ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第88話 救援

 再教育センター・外縁地帯──

 

 爆煙の中、地を這うようにして即席車両が突き進む。

 

 621の《JAILBREAK》はその後方に位置し、跳ね上がる瓦礫と乱舞する火花の雨の中を並走していた。脚部は既に動作限界に達しつつあり、関節各所が高熱を帯びて赤く染まり、冷却剤が蒸気を上げながら噴き出している。

 

 だが、それでも621は止まらない。

 

 ──後方。

 

 そこにあったはずの《エンタングル》は──既にACとは呼べぬ存在へと変貌していた。

 

 機体フレームは破断し、腕部は一方が溶解しかけていた。それでも動作する。いや──這い寄る。

 

 節を狂わせた膝が逆関節に軋み、腕の代わりに露出したフレームが地面を掴む。火花を撒きながら、まるで四肢を持った獣のように地を駆けていた。

 

「まるで化け物じゃねえか……」

 

イグアスの声が震える。

 

 その異形は、ACという規格に収まらない、意志をもたないコーラルの亡霊だった。

 

 さらに、その上空を──

 

 数百機のドローン群が追走してくる。空挺型、索敵型、攻撃型、迎撃型。まるでアーキバスが保有していた全兵装モデルが一斉に蘇ったかのような統率ぶりだった。

 

 ──621、目標との距離、詰まりつつあります。このままでは、突破不可能です。

 

 エアの警告が脳内を駆ける。

 

 621は瞬時に視界を切り替え、機体内部のUIへ接続。旧型ながらもアナログ送信端子が残された通信パネルを引き出した。

 

『通信妨害を解析』

 

 ──解析中……現在地、通信妨害圏内。

 

 ──まもなく、圏外に脱出します。

 

『了解』

 

 621はフラップを叩き、ブーストで跳ねるように瓦礫地帯を横断。左腕部のアクチュエーターから火花が迸るが、制御はまだ保たれていた。

 

 621は《JAILBREAK》の通信ユニットへ、無理やり入力コードを叩き込む。

 

 旧式のUIが軋みながら表示を切り替え、周波数モードに入る。

 

 エアの補助が同時展開され、次々と干渉電波帯域が排除されていく。

 

 ──通常波長帯へ接続……可能。

 

 621は震える指先でスロットルを引きながら、発信スイッチを押し込んだ。

 

【SOS──SOS──封鎖機構所属:C4-621、旧型AC搭乗中】

 

【座標:旧アーキバス社再教育センター外縁──現在、敵対無人兵器に包囲され脱出中】

 

【味方人員を含む複数名が同行、至急支援を要請する】

 

 通信ログが荒く点滅しながらも、電波が宙を駆けて広がっていく。

 

 軍用の暗号帯と民間救助信号を併用した無差別広域通信──。

 

 届くかどうかは分からない。だが、賭けるしかなかった。

 

「621!来てるぞ!!」

 

 ヴォルタの叫びと同時に、あの亡霊──《エンタングル》が地面を掻きながら突進してくる。

 

 装甲も関節もボロボロになりながら、それでも、ただ「621を撃破する」という記録に従い、獣のような突進を続けていた。

 

 後方では、残弾を撃ち尽くしたイグアスが即席タレットを捨てて吠える。

 

「次のが来てるッ!621、もう耐え切れないぞ!」

 

 イグアスの絶叫と同時に、《JAILBREAK》の脚部フレームが悲鳴のような金属音を発し、右膝の油圧リミッターがついに限界を超えた。駆動遅延。加速度低下。装甲は剥がれ、センサー類の照度も低下し始めている。

 

 それでも、621は止まらない。

 

『621、接近。後方より──《エンタングル》。跳躍モーション確認』

 

 エアの警告と同時に、地を這っていた亡者が突如跳躍した。

 

 破損した脚部が軋み、逆関節が折れ曲がりながら空を裂く。スッラの亡霊が乗り移ったかのような動き。破綻した構造で、それでも機体が飛ぶ。

 

 その質量が621の頭上へ──

 

「っ!!」

 

 回避不能。

 

 《JAILBREAK》の駆動出力は限界に達していた。

 

 だがその瞬間だった。

 

 ダダダ……ダダダッ!

 

 天空から、規則正しいバースト射撃が降り注いだ。

 

 高高度より突撃する、鉄紺色のAC。

 

 ──ルビコン解放戦線の識別信号受信!味方ACです!

 

 エアの声が弾む。

 

 その機体は、まるで空間そのものを裂くような速度で降下し、左腕の機構を展開。

 

 形成されたのは、蒼い閃光を放つレーザースライサー。

 

 白熱するプラズマの刃が、追撃中だった《エンタングル》を真横から斬り裂いた。

 

「……!」

 

 誰もが息を呑んだ。

 

 跳躍中だった《エンタングル》が、空中で真二つに断裂される。

 

 装甲を貫く閃光。反応しきれないAI制御。放たれた金属片が空に舞う。

 

 斬撃は胴体中央──まさにコックピットを模したAI中枢そのものを正確に断ち、ACとしての動作指令を瞬時に喪失させた。

 

 バラバラに砕けた残骸が地面へ墜落し、爆発。

 

 粉塵が地表を巻き上げ、光の残滓が夜空に揺らめいた。

 

 爆煙と火花が地を覆う中──

 

 鉄紺のACは空中で身を翻し、ドローン群に機体正面を向けた。極端に前傾した胴体コアが影のように沈み込み、一見すると逆関節に見える異形の脚部が、宙を蹴って動作制御を安定させた。

 

 鉄紺の機体、左肩部の武装が滑らかに展開。

 

 露わになったのは──多連装パルスミサイルポッド。

 

 ミサイルポッドが駆動音を発し、蓄積されていたパルス弾が一斉に射出された。

 

「伏せろ!!」

 

 ミシガンの怒声と共に、即席車両にいた一行が身を伏せた瞬間──

 

 閃光が空を裂いた。

 

 パルス弾は、弾頭が接触するよりも早く、接近するドローン群の前で炸裂し、半径数メートルに及ぶEMPフィールドを瞬間的に形成。

 

 電磁干渉波が弾け飛び、ドローン群の動作が一斉に乱れる。

 

 空挺型がバランスを失い、攻撃型が無差別に回転し、迎撃型が空中で停止──

 

 そして、崩れ落ちる。

 

 雨のように、ドローンの残骸が降り注いだ。

 

「やったか……?」

 

 イグアスが呆然と呟く。

 

 彼の視界の中で、数百に及ぶドローン群は、制御不能のまま無様に墜ちていった。

 

 まるで空そのものが、味方に寝返ったかのように。

 

 火花、爆炎、断末魔の機械音。宙を舞う無数の破片。

 

 鉄紺の機体はその中心で、なおも一切の言葉を発さず、ただ戦いのみに集中していた。

 

 その左肩の狼の紋章が、静かに宙を睨む。

 

 ──621、彼は我々の信号を受けて飛来したようです。

 

 ──あれは……アーキバス傘下企業、シュナイダー社製のACでしょうか。

 

 粉塵と残骸の雨が、夜の大地に降り注いでいた。

 

 鉄紺のACは斃れたドローンの残骸の中に立ち尽くし、未だ稼働する敵個体がないかを警戒するように首を巡らせている。その動きは無駄がなく、静かで──だからこそ、不気味なほどに鋭かった。

 

 その時──

 

 空が、再び震えた。

 

 ──接近信号、識別コード、ルビコン解放戦線。複数。ヘリ輸送隊です

 

 エアの報告に続き、夜空を裂くようにサーチライトの光が降り注ぐ。

 

 その光の中に現れたのは、垂直離着陸式の大型輸送ヘリ。

 

 機体腹部に解放戦線の紋章が描かれ、側面の扉が開放されたまま低空でホバリングしている。機体内部からは補助ワイヤが展開され、地上に向けて降下してくる兵員が確認できた。

 

「来たか……!」

 

 ウォルターが小さく呟き、即席車両のブレーキレバーを強引に引いた。車両は鉄骨と油煙を撒き散らしながら滑り、ようやく停止する。

 

「各員、現機体は乗り捨てろ!スクラップどもに情けをかける余裕はない!」

 

ミシガンの怒号が響く。

 

 ヴォルタがアークカッターを車両から引き抜き、床に叩きつけて火花を散らす。

 

「てめぇももう退役だ」

 

 冗談めかしながらも、その声には哀切が滲んでいた。

 

 イグアスはすでにヘリに向かって走り出し、射撃姿勢のまま警戒していた。

 

 そして──

 

 《JAILBREAK》。

 

 限界まで酷使された旧型ACは、ブースターを焼き切り、脚部もフレームが軋んだまま動かない。蒸気を噴き出す胴体は、もはや座り込んだような姿勢で地面にうずくまっていた。

 

 621は内部でシートベルトを解こうとするが──脱出機能など、最初から存在していない。

 

「621、脱出を!」

 

『不可能。ロック機能破損』

 

 叩くように手を伸ばす。だが、レバーは熱変形で完全に固着していた。

 

 次の瞬間──

 

 機体の頭部ハッチが外からこじ開けられる。

 

「621、こっちだ」

 

 姿を現したのは、長兄、617だった。

 

 油にまみれた軍手を突っ込み、コックピットから身動きの取れない621を引き出そうとする。

 

「怪我は無いな」

 

『外傷無し』

 

 背後からは618、619、620も駆け寄り、四人がかりで621の腕を引いた。

 

 金属音と共に、機体外殻が軋み、ようやく621の身体が外へと引き出された。

 

「……センターでの生活でまた痩せたな。621」

 

 618が肩を貸しながら苦笑する。

 

『……問題なし』

 

 疲れた顔で応答した621の頬には、硝煙と汗、そして血が混じっていた。

 

 解放戦線の兵員たちが地上で一行を保護し、次々とヘリに乗せていく。扉の内側では、簡易担架や医療器具が用意され、疲労困憊の者から優先して搬入されていく。

 

 621たちもその中へ押し込まれ──

 

 鉄紺のACは一行を見送るように、着地もせず空中で周囲を旋回していた。

 

 その狼のエンブレムが、揺れる灯火のように最後まで見えていた。

 

 脱出完了。

 

 だが、勝利などではなかった。

 

 それでも、命を持ち帰った。

 

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