「なーぎちゃーん! ……また難しい顔してる。」
「あぁミカさんでしたか。すみません、すぐに片付けますね。」
マルコが先日指名手配した“黒服”から非難の手紙が届き『さすがになんか詫びの品送るか……』と思っていたころ。フィリウス分派の頂点に位置するナギサの屋敷に、ミカが突撃しに来ていた。
それを笑顔で迎えるナギサであったが……、先ほどまで面倒ごとの処理をしていたのだろう。眉間にしわが寄っており、少し前までは茶器と茶菓子しか置いていなかったはずの机に、大量の書類が並んでいた。あまり政治が得意でないミカだったが、流石にパテル派閥の長となる人間。それが“何なのか”は薄くではあるが、理解していた。
「んもー! せっかくの中学生活なんだよ? 確かに高校に上がったらティーパーティーのことで色々大変だろうけどさぁ。だからこそ今のうちに遊んでおかなくちゃ! ほらほら! 人呼んでお片付けしてお茶しよ?」
「えぇ、そうですね。ただ……、すみませんミカさん。それを取って頂けますか?」
そういうナギサの視線の先には、何故か煤が付着した銀の皿が。疑問に思いながらもすぐにそれをナギサに手渡すミカだったが……、彼女の親友が取り出したものですぐに理解する。
ナギサが取り出したのは、歴史を感じさせる古風なライター。ソレで先ほどまで読んでいた書類に火をつけると、続々と机の上に乗っていた書類を燃やしていく。今のキヴォトスであればデータ化など簡単に出来る様な書類群。そのすべてが手書きで書かれているため、紙とインクの匂いで部屋が満たされていく。……機密文書だ。
派閥の内外から“お姫様”として扱われるミカでも、そこに書かれている内容を聞くことはない。彼女はパテル派で、ナギサはフィリウス派。友であろうとも踏み越えてはならない一線が、そこにあった。
「なーんかそんなのばっかりだね、最近。確か……、マルコちゃんと一緒にお話ししてからだっけ? なんかあったの?」
「……顔に出ておりましたか?」
「すっごく。」
少し茶化す様に、だが同時に気遣う様に笑みを浮かべるミカ。
ミカの言う様に、ナギサはマルコとの会談後。何かに追い詰められているかと思うほどに、彼女は精力的に動いている。
それまで“現ティーパーティーへの配慮”として必要以上に行っていなかった『現フィリウス分派におけるティーパーティートップ』との交流を深くし、トリニティに散らばる各派閥の長達との茶会の数を増やし、『戦力』となり得る組織の者たちに言葉や資金を用いることで巧みな心象操作を行っていた。
幾ら『フィリウス分派の頂点に位置する家』の出身であり、『生まれながらにティーパーティーでフィリウス分派の席に座る』ことが決まっていた桐藤ナギサであったとしても、過剰なほどに。高校生が政権を担うという特殊な文化を構築するが故に幼少期からそういったものに触れる彼女たちであっても、それは度を越えていた。あきらかに、普通ではない。
(心配、だよね。沢山お話ししたわけじゃないけど、マルコちゃんは悪い子じゃなくて良い子だった。まぁ確かに色々と“面白い子”だろうけど、ナギちゃんが頭を悩ませるほどじゃない。……となると、その周りが大変なのかな?)
そう思うミカであったが……。ナギサが思い悩むのも仕方のないことである。
なにせあのまんまる顔が、いるのだから。
誤解が解けるまで。マルコがいる限り、ナギサの苦悩が終わることはない。
(桃玉マルコ……っ! サンクトゥス分派を引き込んだと思えば、ミレニアムまで手を出すとは……!)
既にナギサは、ティーパーティーにおける現フィリウス分派のトップに話を付けている。
分派内における家の格はそのまま強さに直結するため、いくら現在ティーパーティーの頂点に立っていても『自分の所属する派閥の長の顔』は伺わなければいけないのがトリニティだ。ナギサはその強みを存分に生かし、ティーパーティー直属の情報部から適宜“知らせ”を受け取ることに成功していた。
セイア率いるサンクトゥス分派の妨害もあったためそのすべてが手に入ったわけではないが……、『秘密の茶会』と呼ばれる会合に於いて、誰が呼ばれたのかくらいは知ることが出来た。
けれど相手の“早さ”は、いくら情報が入っても対処できなかった。
(サンクトゥス分派は、理解できます。私とミカさんがいる限りこの二つをマルコさんが引き入れることは不可能。だからこそサンクトゥス分派に近寄るのは、解る。……けれどこんなにも早く“同盟”が成るなんてわかるわけないでしょう!?)
まるで、“最初から理解し合っていた”かのように結ばれた強い契り。
ナギサの想定ではどれだけ早くとも後2、3回ほどは同盟が為されるまで会合が必要だと判断し、サンクトゥス分派の中でも比較的フィリウスやパテルに近しい存在を引き抜こうとしたのだが……。すぐに、止められてしまった。
何せナギサの相手は、あのセクシーフォックスである。未来視がある上に異様に勘の鋭い彼女はマルコとの協力関係が成る前から行動を開始していた。それによりナギサが動く前にはサンクトゥス分派内の統制を完全なものとし、このトリニティに散らばる他派閥の切り崩しに動いたのだ。
その動きはもはや“異様”であり、セイアの能力を知らないナギサからすれば、“神算鬼謀”の化け物。
食を抑え経済を抑え武力まで手にし始めた化け物と、まるで未来でも見えているかのような策を繰り出してくる化け物。そんなドリームタッグ完成である。
(トリニティの食を牛耳る相手が個別の戦力を持ち始めた上に、残る弱点だった“政治”を完全に抑えられる参謀が付いた? こんなもの悪夢以外の何物でもないでしょう!? 百合園セイアっ! 貴女も“そちら側”ですかッ!)
そんな化け物たちの対応と、政治合戦。
ティーパーティーの情報部を一部でも抑えていたことと、ナギサとミカによる『フィリウス分派とパテル分派による強い同盟』が既に為されていたことで何とか致命傷を避けることが出来たナギサは、これ以上相手に力を手に入れさせないために、『シスターフッド』と『救護騎士団』。そして中規模でありながら無視できない影響力を持つ『ヨハネ分派』の“頂点に位置する家の者”との会談までこぎつけた。
(そんな時に入って来た『第二回』の招待メンバー。)
それまで進めていた案件を一旦止め、送られてきた資料を見たナギサ。
招待された一人目、歌住サクラコ。
特にどこかの政治分派に所属しているわけではないが、トリニティの宗教系中学校に所属する少女。まだそれぐらいであれば警戒こそすれど“注視”しなくても済むかと考えたナギサであったが……。情報部が添付したそのプロフィールを見ることで、完全に固まってしまう。
ナギサが知る様に、シスターフッドにも小さいながらに派閥が存在しており、その多くがサクラコが学ぶ中学へと進み、シスターフッドに続いていく。政治で暗躍するナギサ達の様にその戦いは激しいというわけではないが、決して一般人が飛び込めるような世界ではない。なのに……
(一般の出で!? しかも中1の段階で? 中学の8割を支配済み!?)
もう、バケモノである。
そして更に添付された写真資料を視界に入れた瞬間、つい悲鳴を漏らしてしまうナギサ。
それはまさに『撮影者の視線に気が付いている』かのような笑顔で、こちらを覗き込む姿。
まるでその資料を見ることになるだろうナギサすらも、“嗤っている”かのような顔。
サクラコ本人からすればたまたまその視線の先にいた可愛らしい猫ちゃんに笑みを浮かべただけだったのだが……。撮影者である情報部の生徒が半月ほど行動不能になったほどには、怖かったのだ。
(宗教系中学を抑えているということは『シスターフッド』ッ!? つまりこのままではいま行っている”工作”が意味を為さなくなる!)
ナギサが行っていたのは、『シスターフッドを構成する“今の”派閥との交渉』だった。そちらは順調に推移していたのだが、彼女の手は一般出身のサクラコにまで伸びていない。確かにもう少し時間があればサクラコを発見し、恐怖に耐えながらもなんとか味方に呼び込むことが出来ただろうが……。
これまでの交渉を全てひっくり返してしまうようなキーパーソンを、相手に取られてしまった。
(……つまりこの『調月リオ』という少女も“何か”ある!)
ナギサが持つのはトリニティにおける諜報網への伝手であり、その手はミレニアムの奥深くまで伸びていない。故にその名前から得られた情報は調月リオの所属中学と簡単な交友関係程度であったが……。『あのバケモノたちが呼び込んだ』という事実が、ナギサの警戒を高める要因となる。
マルコが食料生産の効率化を求めるために、ミレニアムとの関係が深いのはナギサも知るところ。そんな彼女がわざわざミレニアムから人を呼び、派閥の頂点に呼び込むのであれば、それ相応の理由があるはずだ。
(彼女が建てた『学園』に、多数のミレニアム生徒が転入。及び入学しているのは把握していましたが……。もしや、ミレニアムとの同盟すらも?)
キヴォトスにおける三大学園の一つ、ミレニアム。
互いにいがみ合うトリニティとゲヘナとは違い、半ば孤立して技術発展に重きを置く学園。資金力はトリニティに劣るが、その高い技術力と『自分たちの研究を壊される』ことを嫌う土地柄のせいか攻めるよりも守ることが得意な自治区。
そんな気質から敵に回る可能性は少ないと考えていたナギサだったが……。
(不味い、幾らトリニティとはいえ内部に敵を抱えた状態でミレニアムを相手することは出来ない! そしてミレニアムが動いた瞬間、確実にゲヘナは動く! マルコさんっ! これすらも“人質”として扱うつもりですか!?)
ミレニアムが動けば、トリニティを敵視しているゲヘナは確実に攻めてくる。ミレニアムが簡単な小競り合い程度で引いたとしても、内乱の対応に追われ初動が遅れたのをゲヘナに察知された瞬間。トリニティは地獄と化すだろう。
これを避けるには、“そもそもクーデターを起こさせない”か、“起きたとしても抵抗せず受け入れる”かの二択。
(やはり、事を起こされた瞬間に詰むッ!)
マルコは、“連邦生徒会”すら動かした人間である。
そんな存在がわざわざミレニアムから人を呼んだと言うことは、『その人物に何かある』。それこそあの纏まりの無い技術者を一つの方向に向かせることが出来る様な、何かを持つ存在。
もしそれが誤りであったとしても、呼び込むだけの何か。それこそ特異点とも呼べるような“技術”を持っている可能性も考えられる。決して無視していい相手ではなかった。
(……トリニティだけではダメ。今からでも遅くありません、かなり無茶をすることになりますが、私もミレニアムに手を伸ばすべきでしょう。せめて『ことが起きてもミレニアムが纏まらず実行に起こせない』様にしなければ。相手の中央に伝手がない以上、メディアでトリニティへの“民意”を染み込ませるぐらいしか……。)
頭の中で即座に策を組み立てていくナギサ。
たとえ後手に回ろうとも、思考を廻せば打てる手というのは無数にある。コストとリスクを判断し、確実なリターンをもって次につなげる。普通の人間では不可能と断ずるような策でも、今の彼女であれば可能だ。
本来の歴史では最高学年になっても、周囲の影響からか完全に花開くことがなかったその“力”。部分的にだが未来を知るセイアでさえ『本気でやらねば食い尽くされる』と評価するほどの『規格外の政治力』が、覚悟し追い込まれることで、確実に開花しようとしていた。
(私なら、“やれる”。“やるしか”ない。)
彼女の目的は、“勝つ”ことではない。
トリニティの平穏を維持できればいいのだ。相手のクーデターによる勝率を極限まで下げ、相手がそれを選ばぬようにする。たとえ今の三頭政治が形骸化しようとも、敵にことを起こさせない。単純な武力によるぶつかり合いと比べれば何倍も難しいものであったが……。
“戦いを選ばない”からこそ、打てる手もあるのだ。
そう考え、より思考を奥深くへと落としていく彼女であったが……。
「ナギちゃん?」
「……あぁ、すいませんミカさん。」
友の声によって、現実に戻って来るナギサ。いつの間にか台の上で燃えていた紙たちは黒い屑となっており、ミカが呼んだのであろうメイドたちが書類を片付け、茶の用意がされていた。
「まーまー。難しいこと考えるのもいいけどさ、お茶の時くらいゆっくりしよ? 今日は私がお菓子持ってきたし~。」
「あら、わざわざありがとうございます。とても楽しみですね。」
そう言いながら茶菓子の用意をしてくれるミカを愛おしそうに眺めるナギサ。この穏やかな時間こそが、ナギサが前に進む理由だった。
敵の行いが何を目的にし、何を理想として動いているのかは解らない。もしかすれば真に世界を思う理想なのかもしれない、けれどそこに少しでも目の前に広がる“日常”を蝕む可能性があるのであれば、立ち向かうのに十分な理由になるのだ。
「はーい、お待たせー。実はこの前美味しいとこ見つけてね? 百鬼夜行の系列のとこがお店出してたんだけど、わざわざ紅茶に合う和菓子ってのを作ってたの! 面白そうだから入ってみたら想像以上に美味しくてね? 買って来ちゃった!」
「百鬼夜行ですか……、確かに紅茶に合う和菓子というのは興味深いですね。」
「でしょー!」
そんなやり取りを楽しみながら、脳裏で複数の案をまとめていくナギサ。各自治区は互いにいがみ合う相手ながらも、『彼女がミレニアムと手を取り合えたのなら』、『私も出来るかもしれない』。もっと外に目を向けるべきかもしれないと軽く考えながら、ミカから手渡された和菓子を口にする彼女。
「あら。確かに……!」
「びっくりだよねー!」
餡の強すぎない甘味がゆっくりと口に広がり、香りで包まれていく。本来苦い緑茶に合わせる甘さ、それを控えめにしながらも紅茶と合う様に整えられた菓子は職人の高い技術を伺える。
「あ、そうだナギちゃん。この前の週末にえっと……、ヨハネ派だっけ? そこの人とお茶会したって聞いたけどどうだった?」
「あぁ、ミネさんですね。一言で言い表すならば『竹を割ったような方』かと。あまり政治は好みではない、という感じの方でしたね。一応“仲良く”していただけるとのことでしたが……。おそらく私よりもミカさんの方がお友達になれる方かと。」
「へー、じゃあ今度声かけてみよ!」
そう言いながら、以前の茶会を思い出すナギサ。
事前に調べていた情報から理解はしていたが……。自身の対面に座るミネが、常に居心地が悪そうにしていたことが記憶に残っていたナギサ。軽い会話からトリニティに良くいる策謀を好むタイプではなく、物理的な解決を好みそうであるとあたりを付けていた。
確かに派閥の長としての教育を受け、それを熟す能力は十分にある様に感じられたが、本人が好まなければ意味がない。決して無視できない派閥と言えど、ティーパーティへの道を強制されてしまうほどの家ではない。そういったことから、自身の派閥へと取り込むのではなく、『希望通りの道を進めるよう手配し恩を売る』ことが最適な対応なのではないかと考えていた。
(まぁそれはそれで嫌われそうですけどね。……派閥全体への利益を提示すれば頷きはしてくれるでしょうが、私では完全な“仲間”とみられることはないでしょう。腹にいくつも抱えているのは自覚していますし……。交友を維持するのはミカさんにお願いしましょうか。)
そんなことを考えながら、先週のミカの予定を思い出し新たな話題として口にするナギサ。
「それでミカさんはどうだったのですか? 確か中央街を散策なされたと聞きましたが。」
「あ、うん! 今日のお菓子もそれで見つけたんだ! それでねそれでね? すっごーく偶然にね! マルコちゃんに会ったの!」
「……は?」
一瞬で全身が冷え切るナギサ。
けれどミカはその時のことを思い出しているようで、一切それが目に入らない。ナギサが震える全身を収め何とか声を絞り出そうとした時にはもう遅く、ミカの口から続きが語られ始めていた。
「いやね? お屋敷から忍び出てお店の視察とかしてたらしいんだけどさー! たっくさん美味しいお店知ってたの! 一杯巡ってね? 途中不良の人たちに襲われちゃったけど二人で返り討ちにして~。あ、あと初めてカラオケしたの! 意気投合しちゃって朝までオールしちゃったから滅茶苦茶怒られちゃったけど……。あ、そうだ! ナギちゃんもカラオケ一緒にいこ!」
(も、桃玉マルコォォォオオオオオ!!!!! おまっ! おま! おまえぇぇぇ!!!!!)
「負けません! いえ負けてたまるものですかッ! もちろんですミカさん! いくらでもお付き合い、いえ是非連れて行ってくださいッ!!!」
「お、やる気じゃんね。……ちなみにナギちゃん何歌えるの?」
「童謡と讃美歌なら一通りッ!」
「お、おー。じゃ、じゃあ一緒に色々聞きながらやろう☆」
「えぇ!!!」
この後滅茶苦茶カラオケした。
〇お姫様の休日
本当にたまたま街中でバッタリ会い、マルコと一日を共にしたミカ。マルコとしては星のお姫様であるミカをエスコートするのに一切の不満はないので二人で全力で楽しんだ。
午前中は町中の美味しい菓子屋やカフェを巡り、お昼はあまりセンスのないマルコにミカがレクチャーする形でお洋服選び。ちょっと豪遊してしまったので不良に目を付けられるがWピンクにそこらへんにいるモブが適うはずもなく……。その日だけで三桁近い不良を撃破しトリニティに『隕石と悲鳴が降る日』として歴史を残した。(マルコは銃補食シーンをミカに見られて引かれた。)
その後はマルコがミカに悪い遊びを教える……、という体でカラオケに入り朝までオール。マルコは激烈な音痴ではあったが、二人とも戦闘後のテンションのせいか見たことのない低得点に大笑いし、気が付けば夜が明けていた。そしておそるおそる店の外に出てみると、婆やとミカの保護者様が。こってり絞られましたとさ。
〇セイアの感想
いやマルコさ、ミカに触れるとナギサが爆発するかもだからあんまり近づかない様にって言ってたじゃないか……。まぁ確かに顔合わせたら一緒に茶をしばくくらいはするだろうけどさ。カラオケでオールするとか色々アウトじゃないかい? 今日の一件でナギサから君へのヘイトが途轍もないことになったけど……。私知らないぞ? さすがにそこまではカバーできないぞ?
……あぁそれと。後1話ぐらいで“次章”に進むようだ。観測者諸君への通知で今回は幕を閉じさせてもらうことにしよう。ではまた。