ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
621の初任務から数日後。
衛星軌道基地の管制センターは、いつも以上に緊張感に包まれていた。大型のホログラフィックスクリーンには、接近する一隻の宇宙船の情報がリアルタイムで表示されている。その機体には、明確に識別できる企業ロゴ──ベイラム・インダストリーの紋章が刻まれていた。
ベイラム・インダストリー──宇宙を二分する巨大軍需企業の一角。
その名は、技術革新と戦争の両面で銀河に広く知れ渡っていた。彼らはルビコンに眠るコーラルの危険性を十分に理解しながらも、その計り知れない有用性に執着し、研究と応用の可能性を模索し続けている。
惑星封鎖機構は、その存在を厳しく監視し、コーラルの流出を防ぐために徹底した規制を敷いてきた。
彼らに対しデータこそ提供するが、現物は決して渡さない──それが、これまでの交渉の絶対的な前提だった。
しかし、今回のベイラムの接触は、それだけでは終わらないだろう。
彼らは「データ受領」という名目のもと、なんとかしてコーラルのサンプルを手に入れようとしているのは明らかだ。
基地内部のブリーフィングルームでは、LC部隊のパイロットたちが招集され、ブリーフィングが開始されようとしていた。621とエリオットも、他のLCパイロットたちと共に席につく。
執行上尉グレイがホログラフスクリーンの前に立ち、鋭い眼光を走らせる。
スクリーンには、現在基地へ接近中のベイラム所属
宇宙船の詳細な情報が映し出されていた。
「ブリーフィングを開始する。ベイラム・インダストリーが、コーラル研究データの受領と護衛任務を要請してきた。今回のLC部隊の役目は、彼らの船の警護とデータ受け渡しが円滑に行われるよう監視することだ」
その言葉に、一部のパイロットたちはわずかに眉をひそめた。
「データの受領だけなら、ウォッチポイントの管理部門職員のみでよろしいのでは」
士官の一人がそう問いかけると、グレイは短く頷いた。
「当然だ。通常であれば、こんな任務に戦闘部隊を動かす必要はない。だが、今回の件は慎重に扱わねばならん」
彼はスクリーンを切り替え、ベイラムが提出した要請書の一部を表示した。
「彼らは『万が一の事態』に備えLCの護衛を希望している。ルビコン解放戦線や他企業による妨害の可能性があると主張しているが……それが本当かどうかはさておき、ベイラムがLC部隊の戦力を直接目の当たりにする機会を狙っている可能性が高い」
その言葉に、エリオットは皮肉気に口を歪めた。
「なるほどな。戦力評価ってわけか」
「それだけではない」
グレイは冷たく言い放つ。
「彼らが本当に狙っているのは、コーラルの現物だ」
その言葉が室内の空気を一変させる。LCパイロットたちが一斉に警戒の色を浮かべる。
「……交渉ではデータのみの提供が決定している。現物のコーラルは研究目的と言えど、量に関わらず一切引き渡さない。これはコーラルの自己増殖特性を危惧した処置だ、極少量であっても、増殖するならば関係ない」
グレイ執行上尉はスクリーンを切り替え、次に映し出されたのはベイラム・インダストリーズの交渉代表団の名簿だった。
「そして、システムの判断する最大の懸念事項がこれだ」
名簿には企業の技術者や幹部の名前、既に何度か基地に訪れた事のある名前が並んでいた。
しかし、その名簿の最後にある名前が、執行部隊のパイロットたちに強い緊張を走らせる。
「G5及びG13、レッドガン部隊か」
その名が表示されると、室内が一瞬静まり返る。
エリオットをはじめとする士官たちは、明らかに表情を引き締めた。
「まさか……レッドガン部隊がただのデータ引渡しに同席を? 尚更、護衛の必要なんて……」
“レッドガン” は、ベイラム・インダストリー専属のAC部隊として、様々な星系、企業にその名が知れ渡る精鋭戦闘集団だった。
彼らは企業の利害を守るためにのみ動き、その実力はLC部隊ですら一目置かざるを得ないほど。
その中でもG5は、「狂犬」と恐れられる悪名高い存在だった。
「G5……イグアスは有名だ。G13? は初めて聞くな、新顔だろう」
エリオットが621にのみ聞こえるように耳打ちする。バディとして、世話を焼いているつもりらしかった。
「G5ってのは、あの狂犬イグアスか。アイツが来るってことは、どう転んでも平和的に終わる可能性は低いな」
士官の1人が腕を組み、低く唸りながらスクリーンに映る名簿を睨みつけた。
「うむ。ベイラムは『あくまで交渉のため』と主張しているが、レッドガンの同行はその言葉と矛盾する。実際のところ、彼が何を狙っているのかは不明だ」
グレイの声は淡々としていたが、その中には確かな警戒の色が滲んでいた。
「少なくとも、彼は交渉役ではない。戦闘員として来ている。つまり、何か起これば、最も危険な存在となる」
パイロットたちがざわめく中、621は無言で端末を操作し、G5及びG13の情報を眺めていた。
「おいおい、そう気負うなって。レッドガンは確かにヤバいが、AC乗りとしてはって話だ。LC機体の敵じゃねえよ」
そう言いながらも、エリオットの表情には冗談めいた軽さはない。彼もまた、事態の深刻さを痛感しているのは明らかだった。
「それではブリーフィングは終了する。今から10分後ドッグにて『出迎え』を行う。各人武装を準備しておけ」
静かな宇宙の闇を背景に、ベイラムの宇宙船が、ゆっくりと衛星軌道基地に接近する。
封鎖機構の警戒網を通過し、ベイラム・インダストリーの宇宙船は、静かにドッグへと降り立った。
その船体には、軍用艦艇ではない ことを示す中立的なマーキングが施されているが、それが単なる建前であることは、出迎えという名の警備につく執行部隊の誰もが理解していた。
艦内エアロックが開くと、整然とした足音が響く。
最初に姿を現したのは、スーツを着たベイラムの交渉役たち──技術部門の主任研究員、財務部門の調整官、そして広報担当の女性秘書。彼らは一見穏やかな表情を浮かべ、封鎖機構側の出迎えを受けるために進んでいく。
しかし、その背後から降り立った二つの影が、場の空気を一変させた。
「へぇ、ここが封鎖機構の基地か。案外狭っ苦しいんだな」
低く響く、その粗野な声が沈黙を破った。
G5──イグアス。
レッドガン部隊に所属するACパイロットであり、狂犬のような獰猛さで知られる男。
彼の風貌は噂に違わぬものだった。
軍服を着崩し、袖をまくり上げたラフな姿勢。額には古傷が刻まれ、口元には常に嘲笑とも取れる歪んだ笑みが浮かんでいる。
そして何より、その眼──獲物を見つけた獣のような鋭さを持つ目つきが、周囲の封鎖機構の兵士たちを不快にさせていた。
「執行部隊がお出迎えか。手厚いな」
イグアスはゆっくりと首を回しながら、基地内のLCパイロットたちを見渡した。
その態度には遠慮がなく、明らかにLC部隊の反応を試しているようだった。
「まぁ、心配すんなよ。今日はちゃんと『交渉』に来たんだからな」
ニヤリと笑いながら、肩をすくめて見せる。
彼の態度は精鋭部隊とは名ばかりの、チンピラやゴロツキを思わせる粗暴な物だった。
一方、その後ろにはひっそりと1人の青年が控えていた。
イグアスとは対照的に、彼の姿勢はまだ硬さが抜けていない。
きちんと着込んだ軍服の襟元を整え、視線をまっすぐ前に向けている。
彼の表情には、交渉の場における緊張が滲んでいた。
「G13……護衛任務の為、現着しました」
その言葉に、イグアスが喉を鳴らして笑う。
「おいおい、そんなに真面目にやらなくていいんだぜひよっこ訓練生。初の実任務が、こんなに穏やかな交渉任務で良かったな」
彼は無言で周囲の様子を観察しているが、その目つきはイグアスとは違い、慎重で礼儀正しいものだった。
しかし、その奥には確かに 実力への自信 と、これから何が起こるのかを見極めようとする意志が見て取れる。
彼は元々、ベイラムの同盟企業である 『大豊核心工業集団』のパイロット訓練生だった。
その身でありながら、前日には正式にレッドガン部隊へと編入されたばかり。
彼にとっては、これが初の実任務 であり、交渉の護衛としての立場を超えた「試練」の場でもあった。
「G5イグアス、これは任務なので……」
G13はそれ以上は口を開かなかったが、彼の拳はかすかに握りしめられていた。
それを見たイグアスは再び笑い、手をポケットに突っ込んで歩き出す。
一方、封鎖機構側の代表として応対するのは、もちろんグレイ執行上尉 だった。
彼はベイラムの交渉団と向かい合う形で立ち、背後には数名の士官とLC部隊のパイロットたちが控えている。まだ若い621やエリオットは、『出迎え』の末席で事の成り行きを見守っていた。
彼はイグアスの馴れ馴れしい態度にも、G13の緊張感にも動じることなく、淡々と口を開く。
「ベイラム・インダストリー、技術部門主任殿。予定通り、貴社の要請に基づき、コーラル研究データの受け渡しを実施する」
グレイはデータパッドを提示しながら、視線をイグアスに移した。
「……そして、護衛役にレッドガンの精鋭を送ってくるとは、大層なことだな。交渉に戦闘要員を帯同させるのは、通常の商習慣には適さない」
イグアスはその言葉を聞くと、満足そうに口角を上げる。
「おいおい、そいつは違うぜ。俺らは単なる護衛だ。なにせ、お前ら執行部隊の『お出迎え』が、物騒だったって聞いてるからな」
グレイはその挑発を受け流し、次の言葉を続けた。
「それは何よりだ。我々は交渉の場において武力を誇示する必要はない。必要が生じない限りは、な」
その瞬間、わずかに空気が張り詰める。
パイロットたちは、G5の態度を警戒しながらも、静かにその場の動向を見守っていた。
「さて、本題に入ろう。封鎖機構はシステムの判断により、研究データの提供は認めるが、コーラル現物の譲渡は一切行わない」
グレイが静かに言い放つと、交渉担当の技術主任が一歩前に出た。
彼は顔には笑みを浮かべたまま、静かに口を開く。
「ええ、それは承知しております。しかし……現地での研究に必要な微量サンプルについては、再考の余地があるのではないでしょうか?」
「それに関しては、改めて議論するまでもない」
グレイ執行上尉は即答した。
彼の瞳は冷たく、そして揺るぎない決意を秘めていた。
「コーラルの特性は周知の通り。極少量であろうと現物の譲渡は、断じて認めない」
──交渉の場は、静かに緊迫した空気へと変わっていく。