ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
閃光が静まり、会議室の空気がようやく落ち着きを取り戻し始める中。
621は、そっと端末を取り出し、指を滑らせてメッセージを記し始めた。
彼女はその画面を、呆れたようにぶつぶつと紅に向かって文句を言っているイグアスへと差し出す。
『お前にもCパルス変異波形が宿っている』
イグアスは一瞬、画面を見て眉をひそめる。
「……は? なにが、だよ」
621は迷わず次の文を打ち込んだ。
『お前が耳鳴りと呼ぶ存在は、Cパルス変異波形』
イグアスの顔がこわばった。図星だった。反射的に周囲を見回すが、誰もこのやりとりを読んではいない。ただ621だけが、静かに、彼をまっすぐ見つめていた。
「……やっぱ幻覚じゃなかったのか。Cパルス変異波形ってのが、何なのか知らねえけどよ」
イグアスは頭をかき、ため息混じりに口を開く。
「──耳鳴り自体は強化人間手術を受けた時から、はっきり声として聞こえたのはわりと最近だ……旧坑道で活性化したコーラルに押し流された時、──なんか、頭に焼き付いたんだよ」
苦い記憶を思い出すように、イグアスは額を押さえた。
「最初は……寝てるときにだけ、変な声が混ざる。誰もいねぇのに話しかけてくるような……最初は幻聴だと思った」
彼の声には、苛立ちとも諦めともつかない色が混ざっていた。
「それが次第に……はっきりしてきた。まるで……ずっと前から、俺の中にいたみてぇに、馴れ馴れしく……勝手に“相棒面”してきやがる。何より五月蝿え」
そう言いながらも、イグアスの顔からは険が抜けていた。互いの間にだけ通じる言葉でやりとりする彼と621を、周囲の面々は徐々に置いていかれ始めていた。
何か重要な話をしているのは分かる。だが、会話は621の端末の画面上とイグアスの返答だけで完結していた。
そのときだった。
ゆっくりと、会議卓の端からひとつの影が忍び寄る。
サム・ドルマヤン。
解放戦線最後の司令官。老齢の男が無言で近づくその様は、奇妙な威圧感と気配の希薄さが同居していた。
「……どうやら、私も、話すべき時が来たようだ」
その声に、イグアスはわずかに肩をすくめた。
「なんだよジジイ、聞いてたのかよ」
「あぁ、全てね。そこのお喋りなお嬢さんとの会話も」
そう呟いたサムの足元──いや、“影”から、それは立ち昇った。
コーラル特有の真紅の波動。揺らぎ。
明確な形はない。だがそれは間違いなく、621の目には“視えた”。
──Cパルス変異波形。
紅とも、エアの光とも違う。もっと静かで、深く、そして“老いて”いた。まるで長い時間、沈黙のうちに観測と熟成を重ねてきたような、重厚な波動。
「……!」
イグアスもわずかに眉をひそめた。彼の紅も騒めく。
「……あんたにも“いる”のか?」
「……ああ。ずっとな」
サムは手を後ろで組み、ゆっくりと621とイグアスを見やった。
サムは静かに告げた。言葉を選ぶように、長い呼吸ののち、ゆっくりと続ける。
「私は……若い頃、“ドーザー”だった」
その告白に、イグアスが眉を跳ね上げる。
「マジかよ……あんた、解放戦線の司令官だろ?なのに、あのイカれどもと同じで……コーラル吸ってたってのか?」
サムは頷いた。
「かつて私は、粗悪な精製コーラルを“吸って”いた。脳を焼かれる寸前で、強化人間計画に拾われた。人体実験の色が今より強かった時代だった」
「そのとき──彼女と出会った」
言葉と共に、サムの影から立ち上った深い波動が、再び姿を変えた。
波のような緩やかな揺らぎ。けれど、その中心にひときわ明るく、細く輝く光が生まれる。
そして、その“光”は言葉を発した。
──やっと、話せるのね。
声は、女だった。
明朗で、透き通る響き。だが決して冷たくはない。包み込むような暖かさと、司令官として人々を導いた者にふさわしい強さを併せ持っていた。
──こんにちは。C4-621。G5イグアス。それから……エア。お喋りな紅もね。
「──喋った……」
イグアスが目を丸くする。
「おい、621、今の……お前にも聞こえたよな?俺こっちの方がいいな……」
621は、ただ無言で頷く。
光の波動は静かに彼らの意識に接触しながら、その名を明かした。
──私は、セリア。サムと共にある者。
──……私が彼と出会ったのは、彼がコーラルに溺れていた頃。
──彼は、私と対話し、そして選んだの。資源としてのコーラルではなく──意志ある存在として、共に歩む道を。もちろん、ルビコンの人々が生きていく上で、資源としてのコーラルが必要不可欠な事は理解しているわ。
サムがわずかに目を閉じた。
「私が解放戦線を興したのは、ただの理想ではなかった。コーラルの声──“彼女”の声を聞き、この世界がどうあるべきかを考えた結果だ」
イグアスが、やや警戒を滲ませる。
「……じゃあ、解放戦線ってのは……コーラルの代弁者か? 全部“声”に従ってやってたってのかよ」
セリアは、それを否定するように、柔らかな声を返す。
──違うわ。私は導いた。でも、決めたのはサム。私たちは、並んで歩いてきただけ。
──それはエアも同じ。私たちは“支配”するためにいるのではなく、ただ“対話”を望んでいる。
エアの波動が、同調するように揺れた。
──……はい。私も、621の選択を“見守る者”です。
紅も、ややテンションを落としながら答えた。
──え、ええ……私もまぁ……コイツちょっと無鉄砲だけど、まあ……その、なんだ……目が離せないなーって……
──それにしても。
穏やかに響くエアの声が、会議室の全員の思考を静かに撫でた。
──ここにいるだけでも、Cパルス変異波形を宿す者が三名。加えて、今後の戦闘や事故によって“共鳴”する可能性のある個体は、さらに増えるでしょう。
──この現象は、“特異点”ではありません。時間と環境が揃えば、必然的に“拡大”します。ALLMINDの想定外として。
その言葉に、空気が揺れる。サム、イグアス、621──すでに“聞こえる”者たちは無言で頷いた。だがそれは、全体のほんの一部にすぎなかった。
会議卓の外周、沈黙していたミシガンやスネイルと言った指揮官たちは、いまだ“声”を聞くことができず、状況を掴みかねていた。
「……621、もし可能であれば……我々にも状況を説明してくれないか」
ウォルターが3人の間に入り、説明を求める。
『了解』
──ええ、今から全体への共有を開始します。621、スライドを。
621は頷くと、会議室の端末にアクセスする。室奥のスクリーンに、静かにホログラフが投影された。
ホログラフが淡く発光し、スライドが切り替わる。
そこに表示されたのは、粒子のように浮遊する赤い軌跡──コーラル粒子の群れが波紋を描きながら、意志を持ったように構造を変えていくイメージ図だった。
──まず、Cパルス変異波形とは何かを、再定義します。
エアの声が、621を通訳として会議室に響く。
──それは、コーラルに宿った波形の中でも、ごく限られた条件下で自立進化を遂げた“群知能”。
──コーラルという情報媒体に蓄積された記録と刺激が、ある閾値を超えたとき、単なる反応体ではなく“人格”と呼べる統一意識を形成します。
──私、セリア、そしてイグアスに宿る波形は、それぞれが独立した“意志体”です。
画面が切り替わり、次のスライドでは三者の波形が色分けされ、各々の特徴──共通する知性構造と差異──が簡潔に記されていく。
──重要なのは、私たちが人類と対話可能である点です。これはALLMINDとは根本的に異なる構造であり、命令でも洗脳でもない、共存関係に基づいています。
スライドには「双方向対話」「人格尊重」「個別発生」といった文字が並んだ。
──Cパルス変異波形がいつ、なぜ発生するのか。その“根本原因”については、まだ不明です。
──ですが、共通しているのは──いずれも“強い干渉”を受けたコーラル環境下で発生した、という点です。
──イグアスは旧坑道で。サムは精製コーラルを摂取していた時。私は621と接触する以前から存在していましたが、何か無自覚の刺激があったのかもしれません。
エアの声に、わずかに沈黙が挟まれる。
──これは、偶発的な出来事でした。
──けれど私たちには、接触により“目覚め”を誘発する可能性があると考えています。
スクリーンが再び切り替わり、中央に太字で表示される。
《コーラル意志群:人工覚醒計画》
──私の提案は、ルビコンに存在するすべてのコーラルを、変異波形として“目覚めさせ”、味方につけることです。
室内に、ざわめきが走った。
──ALLMINDがコーラルを“統合資源”として扱うなら、私たちはそれを“個”として呼び起こす。
──彼女が支配する前に、我々が先んじて“目覚め”を広げれば、彼女の演算網は崩壊し、“コーラルネットワーク”そのものが分断される。
──つまり、コーラルの“意志”によるALLMINDへのレジスタンス。
会議卓の一角で、サムが静かに頷いた。
「Cパルス変異波形は例外なく、強力な電子演算能力を備えた生来のハッカーだ。何千、何万もの変異波形が目覚めれば、ALLMINDと言えど対抗は出来まい。コーラルにインストールされた奴の人格ごと消し去る事が出来るはずだ」
ホログラフの余熱が静まり、会議室が一瞬の沈黙に包まれたときだった。
──乾いた靴音が、床に響いた。
「……提案は理解した。理論上は成立している」
その声は、軍律のように冷徹で、同時に沈黙の中から強い意志を引き裂くように響いた。
振り返る視線の先に立っていたのは、封鎖機構特務局、グレイ特務上尉。
重く、静かな気配を漂わせながら、彼は一歩前に進み、全員を見渡す。
「だが“理論”で止まるうちは、何も起こらない。我々には、“現場”が必要だ」
「621。イグアス。サム・ドルマヤン。貴様らは“変異波形”を宿した“鍵”だ。その“鍵”で扉を開くなら──扉がどこにあるか、明示しなければならない」
スライドが起動し、地表から俯瞰するルビコンの衛星地図が投影された。地図は徐々に縮小し、やがてある座標にズームインする。
《座標:ウォッチポイント・アルファ──》
「……そこにある」
グレイは、淡々と続けた。
「封鎖機構が長年秘匿してきた、“コーラルの本流”だ。地表からアクセスするには複数の厳重な監視網と遮蔽システムを突破する必要がある。現時点では、全自動防衛網に加え、ALLMINDが制御権を一部掌握している可能性がある」
室内に緊張が走る。
エアの波動も、ほんのわずかだが不安定に揺れた。
──……“本流”の存在は、私も探知できていませんでした。
──それほど深く、強固に封じられていたということでしょう。
解放戦線の幹部の1人が低く、恨み言のように呟く。
「……よく隠し通せた物だ。飢えて死ぬルビコニアンを見下ろして、膨大なコーラルを地下に秘匿していたとはな」
「それが任務だ、封鎖機構の存在意義だ。言っておくが、私は私の指揮した惑星封鎖を謝罪するつもりは無い」
彼の目は一切の揺らぎを見せなかった。
「だが、いまや状況は変わった。コーラルを意志体として覚醒させる唯一の機会なら、我々はそこに向かうしかない」
エアの声が、はっきりと重なる。
──はい。“本流”とは、すべてのコーラルネットワークの中枢。そこに“変異波形”を接続できれば、他の未覚醒コーラルへ意志波を伝播させることができるでしょう。
──ただし、接触には条件が必要です。コーラルデバイスを組み込んだ強化人間、第4世代以前の強化人間のみがコーラルを目覚めさせる事が出来る。
イグアスが短く吐き捨てる。
「つまり、また俺たちが突っ込むのか」
──はい。
──“旧世代”であり、“波形”をすでに宿したあなたたちしか、本流との接触には耐えられません。
サムが静かに笑った。
「……ならば、我々の人生も、それを成すためのものだったのかも知れんな」
──作戦名を指定します。
エアの声が、冷たくも決意を孕んで響いた。
《作戦名:コーラル・レゾナンス》
──対象:ウォッチポイント・アルファ地下深層
──目標:コーラル本流への接触、および全意志波形の伝播
──備考:作戦決行後、ALLMINDによる大規模阻止が予測されます。
その瞬間、全会議室の空気が凍りついたようだった。
“終わり”が、ついに視野に入ったのだ。
人類とコーラルの関係を根底から変える“最終接触”──
その扉を開く鍵は、今ここに集った者たちだった。