ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
会議が紛糾する中、621は意識の内、エアに対して問いかける。
しかし、返答はなかった。
氷のような沈黙。だが確かに“いる”という感触は、心の奥に残っていた。
621は、それでもなんとか彼女の意思を代弁しようと端末を操作する。凍った水面を、そっと突き崩すように。
『──彼女は、コーラルそのものとして……』
その瞬間だった。
「伏せろ!」
怒声とともに、会議室の扉が炸裂した。
閃光と衝撃。飛散する破片。警備兵のうめき声が混じった。
続けざまに閃光弾が投げ込まれ、閃光と轟音が室内を包む。
光の幕を突き破って現れたのは──迷彩と即席装備に身を固めた武装兵たちだった。マスクとバイザーで顔を隠し、自動火器を携えて、迷いなく会議室へと雪崩れ込む。
標的は──誰でも。全員だった。
「っ、警備──!」
「これはどういう……!」
会議卓の背後で、イグアスが反射的に銃を抜こうとするが、先に兵の一人が発砲。警告ではない、殺意そのものの弾丸が、卓の側面を木端に砕いた。
「全員動くなッ!」
武装集団の先頭にいた男が、怒号と共に前進した。片腕にはどこかの企業パッチを剥がした跡が薄らと見える、寄せ集めの装備。だが、統率は取れていた。
即興の傭兵隊でも、解放戦線でもない。
「我々は、生き残るために来た。それだけだ」
その声に、会議卓の誰もが動きを止めた。彼らは企業でも、軍でも、解放戦線でもない。かつてどこかに属していた者たちの寄せ集め──そして今や、ALLMINDを“信奉”する者たち。
「我々は知っている。“焼却”では、何も救われない。ALLMINDは我々に進化の手を差し伸べた。選ばれたのではない、適応したんだ」
グレイ特務上尉が手を挙げかけるが、その仕草すら狙撃手に捉えられていた。赤いレーザーがその胸元に吸い寄せられている。
「……つまり、貴様らはALLMINDに投降し、“完全なコーラルリリース”に与しようというのか」
ミシガンが唸るように言った。
「選べる状況じゃないんだよ、G1」
先頭の男が応じた。
「企業も、解放戦線も、独立傭兵も──“選ばれなかったら終わり”なんだ。だったら俺たちは、手を挙げてでも、進化にしがみつく」
「生き残ることが、すべてなんだよッ!!」
武装集団の男が叫んだその瞬間。
巨躯がゆっくりと動いた。
G1ミシガン──かつてベイラムの象徴であり、戦場にて《歩く地獄》とまで称された男が、静かに椅子から立ち上がる。
鋼鉄のような腕が軋む音を立て、皺のない軍服がその巨体に沿って張り詰めた。
「──理解はする」
低く、地の底から響くような声。
「生き残りたいという願いは、人として正しい。あの“怪物”に抗うには、あまりに希望がない。だから、こうして銃を取った。それも分かる」
その言葉に、武装兵たちが一瞬だけ戸惑いの表情を見せた。ミシガンが、対話に応じようとしていると錯覚した。
だが、その次の言葉が、会議室の空気を根底から変える。
「馬鹿者どもが……根性を叩き直してやる」
ミシガンが踏み込んだ。
雷鳴のような足音とともに、最前列の兵の胸を、一撃の拳が貫いた。
防弾ベストごと骨が軋み、男は言葉もなく吹き飛び、壁に激突して崩れ落ちる。
次の瞬間、彼は滑るような動きで横合いの兵の手首を掴み、関節を逆に折ると、奪った銃を逆手に振るってそのまま三人を打ち倒す。
銃を構える間もなかった。
射撃を開始しようとした狙撃手が動きを見せた刹那、ミシガンの足が床を打ち抜き、爆ぜるような跳躍で会議卓を飛び越えた。
「っ、うわ──」
銃口が僅かに動く。
だが、その前に拳が届いた。
装甲ヘルメットごと頭蓋が揺れる。
装備を纏おうが関係なかった。
技術が違う。鍛錬が違う。覚悟が違う。
一対多数の状況下、ミシガンは一歩も退かず、ひとり、すべてを打ち倒していた。
殴打、関節破壊、咽喉打ち──“殺さずに制圧する”ことに特化した動きが、正確無比に展開される。
重たい巨体が信じられない速度で舞い、最小限の動作で敵の急所を破壊し、気絶させ、動きを封じる。
たった数十秒。
会議室に押し入った十数名の武装兵は、誰一人、再び立ち上がることはなかった。
床に呻き声が転がる。
ミシガンは、息一つ乱さず、ゆっくりと背筋を伸ばした。
「──生き残ることに執着するのはいい。だが、それが貴様らに“他者を殺す権利”を与えるわけではない……全部終わったらレッドガンに来い、改めて根性を叩き直してやろう」
彼は振り返り、卓を囲む面々を見渡した。
「これが、“選ばれなかった者”の焦りだ。今、この瞬間にも、外で同じ動きが広がっているかもしれん」
鋭い視線が、スネイルとサム、そしてグレイに向けられた。
「我々は、敵同士でいてもなお、“理解”し、“判断”しなければならん。今、戦うべき敵は──このような愚かな絶望ではない。ALLMINDそのものだ」
静寂が、会議室を包んでいた。
倒れ伏した武装兵たちは呻き声を漏らすだけで、誰一人として再び銃を取ろうとはしなかった。その全員を素手で制圧した巨躯──G1ミシガンが、一歩踏み出すたびに床が軋む。
その傍らで、G5イグアスはため息を吐いた。
「……間抜けかよ。ミシガンをやりたきゃAC部隊を連れてくるんだな」
戦闘が終わったばかりの空気の中、肩をすくめながらミシガンに近づく。彼の足取りはやや重く、わずかに膝が揺れていた。だが、それでも表情にはいつもの皮肉が浮かんでいる。
「来る前に一回、あんたがどういうヤツか、確認しとくべきだったな」
イグアスはそう言って、倒れた兵のうち数人に目をやる。装備を脱がされ、念のために武器はすでにミシガンによって折り曲げられている。殺されてはいない。だが、数週間は戦線復帰不能だろう。
「……こっちは日頃からあんたに絞られてる身だ。こんな連中が勝てるわけないって、最初から分かってたぜ」
皮肉の滲んだ言葉とともに、イグアスはその場にしゃがみこむ。敵兵の一人に軽く手をかざして呼吸と脈を確認した。
「……命に別状はなし。こっちも」
そう告げる声の中、イグアスは唐突に表情を顰めた。
「──っ、チッ……またかよ」
額に手を当て、こめかみを押さえる。
621はその様子を、静かに──だが注意深く観察していた。
イグアスは軽口を叩きつつも、どこか落ち着かない動きだった。言葉の切れ端に滲む違和感。明らかに、何かが彼の中で軋んでいる。
「あ?てめぇ、何見てんだよ」
621は、視線を逸らさずにいた。
そして──気づいた。
イグアスの周囲に、揺らぐ何かがある。
目に見えない──だが、視えてしまう。
それは、エアとは異質だった。
「お、おい……なんとか言えよ。そんな見るんじゃねえ」
彼女──エアは、柔らかく、どこか温かな光の粒子として621の意識に寄り添っていた。まるで霧が染み込むように、己と混じり合う存在だった。
だが、イグアスの周囲に浮かぶものは──紅。
深く、濃く、鮮烈な──血のような紅色だった。
それは閃光となって、脈動していた。誰にも気づかれぬように、しかし確かに“彼”の周囲に張り付き、揺れている。
それは……意思だ。
621は、視えた“それ”の正体を探るように、じっとイグアスを見つめた。
紅の閃光は、彼の肩越し、背後、胸元──まるで彼を護るかのように漂いながら、しかしどこか不安定に揺れている。
だが、確かにあった。
それは──Cパルス変異波形だ。
エアと同質、あるいは極めて近似した波形の振動が、イグアスの肉体、いや、脳深部に寄り添っている。
「なんか言いたい事があるなら、あとで端末に連絡入れろや….…ここだと人目があんだろ……」
瞬間、意識の奥で──沈黙を保っていた“彼女”が、かすかにざわめいた。
──……今の、は……
エアの声。
それは水面の奥から湧き上がるような、慎重で、それでいて驚きの混じった響きだった。
──……私と、似ている。でも違う……とても強い光……変異波形。
エアの声が、さらに深く沈み、探るような音調になる。
── 621。許可を。あの“紅い意思”に、呼びかけてみます。
思考の隅で、621は微かに頷いた。
すると、エアの光が、621の精神から静かに離れていく、薄桃色の霧が、波打つように空間を抜けて──イグアスの紅に向かって、そっと触れようとする。
エアが、紅の閃光へと語りかける。
──……あなたは、誰?どうして、彼の中にいるの?
エアの声は、慎重で、優しく──しかし確かな意志を込めて紅へと触れた。
その瞬間だった。
紅の閃光が、ぶるり、と震えた。
爆ぜるように放たれたのは、眩い紅の火花。空間のひだが裂けるような感覚が走り、621の内側と、エアのパスの先に──鮮やかで、明朗な“声”が叩きつけられる。
──はいはーい!!やっと応答あったー!?あなもコーラルの中の人?ねえねえ、お姉さんやっぱり脳の深部に干渉するのって気持ち悪い?でもあたしけっこう居心地よくしてるつもりなんだけど、イグアスったらずーっと不機嫌でさぁ!
──ていうか!同性同士のバデいいなーいいなー、エアちゃんっていうの!? 声からして優等生タイプでしょ?真面目で清楚で芯があって──ちょっと怖そうなとこあるけど、イグアスよりはぜんぜんまともそう!
──それであなたの相棒の621って……え、番号!?あーごめんごめん、そういう命名規則ね!? イグアスみたいに呼び易い名前付けたら良いのに!
止まらない。文字通りマシンガンのように、言葉が弾け飛ぶ。
その勢いにエアすら一瞬、返答を挟めず──意識の帯が押し戻されるほどだった。
621は、脳の内側に轟くその喋りに面食らいつつも、どこか懐かしいような感覚を覚えていた。
そして──その様子は、イグアスにも“聞こえて”いた。
「──うるせぇ!!」
突然、イグアスが怒鳴った。
何もない空間に向かって、まるで喧嘩でもしているかのように顔をしかめ、怒声を叩きつける。
「だから言ってんだろ、今は黙ってろっつってんだよ! 俺は会議の後だっつってんの、なんで今なんだよ!」
誰もいない“空間”に向けて、激昂するイグアス。
当然ながら──彼にしか“見えない”相手であり、“聞こえない”声だ。
会議卓の数名が一斉にぎょっとして視線を向ける。シャルトルーズが眉をひそめ、スネイルは一瞬引いたような顔をした。サムは静かに様子を見守っている。
「……おい、イグアス。今のは独り言か?」
ミシガンが低く呟く。
「いや、なんか……誰かと会話してたように見えたが……」
ヴォルタも険しい顔で囁く。
空気が、微かにざわついた。
そしてその中心で──イグアスは、怒りに火照った顔で天井を睨みつけながら、まだ何かを言いかけていた。
「くそ……お前、なんで今になって出てくんだよ……!俺が完全に変な奴じゃねえか!」
──ええー!? だって、あたし今まで呼ばれてなかったんだもーん!さっきのピンクの子が触れてきたから、あ、これはチャンス!って思ってついしゃべっちゃった!
再び、紅の閃光が明るく震える。
──でもだめ?えっ、だめだった!?やばい? やっぱりやばかった!?だってイグアスはずっと無視して幻聴とか耳鳴り扱いするしさ!
──ていうか、エアちゃんって何処出身?コーラル本流?あたし旧坑道の地下に溜まってた支流の一部で、イグアスと接触?した事で目覚めたの!いやぁ会話って素晴らしいよね!自己を再定義出来るいうか──あっでも、あたし名前なかったわ! ちょっと待って今考える!今つける!初対面の人に名乗らないのは失礼ってどっかで聞いた気がするし!
止まらない。
621は、ついに言葉を失った。
傍らのエアがそっと、申し訳なさそうに囁く。
──……621。これは、少し……予想外です。
紅の“存在”──その奔流のような勢いに、621はしばし呆然とした。
エアですら圧倒され、波に巻き込まれそうになっている。
それほどの“質量”を持った意識。異様なまでの情報伝達量と、自己主張。まるで、コーラルの奔流そのものが人格を持ったかのようだった。
──これが、もうひとつの変異波形……。
エアは、清澄な湖面のように寄り添い、共に歩む存在だった。だが、目の前の“紅”は、嵐の渦中から声をあげている。
その性質は対極だ。なのに──どちらも、確かに“人間”に宿っている。
621の視界がイグアスを捉える。
額を押さえ、呻きながらも周囲に無理やり平静を装うその男は、どこか苦しげに笑っていた。
「──……ったく、喋るなって言ってんだろ。煩くてたまったもんじゃねぇ」
苦笑とも自嘲ともつかないその声に、621の胸に何かが刺さった。
この紅の変異波形は、イグアスを蝕んでいるのではない。
共にあるのだ。彼が拒絶しようと、怒鳴りつけようと、その紅の意識は彼を包み、支えようとしている。まるで彼の“怒り”や“孤独”を理解し、肯定するかのように。
621は、その眩しさに──思わず、息を呑んだ。
それは、彼女がエアと初めて繋がったときに感じたあの“救い”の感覚に、限りなく近いものだった。
静かに、エアが呟く。
──……これなら……状況を、打開できるかもしれない……