ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
《ザイレム》艦橋――管制情報と戦術演算が飛び交う中心区画。
スクリーンに映し出される戦域全体図に、赤く点滅する信号の列が刻まれていた。その一つが、衛星軌道基地内の格納庫に向けて一直線に進んでいる
「揚陸部隊、格納庫到達を確認。AC部隊、機体の再起動を開始……《SOL 644》も拘束解除、起動完了……!」
戦術士官の報告に、ウォルターが目を細める。ミシガンは腕を組んだまま、僅かに顎を引いた。
「よし……急ぎ揚陸部隊の回収を行うぞ」
スネイルも無言で、戦術画面に表示された信号を確認する。彼の眼鏡には、明滅する味方識別コードの文字が反射していた。
誰もが、張り詰めていた空気を一瞬だけ緩めた。
安堵。ほんのわずかだが、それは確かに艦橋全体を包む――
――その瞬間だった。
「……これは!」
戦域外縁――既に空間転移を終え、冷却中とされていた支援砲撃艦隊。その何百もの艦艇は、突如として機体冷却を完了し、主砲口に莫大な熱量を帯びた。
「敵艦隊、砲撃準備完了……!目標座標、我が艦および軌道基地……!」
「来たか!対空弾幕展!」
――ドオォォォン!!
《ザイレム》本艦にも直撃に近い衝撃が走る。
艦橋が大きく傾ぎ、通信士官の一人が床に投げ出される。だがウォルターは身を屈めることすらせず、振動の中で前方スクリーンを睨み続けていた。
「スネイル、《ザイレム》に乗り込んできた特務無人機体群の対処はどうなっている」
ウォルターの問いに、スネイルは通信端末に視線を落としながら、小さく鼻を鳴らした。
「問題ありませんよ、ええ、対処は既に完了しています。その為のV.Iです」
そう言って眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げる。艦橋の激しい振動などどこ吹く風とばかりに、彼は静かに表示された戦闘ログを拡大した。
「あの程度の粗製無人機では彼のウォーミングアップにもなりません」
端末に映し出されていたのは、明滅する戦術映像。
膨大な機動ログと共に記録されていたのは、V.I《フロイト》による単機での殲滅戦だった。
対戦相手は、《ALLMIND》の制御下にある特務無人機――《エクドロモイ》十二機。高度な協調戦術と機体間リンクを前提に設計された無人化改修済みの特務機体。
だが、映像に映るフロイトの機体は、それらをまるで「狩りの獲物」のように追い詰めていく。
曲面跳躍からの精密射撃、格闘連撃による部位破壊、複数機の同時包囲を強引に割って突破する強靭な機体構成と制御。
「……まさに、一騎当千だな」
「ええ。フロイト及びAC《ロックスミス》は健在です。機体補給の必要もないとのこと。今後の展開にも十分投入可能でしょう」
スネイルの眼鏡が光を反射し、鋭い瞳が映る。
激震の中でも、彼の口調には一点の曇りもなかった。
その時、後方のスクリーンに新たな警告が点滅する。
「砲撃第2波――照準、収束中」
「敵支援艦隊、座標補正完了!範囲照準、ザイレム及び軌道基地全域!」
「……回収は急がねばなるまいな」
ウォルターが低く呟くと、ヴェスパー技術士官の一人が顔を青ざめさせながら報告を上げた。
「ですが、現状では基地と本艦を連結する手段が――!」
「やかましい!」と怒号が飛ぶ。G1ミシガンである。
艦橋の照明が一瞬ちらつく中、ミシガンは衝撃に揺れる床を踏みしめながら、軍靴の音を響かせて前に出た。
「奴らの砲撃が続く限り、悠長に接続ドックを伸ばす時間はねえ!やるなら揚陸時と同じ――擦れ違いざまにぶっこ抜く!」
その言葉に、一瞬艦橋が静まり返る。
だが、次の瞬間、ウォルターが頷いた。
「合理的だな。ザイレムは全長数十キロの都市型艦だ、建造物等はあるが着地、再集結はどこででも可能だ」
「機体さえ確保できりゃ、あとはどうにでもなる!相対速度を調整して、回収タイミングを奴らに送信しろ。……一瞬だ、乗り遅れたやつは置いていく。奴らも覚悟の上だろう」
ミシガンの命令を受け、即座に各通信チャンネルが起動する。
『こちらザイレム艦橋、揚陸部隊へ通達!揚陸時と同様、擦れ違い回収を実施する!搭乗準備を急げ!』
『回収ポイント指定座標送信中。各隊は指定地点にて待機せよ。艦が通過する瞬間に同調飛行を開始、艦上層の都市構造区画へ突入せよ!』
再び《ザイレム》の艦体が巨大な軌道上を滑るように進行を開始する。
――その質量、その速度、その軌道。
まさしく「都市」が「弾丸」となって空間を貫いていく。
赤く焼けた外装を引きずりながら、全長数十キロの艦体が、衛星軌道基地の外縁部に再接近する。艦底に展開された防護フィールドが、砲撃の嵐を打ち払い、核融合反応に迫る閃光を鈍く跳ね返していた。
《ザイレム》の通過予定ルートに揃ったAC部隊が、続々と起動音を響かせて空中へと跳躍する。
《バルテウス》――C4-621の操る特務機体も、その中にあった。
『621、回収タイミングまであと20秒。指定軌道を維持せよ』
『了解』
短く応じ、621は機体姿勢を安定させる。背後で《SOL 644》――エアの機体も並走し、護るように滑る。
そして――
《ザイレム》通過。
戦術照準と同調飛行により、次々とACが巨艦の甲板、外壁、構造体の縁へと跳び移っていく。機体は一瞬の加速で軌道を合わせ、その質量に身を預けて着艦する。
『揚陸部隊、70%回収完了!』
だが、敵艦隊の砲撃密度は増す一方だった。空間を満たす光の帯は、もはや「砲撃」ではなく「空域封鎖」と呼ぶべき密度を成していた。
《ザイレム》の艦体にまたも大きな衝撃が走る。艦首が跳ね、外壁が波打つ。
「着弾増加、艦体傾斜二十度超過!」
管制士官の声と同時に、621の《バルテウス》が足場を失い、バランスを崩した。
回収タイミング直前、推進ユニットが空転し、機体は滑るように艦首から弾き飛ばされ――
次の瞬間、宇宙空間へと投げ出されていた。
『っ!?』
旋回もできず、姿勢制御も乱れたまま、機体は漆黒の宙へと落下していく。
警告灯が点滅し、HUDに距離限界警報が連続して走る。
だがその時、通信帯域が開かれた。
『──621!手を!』
声と同時に、背後から銀白の巨影が急接近。圧縮跳躍を繰り返す粒子の軌跡が尾を引き――
《SOL 644》。エアの操る機体が621の《バルテウス》を後方から両腕で抱え込んでいた。
その巨腕が、621の機体をがっちりと保持し、姿勢制御の逆噴射を行う。
そして、そのまま強引に《ザイレム》の側壁へ――
『──戻ります』
加速。
主砲が過ぎ去った直後の一瞬の隙間を突き、爆風を薙ぎ、反転機動。
《SOL 644》は621の機体を引きずるように《ザイレム》艦体へ戻り、そのまま都市構造区画の一つへと滑り込んでいった。
『621、無事ですか?』
『……ありがとう』
その言葉に、短く「よかった」とだけ返すと、通信は途切れた。
『揚陸部隊、全機回収完了!』
その報告が艦橋に響いた直後だった。
――バギィィンッ!!
艦体内部で何かが断裂するような、金属を引き裂く異音。続けて複数の補機が緊急停止し、各所の照明が一斉に赤色非常灯へと切り替わる。
「警告、艦体第3区画にて構造破断!フレーム支持限界を突破、崩壊が進行中!」
「主冷却管路が分断!第2リアセクション、排熱不能です!」
「艦内圧力が急低下!外壁隔壁、複数箇所で自動閉鎖を開始!」
次々と報告が飛び交い、艦橋の空気が再び張り詰めていく。
巨大な艦体《ザイレム》は、支援砲撃艦隊の猛烈な砲火を浴び続けたことにより、もはや限界を迎えつつあった。外殻の多層装甲は複数の地点で破断を起こし、骨格フレームさえ歪み始めている。
そして、それでもなお――
「……この艦で、ウォッチポイント・アルファへ突入する以外に手段はない」
ウォルターの低く抑えた声に、誰も答えなかった。ただ、誰もがその現実を受け入れていた。
敵の火力は空間を支配し、外へ出れば再び集中砲火に晒される。脱出はすなわち死を意味する。あとは、この艦と共に突き進むしかない。
その時、G1ミシガンが動いた。
大きく腕を振り上げると、艦橋の動力制御端末に拳を叩きつけるように操作する。
「機関制御のリミッターを解除!スキルミオンジェネレーター、出力最大値へ移行!」
「なっ、待ってください――四基とも、冷却が……!」
「構わんッ!」
ミシガンの怒声が艦橋全体に響き渡る。
「ここで止まれば全て終わりだ!突っ込むぞ、ルビコンへ!進路を《ウォッチポイント・アルファ》に設定、最短軌道で突入準備!」
即座に演算が走り、士官が最短降下コースを算出、スクリーンに青白い軌道線が描かれる。それは、惑星ルビコンの大気圏を掠め、そのまま《ウォッチポイント・アルファ》手前数百メートル地点に到達する弾道コース。
「ジェネレーター臨界域へ突入!出力指数、130%……150……180……ッ!」
《ザイレム》全体が不気味な振動を始める。艦体を支えるスキルミオン駆動のフレームが唸りを上げ、歪む重力波が周囲空間に衝撃を走らせる。
その様子を前方スクリーンで見据えながら、ミシガンが吼えた。
「全戦闘員へ伝達!AC・MTパイロットは補給を行い、機体に搭乗したまま待機!着地したらそこはもう《ALLMIND》の本拠地だ!すぐさま戦闘態勢に移行する!」
艦体を揺るがす轟音の中、《ザイレム》は臨界出力でその巨躯を加速させていく。
主動力炉たる四基のスキルミオンジェネレーターは、既に限界を超えた稼働状態にあった。放熱装甲は溶解し、冷却管路は亀裂を生じ、艦内の至る区画で高熱警報が鳴り響く。
「艦首、臨界フレア発生!フレーム歪み、許容範囲を超過!」
「慣性フレームの剛性が……崩れます!」
それでも止まることはなかった。
《ザイレム》は進む。軌道上から、焦げつくような光線を纏いながら――まるで流星のように――ルビコンの大気圏へと突入していく。
艦首の外装装甲が削り取られ、次いで内部構造の骨材が炭化を始めた。鋼鉄とカーボンナノファイバーの層が剥がれ落ち、そのたびに艦体を包む熱圏の渦が、金属の雨を空間に散らす。
管制スクリーンには、大気摩擦により自壊する艦体の損耗率が赤く塗り替えられていく。
「損耗率、現在23%……30……!だがまだ保っています!」
士官の叫びに、ミシガンは口元を吊り上げた。
「いいぞ……!ならばまだ加速できる!」
そして――追ってくるものがあった。
宇宙空間で再起動した敵艦隊、その主砲群もまた《ザイレム》を追うように、臨界熱を帯びた光の槍を放ち始めていた。
「敵艦隊、加速中!一部艦艇、大気圏に突入!追撃体勢に移行しています!」
「……っ、構わん、迎撃も反撃も不要だ。奴らを引きずり込む」
ウォルターの命令に、戦術士官が困惑した表情を見せながらも、頷いた。
「どのみちあの艦隊への対処は不可能だ、今は何よりもウォッチポイントへの到達を最優先とする!」
艦橋の照明が何度も明滅する。だが、それはこの巨艦が今なお生きている証でもあった。
そして、燃え尽きようとする艦の断末魔でもあった。