ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
旧アーキバス社 保守区画・旧倉庫──
《JAILBREAK》が、一歩を踏み出す。
だがその動きは、現行機のような俊敏さとは程遠かった。駆動遅延、可動域のズレ、そして何より――制御入力に対する反応が、鈍い。
『……遅延修正』
コクピット内部、621が歯を食いしばる。
視界は狭く、UIは旧式のアナログ混成。操作スティックとスロットルは電子制御式ではなく、機械リンク。左右の反応差が微妙に異なり、旋回もスムーズにはいかない。
──かしこまりました。反応遅延、内部ジャイロの再校正を実施します。
エアの補助処理が脳内に響く。
手動でスロットルを押し込み、旋回アクチュエーターを強制駆動。《JAILBREAK》の胴体が軋み、正面の《エンタングル》へ向き直る。
その瞬間、赤銅色のACが跳んだ。
──621!来ます!
《エンタングル》は、地面を抉るような跳躍から急制動をかけ、右斜め前方から621の機体へ突進。肩部のブースターから火花が散り、機体の軌道を急変化させる。見覚えのある、老練ながら激しい偏差突進の動きだった。
「っ……!!」
621は咄嗟に旋回を試みるが、旧式ACは反応に遅れ、回避のタイミングがずれる。
ガギィィン!!
機体の左肩装甲が、スッラの放ったパルス兵器によって削ぎ落とされた。
瞬時に左アームを引いて牽制射撃──旧型ライフルが弾丸を吐き、至近の《エンタングル》を退ける。
だが、その背後から──もう一機の巨影。
《ティエンチャン》。
かつてのG13の模倣機体が、無言でゆっくりと肩部武装を展開、二連装追尾ロケットが照準レーザーの照射を開始する。
621が舵を切るも、《JAILBREAK》の駆動タイムラグが間に合わず、狙いは外れない。
ズドンッ!!
機体を貫くような轟音。だが──
間一髪、621は地面への滑走回避に移行していた。爆風は側部をかすめただけに留まる。
──各駆動制御ラインに再最適化アルゴリズムを適用。
──621、強制補正を開始します。
脳内に走る熱。ACと脳深部コーラルデバイスを直結する神経束インターフェースが再調整され、視界に流れるHUDが微かに再構築されていく。
『了解』
621はアクセルを押し込み、逆回転によるスリップターンで距離を取りながら拡散バズーカを叩き込む。火力は決して高くない。しかし、その一発一発が、敵の注意を逸らすには十分だった。
その間、背後では──
「急げ、使えそうなもん全部引っ張り出せ!」
ミシガンの怒号が響く。
ヴォルタとイグアス、617、そしてウォルターまでもが、倉庫内に散らばったラックやコンテナを次々に開放していた。
旧倉庫の一角が、爆発音に呼応するように、怒声と金属音で満たされる。
「こっちはまだ動く! 溶接用アークカッター、エネルギーパック繋がるぞ!」
ヴォルタが叫び、保守用ラックから引きずり出した大型工具を肩に担ぐ。手にしたのは、工業用の超高熱切断機──本来はパーツの溶断や補修に使われる代物だったが、即席で動力と接続され、もはや一種の火炎放射器と化していた。
「撃てるもんは何でも使え! 621を孤立させるな!」
ミシガンの怒号が再び響き渡る。彼の手には、装甲材切断用の油圧カッターが握られていた。重装機には到底通じない代物だが、無人機のセンサーや駆動関節へぶつければ時間稼ぎくらいにはなる。
「この台車は使える。進むだけなら問題ない」
619がレール車両を押し出す。上部には溶接アームと鉄材が即席で縛り付けられていた。ブースター代わりのエンジン排熱で煙を噴き、まるで火を吐く戦車のような姿だ。
「G5イグアス、乗れ。この中ではお前が最も優れた射撃スコアを有している」
「おいおい……ドーザーでももっとマトモな武器使うぜ。くそっ、やるしかねえか」
イグアスは歪んだ笑みを浮かべ、油まみれの改造工具を両手に担いで飛び乗る。即席タレットとしてレール台車の上に構えた。
その間も、621の《JAILBREAK》は旧世代機とは思えぬ応答速度で《エンタングル》と《ティエンチャン》の猛攻をかわし続けていた。エアの補助による制御最適化が進み、わずかずつではあるが、621の動きが研ぎ澄まされていく。
『以前より研ぎ澄まされている。旧世代機で無ければ、私達はとっくに撃破されているだろう……だが、そうもいかないのが現実の辛い所だな、猟犬』
息を呑む暇もなく、《ティエンチャン》が左腕のパルスブレードを展開、空を切り裂いて突進してくる。
621はそれを迎え撃つように肩部拡散バズーカを構えた。
放たれた幾つもの榴弾が《ティエンチャン》の重厚な胸部装甲を弾くが、貫通には至らない。
《ティエンチャン》の巨体が再び肩武装を構える。二連装追尾ロケット、第二射。
その時だった。
ズドォンッ!!
爆音と共に倉庫の反対側から火柱が上がる。台車に載せられた鉄骨束がレールを駆け、壁に仕込まれていた圧縮ガスボンベを巻き込んで爆ぜたのだ。
「目ぇ逸らしたな、今だァッ!!」
ヴォルタがアークカッターのバーナーを最大出力で点火、炎の奔流が《エンタングル》の側面に焼き付く。
「くたばれ、ゾンビ野郎が!」
イグアスも改造工具を掃射。即席弾薬の集弾率は最低だったが、それでも至近距離からの飽和火力は、無人機の動きを一瞬止めるには十分だった。
「621! 今のうちに仕掛けろ!」
『了解』
621は古いシリンダーを限界まで圧縮、ブーストを一気に解放する。
低く鳴るエンジン音と共に《JAILBREAK》が跳ぶ。鈍重な旧世代機が、重力を断ち切るかのように中空へ舞い、両脚のキックブレードを突き立てた。
目標は《エンタングル》のセンサー部──その中枢、模倣されたスッラの“目”。
砕け散る黒鋼。粉塵。火花。
《エンタングル》の頭部を貫いたブレードが、火花と共に砕け散った。
倒れ込む赤銅の機体。それに巻き込まれるように《ティエンチャン》もバランスを崩し、背部を強かに床へ打ちつけた。瞬間、排熱ファンが逆回転し、機体が無秩序に痙攣する。
──今です、621!離脱を!
エアの声が響く。621は即座に回頭し、《JAILBREAK》の駆動ユニットへ全圧をかける。旧式のジェネレータが悲鳴のような音を上げるが、背部ブースターが薄く火花を散らした。
「全員、乗れ! 今しかない!」
ウォルターの声が倉庫全体に響く。
既に台車とドーザーを溶接して無理やり車両化したスクラップ機が、ガスボンベで改造された即席ブースターを起動させ、唸りを上げていた。
「動くのかよこれ!?なんか爆発しそうだぞ!?」
「動けばいい!文句は外で聞いてやるッ!」
ミシガンの怒号と共に、一行は跳び乗った。ヴォルタが配線束を引きちぎり、露出した電源端子に点火ワイヤを接続する。
「点火ッ!!」
バシュッ、と火花が飛び、即席車両が爆音と共に動き出す。
《JAILBREAK》がその後方を守るように並走し、倒壊した《エンタングル》と《ティエンチャン》が破った壁の穴へと一行は突っ込んだ。
粉塵と瓦礫の中、即席車両が跳ね上がりながら強引にコンクリ壁を突き破る。
外気が吹き込んだ。
人工照明とは違う、生の風。空の色。自由の匂い。
「──出た……!」
617が呟いた直後だった。
背後──かつての再教育センター全体に響く、けたたましいサイレンが鳴り響いた。
ピギィイイイイィィ──ン!
金属的で、冷徹な異音。
そして、それに続くのは──機械羽根のうねり。
「……来るぞ!」
頭上を、数百というドローンが埋め尽くした。
多脚型、空挺型、追尾ミサイル搭載型。かつてアーキバスによって使われていたはずの無人兵器群が、今は明確な殺意を帯びて宙を舞っていた。
『──全域射撃指令、致傷射撃許可。困った方々ですね』
女の声を模したアナウンスが、風に乗って届く。
「クソが……!囲まれるぞ!」
イグアスが即席タレットから応戦する。ヴォルタは火炎ノズルを空へ向けて放射し、ドローン群に火線を描く。
「621、可能な限り敵を引き付けろ!何とかして奴らの支配領域を抜ける!」
ウォルターが《JAILBREAK》を見上げて叫ぶ。
621は無言のままブーストを吹かし、後方に陣取りつつ敵群に向けて拡散バズーカを撃ち込んだ。
残弾──あと五発。
ジェネレータ稼働率──赤域。
即席車両が、断続的に火を噴きながら荒れ地を駆けていた。脱出に成功したはずの一行に、なおもドローン群が群がる。
「左後方、飛行型接近中ッ!」
イグアスが吠える。狙いを定めた瞬間、即席タレットから火線が迸り、追尾ドローンが一体爆ぜた。
「数が減らねぇ! 何発撃ちゃいいんだよッ!」
「愚痴は良い、手を動かせ!」
ヴォルタが火炎カッターを背負いながら、上空に向けて即興照準を合わせる。が、車両の振動で精度は著しく落ち、命中は運任せだった。
《JAILBREAK》はその後方、跳ね上がる地面をものともせず走行を続ける。
旧式の脚部フレームは悲鳴を上げていた。可動域制限、油圧負荷、熱飽和……機体出力は限界を超えつつある。
──621、出力が臨界値に近づいています。冷却が追い付きません。
『……了解』
621が短く返す。視界には残弾表示が点滅していた。補給はない。
そのときだった。
ズズン……と、大地が震えた。
「……おい、今の揺れは何だ」
「上……違う、後ろか!?」
振り返った617の声が、微かに震えていた。
砂塵の向こう。地響きと共に、何かが這い寄る。
粉塵の帳を割って、それは現れた。
──AC《エンタングル》。
だが、その姿は先ほどまでの機体とは似て非なるものだった。
頭部センサーはもはや原型を留めていない。中央光学ユニットは破損し、内部構造がむき出しになっていた。外装が剥がれた頭部は、金属の頭蓋骨に酷似し、空洞の奥で断線した電線が微かに脈動している。
まるで、死から這い戻った骸骨──不気味な亡者のようだった。
《エンタングル》は音もなく駆ける。破損した足回りから火花を撒き、関節部が軋みながら跳躍。
「……こいつ、まだ動くのかッ!?」
ヴォルタが呻いた。
音声が割れる。
『──621、621……621、621、621──』
電子音声の再生ループ。発信源は《エンタングル》の機体からだった。スッラのかつての声を模倣した音源が、破損した再生ユニットを通して狂ったように連呼する。
『621、621、621、621、621、621──』
──敵機再起動!これは、明らかに異常な挙動です。戦闘の衝撃で、人格データに何らかの不具合が出たとしか思えません。
異形と化した《エンタングル》が、かつてスッラが使った連鎖爆発兵器──デトネイティングバズーカを構え直し、徐々に距離を詰めてくる。
不気味な金属骸骨が、咆哮すら上げずに接近してくる。
《621、621、621……》という破綻した呼び声が、空を濁らせていた。