ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
旧アーキバス社 再教育センター・保守区画。
リフトが沈み切ると、かすれた油圧の駆動音が止まり、鉄の箱が静寂に包まれた。
微かな制動音とともに扉が開く。現れたのは、古びた整備区画の一角──薄暗く、埃の匂いが充満した狭い空間だった。かつてACのパーツや資材が仮置きされていた場所だろう。壁の配管は錆び、ケーブルの一部は断線していたが、それでも空間は生きていた。
「全員、降りろ。警戒を怠るな」
ウォルターの低く短い声に、脱出者たちは順にリフトから降りる。最後に残ったイグアスが、後方確認の後、手動操作でリフト扉を閉じた。
ギシリと軋む音を立てたリフトが、再び上昇を始める事は無かった。
しんと静まり返った空間に、ただ一つ、スウィンバーン、ペイター、ホーキンスの選択の重さがのしかかる。
誰も言葉を発さなかった。
だが、誰もが分かっていた。彼らはもう、戻ってこない。
ウォルターが一度だけ振り返り、わずかに目を閉じた。そしてすぐに前を向き、短く言い放つ。
「──行くぞ。先導はスネイル、最後尾に私がつく、617は621を頼む。障害が出れば即座に報告しろ」
一行は無言で頷き、歩を進め始めた。
旧倉庫へのルートは、通路の裏を這う保守員用のアクセス経路──通気口、保守パネル、ダクトの連結部などを連ねた、かつての“裏道”だった。
「このダクトの裏に隙間があります。配線束の下、身を屈めて通ってください」
スネイルが懐中電灯を照らしながら案内する。狭い通路には、ホコリと焦げた配線の匂いが充満していた。
金属の縁で制服が擦れ、冷たい鉄板が膝を打つ。だが、それでも進む。後続もそれに続き、順にダクトの闇へと身を滑り込ませた。
体の不自由な621もまた、兄らに半ば引き摺られる様にして何とか続行する。
空調ファンの裏を抜け、垂直配管の裏側を這い、古い維持ボルトを抜きながら、彼らは一歩ずつ旧倉庫へと近づいていく。
全身が汗に濡れ、足元は何度も滑る。だが、止まることは許されない。
彼らの時間は、すでに血で買われていた。
「……ここです」
格子扉を破り、辿り着いた先は、かつてAC整備用に使われていた保守倉庫だった。
埃にまみれたコンクリ床、壁に立て掛けられた金属フレームの残骸、崩れた工具棚、そして──
「……あったな。間違いねえ、ACだ」
イグアスが低く唸るように言った。彼の視線の先、朽ちかけたレールの上に、機体佇んでいた。
装甲の大半が剥がれ、外装には補修の跡すらない。だが、確かにそれは、旧世代のアーマード・コアだった。
「JAILBREAK……BAWSの旧世代機か。フレームは稼働範囲内、コア部に焦げ跡なし。ジェネレータは……」
ヴォルタが焦り混じりに端末でスキャンしながら呟いた。
「よし、いいぞ、思ったより状態は良い」
端末を胸元に抱いたまま、機体の脚部下に潜り込み、手早くケーブルを繋いでいく。
「この冷却回路は完全に死んでる。フル出力は無理だが、起動には……」
彼は立ち上がり、手に持っていた簡易パネルを叩いた。
瞬間──
カツン、と乾いた作動音。機体内部で微かな電流音が走り、肩部のシリンダーが小さく震えた。
「──ジェネレータ、点火確認。起動シーケンス、進行中……!」
ヴォルタが声を張り上げる。
「やった……!」
イグアスが思わず声を漏らす。ウォルターも目を細め、621に視線を向け──
──その刹那だった。
倉庫奥、コンクリートの壁が“爆ぜた”。
轟音。粉塵。破砕。鉄骨と鉄梁が押し潰され、宙を飛ぶ。
爆発の中心──その瓦礫の中から、黒いシルエットが姿を現す。
一機。いや──二機。
「──ACだ! 嗅ぎつけられた!」
粉塵の向こう、瓦礫を踏み砕く音とともに、二機の異形が姿を現した。
一機目──それは、かつて見たことのある“癖”を孕んだ挙動だった。
赤銅色の機体。メインはアーキバス製のフレームをベースにしつつ、各所に他企業の量産規格部品を組み込んだ、傭兵らしい乱雑さと実用性を備えた複合機。
「……《エンタングル》……か?」
ウォルターが呟くと同時に、その機体が地を滑るような加速を見せて側面へと回り込む。
それは明らかに、スッラ特有の回避パターン。破られたはずの戦術が、寸分違わず再現されていた。
「奴は死んだはずだ、だがこれは……!」
そして、もう一機。
暗がりの奥から、ゆっくりと這い出るように姿を現したそれは、明らかに異質だった。
「……っ、見ろ……あれは──」
鈍く光る無骨な外装、胴体と腰回りが常軌を逸するほど肥大化しており、そこから伸びた四肢は異様に細く、歪つ。
関節ごとに配された駆動補助装置が、異音混じりの駆動音を響かせている。
「《ティエンチャン》──G13……!」
その名を告げたのは、かつてG13とバディを組み封鎖機構に挑んだイグアスだった。
「まさか……これは……人間じゃない。完全な模倣機体か」
ウォルターが低く唸った。
エアの困惑混じりの分析が、621の脳内に響く。
──識別コード存在せず。搭乗者の生体反応──無し。
──これは、“戦闘記録の模倣体”。ALLMINDが戦闘データを収集し、構築した……完全な無人機体です。
記録に基づいて構築された亡霊。
再び立ちはだかる過去の因縁に、621の視線が鋭くなる。
粉塵が薄れてゆく中──突如、空気が震えた。
それは警報音でも、システムの駆動音でもなかった。明らかに“人間の声”だった。
《エンタングル》のスピーカーから、低く、陰湿な男の声が響き渡る。
『──久しいな、ハンドラー・ウォルター。……そして、その猟犬』
誰も動けなかった。
声の主は、明らかに死んだはずの人物──
「……スッラ……?」
ウォルターが、唸るように名を呼ぶ。
『ああ、私だともハンドラー・ウォルター』
無人機のはずの《エンタングル》が、静かに歩を進めながら語る。
『人類には”限界”がある。時間という檻。死という終端。思考の断絶、肉体の老衰。……だが、コーラルなら、それを越えられる、と』
ウォルターが呻くように声をあげる。
「お前は、621が殺したはずだ」
『死んだとも。だが、魂は失われなかった。拾い上げられた俺の戦闘記録、神経応答、判断パターン、そして……意識の残滓』
『私は今までの私ではない。コーラルにインストールされた人格データ……新しい人類だ』
息を呑む者もいる中、ウォルターが苦々しく吐き捨てる。
「新人類などと大層な事を言ってはいるが、やっている事はAIの使いパシリか、スッラ」
機械のくぐもった足音が、無骨な空間に鳴り響く。
沈黙を破ったのは、低く、笑うような歪んだノイズだった。
『……そうだな、ハンドラー・ウォルター。所詮私はAIの使いパシリだ。データの亡霊に過ぎない。お前の言う通りだ』
《エンタングル》が肩を揺らすように機体を傾けた。まるで、それが“笑っている”かのようだった。
『新人類?超越?くくく……馬鹿馬鹿しい。そんな神様ごっこに興味はない。私がここにいる理由はただ一つ──』
その声は、次第に熱を帯びていく。金属音混じりのノイズがスピーカーから滲み、音声出力すらも歪ませる。
『お前を殺す為だよ、ハンドラー・ウォルター』
空気が張り詰めた。
『お前も、自慢の猟犬部隊も……企業の兵隊共も』
《エンタングル》が爪を立てるように、地面を踏み割った。コンクリが粉砕され、音と共に火花が走る。
『殺してやる。全部だ。誰ひとり生かしては帰さない』
その咆哮は、もはやスピーカーから発せられた音ではなかった。
それは怨念だった。
魂の奥底に焼きついた、ただ一つの執念。
《ティエンチャン》がその言葉に呼応するかのように動く。無言のまま、肩部ユニットを展開、重装の火器が警告音を鳴らし始める。
ウォルターが前に出て言い放った。
「そうか……ならば、何度でも終わらせてやろう」
「役立たず共!散開して牽制しろッ!火器は温存、敵の注意を引くだけでいい!」
ウォルターの意図を読み取ったミシガンの咆哮が、鉄骨に反響する。
即座に応じたのはヴォルタとイグアスだった。保守棚を倒して遮蔽を作り、スクラップから組み上げた即席の投射火器が火を噴いた。
「ちっ、火力が足りねえ……けど、派手にやれば十分か!」
ヴォルタが残っていた閃光手榴弾を全て投擲し、《エンタングル》と《ティエンチャン》の視界を一瞬奪う。
「こっちだ、亡霊野郎ども……!」
両ACの視線が逸れた、その僅かな隙を逃さず、ウォルターが叫んだ。
「621を運べ!」
すかさず兄たち──617と618が両脇を抱え、621を旧AC《JAILBREAK》の機体ハッチへと導いた。
「大丈夫か、乗れるな?」
617が囁く。621は無言で頷き、兄らに身を任せて機体に乗り込んだ
ハッチを開けた瞬間、古いオイルと電気焼けの臭いが鼻をつく。
そこにあったのは──現行機とはまるで違う、時代遅れのアナログ仕様のコックピット。
液晶パネルはなく、針メーターとダイヤル式の出力調整。操作用のスティックも関節制御と連動しておらず、反応制御には微調整が必要だった。
621は咳き込みながら乗り込み、素早く手動で調整を行なっていく。
脳内のエアが即座に補助処理を始める。
──リンク形式を旧世代汎用規格に変更。補助制御、転送開始します。
ハーネスが首筋に食い込み、体が一瞬痙攣する。だが意識は保たれた。
「621、起動は!? 敵が迫ってくるぞ!」
兄の声が、外から響く。
スイッチをひとつずつ手で押し込み、電流の流れを変える。旧世代の冷却ラインは完全に死んでいたが、エマージェンシールートが辛うじて反応を返した。
──起動シーケンス、最終段階へ。
──この機体は貴方の強化人間用インターフェースに最適化されていません。手動制御との併用を推奨します。
視界が一瞬、白く焼け、次いでかすれたグリーンのHUDが点灯する。
「621、反応確認! 起動成功だ!」
ヴォルタが叫ぶと同時に、《エンタングル》が体勢を立て直し、こちらを振り返った。
──その瞬間。
機体全体が呻くような軋みを上げ、膝部のハイドロシリンダーが圧縮を開始。
《JAILBREAK》が、朽ちた格納架から一歩を踏み出した。
鉄が鳴り、旧世代の巨躯が目覚める。
兄たちが後退し、周囲の壁に張り付いた。
瓦礫の向こう、《エンタングル》と《ティエンチャン》がこちらを見据えていた。