ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第94話 搭乗

 《作戦名:コーラル・レゾナンス》

 

 その言葉が会議室に刻まれた直後──冷徹な現実が、再び空気を引き締めた。

 

「……問題は、戦力だ。それに衛星監視網も何とかしなければならん、のこのこと進軍した所で衛星砲に撃ち抜かれてしまうだろう」

 

 低く呻くような声で言ったのは、ミシガンだった。ACパイロットとして、前線指揮官として数多の戦場を渡り歩いた男の言葉が重く響く。

 

「今この場にいるのは、脱走者と再編部隊……いわば寄せ集めの烏合の衆。おまけに半数は戦闘不能だ。全員を出撃させたところで、ALLMINDの衛星監視網に見つかり次第、迎撃されて潰されるだけだ」

 

 重い沈黙が落ちる。戦力不足──それが最大にして最初の障壁だった。

 

「ならば、呼び寄せるしかないでしょう」

 

 今度はスネイルが口を開いた。彼の目にはかすかな焦りが滲んでいたが、それでも冷静な思考を失ってはいなかった。

 

「アーキバス、ベイラム、独立傭兵、まだ残存部隊はいます。地表に散った小規模部隊、潜伏中の戦力、コーラル採掘施設の警備兵。彼らに呼びかければ、今からでも合流は可能。最悪フロイトを呼び出せれば何とかなります」

 

 「だが問題は、手段だ」と、ウォルターが唸るように続けた。

 

「無線を使えばALLMINDに傍受される。それどころか、発信源を探知されてこの会議室ごと吹き飛ばされかねんぞ。やつはルビコン全域の電波環境を掌握している」

 

 誰もが打つ手を失いかけたその時、グレイ特務上尉が口を開いた。

 

「ならば──呼びかけと同時に、作戦を開始するしかない」

 

 

 一瞬、空気が凍りついた。だが、彼の目には一切の迷いはなかった。

 

「複数の座標に向けて発信を行う。アーキバス、ベイラム、解放戦線、独立傭兵──それぞれのコードネームを送信し、即座に出撃する。呼びかけを発した次の瞬間には、こちらが動いている。応じた部隊が合流してくれればよし。全滅すれば、それまでだ」

 

「“静かに待つ”時間はもうない、ってことか」

 

 イグアスが短く吐き捨てる。

 

「そういうことだ」

 

 グレイは頷いた。

 

「ALLMINDがネットワークの大半を制圧しつつある以上、もはや各個撃破されるのを待つしかない状態だ。ならばこちらが先手を取るしかない」

 

 会議卓に表示されていたルビコン地図が切り替わり、グレイの操作で複数のルートと戦力予測が浮かび上がる。赤く囲まれた地点は残存勢力が抵抗を続けているとされる地点だった。

 

「呼びかけには、機構の予備回線を用いる。軌道上の中継衛星を利用して、惑星全土に発信可能だ」

 

ミシガンが腕を組みながらうなる。

 

「問題はその“合流地点”だな……それなりの数が動く以上、地上ルートは危険すぎる。衛星監視網に晒されたら、それこそ空爆の的になるぞ」

 

「それについては、用意がある」

 

 そう言ったのは、ウォルターだった。

 

「ザイレムを使う」

 

 その名を聞き、会議室に動揺が走る。

 

 あの、海上に浮かぶはずの《洋上都市ザイレム》──かつて封鎖機構が掌握していたはずの実験都市。だが、今は《エア》が掌握している。

 

「ザイレムは都市機能だけでなく、恒星間航行能力を備えた“恒星間入植船”だ。戦闘艦ではないが、積載・航宙・潜行性能は軍用艦に匹敵する」

 

「おいおい……それ本当に動くのか?」

 

 イグアスが呆れたように尋ねると、エアの声が柔らかく応じた。

 

 ──はい。先日の防衛戦以降、私が機体制御と航行演算系を再調整しました。起動は可能です。621が許可すれば、即時出航できます。

 

 グレイが端末を操作し、戦術マップの上に新たな軌道を描き加えた。

 

「作戦の流れはこうだ──」

 

 一同の視線が、スクリーンへと集中する。

 

「まず、広域通信によって、各勢力へ同時に招集をかける。信号を受け取った各部隊は、ザイレムへ集結。間に合わない、又は激しい妨害が予想される部隊は一旦潜伏させる」

 

 スクリーン上の複数地点に、黄色のマーキングが施される。

 

「次に、ザイレムを強行起動し、収容可能な最大戦力を収容。そのまま《衛星軌道基地》へ突入する。目的は以下の通り──」

 

 グレイは指を動かし、要点を一つずつ表示していく。

 

 1. 拘束中の各人ACおよび特務機体の奪取

 2. 封鎖衛星の管制システムを麻痺させる

 3. 軌道監視網の中央演算核を一時的に制圧・ダウンさせる

 

「──この三つを短時間で達成し、敵増援が軌道に揃う前に離脱する。作戦成功後は、地上に帰還して潜伏していた部隊と合流し、そのまま《ウォッチポイント・アルファ》への突入作戦へ移行する」

 

 スネイルが低くうなる。

 

「封鎖衛星の無力化が成功すれば、ALLMINDの目と手足がいくつも削がれます……だが、それが済むまでは常に監視されている状態と言えるでしょう。作戦中の各部隊には絶え間ない妨害があると見ていい」

 

「問題ない」

 

 ミシガンが応じる。

 

「そういう仕事なら、俺とこいつら──《レッドガン》の十八番だ。突入と陽動、正面突破と派手な爆発なら任せておけ」

 

 

 その言葉に、レッドガン残存兵たちが静かに気勢を上げる。

 

「ザイレムによる殴り込みでACと特務機を奪還し、封鎖衛星の砲を潰す……それだけでも勝算は出てくる」

 

 スネイルがゆっくりと呟く。

 

「その上で、“声”に応じて集まった傭兵や企業兵が地上から合流すれば……ALLMINDの初期配置を越える数になる可能性もある。やる価値はあるな」

 

 サムが口を挟んだ。

 

「だが、問題は《ウォッチポイント・アルファ》だ。コーラルの本流に直接接触できる場所だが……当然、ALLMINDもそれを守る。最大級の抵抗が予想されるだろう」

 

 

「だからこそ、先に“目”を潰す。ザイレムを起点とした奇襲で、やつの演算網を麻痺させる」

 

 グレイの声が、鋼のように締まる。

 

「そして《コーラル・レゾナンス》を起こすのは、最深部で──本流でだ」

 

スネイルが首をひねるように呟く

 

 会議室に再び静寂が戻った。

 

 すべての者が、自らの役割を理解した。

 

 作戦全体の構図が描かれた瞬間、全員の視線が自然と扉へと向いた。

 

 言葉は交わさずとも、もはや迷いはなかった。

 

 ミシガンは分厚い戦闘外套の袖を一振りしながら、後方の部下たちに顎をしゃくる。

 

「行くぞ、野郎ども。余ってる武器を借りてくるぞ」

 

 レッドガンの兵士たちが即座に動き出す。沈黙を守っていたスネイルらヴェスパー部隊も互いに小さく頷き合いながら会議室を後にする。

 

「……行くぞ」

 

 誰に告げるでもなく、ウォルターが静かに背を向け、会議室を出ていく。その肩に、ためらいの色はない。

 

 621は一拍だけ車椅子を反転させる。彼の背を追うように、操作スティックを倒した。エアの存在が、胸奥でそっと寄り添う。

 

 ──準備は、整っています。

 

 ──共に戦いましょう。621。  

 

 

 

 

 

 轟音が、金属の腹を振るわせていた。

 

 数機の輸送ヘリが、衛星監視網を避けるように地形の起伏に合わせて這うように飛行している。谷間を縫い、断崖すれすれを突き抜け、時に木々をなぎ倒しながら。

 

 その編隊の先頭を飛ぶ一機の内部は、もはや修羅場だった。

 

「621、もっと脚閉じろ。重心を低く!

 

「次、左旋回だ!捕まえておけ、振られるぞ!」

 

 機内で怒号が飛び交い、4人の男たちが一人の少女――C4-621を中心に組体操のようにのしかかっていた。パレットに括り付けられた車椅子が振動でガタガタと暴れ、ちょっとでも気を抜けば横転しそうな勢いだ。

 

「くそ!何故このヘリには固定器具がない!」

 

「バラされていた旧式を無理やり組み直して今作戦に持ち込んだらしい。座席すら鉄パイプ仮組みのような有様だ」

 

 車体が横揺れするたびに、兄弟たるハウンズは己の命綱も省みず、全力で621ごと車椅子を押さえ込んでいた。

 

 傍目には滑稽ですらある光景だった。しかし、彼らにとっては真剣そのものだ。

 

「人類の存亡をかけた戦いだというのに、締まらないな」

 

 ヘリの外━━黒雲を裂いて、一瞬、夜の海面が見えた。

 

 ザイレムがそこにいた。濃霧漂う洋上の都市。

 

「見えてきた……《ザイレム》だ」

 

 ハウンズの誰かが息を呑む。

 

 その先で、既にエアの掌握下にある都市の外郭がゆっくりと展開を始めていた。収容ベイの扉が開き、照明が海霧を貫いて輸送機を導いている。

 

 その瞬間だった。

 

 空が――割れた。

 

「なッ……ッ!」

 

 誰かが悲鳴のように呻いた直後、暗雲を引き裂くように巨大な光柱が降り注いだ。衛星砲━━上空衛星軌道から、超高出力レーザーがザイレムに向かって解き放たれたのだ。

 

 一条、二条、三条、まるで天の怒りのように、白熱の槍が次々と夜空を貫く。

 

「飛ぶな!高度そのまま!被弾範囲に突っ込むなよッ!」

 

「くそ、避けきれねえ!ザイレムが……!」

 

 輸送ヘリのパイロットが絶叫を上げる。

 

 だがその瞬間、ザイレム全体を包み込むようにエネルギーフィールドが展開された。

 

 ━━ザイレムへの攻撃を検知!

 

 ━━防護プロトコルを発動します!

 

 エアの声が脳裏を走る。

 

 直撃。

 

 眩い閃光が夜空を引き裂いた。大気が焼け、海霧が蒸発し、空が一瞬白に染まる。ザイレム全体が震動し、重たい衝撃音が遅れて届く。

 

 輸送ヘリの窓から見えたのは、空間ごと歪みながら展開される《盾》が、無数のレーザー投射を受け止める光景だった。

 

 ──防壁、維持成功。エネルギー残量、74%。収容ベイ開口状態を維持します。

 

 エアの音声が、静かに報告する。

 

 だが、緊張が解ける暇はない。

 

「敵機、急速接近中!多数!」

 

 別のヘリから、オペレーターの声が上がった。

 

 戦術ホログラムが展開され、ザイレムを取り巻く海域上空に大量の赤いマーカーが出現する。それは、まるで虫の群れのように飛来する無人兵器群。

 

「取り囲むかような動きだ。衛星砲で足止めし、無人兵器で包囲するつもりらしい」

 

 620が冷静に分析するも、事態は芳しく無い。

 

「621、行くぞ!」

 

 兄弟たちがパレットごと車椅子を抱え、機内のランプ点灯と共に後部ハッチを開いた。風圧が一気に吹き込む。

 

「621!エアに飛び降りると伝えろ!悠々と着陸する猶予はない!」

 

 ──了解。621の落下ルートに合わせ、内部重力を調整。誘導用フロートを展開します。

 

 照準誘導灯が点滅し、ザイレムの収容ベイ内が明るく照らされる。そこへ向かって、輸送機の後部から投下されたパレットごと、車椅子の少女が吸い込まれるように滑空していった。

 

 その背を追うように、ハウンズの兄たちも跳ぶ。

 

 振動と風圧の嵐の中。

 

 パレットに固定されていた車椅子が、わずかに揺れる。機体の姿勢制御が効いているとはいえ、その落下は安定とは程遠かった。夜風が視界を歪ませ、飛び交う無人機の残光が、空中を赤黒く染め上げていた。

 

「621!迎えはまだか!」

 

 兄弟の誰かが叫んだ次の瞬間、ザイレム側の捕捉装置が作動した。

 

 ベイ開口部から伸びた複数のリニアアームが、降下してくるパレットを包み込むように捕らえ、ほとんどノーブレーキのまま着地しようとしていた機体を強引に減速。数度の揺れを伴って、車椅子ごと621らは着地に成功する。

 

──着艦成功。621、ようこそザイレムへ。

 

 響いたエアの声に、621は微かに息を吐き、車椅子の操縦桿を握り直した。

 

『後続の誘導を実施』

 

 ──了解。後続に関してはお任せください。621はこちらへ、収容区画までの最短ルートを確保します。

 

 エアが即座にザイレム内部の警備システムを掌握し、天井に埋め込まれた誘導灯が青く点灯。進行ルートを照らし始める。

 

 後部搬入口へ振り返った彼女の視界に、次々と飛来する影が映る。

 

 一番手は、レッドガン総長ミシガン、ロープを握ったまま、ほぼ垂直降下の勢いでザイレムに突っ込んできた。重力制御の補助により、衝撃を殺しながら転がるように着地。

 

「よし!次来い!」

 

 すぐに脇へ退避しながら、叫ぶ。

 

 二番手、三番手、四番手──レッドガンの面々が次々に降下し、まるで陸戦部隊の強襲上陸のように、収容ベイ内部へと駆け込んでいく。

 

「いけっ!急げ!」

 

 続いてヴェスパー、解放戦線、かつては敵だった彼らもまた、何の迷いもなく空中から飛び込んでくる。

 

 ロープやジェットベルト、即席の補助機材を用い、それぞれが訓練された兵士の動きで着地。わずかな隙間にも滑り込みながら、エアの提示したルートに向かって散開していく。

 

 着地と同時に武器を構え、警戒を解かぬ者もいれば、仲間を迎えるために後方支援に回る者もいた。

 

その様子を見て、621は静かに胸の奥に火を灯す。

 

 戦場に戻る。だが今度は、独りではない。

 

 ──敵接近まで、あと四分。

 

 エアの警告と共に、収容ベイのシャッターが自動で閉鎖を開始した。

 背後では、ザイレム全体が低くうなりを上げ始めている。

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