もっもっもっもっ……
「ねぇ、ナギちゃん。」
「なんですかミカさん。」
「……これ、どうなってるんだろうね☆」
「私に聞かれても……。」
もっもっもっもっもっ……
「マルコ、マルコ。答えなくていいのかい? お姫様と君の党首様が返答をお待ちのようだよ?」
もっもっもっ……も?
あれ、セイア様じゃん。というかいつの間にか三大派閥の党首様たちがお集まりになってる。ミカ様はいつも通りきゃっきゃしていらっしゃるし、ナギサ様は途轍もなく居心地悪そうにしているし、セイア様は呆れを通り越して無の境地に至っていらっしゃる。おもしろ。
っと、ご飯食べてたせいで聞いてなかった。
「にゃにかはにましたか?」
「食べるか喋るかどちらかにしようか、うん。」
……! こくこく!
もっもっもっもっ……
「いや食べるの止めてって言ってるんだよ!?」
ふぇ! あぁそうだったんですか!
いやはや、ごめんちゃいセイア様。ちょっと腹の虫がおさまらないというか、空腹の苛立ちが凄くってですね……。たーべてもたーべてもスッキリしないのです! あ、ぽよ様は大王様のお城を空っぽにして今お昼寝中みたいですね! ……これ陛下に後で賠償した方がいい奴? 可能でしたら後で口座の方教えて頂けると……。
「あ、あの。マルコさん? 既にトリニティの食料庫が三度ほど空になったとの報告を受けているのですが……。まだ空腹を?」
「うん!!! あ、ちゃんと食べた分ウチから補充してるし、シェフの増員も手配してたから大丈夫だよ! そこらへんはちゃーんと解ってますとも!」
「そういうことを言っているのではないのですが……。」
2mエビフライを丸呑みし皿を一旦横によけ、度重なる配膳によってお目々が虚ろになってるお運びさんに紅茶を淹れてもらう。
うーん、やっぱトリニティっていうお嬢様学校だけあって、学食のレベルも高いなぁ! 途中から職員さんがぶっ倒れたのか、ウチの屋敷のシェフの味になってたけど……。まぁあの人たちいつも鍛えられてるから大丈夫だろ! このやけくそエビフライも屋敷名物だし! あ、そうそうお運びさん! ウチのシェフにいつもの、って言って来てくれる? トマトのファルシーが食べたいの! とりあえず3000ね!
そんなことを言いながら、未だ強く感じる空腹を、何とか意志の力で押し込めていく。
ちょっと油断すればこの中で一番神秘の濃いミカ様に齧りついてしまいそうな程であるが、私に食人の趣味はない。というかそれやった瞬間にトリニティが内乱状態に移行するからしたくても出来ない。でも濃厚なんだろうなぁ、なんて考えながら、頑張って我慢していく。
(にしても。……ビナー、もっと食べたかったなぁ。)
あの戦闘の後。とってもお腹が空いていた私は、近くにあったビナーを食べようとした。
確かにその内部は粗方破壊してしまったのだが、ひっくり返せばまだ中身が残っていたし、外部の装甲は殆ど綺麗に残っていた。『秘密のお茶会』における開発担当のリオちゃから、重要機関が集まっている可能性が高い頭部と、肉体の一部は研究の為に残しておいてほしいと強く言われていたのだが……。それはつまり“それ以外”は全部食べ尽くしていいということ。
『んじゃ早速いただきまー……(がちんッ!)、……かたぁ。』
なんと、文字通り歯が立たなかったのだ。
いや確かに無茶苦茶頑張ってガジガジすれば齧り取ることは出来たのだけれど、どうも固すぎて咀嚼が出来そうになかった。飛び散った外装も同様で、そのまま飲み込めるぐらいの小さな破片は問題ないけれど、それ以外は無理。喉につっかえちゃいそうな感じだった。
オーパーツの塊のような物だし、纏う神秘もそれ相応に高い。だから全部食べたかったんだけど……。明らかに摂取できるエネルギーを、噛み千切り飲み込むエネルギーが上回ってしまっていた。つまり食べても食べてもお腹が空いて、待っているのは餓死。
デカグラマトンという無駄なAIのせいか、ちょっと雑味は感じるけど味はかなりのもの。けれどいくら美味しくても空き過ぎたお腹は“量”がないと満足してくれそうにない。かといってまだ柔らかく食べやすい“中身”はとっておかないといけない。
『これ以上食べたらリオちゃに怒られる……。んんぅぅぅ!!! お前嫌い!!!!!』
そう叫びながら蹴り飛ばしたけれど、単にその分厚い装甲が凹んだだけ。
どっかに持っていかれても困るし、いつか私が食べられるようになるかもしれない。と言うことで討伐完了の報告を受けて集結し始めていた『学園』の子たちに、破片ひとつ残さず回収するように指示して私は本部まで撤退。お祝いの言葉を送ってくれたみんなへの返答も程々に、すぐご飯にした。
旅団規模の『生徒たち』のお腹を満たす糧食輸送車、担当の子たちが一生懸命にご飯を作ってくれたんだけど……、あの時の私はもう本当に空腹を抑えきれなかった。作りかけのスープを鍋ごと食べきり、刻んでいた野菜とかを飲み込み、最終的に輸送車ごと全部食べた。でもでもくぅくぅお腹がなって、とってもつらい。
そんな時、たまたま目が合ったリオちゃが、まるで『喰われるッ!』って顔しながら、ちょっとだけビナーの中身を食べることを許してくれた。でもでもぜーんぜん足りない。というか逆に、ビナーってクジラのお肉みたいな味で、カニみたいな香り高い美味しい神秘だったものだから更に食欲が掻き立てられちゃって……。
(昨日から寝ずにずーっと食べてるけど足りないの! とっておいた予備の武器とか弾薬も食べ尽くした! 登校日だったから無理矢理トリニティに来たけど、今日ずっと食堂でご飯食べてる! はらへった!)
おそらくというか、確実に“神秘”を使い過ぎてしまったのだろう。
私の力の源はぽよ様が送り出してくれている無限の神秘ではあるのだが、私個人でもそれと似たようなものを生み出し、運用している。たぶんキヴォトスにいる生徒が全て持っているものと同じ力で、私達ヘイロー持ちの存在が生きるのに必要不可欠な力みたいなものだ。
ビナー戦では大量に神秘を使い戦ったのだが、おそらくその時にぽよ様の神秘だけでなく、『肉体を維持するために必要な神秘』も使ってしまったのだと考えている。
(ぽよ様の神秘をワインとするならば、普段私が食べて溜め込んでいる神秘はグラスのようなもの。今回の戦いで“グラス”側の神秘が器を構成できないレベルまで大量になくなったから……。メチャお腹が空いているんだろうね。食べて神秘を回復させ、グラスを元に戻そうとしている。)
まるで“神秘を取り込み始めた三年前”から溜め込み続けていた力を全て吐き出してしまったようで、再度同じ量を補給しようとしているかのような状態。そう考えればまぁお腹が空くのも解るんだけど……。ちょっとこの飢餓感は本当に耐えられる気がしない。何か口に入れていれば少しは収まるけど、眼に見えるすべてのヘイロー持ちの“人間”が美味しそうに見えてる時点で、本当に不味い。
大事な時以外、疑似コピー能力とか使うのやめよ。最悪トリニティどころかキヴォトスから人が居なくなる。ぷぷぷの国みたいに、みんな不死性はもっていない。食べちゃったらもう全部おしまいだ。……ん? でもそうしたらある意味この世界を襲う危機も全部なくなる……。いやダメダメダメ!!!
「お、御三方。お菓子、お菓子ぐらいだったら食べながら話してもいいよね? というか食べさせて、本当に。ちょっと気を緩めたら茶器どころか机ごと飲み込んじゃう。」
「いいよー☆」
「え、えぇ。ミカさんがそう言うのなら私も構いません。」
「好きにしてくれ。……これ食費だけでウチ吹き飛ばないか?」
ミカ様からは気軽なお返事、それに続きナギサ様からもご理解を頂けるが、私に対して遠慮の欠片もないセイア様は色々と投げやりだ。まぁとっても迷惑かけてるし、私も基本こんな感じだから気にすることでもない。『秘密のお茶会』自体、みんな本音をぶつけ合って遠慮なんかしない感じの組織だしね。
あ、でも。たまにサクラコ様とかがキレて暴走した結果、真っ赤に光るビームサーベルを振り回したりとかもしてるから、とってもパッションな組織でもあるかも。アレ切られると私でも痛いんだよねぇ。
……というか、なんで皆さんここにいるんです? 一応私達って敵対してますよね、ナギサ様。
「あ、貴女という人は……!」
「でもでもー、一応“対外的”にはまだフィリウス分派だよねー、マルコちゃん! 大事な集まりの時は顔出さないこと多いけど、贈り物とかすっごいのくれるし! なら、別におかしくなんかないよね☆ でしょ、セイアちゃん!」
「ミカの言う通り、“まだ”三頭政治ではあるからね。そして表向きは手を取り合ってトリニティを治めている。ここは分派のリーダーとしての器を見せるべきではないかな、ナギサ。」
「…………はぁ、ミカさんに無理矢理連れてこられたのは確かですが、仰る通りです。あまりにも食が進んでいらしたようなので、少し様子を見に来たのですよ、マルコさん。」
あ、そうだったんですね。そりゃご心配おかけしました。
「凄かったんだよー! えっと、確かミネちゃんだっけ? ヨハネ分派で救護騎士団に入った子! その子がマルコちゃんを救護……、いやもう制圧だね☆ それをするためにほぼ0距離でショットガンぶっぱなしてたんだけど、ぜーんぜん気が付かないの! 弾無くなるまで撃って盾で殴りつけもしたのにご飯食べてたものだから、食堂に自走砲で乗り込もうとしてたよ!」
「だが一応食事の場だからね、ここは。さっき正実に総出で制圧されて無理矢理連行されていったさ。というか昨日からそんな感じだったけれど……、まだキツイ感じかい? 様子を見ていたからわかるが、今の君は食欲に押されかなり頭が『ぽよ』な状況だ。一応派閥のトップなんだ。早く戻ってくれたまえ。」
そ、そんなことあったんだ……。
というかミネちゃん、将来の救護騎士団・団長ちゃんって今からそんな感じだったんですね。食堂についてからはもうずっと食べることしか考えてなかったからほんとに気が付かなかったや。……でも言われてみれば、ちょっと背中が痛いような? これたぶん無我夢中で攻撃する内に神秘での弾丸強化に至ったという感じなのだろう。
うんうん! マルコちゃんトリニティが強くなってとっても嬉しい!
でも感情で腹は膨れないよね!
「おけまるセイア様! でもあと2、3日はこんな感じだとおもうよ! お腹減ったから!!!」
「……は? これが、まだ???」
そう言いながら私の後ろに積みあがった空のお皿に視線を向けるナギちゃん様。
……わ。初めて見たけどお皿で本物のお城作れるくらいありそう。どこにこんな食器あったんだ? というかこの食器食べていい奴? だめ? だめか。
「あ、大丈夫だよナギサ様! 何かあった時の為にトリニティ三月分の食料は常にウチが溜め込んでるから! 大飢饉とか起きてもウチのばあばの時代みたいなことにはならないよ! んで私が食べてるのも基本余剰分!」
これはあんまり知られてないというか、公開してないことなんだけど……。
食を司る我がグループは生産施設も抑えているのだが、自然の恵みを育てているとどうしてもね? もちろんミレニアムから大量生産技術を仕入れて工場でぶん回している施設もあって、もし飢饉が起きたとしても保存食を切る必要はない。というか工場生産を除いてもトリニティの食料自給率は200%を軽く超えているのだ。
ま、そんな余ったのは輸出しているんだけど、どうしても“あまり”が出てきてしまう。形が不格好で売れない作物とかもね? 本来は捨てるしかないんだけど……。そこでマルコちゃんの出番だ。
「おっきな冷蔵庫、まぁ倉庫だね。そこに叩き込んでもらってるの。私のご飯は常にそこから。そういうのもあるから……、多分10日ぐらいこのペースで食べなければトリニティが空っぽになるって事態にはならないんじゃないかなぁ?」
「わーお。相変わらず規格外。」
「隕石で町一つ消し飛ばせるお姫様に言われたくないじゃんね♡」
「あはー! マルコちゃんいうねぇ!」
そんなことを言いながら、ミカ様と二人で大笑いする。
……あ、そうそうミカ様! 私の食欲収まったらアレ行きましょうよアレ! 最近D.U.の方に出来たっていうケーキバイキング! この前の“反乱”対処の時にあぁいうの行って、お腹ぱんぱんになるまで食べてみたいって言ってたじゃないですか! 変装していきましょ、変装! 最近うちの学園に特殊メイクの同好会作った子がいるんです! そのこにお願いしていきましょ!
「お! いいねぇ! じゃぁじゃぁ来週の土曜にしよ! 私予約しとく!」
「え……、え? みか、ミカさん???」
「それ以上喋るなマルコ「わかった!!!」よし。……あー、ミカ? 君の万人と仲よくする性格はとても素晴らしいと思うのだが、ちょっと控えてくれないかい? 色々とその、問題があるというか。」
「いいじゃんかセイアちゃーん! 絶対そっちの方が面白いよ! あ、それにそれに。どっちかが負けてボロボロになっても、仲良くしてたら拾い上げてくれるじゃんね☆ 別に殺し合ってるわけじゃないんだし、戦う前にそう決めておけば、二つに分かれても絶対一つになれるでしょ?」
あ~、なるほど。確かに今やってる政争が本格化して正面からぶつかり合えば、まぁ必ずどちらかが負けることになる。私もナギサ様もそれを避けるために動いているが、ミカ様は“起きた”後のことを考えて言っているのだろう。さっきまで戦い合っていても、そこに友誼さえあればもう一度手を取り合い、倒れた方を起き上がらせともに進むことができる。
河川敷で殴り合って親友になる、みたいなことをトリニティ風に当てはめたって感じなんですね! さっすがミカ様! じゃぁ今度殴り合いしましょ!
「お、おぉ。君の口からそんなことが聞けるとは……! いやはや、“お姫様”には政治が解らぬなどと思っていたことを謝罪させて頂こう。色々と『見た』気にはなっていたが、我々が動けば動くほどに未来は変わって……、じゃない!!! ナギサ! ナギサだよ! NTRは不味い! いやWSSか!?」
「……ぁ、……ぁあ。み、か……、さ、ん……。」
わぁお、完全に脳破壊されてるじゃんね。ナギちゃん様の頭から煙出てる。おもしろ。
「あぁぁぁ!!! ナギちゃん! ナギちゃんしっかりしてぇ!!!!!」
「お、落ち着けミカ! 傷は深いぞ! 致命傷だ!」
「だめじゃんかぁぁぁ!!!!!」
「……こここ、こうなったらもうヤケですッ! 許しません、絶対に許しませんよ桃玉マルコォ!!!!!」
「な、ナギちゃん!? 銃は! 銃はダメだって!!!」
「ま、マジで止めてくれぇぇ! 私の! 私の3年間の死闘が消しとぶぅぅ!!!」
「あ、おいしそうな銃。たべていい?」
「煽るなバカマルコぉぉぉ!!!!!」
「ふシュゥゥゥーッ!!! ふシュゥゥゥーッ!!!!!」
「ステイ! ナギちゃんステイ! ほんとおちちち、落ち着いて! ナギちゃんが一番だから! ね! ね!」
そんな楽しいひと時を打ち壊す様に、食堂のドアが勢いよく開け放たれる。
「た、大変……、いやこっちの方が大変。んじゃない! ゲヘナが! ゲヘナが!」
「宣戦布告してきました!」
「「「「…………は???」」」」
◇◆◇◆◇
「……そうか、ビナーを落したか。まぁ『星の子』とも呼ばれるくらいだ。神の成り損ない程度、落としてもらわなければな。……あぁ、すぐに戻って来い。砂を払う時間程度はくれてやるが、まだ貴様には為すべきことが残っている。期待しているぞ、“ヒナ”。」
万魔殿、ゲヘナにおける宮殿であり、悪魔たちを統べる皇帝が住まう城。
年代物の電話、その受話器をゆっくりと置きながら。
“雷帝”の名を冠する少女が、眼下で跪く僕に声を掛ける。
「傷は癒えたか、マコト。」
「は、はっ! 陛下のご厚意を賜った……」
「そんなに畏まるな我が僕よ。権力への欲が服を着たようなお前のことだ、この身が誰かに蹴落とされるか、それともさっさと卒業してしまえなどと思っているのだろう?」
「け、けっしてそのようなことは……!」
マルコが『原作』と呼ぶ時間に至るまで、あと2年強。
青き青春が始まる世界に於いて最高学年であるはずの彼女たちは、未だ高校に上がったばかり。自由で、“生徒”らしい姿は見ることが出来ず、その胸の内を見透かされたせいか顔を真っ青にして弁明する彼女。
けれど皇帝からすれば、それすらも余興の一つだったのだろう。思わず漏れ出た笑みを噛み殺すようにしながら、既に通信の切れた受話器を弄ぶ。
「いくら足掻こうが“時間”だけはどうにもならん。ならばこの雷帝がいた証を残すか、もしくは幼子の癇癪の様に全て滅ぼしてしまおうかと考えていたが……。はッ! この箱庭に愉快なものが紛れ込んでいるではないか。そう考えてみれば、貴様らがゲヘナの名を地に落したことも許せるというものよ。」
「……。」
「なぜ黙る? せっかく上のポストが空いて、万魔殿の戦車大隊の長になったのだぞ? つい数か月前にゲヘナへ入った貴様が、だ。それともまだ足りぬか、マコト。」
「い、いえ! ご期待に応えられるか、その、不安になってしまったもので……!」
雷帝は、この悪魔の園であるゲヘナに、“統制”を生み出した張本人である。
それが恐怖政治であったとしても、血で血を洗うようなゲヘナに平穏を齎し、規律を生み出し、強固な支配体制を築いた。それまで生徒会長を決める際の選挙、その投票率が一桁だったのに対して、雷帝の場合は驚異の100%。
不正など一切せず、ただ“恐怖”と“暴力”だけで悪魔たちを従えたのだ。
何れ同じ地位に座ることになるマコトと言えど、今は顔色を伺い嵐が過ぎ去るのを待つしかない。先ほど皇帝から指摘されたが、卒業してしまえばその治世は終わるのだ。まぎれもない本心で、マコトは目の前の存在が消え自分が成り替わることを考えていた。
そんな野心を抱く僕の視線が面白かったのだろう、口角を上げながら、雷帝が再度口を開く。
「ふっ。“知る前”であれば煩わしく感じたのであろうな。愛い奴よ。……帰り際に、触れを出して置け。『支度せよ』とな。」
「ほ、本気、ですか?」
「無論。なに、どうせ『始まりの時』にこの身は存在せぬのだ。ならば幾ら“遊んで”も構わぬだろう? さ、早く消えるといい。私の機嫌がよいうちにな。」
「……は、はッ! 失礼いたします!」
慌てて去っていくマコトの様子を愉快そうに眺めながら、彼女がこの玉座の間から消えたことを確認した雷帝は、ゆっくりとその“神秘”を起動させる。
その名の通り、彼女の身に宿るのは『雷』。けれど統治者でありながら探究者でもある彼女からすれば、その“拡張”など容易なこと。先ほどまでその場にあったはずの肉体を一瞬にして雷に変換し、別の場所へと出現させる。疑似的な転移だ。
万魔殿の地下奥深くに存在する、彼女だけしか知らない秘密の場所。一切照明のない暗闇を、まるで全て見通しているかのように、皇帝は歩を進める。
「“先”が見えすぎるというのも困ったものだ。……確かトリニティのセイアも似たようなことが出来たのだったか? 考えてみれば『未来を知る』のであればそれを避けるために動くというのに。」
自分がいない世界を知り、そこで起きる出来事を知り、自身の名が忌み者の様に扱われることを知ってしまった彼女。未来を知ると言うことは、あらかじめ何が起きるのかを知っていると言うこと。セイアはそれに抗うため動き始めたが、雷帝は単に落胆し、“先”への興味を失った。
なにせ科学や技術と言った新たなものを生み出し探求することを好む雷帝からすれば、そんな決まったことなど何も面白くはなかったのだ。
故に見た通りの歴史をなぞる以外は、“趣味”に傾倒していたのだが……。
「桃玉マルコ、星の戦士の神秘。キヴォトスの外にいる強大な存在たち。……あぁ、ようやく繋がった。」
彼女が、重く閉ざされた扉を開く。
そこに存在していたのは……、まるで世界が切り抜かれたように浮かぶ、真っ黒な“星型の穴”。
「苦労したのだぞ? キヴォトスが壊れぬように抽出し、“扱える”様にするまで。」
そう言いながら、真っ黒な穴の傍に置いてあった机の上に乗るいくつもの“目玉”の一つを手に取る彼女。
雷の神秘を持つ皇帝が触れたことで、休眠状態から脱したのだろう。閉じられていた瞳が徐々に開かれ、周囲に白い靄のような物が生み出されていく。けれど統治者であり、“保有者”たる彼女が強く握りしめることで、再度その瞳が閉じていく。
見る者が見れば、喝采を上げる様な光景。
けれど雷帝からすれば、こんなもの序の口に過ぎない。そもそもその手に握られている物は、元の存在を薄めに薄め希釈を繰り返し、更に劣化コピーを施したものだ。本物と比べればあまりにも弱者であり、そうしなければ扱うことの出来ないという単純な『格』の差。探究者としてはまだ登る壁があることに歓喜するが、統治者にして絶対者でもある彼女からすれば、面白くない。
確かに“雑兵”として用意したものでも、自身の存在など“あちら”からすれば吹けば飛ぶような存在。それを強く証明する品が、その目玉だった。
「お前がいると知っていれば、こちらもそれ相応の準備を整えたのだが……。貴様はすでに“神”を殺せると証明した。ならば同じ存在として、剣を交えるのが道理だろう。」
雷の権能をもって、無理矢理開かれた空間を閉じる彼女。
消えゆく虚空の先、空間の向こう側にある壁。そこにあるのは、この真っ黒な部屋に似つかわしくない程に光り輝く金の装飾があしらわれた“鏡”。本来の輝きを知る者からすれば酷く薄れ、弱弱しいものになってしまっているが、贋作であるのならばその疑問も消える。けれどその“存在”が偽りであろうとも、キヴォトスにとって劇薬を越えた何かだということは、確かだ。
何度も“内側”から叩きつけられたせいか、既に鏡としての役割を果たさぬほど粉々に割れてしまっており、幾重にも反射した雷帝の姿が映し出されていく。
……けれどその破片の一つが、黒の仮面を、一瞬だけ。
「喜べ、“復讐”の時だ。……どうせ『世界』から追い出されるのならば、この身にとって都合がよいものに書き換えてしまおう。運命など、未来など容易く変えられる。なに、貴様のことだ。抗うのだろう? ならばそれに相応しい催しを。キヴォトスに残る祭を、開いてやろうではないか。」
貴様が打ち倒すべき“悪”はここにいるぞ。
なぁ、カービィ?