ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第86話 亡霊

 旧アーキバス社 再教育センター・保守区画。

 

 リフトが沈み切ると、かすれた油圧の駆動音が止まり、鉄の箱が静寂に包まれた。

 

 微かな制動音とともに扉が開く。現れたのは、古びた整備区画の一角──薄暗く、埃の匂いが充満した狭い空間だった。かつてACのパーツや資材が仮置きされていた場所だろう。壁の配管は錆び、ケーブルの一部は断線していたが、それでも空間は生きていた。

 

「全員、降りろ。警戒を怠るな」

 

 ウォルターの低く短い声に、脱出者たちは順にリフトから降りる。最後に残ったイグアスが、後方確認の後、手動操作でリフト扉を閉じた。

 

 ギシリと軋む音を立てたリフトが、再び上昇を始める事は無かった。

 

 しんと静まり返った空間に、ただ一つ、スウィンバーン、ペイター、ホーキンスの選択の重さがのしかかる。

 

 誰も言葉を発さなかった。

 

 だが、誰もが分かっていた。彼らはもう、戻ってこない。

 

 ウォルターが一度だけ振り返り、わずかに目を閉じた。そしてすぐに前を向き、短く言い放つ。

 

「──行くぞ。先導はスネイル、最後尾に私がつく、617は621を頼む。障害が出れば即座に報告しろ」

 

 一行は無言で頷き、歩を進め始めた。

 

 旧倉庫へのルートは、通路の裏を這う保守員用のアクセス経路──通気口、保守パネル、ダクトの連結部などを連ねた、かつての“裏道”だった。

 

「このダクトの裏に隙間があります。配線束の下、身を屈めて通ってください」

 

 スネイルが懐中電灯を照らしながら案内する。狭い通路には、ホコリと焦げた配線の匂いが充満していた。

 

 金属の縁で制服が擦れ、冷たい鉄板が膝を打つ。だが、それでも進む。後続もそれに続き、順にダクトの闇へと身を滑り込ませた。

 体の不自由な621もまた、兄らに半ば引き摺られる様にして何とか続行する。

 

 空調ファンの裏を抜け、垂直配管の裏側を這い、古い維持ボルトを抜きながら、彼らは一歩ずつ旧倉庫へと近づいていく。

 

 全身が汗に濡れ、足元は何度も滑る。だが、止まることは許されない。

 

 彼らの時間は、すでに血で買われていた。

 

「……ここです」

 

 格子扉を破り、辿り着いた先は、かつてAC整備用に使われていた保守倉庫だった。

 

 埃にまみれたコンクリ床、壁に立て掛けられた金属フレームの残骸、崩れた工具棚、そして──

 

「……あったな。間違いねえ、ACだ」

 

 イグアスが低く唸るように言った。彼の視線の先、朽ちかけたレールの上に、機体佇んでいた。

 

 装甲の大半が剥がれ、外装には補修の跡すらない。だが、確かにそれは、旧世代のアーマード・コアだった。

 

「JAILBREAK……BAWSの旧世代機か。フレームは稼働範囲内、コア部に焦げ跡なし。ジェネレータは……」

 

 ヴォルタが焦り混じりに端末でスキャンしながら呟いた。

 

「よし、いいぞ、思ったより状態は良い」

 

 端末を胸元に抱いたまま、機体の脚部下に潜り込み、手早くケーブルを繋いでいく。

 

「この冷却回路は完全に死んでる。フル出力は無理だが、起動には……」

 

 彼は立ち上がり、手に持っていた簡易パネルを叩いた。

 

 瞬間──

 

 カツン、と乾いた作動音。機体内部で微かな電流音が走り、肩部のシリンダーが小さく震えた。

 

「──ジェネレータ、点火確認。起動シーケンス、進行中……!」

 

 ヴォルタが声を張り上げる。

 

「やった……!」

 

 イグアスが思わず声を漏らす。ウォルターも目を細め、621に視線を向け──

 

 ──その刹那だった。

 

 倉庫奥、コンクリートの壁が“爆ぜた”。

 

 轟音。粉塵。破砕。鉄骨と鉄梁が押し潰され、宙を飛ぶ。

 

 爆発の中心──その瓦礫の中から、黒いシルエットが姿を現す。

 

 一機。いや──二機。

 

「──ACだ! 嗅ぎつけられた!」

 

 粉塵の向こう、瓦礫を踏み砕く音とともに、二機の異形が姿を現した。

 

 一機目──それは、かつて見たことのある“癖”を孕んだ挙動だった。

 赤銅色の機体。メインはアーキバス製のフレームをベースにしつつ、各所に他企業の量産規格部品を組み込んだ、傭兵らしい乱雑さと実用性を備えた複合機。

 

「……《エンタングル》……か?」

 

 ウォルターが呟くと同時に、その機体が地を滑るような加速を見せて側面へと回り込む。

 それは明らかに、スッラ特有の回避パターン。破られたはずの戦術が、寸分違わず再現されていた。

 

「奴は死んだはずだ、だがこれは……!」

 

 そして、もう一機。

 

 暗がりの奥から、ゆっくりと這い出るように姿を現したそれは、明らかに異質だった。

 

「……っ、見ろ……あれは──」

 

 鈍く光る無骨な外装、胴体と腰回りが常軌を逸するほど肥大化しており、そこから伸びた四肢は異様に細く、歪つ。

 関節ごとに配された駆動補助装置が、異音混じりの駆動音を響かせている。

 

「《ティエンチャン》──G13……!」

 

 その名を告げたのは、かつてG13とバディを組み封鎖機構に挑んだイグアスだった。

 

「まさか……これは……人間じゃない。完全な模倣機体か」

 

 ウォルターが低く唸った。

 エアの困惑混じりの分析が、621の脳内に響く。

 

 ──識別コード存在せず。搭乗者の生体反応──無し。

 

 ──これは、“戦闘記録の模倣体”。ALLMINDが戦闘データを収集し、構築した……完全な無人機体です。

 

 記録に基づいて構築された亡霊。

 再び立ちはだかる過去の因縁に、621の視線が鋭くなる。

 

 粉塵が薄れてゆく中──突如、空気が震えた。

 

 それは警報音でも、システムの駆動音でもなかった。明らかに“人間の声”だった。

 

 《エンタングル》のスピーカーから、低く、陰湿な男の声が響き渡る。

 

『──久しいな、ハンドラー・ウォルター。……そして、その猟犬』

 

 誰も動けなかった。

 

 声の主は、明らかに死んだはずの人物──

 

「……スッラ……?」

 

 ウォルターが、唸るように名を呼ぶ。

 

『ああ、私だともハンドラー・ウォルター』

 

 無人機のはずの《エンタングル》が、静かに歩を進めながら語る。

 

『人類には”限界”がある。時間という檻。死という終端。思考の断絶、肉体の老衰。……だが、コーラルなら、それを越えられる、と』

 

 ウォルターが呻くように声をあげる。

 

「お前は、621が殺したはずだ」

 

『死んだとも。だが、魂は失われなかった。拾い上げられた俺の戦闘記録、神経応答、判断パターン、そして……意識の残滓』

 

『私は今までの私ではない。コーラルにインストールされた人格データ……新しい人類だ』

 

 息を呑む者もいる中、ウォルターが苦々しく吐き捨てる。

 

「新人類などと大層な事を言ってはいるが、やっている事はAIの使いパシリか、スッラ」

 

 機械のくぐもった足音が、無骨な空間に鳴り響く。

 

 沈黙を破ったのは、低く、笑うような歪んだノイズだった。

 

『……そうだな、ハンドラー・ウォルター。所詮私はAIの使いパシリだ。データの亡霊に過ぎない。お前の言う通りだ』

 

 《エンタングル》が肩を揺らすように機体を傾けた。まるで、それが“笑っている”かのようだった。

 

『新人類?超越?くくく……馬鹿馬鹿しい。そんな神様ごっこに興味はない。私がここにいる理由はただ一つ──』

 

 その声は、次第に熱を帯びていく。金属音混じりのノイズがスピーカーから滲み、音声出力すらも歪ませる。

 

『お前を殺す為だよ、ハンドラー・ウォルター』

 

 空気が張り詰めた。

 

『お前も、自慢の猟犬部隊も……企業の兵隊共も』

 

 《エンタングル》が爪を立てるように、地面を踏み割った。コンクリが粉砕され、音と共に火花が走る。

 

『殺してやる。全部だ。誰ひとり生かしては帰さない』

 

 その咆哮は、もはやスピーカーから発せられた音ではなかった。

 

 それは怨念だった。

 

 魂の奥底に焼きついた、ただ一つの執念。

 

 《ティエンチャン》がその言葉に呼応するかのように動く。無言のまま、肩部ユニットを展開、重装の火器が警告音を鳴らし始める。

 

 ウォルターが前に出て言い放った。

 

「そうか……ならば、何度でも終わらせてやろう」

 

「役立たず共!散開して牽制しろッ!火器は温存、敵の注意を引くだけでいい!」

 

 ウォルターの意図を読み取ったミシガンの咆哮が、鉄骨に反響する。

 

 即座に応じたのはヴォルタとイグアスだった。保守棚を倒して遮蔽を作り、スクラップから組み上げた即席の投射火器が火を噴いた。

 

「ちっ、火力が足りねえ……けど、派手にやれば十分か!」

 

 ヴォルタが残っていた閃光手榴弾を全て投擲し、《エンタングル》と《ティエンチャン》の視界を一瞬奪う。

 

「こっちだ、亡霊野郎ども……!」

 

 両ACの視線が逸れた、その僅かな隙を逃さず、ウォルターが叫んだ。

 

「621を運べ!」

 

 すかさず兄たち──617と618が両脇を抱え、621を旧AC《JAILBREAK》の機体ハッチへと導いた。

 

「大丈夫か、乗れるな?」

 

 617が囁く。621は無言で頷き、兄らに身を任せて機体に乗り込んだ

 

 ハッチを開けた瞬間、古いオイルと電気焼けの臭いが鼻をつく。

 

 そこにあったのは──現行機とはまるで違う、時代遅れのアナログ仕様のコックピット。

 

 液晶パネルはなく、針メーターとダイヤル式の出力調整。操作用のスティックも関節制御と連動しておらず、反応制御には微調整が必要だった。

 

 621は咳き込みながら乗り込み、素早く手動で調整を行なっていく。

 

 脳内のエアが即座に補助処理を始める。

 

 ──リンク形式を旧世代汎用規格に変更。補助制御、転送開始します。

 

 ハーネスが首筋に食い込み、体が一瞬痙攣する。だが意識は保たれた。

 

「621、起動は!? 敵が迫ってくるぞ!」

 

 兄の声が、外から響く。

 

 スイッチをひとつずつ手で押し込み、電流の流れを変える。旧世代の冷却ラインは完全に死んでいたが、エマージェンシールートが辛うじて反応を返した。

 

 ──起動シーケンス、最終段階へ。

 

 ──この機体は貴方の強化人間用インターフェースに最適化されていません。手動制御との併用を推奨します。

 

 視界が一瞬、白く焼け、次いでかすれたグリーンのHUDが点灯する。

 

「621、反応確認! 起動成功だ!」

 

 ヴォルタが叫ぶと同時に、《エンタングル》が体勢を立て直し、こちらを振り返った。

 

 ──その瞬間。

 

 機体全体が呻くような軋みを上げ、膝部のハイドロシリンダーが圧縮を開始。

 

 《JAILBREAK》が、朽ちた格納架から一歩を踏み出した。

 

 鉄が鳴り、旧世代の巨躯が目覚める。

 

 兄たちが後退し、周囲の壁に張り付いた。

 

 瓦礫の向こう、《エンタングル》と《ティエンチャン》がこちらを見据えていた。

 

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