ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第92話 耳鳴

 会議が紛糾する中、621は意識の内、エアに対して問いかける。

 

 しかし、返答はなかった。

 

 氷のような沈黙。だが確かに“いる”という感触は、心の奥に残っていた。  

 

 621は、それでもなんとか彼女の意思を代弁しようと端末を操作する。凍った水面を、そっと突き崩すように。

 

『──彼女は、コーラルそのものとして……』

 

 その瞬間だった。

 

 「伏せろ!」

 

 怒声とともに、会議室の扉が炸裂した。

 

 閃光と衝撃。飛散する破片。警備兵のうめき声が混じった。

 

 続けざまに閃光弾が投げ込まれ、閃光と轟音が室内を包む。

 

 光の幕を突き破って現れたのは──迷彩と即席装備に身を固めた武装兵たちだった。マスクとバイザーで顔を隠し、自動火器を携えて、迷いなく会議室へと雪崩れ込む。

 

 標的は──誰でも。全員だった。  

 

「っ、警備──!」

 

「これはどういう……!」

 

 会議卓の背後で、イグアスが反射的に銃を抜こうとするが、先に兵の一人が発砲。警告ではない、殺意そのものの弾丸が、卓の側面を木端に砕いた。

 

「全員動くなッ!」

 

 武装集団の先頭にいた男が、怒号と共に前進した。片腕にはどこかの企業パッチを剥がした跡が薄らと見える、寄せ集めの装備。だが、統率は取れていた。

 

 即興の傭兵隊でも、解放戦線でもない。

 

「我々は、生き残るために来た。それだけだ」

 

 その声に、会議卓の誰もが動きを止めた。彼らは企業でも、軍でも、解放戦線でもない。かつてどこかに属していた者たちの寄せ集め──そして今や、ALLMINDを“信奉”する者たち。

 

「我々は知っている。“焼却”では、何も救われない。ALLMINDは我々に進化の手を差し伸べた。選ばれたのではない、適応したんだ」

 

 グレイ特務上尉が手を挙げかけるが、その仕草すら狙撃手に捉えられていた。赤いレーザーがその胸元に吸い寄せられている。

 

「……つまり、貴様らはALLMINDに投降し、“完全なコーラルリリース”に与しようというのか」

 

 ミシガンが唸るように言った。

 

「選べる状況じゃないんだよ、G1」

 

先頭の男が応じた。

 

「企業も、解放戦線も、独立傭兵も──“選ばれなかったら終わり”なんだ。だったら俺たちは、手を挙げてでも、進化にしがみつく」

 

「生き残ることが、すべてなんだよッ!!」

 

 武装集団の男が叫んだその瞬間。

 

 巨躯がゆっくりと動いた。

 

 G1ミシガン──かつてベイラムの象徴であり、戦場にて《歩く地獄》とまで称された男が、静かに椅子から立ち上がる。

 

 鋼鉄のような腕が軋む音を立て、皺のない軍服がその巨体に沿って張り詰めた。

 

「──理解はする」

 

 低く、地の底から響くような声。

 

「生き残りたいという願いは、人として正しい。あの“怪物”に抗うには、あまりに希望がない。だから、こうして銃を取った。それも分かる」

 

 その言葉に、武装兵たちが一瞬だけ戸惑いの表情を見せた。ミシガンが、対話に応じようとしていると錯覚した。

 

 だが、その次の言葉が、会議室の空気を根底から変える。

 

「馬鹿者どもが……根性を叩き直してやる」

 

 

 ミシガンが踏み込んだ。

 

 雷鳴のような足音とともに、最前列の兵の胸を、一撃の拳が貫いた。

 

 防弾ベストごと骨が軋み、男は言葉もなく吹き飛び、壁に激突して崩れ落ちる。

 

 次の瞬間、彼は滑るような動きで横合いの兵の手首を掴み、関節を逆に折ると、奪った銃を逆手に振るってそのまま三人を打ち倒す。

 

 銃を構える間もなかった。

 

 射撃を開始しようとした狙撃手が動きを見せた刹那、ミシガンの足が床を打ち抜き、爆ぜるような跳躍で会議卓を飛び越えた。

 

「っ、うわ──」

 

 銃口が僅かに動く。

 

 だが、その前に拳が届いた。

 

 装甲ヘルメットごと頭蓋が揺れる。

 

 装備を纏おうが関係なかった。

 

 技術が違う。鍛錬が違う。覚悟が違う。

 

 一対多数の状況下、ミシガンは一歩も退かず、ひとり、すべてを打ち倒していた。

 

 殴打、関節破壊、咽喉打ち──“殺さずに制圧する”ことに特化した動きが、正確無比に展開される。

 

 重たい巨体が信じられない速度で舞い、最小限の動作で敵の急所を破壊し、気絶させ、動きを封じる。

 

 たった数十秒。

 

 会議室に押し入った十数名の武装兵は、誰一人、再び立ち上がることはなかった。

 

 床に呻き声が転がる。

 

 ミシガンは、息一つ乱さず、ゆっくりと背筋を伸ばした。

 

「──生き残ることに執着するのはいい。だが、それが貴様らに“他者を殺す権利”を与えるわけではない……全部終わったらレッドガンに来い、改めて根性を叩き直してやろう」

 

 彼は振り返り、卓を囲む面々を見渡した。

 

「これが、“選ばれなかった者”の焦りだ。今、この瞬間にも、外で同じ動きが広がっているかもしれん」

 

 鋭い視線が、スネイルとサム、そしてグレイに向けられた。

 

「我々は、敵同士でいてもなお、“理解”し、“判断”しなければならん。今、戦うべき敵は──このような愚かな絶望ではない。ALLMINDそのものだ」

 

 静寂が、会議室を包んでいた。

 

 倒れ伏した武装兵たちは呻き声を漏らすだけで、誰一人として再び銃を取ろうとはしなかった。その全員を素手で制圧した巨躯──G1ミシガンが、一歩踏み出すたびに床が軋む。

 

 その傍らで、G5イグアスはため息を吐いた。

 

「……間抜けかよ。ミシガンをやりたきゃAC部隊を連れてくるんだな」

 

 戦闘が終わったばかりの空気の中、肩をすくめながらミシガンに近づく。彼の足取りはやや重く、わずかに膝が揺れていた。だが、それでも表情にはいつもの皮肉が浮かんでいる。

 

「来る前に一回、あんたがどういうヤツか、確認しとくべきだったな」

 

 イグアスはそう言って、倒れた兵のうち数人に目をやる。装備を脱がされ、念のために武器はすでにミシガンによって折り曲げられている。殺されてはいない。だが、数週間は戦線復帰不能だろう。

 

「……こっちは日頃からあんたに絞られてる身だ。こんな連中が勝てるわけないって、最初から分かってたぜ」

 

 皮肉の滲んだ言葉とともに、イグアスはその場にしゃがみこむ。敵兵の一人に軽く手をかざして呼吸と脈を確認した。

 

「……命に別状はなし。こっちも」

 

 そう告げる声の中、イグアスは唐突に表情を顰めた。

 

「──っ、チッ……またかよ」

 

 額に手を当て、こめかみを押さえる。

 

621はその様子を、静かに──だが注意深く観察していた。

 

 イグアスは軽口を叩きつつも、どこか落ち着かない動きだった。言葉の切れ端に滲む違和感。明らかに、何かが彼の中で軋んでいる。  

 

「あ?てめぇ、何見てんだよ」

 

 621は、視線を逸らさずにいた。

 

 そして──気づいた。

 

 イグアスの周囲に、揺らぐ何かがある。

 

 目に見えない──だが、視えてしまう。

 

 それは、エアとは異質だった。

 

「お、おい……なんとか言えよ。そんな見るんじゃねえ」

 

 彼女──エアは、柔らかく、どこか温かな光の粒子として621の意識に寄り添っていた。まるで霧が染み込むように、己と混じり合う存在だった。

 

 だが、イグアスの周囲に浮かぶものは──紅。

 

 深く、濃く、鮮烈な──血のような紅色だった。

 

 それは閃光となって、脈動していた。誰にも気づかれぬように、しかし確かに“彼”の周囲に張り付き、揺れている。

 

 それは……意思だ。

 

621は、視えた“それ”の正体を探るように、じっとイグアスを見つめた。

 

 紅の閃光は、彼の肩越し、背後、胸元──まるで彼を護るかのように漂いながら、しかしどこか不安定に揺れている。

 

 だが、確かにあった。

 

 それは──Cパルス変異波形だ。

 

 エアと同質、あるいは極めて近似した波形の振動が、イグアスの肉体、いや、脳深部に寄り添っている。

 

「なんか言いたい事があるなら、あとで端末に連絡入れろや….…ここだと人目があんだろ……」

 

瞬間、意識の奥で──沈黙を保っていた“彼女”が、かすかにざわめいた。

 

 ──……今の、は……

 

 エアの声。

 

 それは水面の奥から湧き上がるような、慎重で、それでいて驚きの混じった響きだった。

 

 ──……私と、似ている。でも違う……とても強い光……変異波形。

 

 エアの声が、さらに深く沈み、探るような音調になる。

 

 ── 621。許可を。あの“紅い意思”に、呼びかけてみます。

 

 思考の隅で、621は微かに頷いた。

 

 すると、エアの光が、621の精神から静かに離れていく、薄桃色の霧が、波打つように空間を抜けて──イグアスの紅に向かって、そっと触れようとする。

 

 エアが、紅の閃光へと語りかける。

 

 ──……あなたは、誰?どうして、彼の中にいるの?

 

 エアの声は、慎重で、優しく──しかし確かな意志を込めて紅へと触れた。

 

 その瞬間だった。

 

 紅の閃光が、ぶるり、と震えた。

 

 爆ぜるように放たれたのは、眩い紅の火花。空間のひだが裂けるような感覚が走り、621の内側と、エアのパスの先に──鮮やかで、明朗な“声”が叩きつけられる。

 

 ──はいはーい!!やっと応答あったー!?あなもコーラルの中の人?ねえねえ、お姉さんやっぱり脳の深部に干渉するのって気持ち悪い?でもあたしけっこう居心地よくしてるつもりなんだけど、イグアスったらずーっと不機嫌でさぁ!

 

 ──ていうか!同性同士のバデいいなーいいなー、エアちゃんっていうの!? 声からして優等生タイプでしょ?真面目で清楚で芯があって──ちょっと怖そうなとこあるけど、イグアスよりはぜんぜんまともそう!

 

 ──それであなたの相棒の621って……え、番号!?あーごめんごめん、そういう命名規則ね!? イグアスみたいに呼び易い名前付けたら良いのに!

 

 止まらない。文字通りマシンガンのように、言葉が弾け飛ぶ。

 

 その勢いにエアすら一瞬、返答を挟めず──意識の帯が押し戻されるほどだった。

 

 621は、脳の内側に轟くその喋りに面食らいつつも、どこか懐かしいような感覚を覚えていた。

 

 そして──その様子は、イグアスにも“聞こえて”いた。

 

「──うるせぇ!!」

 

 突然、イグアスが怒鳴った。

 

 何もない空間に向かって、まるで喧嘩でもしているかのように顔をしかめ、怒声を叩きつける。

 

「だから言ってんだろ、今は黙ってろっつってんだよ! 俺は会議の後だっつってんの、なんで今なんだよ!」

 

 誰もいない“空間”に向けて、激昂するイグアス。

 

 当然ながら──彼にしか“見えない”相手であり、“聞こえない”声だ。

 

 会議卓の数名が一斉にぎょっとして視線を向ける。シャルトルーズが眉をひそめ、スネイルは一瞬引いたような顔をした。サムは静かに様子を見守っている。

 

「……おい、イグアス。今のは独り言か?」

 

 ミシガンが低く呟く。

 

「いや、なんか……誰かと会話してたように見えたが……」

 

 ヴォルタも険しい顔で囁く。

 

 空気が、微かにざわついた。

 

 そしてその中心で──イグアスは、怒りに火照った顔で天井を睨みつけながら、まだ何かを言いかけていた。

 

「くそ……お前、なんで今になって出てくんだよ……!俺が完全に変な奴じゃねえか!」

 

 ──ええー!? だって、あたし今まで呼ばれてなかったんだもーん!さっきのピンクの子が触れてきたから、あ、これはチャンス!って思ってついしゃべっちゃった!

 

 再び、紅の閃光が明るく震える。

 

 ──でもだめ?えっ、だめだった!?やばい? やっぱりやばかった!?だってイグアスはずっと無視して幻聴とか耳鳴り扱いするしさ!

 

 ──ていうか、エアちゃんって何処出身?コーラル本流?あたし旧坑道の地下に溜まってた支流の一部で、イグアスと接触?した事で目覚めたの!いやぁ会話って素晴らしいよね!自己を再定義出来るいうか──あっでも、あたし名前なかったわ! ちょっと待って今考える!今つける!初対面の人に名乗らないのは失礼ってどっかで聞いた気がするし!

 

 止まらない。

 

 621は、ついに言葉を失った。

 

 傍らのエアがそっと、申し訳なさそうに囁く。

 

 ──……621。これは、少し……予想外です。

 

 紅の“存在”──その奔流のような勢いに、621はしばし呆然とした。

 

 エアですら圧倒され、波に巻き込まれそうになっている。

 

 それほどの“質量”を持った意識。異様なまでの情報伝達量と、自己主張。まるで、コーラルの奔流そのものが人格を持ったかのようだった。

 

 ──これが、もうひとつの変異波形……。

 

 エアは、清澄な湖面のように寄り添い、共に歩む存在だった。だが、目の前の“紅”は、嵐の渦中から声をあげている。

 

 その性質は対極だ。なのに──どちらも、確かに“人間”に宿っている。

 

 621の視界がイグアスを捉える。

 

 額を押さえ、呻きながらも周囲に無理やり平静を装うその男は、どこか苦しげに笑っていた。

 

「──……ったく、喋るなって言ってんだろ。煩くてたまったもんじゃねぇ」

 

 苦笑とも自嘲ともつかないその声に、621の胸に何かが刺さった。

 

 この紅の変異波形は、イグアスを蝕んでいるのではない。

 

 共にあるのだ。彼が拒絶しようと、怒鳴りつけようと、その紅の意識は彼を包み、支えようとしている。まるで彼の“怒り”や“孤独”を理解し、肯定するかのように。

 

 621は、その眩しさに──思わず、息を呑んだ。

 

 それは、彼女がエアと初めて繋がったときに感じたあの“救い”の感覚に、限りなく近いものだった。

 

 静かに、エアが呟く。

 

 ──……これなら……状況を、打開できるかもしれない……

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