吸を合わせるように空気が張り詰めていく。
その中心には、依然として車椅子に座る621がいた。
ゼリー剤のパックは開けられぬまま、トレイの上に残っている。
だが、彼女の視線は鋭く前を向き、テーブル越しに立つウォルターと交わった。
──……いつでも可能です。621。
脳裏にエアの声が走ると、621は微かにウォルターに対し頷く、それに気付いたウォルターがゆっくりと立ち上がった。
その姿勢には一点の迷いもない。
『休養フェーズ終了』
無機質な合成音声が室内に響いた。
食堂の両端にある自動扉が開き、二機の警備ドローンが浮遊しながら滑るように入ってくる。
その機体は低く唸りを上げ、いつも通り“被収容者の移動”を促す光を点滅させた。
──だが。
ウォルターは、ドローンの進行経路の中央に立ち塞がった。
その顔は、怒りでも憎しみでもない。
ただ、確かな意志をその眼差しに宿していた。
「お前達の茶番に付き合うのも今日までだ」
その言葉と同時に──
空間が“止まった”。
照明が一瞬、わずかに明滅する。
ドローンの識別灯が点滅を止め、レンズが一斉に曇ったように色を失う。
──侵入成功。視認同期、解除──カウントダウン開始。
エアの冷静な声が、621の意識の奥底に響いた。
──00:00:00.1秒
ドローンの動きが停止する。セントリーポッドの照準が中空で固まったまま、再起動信号が応答不能となる。
ウォルターが振り返る。
「全員、動け!」
その一喝が、火蓋を切った。
ヴォルタが即席シールドを展開し、最前列に出る。イグアスと619が左右から抜け、手製の閃光擲弾を警備ドローンに投げつける。
炸裂音と同時に、機体が炎を上げ、二機とも吹き飛んだ。
「621、行け!」
617が車椅子から621を担ぎ上げ、空いた手に即席の近接武器を構えた。
「スネイル、案内しろ!」
ウォルターが怒鳴る。
その声に我に返ったスネイルは、震える手でタブレットを握り、動き出した。
「……こ、こちらです!第七層へ──搬送用昇降リフトを使います」
爆発音が、再起動を試みるドローンの不規則な駆動音と混ざる。
脱出まで、残り──41秒。いや、もうすでに40秒を切っていた。
「全員、列を維持しろ!左右警戒! 先頭突破を急げ!」
スネイルの先導のもと、脱出チームは狭い整備通路を駆け抜けた。
各区画の照明は部分的に落ち、非常灯の赤が壁に不気味な影を刻む。床には点検ハッチの蓋やケーブルが散乱し、かつての保守用通路がいかに長く放置されていたかを物語っていた。
「この先です……!昇降リフト、動作確認は……したはずだ……!」
荒い息でスネイルが叫び、鉄扉のパネルを乱雑に操作する。
わずかな遅延ののち、警告音とともに重い油圧の駆動音が響き、巨大な搬送用リフトのシャッターが開いた。
現れたのは、かつて資材やコンテナを運ぶために使われていた大型昇降機だった。
広さはあった。だが──全員が一度に乗るには、あまりに狭い。
「……くそ、思ったより狭いな。耐荷重も全員とはいかねえぞ、」
ヴォルタがリフトの床を蹴って確認しながら、振り返る。
イグアスもすぐに制御盤を操作し、昇降時間と往復時間を計算した。
「往復で二分……いや、一分四十秒かかる。もう猶予はねぇぞ!!」
──っ……申し訳ありません、もう抑え切れません。施設中枢が再起動、ドローンが来ます。
エアの621越しに行われた報告に、全員が顔をこわばらせた。
脱出者たちの間に、緊張と静寂が漂う。
赤い警告灯が壁面を染め、遠くから断続的に聞こえる警備ドローンの機動音が、刻一刻と迫る“限界”を告げていた。
その中で、ヴェスパー第六隊長──V.VI《スウィンバーン》が、ゆっくりと前に出た。
その表情には、かつての尊大さや皮肉めいた態度は無く、ただ戦場を見据える兵士の眼光だけが宿っていた。
「囮が必要なようですな」
静かにそう言ったスウィンバーンに、誰も即座に言葉を返せなかった。
だが彼は構わず続けた。
「我らアーキバス、ヴェスパーこそが、その役目を担うに相応しい」
言いながら、背後に控えていたV.IVホーキンスとV.VIIペイターを見やる。二人も無言で頷いた。
最初から、覚悟は共有されていたのだ。
「我らが、企業利益の名の元に、どれだけ多くの街を焼き、どれだけの無辜を潰してきたか──」
スウィンバーンの声は、怒鳴りでも嘆きでもなく、淡々とした事実の宣告だった。
「馬鹿な、それならば私こそが……」
その視線が、自ら囮に名乗りを挙げようとしていたスネイルに向く。
「……そして、スネイル閣下。我らヴェスパーの中でも、貴方の罪は頭抜けておりましょう」
スネイルが肩を震わせ、目を伏せる。反論はない。
「……であるならば、やはり私が残りましょう」
沈黙の中で、スネイルが静かに口を開いた。
声は震えていたが、その瞳は、確かな覚悟に満ちていた。
言い切ると、彼は一歩、リフトから身を引こうとする。
だが、その肩を強く掴んだ手があった。
スウィンバーンだった。
「……スネイル閣下、貴方ほどの方がなんと甘ったれた世迷言を」
スネイルが戸惑いの表情を浮かべた瞬間、その身体は強引にリフトの内側へと押し込まれた。
重い金属床に足を取られそうになりながら、スネイルは振り返る。
「何を──!?」
「黙りたまえ」
スウィンバーンの声には、いつもの皮肉も仰々しさもなかった。
ただ、怒りと、何かを押し殺したような感情が渦巻いていた。
「恨みなら、山ほどありますとも。ええ、スネイル閣下、貴方こそ死ななければならない人間だ」
スネイルが唇を噛む。スウィンバーンの声はなおも続いた
「しかし、閣下をここで死なせるのは、あまりに無駄だ。このスウィンバーン、損得勘定に色を付けるほど呆けてはおりませんぞ」
スウィンバーンは、リフトの制御パネルに手をかける。
その目は、真正面からスネイルを射抜くように向けられていた。
「ここはお任せください。一足先に、地獄でお待ちしております」
カチリ、と制御キーが回される音が響いた。
昇降機のリフトが、ゆっくりと沈み始める。
スネイルは何も言わなかった。
ただ肩を震わせ、表情を伏せたまま立ち尽くす。