ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

87 / 122
第87話 妄執

 旧アーキバス社 保守区画・旧倉庫──

 

 《JAILBREAK》が、一歩を踏み出す。

 

 だがその動きは、現行機のような俊敏さとは程遠かった。駆動遅延、可動域のズレ、そして何より――制御入力に対する反応が、鈍い。

 

『……遅延修正』

 

 コクピット内部、621が歯を食いしばる。

 

 視界は狭く、UIは旧式のアナログ混成。操作スティックとスロットルは電子制御式ではなく、機械リンク。左右の反応差が微妙に異なり、旋回もスムーズにはいかない。

 

 ──かしこまりました。反応遅延、内部ジャイロの再校正を実施します。

 

 エアの補助処理が脳内に響く。

 

 手動でスロットルを押し込み、旋回アクチュエーターを強制駆動。《JAILBREAK》の胴体が軋み、正面の《エンタングル》へ向き直る。

 

 その瞬間、赤銅色のACが跳んだ。

 

 ──621!来ます!

 

 《エンタングル》は、地面を抉るような跳躍から急制動をかけ、右斜め前方から621の機体へ突進。肩部のブースターから火花が散り、機体の軌道を急変化させる。見覚えのある、老練ながら激しい偏差突進の動きだった。

 

「っ……!!」

 

 621は咄嗟に旋回を試みるが、旧式ACは反応に遅れ、回避のタイミングがずれる。

 

 ガギィィン!!

 

 機体の左肩装甲が、スッラの放ったパルス兵器によって削ぎ落とされた。

 

 瞬時に左アームを引いて牽制射撃──旧型ライフルが弾丸を吐き、至近の《エンタングル》を退ける。

 

 だが、その背後から──もう一機の巨影。

 

 《ティエンチャン》。

 

 かつてのG13の模倣機体が、無言でゆっくりと肩部武装を展開、二連装追尾ロケットが照準レーザーの照射を開始する。

 

 621が舵を切るも、《JAILBREAK》の駆動タイムラグが間に合わず、狙いは外れない。

 

 ズドンッ!!

 

 機体を貫くような轟音。だが──

 

 間一髪、621は地面への滑走回避に移行していた。爆風は側部をかすめただけに留まる。

 

 ──各駆動制御ラインに再最適化アルゴリズムを適用。

 

 ──621、強制補正を開始します。

 

 脳内に走る熱。ACと脳深部コーラルデバイスを直結する神経束インターフェースが再調整され、視界に流れるHUDが微かに再構築されていく。

 

『了解』

 

 621はアクセルを押し込み、逆回転によるスリップターンで距離を取りながら拡散バズーカを叩き込む。火力は決して高くない。しかし、その一発一発が、敵の注意を逸らすには十分だった。

 

 その間、背後では──

 

「急げ、使えそうなもん全部引っ張り出せ!」

 

 ミシガンの怒号が響く。

 

 ヴォルタとイグアス、617、そしてウォルターまでもが、倉庫内に散らばったラックやコンテナを次々に開放していた。

 

 旧倉庫の一角が、爆発音に呼応するように、怒声と金属音で満たされる。

 

「こっちはまだ動く! 溶接用アークカッター、エネルギーパック繋がるぞ!」

 

 ヴォルタが叫び、保守用ラックから引きずり出した大型工具を肩に担ぐ。手にしたのは、工業用の超高熱切断機──本来はパーツの溶断や補修に使われる代物だったが、即席で動力と接続され、もはや一種の火炎放射器と化していた。

 

「撃てるもんは何でも使え! 621を孤立させるな!」

 

 ミシガンの怒号が再び響き渡る。彼の手には、装甲材切断用の油圧カッターが握られていた。重装機には到底通じない代物だが、無人機のセンサーや駆動関節へぶつければ時間稼ぎくらいにはなる。

 

「この台車は使える。進むだけなら問題ない」

 

 619がレール車両を押し出す。上部には溶接アームと鉄材が即席で縛り付けられていた。ブースター代わりのエンジン排熱で煙を噴き、まるで火を吐く戦車のような姿だ。

 

「G5イグアス、乗れ。この中ではお前が最も優れた射撃スコアを有している」

 

「おいおい……ドーザーでももっとマトモな武器使うぜ。くそっ、やるしかねえか」

 

 イグアスは歪んだ笑みを浮かべ、油まみれの改造工具を両手に担いで飛び乗る。即席タレットとしてレール台車の上に構えた。

 

 その間も、621の《JAILBREAK》は旧世代機とは思えぬ応答速度で《エンタングル》と《ティエンチャン》の猛攻をかわし続けていた。エアの補助による制御最適化が進み、わずかずつではあるが、621の動きが研ぎ澄まされていく。

 

『以前より研ぎ澄まされている。旧世代機で無ければ、私達はとっくに撃破されているだろう……だが、そうもいかないのが現実の辛い所だな、猟犬』

 

 息を呑む暇もなく、《ティエンチャン》が左腕のパルスブレードを展開、空を切り裂いて突進してくる。

 

 621はそれを迎え撃つように肩部拡散バズーカを構えた。

 

 放たれた幾つもの榴弾が《ティエンチャン》の重厚な胸部装甲を弾くが、貫通には至らない。

 

 《ティエンチャン》の巨体が再び肩武装を構える。二連装追尾ロケット、第二射。

 

 その時だった。

 

 ズドォンッ!!

 

 爆音と共に倉庫の反対側から火柱が上がる。台車に載せられた鉄骨束がレールを駆け、壁に仕込まれていた圧縮ガスボンベを巻き込んで爆ぜたのだ。

 

「目ぇ逸らしたな、今だァッ!!」

 

 ヴォルタがアークカッターのバーナーを最大出力で点火、炎の奔流が《エンタングル》の側面に焼き付く。

 

「くたばれ、ゾンビ野郎が!」

 

 イグアスも改造工具を掃射。即席弾薬の集弾率は最低だったが、それでも至近距離からの飽和火力は、無人機の動きを一瞬止めるには十分だった。

 

「621! 今のうちに仕掛けろ!」

 

『了解』

 

 621は古いシリンダーを限界まで圧縮、ブーストを一気に解放する。

 

 低く鳴るエンジン音と共に《JAILBREAK》が跳ぶ。鈍重な旧世代機が、重力を断ち切るかのように中空へ舞い、両脚のキックブレードを突き立てた。

 

 目標は《エンタングル》のセンサー部──その中枢、模倣されたスッラの“目”。

 

 砕け散る黒鋼。粉塵。火花。

 

 《エンタングル》の頭部を貫いたブレードが、火花と共に砕け散った。

 

 倒れ込む赤銅の機体。それに巻き込まれるように《ティエンチャン》もバランスを崩し、背部を強かに床へ打ちつけた。瞬間、排熱ファンが逆回転し、機体が無秩序に痙攣する。

 

 ──今です、621!離脱を!

 

 エアの声が響く。621は即座に回頭し、《JAILBREAK》の駆動ユニットへ全圧をかける。旧式のジェネレータが悲鳴のような音を上げるが、背部ブースターが薄く火花を散らした。

 

「全員、乗れ! 今しかない!」

 

 ウォルターの声が倉庫全体に響く。

 

 既に台車とドーザーを溶接して無理やり車両化したスクラップ機が、ガスボンベで改造された即席ブースターを起動させ、唸りを上げていた。

 

「動くのかよこれ!?なんか爆発しそうだぞ!?」

 

「動けばいい!文句は外で聞いてやるッ!」

 

 ミシガンの怒号と共に、一行は跳び乗った。ヴォルタが配線束を引きちぎり、露出した電源端子に点火ワイヤを接続する。

 

「点火ッ!!」

 

 バシュッ、と火花が飛び、即席車両が爆音と共に動き出す。

 

 《JAILBREAK》がその後方を守るように並走し、倒壊した《エンタングル》と《ティエンチャン》が破った壁の穴へと一行は突っ込んだ。

 

 粉塵と瓦礫の中、即席車両が跳ね上がりながら強引にコンクリ壁を突き破る。

 

 外気が吹き込んだ。

 

 人工照明とは違う、生の風。空の色。自由の匂い。

 

「──出た……!」

 

 617が呟いた直後だった。

 

 背後──かつての再教育センター全体に響く、けたたましいサイレンが鳴り響いた。

 

 ピギィイイイイィィ──ン!

 

 金属的で、冷徹な異音。

 

 そして、それに続くのは──機械羽根のうねり。

 

「……来るぞ!」

 

 頭上を、数百というドローンが埋め尽くした。

 

 多脚型、空挺型、追尾ミサイル搭載型。かつてアーキバスによって使われていたはずの無人兵器群が、今は明確な殺意を帯びて宙を舞っていた。

 

『──全域射撃指令、致傷射撃許可。困った方々ですね』

 

 女の声を模したアナウンスが、風に乗って届く。

 

「クソが……!囲まれるぞ!」

 

 イグアスが即席タレットから応戦する。ヴォルタは火炎ノズルを空へ向けて放射し、ドローン群に火線を描く。

 

「621、可能な限り敵を引き付けろ!何とかして奴らの支配領域を抜ける!」

 

 ウォルターが《JAILBREAK》を見上げて叫ぶ。

 

 621は無言のままブーストを吹かし、後方に陣取りつつ敵群に向けて拡散バズーカを撃ち込んだ。

 

 残弾──あと五発。

 

 ジェネレータ稼働率──赤域。

 

 即席車両が、断続的に火を噴きながら荒れ地を駆けていた。脱出に成功したはずの一行に、なおもドローン群が群がる。

 

「左後方、飛行型接近中ッ!」

 

 イグアスが吠える。狙いを定めた瞬間、即席タレットから火線が迸り、追尾ドローンが一体爆ぜた。

 

「数が減らねぇ! 何発撃ちゃいいんだよッ!」

 

「愚痴は良い、手を動かせ!」

 

 ヴォルタが火炎カッターを背負いながら、上空に向けて即興照準を合わせる。が、車両の振動で精度は著しく落ち、命中は運任せだった。

 

 《JAILBREAK》はその後方、跳ね上がる地面をものともせず走行を続ける。

 

 旧式の脚部フレームは悲鳴を上げていた。可動域制限、油圧負荷、熱飽和……機体出力は限界を超えつつある。

 

 ──621、出力が臨界値に近づいています。冷却が追い付きません。 

 

『……了解』

 

 621が短く返す。視界には残弾表示が点滅していた。補給はない。

 

 そのときだった。

 

 ズズン……と、大地が震えた。

 

「……おい、今の揺れは何だ」

 

「上……違う、後ろか!?」

 

 振り返った617の声が、微かに震えていた。

 

 砂塵の向こう。地響きと共に、何かが這い寄る。

 

 粉塵の帳を割って、それは現れた。

 

 ──AC《エンタングル》。

 

だが、その姿は先ほどまでの機体とは似て非なるものだった。

 

 頭部センサーはもはや原型を留めていない。中央光学ユニットは破損し、内部構造がむき出しになっていた。外装が剥がれた頭部は、金属の頭蓋骨に酷似し、空洞の奥で断線した電線が微かに脈動している。

 

 まるで、死から這い戻った骸骨──不気味な亡者のようだった。

 

 《エンタングル》は音もなく駆ける。破損した足回りから火花を撒き、関節部が軋みながら跳躍。

 

「……こいつ、まだ動くのかッ!?」

 

 ヴォルタが呻いた。

 

 音声が割れる。

 

『──621、621……621、621、621──』

 

 電子音声の再生ループ。発信源は《エンタングル》の機体からだった。スッラのかつての声を模倣した音源が、破損した再生ユニットを通して狂ったように連呼する。

 

『621、621、621、621、621、621──』

 

 ──敵機再起動!これは、明らかに異常な挙動です。戦闘の衝撃で、人格データに何らかの不具合が出たとしか思えません。

 

 異形と化した《エンタングル》が、かつてスッラが使った連鎖爆発兵器──デトネイティングバズーカを構え直し、徐々に距離を詰めてくる。

 

 不気味な金属骸骨が、咆哮すら上げずに接近してくる。

 

 《621、621、621……》という破綻した呼び声が、空を濁らせていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。