ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第95話 出航

 

 ザイレム全体が、低く、唸るような振動を発し始めていた。

 

 収容ベイのシャッターが完全に閉じ、最終ロックが完了すると同時に、内部機構が作動を開始する。人工照明が変化し、冷たい青白い光が艦内を満たす。内部通信網にエアの声が響いた。

 

 ──収容完了。全隔壁を閉鎖。重力中和層、起動します。

 

 艦底部から微かに鳴動音が立ち上る。それは徐々に加速する鼓動のようであり、都市全体が目を覚ましたかのようだった。

 

 ──浮上、開始。

 

 振動が強まる中、収容ベイに着地したハウンズたちは、周囲の安全確認を急いでいた。無数の警告灯が点滅し、床の固定フックが解除され、格納庫全体が船内重力に馴染むように傾き始める。

 

「621、立てるか?」

 

「重心安定した。車輪ロック外すぞ」

 

 兄たちの声が飛び交いながら、車椅子に座ったままの621を中心に、小隊は迅速に動き出す。

 

「昇降区画はあっちだ。艦橋に行くなら中央コンソールを使うしかない」

 

 輸送ベイの側面、通路の先に伸びる誘導灯が点滅し、次の進路を指し示す。その道は、かつて旅客と物資が交差したメインシャフト──今は戦時下の指揮区画へ通じる動脈である。

 

「ほら、急げ。浮上に伴って内部の海水も排出されてる。艦内気圧が変化する前に、エレベーターで上がるぞ!」

 

 621の車椅子を押しながら、ハウンズの一人が半ば叫ぶように指示を飛ばす。

 

 その直後、艦体の振動が一段と強まり、床下からごうっという水圧の放出音が響いた。

 

 轟音。

 

 水圧を押し返すように、外郭下部の隔壁が展開し、内部に滞留していた海水を一気に排出する。多数の噴出口から勢いよく放たれた海水が白い濁流となって吹き出し、海面を泡立たせた。まるで都市全体が、海の中から解き放たれるように立ち上がっていく。

 

 ──排水完了。推進セクション、展開開始。

 

 通路を走り抜けた一行は、やがて巨大なリング状のエレベーター前に辿り着いた。装甲のように重厚な扉がスライドし、青白い光の中に開く。

 

「乗れ!」

 

 621の車椅子を押す兄弟を先頭に、一団が次々とエレベーターに飛び乗っていく。

 振動はなおも続いており、まるで都市そのものが変貌していくさなかに、自らが飲み込まれていくかのような錯覚すらあった。

 

 艦体の外縁部が変形を始める。

 

 かつては洋上都市の居住区だった部分が、次々と折り畳まれ、スライドし、回転し、まるで昆虫の羽化のように変異していく。装飾的だった構造物は装甲板へと姿を変え、無数の外殻ユニットが艦体の全周を包み込んでいく。

 

 エレベーターが上昇を始めると同時に、視界の外で都市が艦船へと変貌する様が振動と音で伝わってくる。

 

 居住区画は防弾収容庫となり、都市の中央部には巨大なエネルギーコンバーターがその姿を露わにした。都市《ザイレム》はもはや、かつての都市ではなかった。海上に浮かぶ、“戦うための艦船”へと姿を変えていく。

 

 その巨躯が完全に海面を離れた瞬間、夜空を再び焼く閃光が走った。

 

 衛星砲──

 

 衛星軌道からの照射が、再びザイレムを狙って放たれる。だがその全ては、艦体を包む淡いエネルギーフィールドに迎えられ、霧散した。

 

 ──衛星砲、三波動探知。全て防御成功。防御領域、継続可能。

 

 ザイレムの防壁は、まるでそれ自体が意志を持つかのように、精密かつ柔軟に対応していた。

 

 だが、敵は砲撃だけではない。

 

 

「来るぞ──!」

 

 戦術スクリーンに映し出された赤の群れ。無数のドローン兵器が、海面を這うようにして追撃を仕掛けてくる。高速機動型、ビーム砲搭載型、空中展開型、それぞれが侵入角度を変えながらザイレムに殺到してきた。

 

 だが、その迎撃に応じるように、今度は地表から立ち上る黒い影があった。

 

「奴ら……!」

 

 解放戦線のAC群──

 

 未だ地上に残っていた機体たちが、ザイレムの浮上に合わせるように跳躍し、ドローンの群れへと切り込んでいく。地対空の連携砲撃。狙撃。急上昇からのブレード突撃。

 

『こっちは任せて!621ちゃん!行って!』

 

 通信回線に割り込んできたのは、聞き覚えのある若い女性パイロットの声だった。

 

AC《ユエユー・ユエロン》とパイロット、リトル・ツィィー。

 

『任せたよ!みんなを!未来を!』

 

 その叫びとともに、空を舞うドローンのいくつかが撃墜され、海面に火花を散らす。

 

 ──防衛支援、確認。ザイレムは上昇を継続します。

 

 エアの冷静な声が、ザイレム艦内に再度響いた。

 

 《恒星間入植船ザイレム》──

 

 都市と艦船の境界を失った巨大構造体が、雲間を割って浮かび上がる。

 

 621らを載せた艦内エレベーターが艦橋に到達し、扉が滑らかに開いた。

 

 そこに駆け込んできたのは、白衣を翻す十数名の技術者たちだった。彼らは元々、封鎖機構が衛星軌道基地で運用していた先進艦載機動兵器や衛星制御装置の専門技術者たちである。突貫作業で再招集された彼らは、全員が状況を理解しており、最初の指示を待たずに各自の持ち場へ散っていった。

 

「スキルミオンジェネレーター、1号機から4号機まで正常稼働!出力80%で安定!」

 

「ラムジェットエンジンへの動力接続完了!点火前最終点検を実施中!」

 

 技術者たちがモニターを睨み、手元の端末を叩きながら口々に叫ぶ。ザイレムは元々、戦闘用艦船ではない。いま彼らが取り組んでいるのは、本来数時間かけて行うはずの出航シークエンスを、強引に数分で片付けるという狂気の沙汰だった。

 

 そんな混乱の中心にいたのが――

 

「やあウォルター、久しいね。しばらく見ない間に皆老け込んだかい?」

 

 鋭いヒール音とともに、艦橋中央へと現れた白衣の女性は、腰にタブレットを下げ、長い髪を後ろで束ねていた。瞳に灯る強烈な意志の光は、周囲の技術者たちすら一瞬たじろがせる。

 

「カーラ……!無事だったか」

 

 ウォルターから、驚愕と歓喜の入り混じった声が漏れる。

 

「まあね。アイビスの火を生き延びたんだ、AIの反乱ごときじゃ死ねないよ。全ライン、現場監督権限で私が掌握する。そっちは姿勢制御、そこは空間補正値の再入力。急ぎなさい!」

 

 迷いのない指示と共に、白衣の女――シンダー・カーラは、ザイレムの制御卓に自らの端末を繋ぎ、次々に再プログラムを実行していった。

 

「機構の技術顧問が現場指揮って……本気かよ……」

 

 誰かが漏らした呆れ声は、カーラの耳にも届いたようだが、彼女は苦笑混じりに肩をすくめただけだった。

 

「そりゃあ本気でやるさ。何年ぶりかね、これほどやりがいのある仕事は」

 

 指を滑らせ、表示された制御パネルに再接続命令を叩き込む。内部演算系が唸りを上げ、推進炉の最終圧縮音が艦橋にまで響き始めた。

 

「皮肉な話さ……ウォルター、私たちオーバーシアーは元々、コーラルの監視……必要とあらば完全焼却が任務だったのに。点火のために態々確保したザイレムで、コーラルを目覚めさせに行くってんだから」

 

 カーラは端末越しに、艦内の状況を眺める。

 

 指揮系統、電磁遮蔽、回線状況……そして621のデータを確認し、彼女にそっとアクセス権を追加する。

 

「まったく、あんたといたら気が休まる暇もないよ」

 

 だが、その表情に怒りはない。むしろ、どこか誇らしげでさえあった。

 

「でもね――」

 

 カーラは端末を胸に抱き、ふっと笑う。

 

「でもね……皆んなが生き残って、幸せになる可能性があるなら、コーラルも、621も、そしてあんたも。だったら、それに越したことはないさ。誰かが悲しまなきゃいけなかったはずのエンディングを━━みんなの笑顔に変えに行こうじゃないか」

 

 背後のスクリーンが光を強め、艦首前方の空間に目標軌道が表示された。

 

「航行演算、再調整完了。ザイレムはいつでも跳べるよ。あとは、あなたたちが決めるだけ」

 

 カーラは誰にともなく、そう呟いた。

 

 その言葉を受け取ったかのように、艦内に再びエアの声が響く。

 

 ──出航シークエンス省略、全区画最終確認完了。

 

 ──スキルミオンジェネレーター最大出力。

 

 ━━ラムジェットエンジン、点火。

 

 艦体を震わせる轟音と共に、ザイレム後方から光柱が放たれた。スキルミオンジェネレーターが臨界点を超え、ブースト点火に至ったのだ。重力中和層との併用により、艦体は大気の摩擦を無視するかのように急激な加速を開始する。

 

 推進力最大──

 

 ザイレムの巨躯が、海面を蹴り、夜空を貫いて駆け上がる。

 

 ──機動最大、軌道遷移開始。到達予測、高度3万キロ、三分二十二秒。

 

 艦橋に響いたエアの冷静な報告の直後、視界を埋め尽くすようにドローン群が殺到した。

 

 高度上昇に伴い、ALLMINDが次々と投入してくる迎撃部隊。それらはもはや「量」で押す戦術ではなかった。追尾型ミサイルドローン、特殊EMP展開機、軌道遮断を目的とした自律AI戦闘機──

 

 どれもがザイレムの動きを予測し、先回りして破壊を狙っていた。

 

「来るぞ! 前方、三方向同時接近!」

 

「弾幕だけじゃない、戦術パターンが学習されてる!」

 

「避けろォォォ!」

 

 

 だが次の瞬間、艦体を包む楕円状のフィールドが淡く膨張し、すべてのドローンを弾き飛ばす。高速の機影が幾つかフィールドに焼き付き、閃光と爆音の断末魔を残して海面へと墜ちていった。

 

「いい歳した大人が騒ぐんじゃないよ!《ザイレム》がただの旧世代艦だと思ったら大間違いさ!技研の馬鹿共が作り上げた本物の狂気を、見せてやろうじゃないか!」

 

 防御では終わらない。

 

 ザイレムの下部ユニット──本来は環境制御や補修作業に用いられていた外装展開部が変形を終え、艦底部から数十基の対空レーザーと収束荷電砲が展開される。

 

 エアの声が落ち着いたまま響いた。

 

 ──目標群、誘導補足完了。反撃モード、起動。

 

「迎撃開始!」

 

 白色の光柱が幾筋も放たれ、ドローン群を一掃していく。全周囲の敵が殲滅されていく中、ザイレムは一気に音速の壁を突き抜け、大気圏を抜ける加速へと突入する。

 

 その様子を、遥か下方から見上げている者たちがいた。

 

 ツィィーだった。

 

 愛機《ユエユー・ユエロン》のコクピットの中、片膝をついた姿勢のまま、静かにザイレムの軌道遷移を見上げていた。爆風と熱波がかすかに彼女の機体を揺らす。

 

「……いったね、621ちゃん。師父、皆んな……」

 

 その声は、誰に届けるわけでもなく、空に昇る光の軌跡へと向けられていた。

 

 背後には、重装のACが数機。解放戦線の幹部たちの姿だった。リーダー格のミドル・フラットウェルは無言で帽子を脱ぎ、額に手を当てる。

 

「頼むぞ……」

 

 誰が言ったか定かでないその言葉が、全員の胸に重く沈んだ。

 

 誰もが分かっていた。ザイレムが昇るその先にあるのは、安住の地などではない。あるのは、人類の未来を決める戦場だけだ。

 

 だが、それでも彼らは信じた。ザイレムの艦橋にいる者たちが、そこに届いてくれると。

 

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