五千年生きた魔法使い   作:湯瀬 煉

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たまにはオリジナル小説なんてどうでしょうか?



五千年生きた魔法使い

 それはまるで神話のような光景。太陽の化身が降臨した様だった。目の前に人間の力など到底及ばない、圧倒的な力と才能によるごり押しに等しい光景が広がっている。冬の乾燥した空気を更に乾かすように熱気が渦巻いている。

「ふふ――ふふふふふ」

 無法、脳筋、そのものの戦法ではあるが、これは一つの正義、一つの正解なれば、誰になんといわれようとも彼女は決してこのスタイルを辞めはしないだろう。悪役さながらの邪悪な笑みを浮かべて、魔法使いミリアルテは得意とする高出力かつ広範囲の攻撃魔法を自らの身長の倍以上ある魔物へ向けて放とうとしていた。

 木々の生い茂った森の、比較的開けた場所。日の光は他の場所に比べればまだ当たるものの、本来ここは真っ昼間にしては暗く涼しい感じがする場所だった。しかし今だけは、寒さとも暗さとも無縁だ。なぜなら、彼女の身長と同じくらいの大きさの杖の先端には熱が収束し、小さな太陽が生じていたから。この小さな火球はしかし、魔力を一点へと凝縮したもので、その小ささに似合わず鉄すらも容易に溶かすだろう。魔力を凝縮し一点に留める魔力操作の精度、火球に込められた圧倒的な魔力量など、どれを取っても超一流。魔力を集めて、放つという基礎的な動作ゆえに、技量がそのまま表れる。人間がこの領域にまで至るには、天才と呼ばれる人種でも一生を費やさなければならないだろう。

 俺が技量に見惚れている間に、魔物の巨体と比べれば握りこぶしほどの小ささの火球はドンッという音と共に飛んでいくと、着弾と同時に爆発。爆風で周辺の木々を吹き飛ばしながら魔物の全身を炎で包みこみ、燃やし尽くした。どんな強力な魔物も、骨まで炭になってしまうほどの火力で焼かれてしまえば抵抗すら出来まい。まして、爆風に耐えた木々まで燃やしてしまうほどの大火力だ。炎の熱さにのた打ち回ることすら許されず、巨大な魔物は一瞬にして力尽きたのだった。

俺に神業を見せたミリアルテは魔法を放った後しばらくしてから、はっとしてこちらを振りむいた。その顔には明らかに、自分の失態に対する後悔が浮かんでいる。冷静に考えてほしい。森の中で火を起こすなど普通に危険行為である。一歩間違えれば放火犯の汚名を着せられてしまう。そんな中、師匠は

「…………やはり、全力で魔法をぶっ放つのは気持ちがいいね、愛弟子!」

「……さすがに怒られますよ、マジで」

 スッキリとした顔でこちらに笑顔を向けてきた。さりげなく愛弟子、という部分を強調することで俺を巻き込もうとしているのだろう。俺は一歩、師匠から離れた。王都に近い森の中で大規模攻撃魔法を行使したこのエルフは、急いで自分で起こした炎を消火しながらぶつぶつと文句を言い始める。

「しかしね、ディーク。この魔物の討伐を依頼してきたのは王国なわけでね。魔物を倒すために仕方なく魔法を使っちゃったんだから、このくらいの粗相は許されてしかるべきじゃないかな」

 すごい、全く許される気がしない。

「もう起こしちゃったことは仕方がないので、とりあえず消火が終わったら魔物を倒した証拠になるもの持って王様に報告に行きましょう。そしたら仕事はやったって証明になるので、ただ森を燃やしたわけじゃないってわかってくれると思います。それでも怒られたら、俺も師匠と一緒に怒られますよ」

 俺が本気で心配しているにもかかわらず、我が師匠は不服そうに頬をふくらませるばかりで、まったく反省の色は見えない。さてどうしたもんかな、と頭を掻きながら、俺は王城へと向かって歩き出した。

 

 王城は常に装飾過多だ。白いタイルが敷き詰められた床に、赤いカーペット、窓は大人一人分ほどに大きいうえに、ステンドグラスというのだったか、師匠らしき人と王様の交流やら、眉唾な初代王様によるドラゴン退治伝説が描かれていた。天井は巨人でも飼うつもりかというほど高い。扉から部屋の奥まで続くカーペットで舗装された長い通り道の先には階段があり、階段を上った先には金銀で飾られた豪華な純白の玉座があった。その椅子に座っているご立派な白髭をたくわえた老人が、俺たちの住む王国の四十五代国王様である。

 俺と師匠は階段の下から王様を見上げる形で、仕事に関する報告を行っていた。

「すまぬが聞き間違えがあったようでな。もう一度言ってくれぬか、ミリアルテ殿」

「あの魔物、前に私の大切な実験材料を壊したのと同じ種族だったからうっかり周辺の木々ごと消し飛ばしちゃった。ごめんね」

 正直に仕事の成果とその過程で起きた事故について伝えると、王様の顔が青くなり、次に赤くなり。そして最後には口をパクパクさせたかと思えば、俺の方を指さして怒鳴り始めた。

「お前が付いていながら! どうしてこうなるのだ! あの森の木は貴重で! 今度交易船を作るのに必要だから、伐採を邪魔する魔物を討てと命じたのに! その大切な木ごと焼き払っては魔物を討伐した意味がないではないかっ!」

 激昂する王様に対し、あくまで我が師匠は冷静だ。隣でこうしていてくれるだけで頼りになる。

「大丈夫だよ。一部は跡形もなく消し飛んだけど、まだ森の大部分が残ってるから」

と思ったがやっぱり師匠はいない方がいいかもしれない。

 この後も王様はカンカンに怒り続け、師匠は素面で火に油を注ぎ続け、二時間怒鳴り声が止むことは無かった。

 

「もー。ちょっとの被害で済んだんだから、許してくれればいいのにね。今の王様は優しさが足りないよ、優しさが」

 ようやく解放された俺たちが王都郊外の小屋に帰って来たとき、日は暮れて、もう夕方になっていた。なんとか王様をなだめつつ帰宅した直後のミリアルテの第一声がこれである。

「むしろ説教で済んで良かったんですよ、この場合。それより、俺に言うべきことがありませんか?」

「……、…………。………………ごはんまだ?」

「ぶん殴りますよ」

 改めて、俺ことディークはこの魔法使い、ミリアルテの弟子をしている。一応、王国の中では栄誉ある立場であり、多くの人から羨ましがられるような仕事ではある。というのも、この王国の建国にはミリアルテという魔法使いが関わっているんだとか。詳しい話は分からないが歴代の王様と我が師匠は全員知り合いというくらいにはこの師匠は長生きで、この国との関係は深いらしいことは分かる。そんな師匠は数年か数十年に一度で良いから、とにかく王国国民で魔法の才能がある若者を弟子にしてやってほしいと過去の王様に頼まれたらしく、俺はめでたく今代の弟子に選ばれた、というわけだ。弟子といっても、魔法の研究に必要な材料を買い集めたり、王国から師匠への依頼を仲介したり、師匠のお手伝いさんのような側面が大きい。それでも俺が魔法使いの弟子を辞めないのは、師匠の下で魔法の修行を終えた後は王宮専属の魔法使いとして働けるのがほぼ確定であり、断る理由がないから――だけではない。

「今日は疲れたからシチューで頼むよ。君の作るシチューは歴代の弟子の中でも別格だからね」

 考えながら、師匠を見る。先の尖った耳にかかった、肩まで伸びた長い白銀の髪、翡翠みたいな綺麗な瞳、長いまつげに筋の通った鼻、俺より長生きしているくせに、子どもかと思うような体つき。わがままで、わがままが通るほどの実力者で。気を抜けば見惚れてしまうほどに、俺の師匠はきれいだし、素敵な人だと思う。

「これまでの弟子は、魔法の才能は確かにあったんだが生活力は絶望的でね。特に料理は良薬は口に苦しと思わなければ耐え切れないものが多くって……そんなに私を見てどうしたのさ?」

「いや、なんでもないですよ。師匠くらい長生きだと、俺くらいの人材はたまにいたんじゃないですか?」

 師匠の小屋は王城に比べれば悲しいほどに小さく、丸机と椅子が並べられ、ランタンで照らされた居間と、魔法薬を作るのに使う鍋や調理器具が最低限そろえられた台所、あとは俺と師匠の個室がひとつずつ、といったところ。一応はなれがあり、薬草や魔物から採れる素材の保管庫となっており、俺のような一般市民の住宅よりは広いのだが、王国建国の時代からお世話になっている魔法使いの住みかにしては、簡素すぎやしないかというのが俺の感想だ。ともかく居間にいる師匠を見ながら料理が出来る素晴らしい台所に食材を並べながら問いかけると、師匠は遠くを眺めながら答えてくれた。

「いやあ。掃除も洗濯も料理も、こと家事においてはディークが一番だよ。おかげで『味をいい感じに整える魔法』を使わずに済みそうだ」

「……そんな魔法あるんすね」

「開発したんだよ。それくらいは朝飯前さ。五千年くらい、頑張ってきたからね」

一番といわれた喜びより、師匠が魔法を開発するほどに不味い料理の方が気になってしまった。なんだか悔しい。

「あっ、そうだ。明日の朝、山へ出かけるよ」

「山、ですか? なにか足りない薬草とかありましたっけ」

「そうじゃなくて」

 師匠は首を横に振り、俺を指さした。

「魔法の修行。そろそろ実践訓練もさせたげないとね」

 その後の記憶はあまりない。魔法使いの弟子をやってもう二年。魔法史の授業を受けたり、師匠の隣で魔法の研究を手伝ったりしてきたが、師匠が俺に本格的に魔法を教えてくれるのはこれが初になる。

 翌朝、太陽が昇るより早く起きた俺は朝食のトーストを速攻で作ると、昼食用のサンドウィッチを用意し始める。師匠は見た目の若々しさに似合わず年寄りのような早寝早起きをする人で、いつもは師匠の方が早く起きて朝食待ちをしていることが多い。だが今日の俺はやる気と元気に満ち溢れていた。

「おー、珍しく朝早いね。きちんと眠れた?」

「おはようございます、師匠! もちろんばっちりですよ!」

 嘘である。昨晩全然眠れなかった。だが眠気は欠片もない。ようやく俺も、師匠みたいに魔法を使えるようになるんだから。魔法史に出てくる師匠の弟子の頻度からして、俺もとんでもない魔法の天才かもしれないと思うと、今からにやけてしまう。

 俺の早起きの甲斐あってか、山へ出かけるのは早朝からになった。

 この王都付近には、この間師匠と俺が魔物退治に出かけた森以外に王都から離れた場所にある師匠の小屋の近くに山がある。薬草やキノコなど、魔法に使う植物は基本的にここで採れるため、俺も何度か足を踏み入れたことがある場所だ。山道など整備もそれなりに進んでいて、森のように鬱蒼と木々が生い茂り日光が差さない場所もあまりない。しかし王都からそれなりに離れているせいか、山に入るのは俺や師匠のような魔法関係者や薬屋ばかりで、ハイキングなどの観光には使われていないようだ。しかし、逆にその方が都合がいいともいう。今日のように魔法の修行をするには絶好のロケーションだからだ。

「私が前に教えた魔法の種類について、覚えてる?」

 師匠は自らの杖を取り出し、杖で俺たちの前にある大きめの岩を指した。およそ二メートル、百八十センチある俺でも少し見上げるくらいはある。

「えっと、『強化する魔法』と『壊す魔法』と『創る魔法』ですよね。現代の魔法は、この魔法のどれかか、二種類以上の魔法の組み合わせだとか」

 こくり、と頷いて師匠は解説を続ける。これまで座学で学んだ内容ではあるものの、実際にやるとなるとまた印象は変わってくる。

「そうだね。ディークは男の子だから、まずは攻撃のための魔法……『壊す魔法』から教えようか。

 三百年前まで魔法での攻撃は『創る魔法』で火を起こしたり雷を起こしたりして、それを『強化する魔法』で攻撃にしていたんだ。物を燃やすとか、風で家が吹き飛ぶとかはイメージしやすいからね。でも二種類の魔法を使う上に、場合によっては速度、威力とか複数の強化を施す必要があるから魔力の消費が激しくて、すぐに疲れて魔法を使えなくなっちゃうんだよね」

 魔法史の教科書で読んだときはなんて面倒くさいんだと思ったが、いざ目の前の岩をみると実感する。この大きな岩を壊すなら、突風だとか大斧だとかを使うだろう。魔法で壊すにしても、似たような手段を選ぶと思う。少なくとも師匠に会う前の俺ならそうしただろう。でも今は。

「でも今は、私の弟子が開発した『通常攻撃魔法』によって大幅に魔力消費が抑えられ、比較的扱いやすい魔法になったんだ。この魔法の画期的なところは、これまで『強化する魔法』の一種とされていた、魔法に攻撃性を持たせる魔法を『壊す魔法』として切り離して、攻撃性そのものを発射するところだね。イメージするのは少し難しいけど、一度覚えちゃえば便利なものだよ。杖を構えて」

 師匠の弟子は数多くいて、魔法史の教科書をめくればそこかしこに出てくる。特に魔法戦という分野においては『通常攻撃魔法』と『万能防御魔法』のふたつを開発した天才がおり、初めて読んだ時には開発した魔法の利便性と、それを思いつき開発した才能に驚いたものだ。

 さて、俺の才能はいかほどか。俺は師匠からもらった少し長い棍棒のような杖を構えた。千里の道も一歩から。とにかくやってみないことには何も始まらないだろう。

「イメージが掴めない内は、魔力を何かの飛び道具にして発射する感じを意識するといいよ。ブーメランでも、弓矢でも良い。実際、この魔法を開発した本人も初めは石を投げる感覚から始めたらしいし。まあ、自分の魔力をイメージして投げるって発想がそもそも革新的だったんだけどね。

慣れてくれば私みたいに魔力を撃ち出すってイメージだけで撃てるようになるから、こんな風にね」

 師匠が杖を向けると、杖の先から赤い光が放たれて、石が真っ二つに砕けてしまった。これが、『通常攻撃魔法』である。

「ディークはこの、左半分になった方の石に攻撃してみて」

「はいッ!」

この時のために研究していた武器がある。その名も弓矢。俺は杖の先端に魔力で作られた

矢を作るイメージを固め、全力で放った。イメージ通りなら俺の魔力は石を貫通し、後ろ

の木にでも刺さることになるだろう。イメージトレーニングは完璧。俺の魔法使いとして

の人生が、今、始まるッ。

「うん。向いてないね」

「…………そうみたいですね」

始まらなかった。俺の魔力は石に蜘蛛の巣状のヒビを入れるのみに留まり、石を貫通する

ことなく霧散した。

「ま、まあ他の魔法を試してみようか。次は『創る魔法』だよ」

師匠が気まずそうに目をそらしている。俺が一層みじめになるから辞めていただきたい。

そして、師匠が言っていることはただの慰めというわけでもない。魔法は三種類もあるわ

けで、『壊す魔法』が苦手でも、他の二種類の魔法が得意という場合もあるのだ。

「『創る魔法』はさっきも言った通り攻撃で使われてた魔法のひとつだよ。だけど用途はそれだけじゃなくてね。たとえば土の壁を創ったり、滝を創ったりして物理的な防御が出来たり、物作り用の魔法として即興で儀式用のナイフを作れたりする、便利な魔法だよ。極めれば、どんな攻撃からも身を守れる『万能防御魔法』なんてものも出来るようになるけど、あれは難易度が高すぎるから、ディークは簡単な小石の創造でもやってみようか」

師匠はそういうと足元に転がっていた小石を拾い、杖をかざす。青い光が石を包むと、次

の瞬間、小石がふたつに増えていた。

「こんな感じ。今度はゆっくりイメージしてからやってみよう」

「はい……!」

物を創るというとなんだか難しい気もするが、逆に苦手意識があった分野こそ得意という

場合もあるかもしれない。俺は石を拾うと握りしめ、石のイメージを固める。師匠のおか

げでイメージトレーニングは完璧だ。今度こそ、俺の魔法使いとしての人生が、始まる。

「うん。向いてないね」

「…………そうみたいですね」

始めらなかった。俺の手のひらの上の石は一個のままだった。

「ま、まあ、まだ『強化する魔法』があるから。『強化する魔法』は攻撃魔法や防御魔法を強化する以外にも、足が速くなったり、耐久力が上がったり、持久力を上げたり、視力が良くなったり、様々な使い道がある便利な魔法だよ。うまく使えば、相手を弱体化させることも出来るよ」

 便利な魔法ってそれ、全部に言ってないですか、という言葉すら出なかった。この魔法

も駄目だった場合、俺にあるとされていた魔法の才能はなんなんだという話になってしま

う。この『強化する魔法』に、俺の魔法使い生活はかかっているのである。

「強化する対象に魔力をまとわせて、後はイメージするだけ。……こんな風にね」

そういうと師匠は自分で左右に砕いた岩の右半分を持ち上げて見せた。しかも力を使った

様子などほぼなく、軽い箱でも持ち上げるような気軽さで、である。

「さ、やってみて」

俺は緊張しつつも自分に魔力をまとわせ、怪力になるイメージを固めた。

「ふぬぬぬぬ……」

「おっ」

岩が少し持ち上がる。少しずつ、少しずつ岩は順調に持ち上がっていた。

「ふぬぬ、ふぬぬぬぬぬーっ」

師匠ほどスムーズではないものの、これは上手くいったんじゃないだろうか。はっと師匠

の方を見た瞬間。すっと力が抜けて俺は岩を落としてしまった。多分、集中が切れてしま

ったんだろう。

「……そうだね。ディークは」

師匠の言葉は最後まで聞くことが出来なかった。師匠の声より大きく、師匠を呼ぶ声が木

霊したからだ。

「ミリアルテ様―ッ!」

 師匠を呼ぶ男は見た感じ、王国の兵士だろうか。王国のシンボルが刻まれた鎧を身にま

とい、ガシャガシャと音を立てながら走っている。

「ミリアルテ様!」

「はいはい、ミリアルテだよ」

 兵士の焦った様子など気にせず、師匠はいつも通りの態度で兵士へ歩み寄り話を聞いて

いる。向こうからしたらたまったもんじゃないだろう。料理の味を調える魔法はすぐに開発するくせに、こういう場の空気を読む魔法かなにかは習得する気配はなく、毎回俺が場をいい感じに収めるべくあたふたすることになるのだ。しかし今回は珍しく、どうしたものかと俺が考えている間に師匠は話を聞き終えたらしく、こちらへ戻って来た。

「ごめん、ディーク。修行は中断。王様から緊急依頼が入った」

 

 一日ぶりの王城。しかし今回は慌ただしく兵士が動き回っており、ただ事ではないことが伝わって来た。

「……王国辺境の村で、神隠しが連続しておってな」

 王様は山から王城へ直行した俺たちを労うわけでも、参上した俺たちに何か挨拶することなく、単刀直入に切り出した。今はこちらを気遣う余裕がないのだろう。それほどの緊急事態、ということだ。

「ただの神隠し事件なら問題はない。しかし……帝国との国境線近くの村の、若者ばかりが、連続して姿を消していてな。最悪の事態を、想定せざるをえん。そこでどうか、ミリアルテ殿にこの一件の調査および解決をお願いしたい」

 なるほど、つまり、帝国による人さらいではないかと疑っているわけだ。

 帝国と王国は隣り合う国であり、仮想敵国である。遥か昔には領土を争って大規模な戦

争をしていたこともあるらしい。そんな国が人さらい……王国民を帝国に拉致し始めた、

とすればあまり事態は軽くない。とはいえ、国境線近くに兵士を配置して帝国を威嚇する

のは得策ではないだろう。こちら側から挑発したとみなされて、侵攻の口実を与えかねな

い。そこで、王国に協力をしていながら、正式な王国の戦力ではない師匠の出番というわ

けだ。

「わかったよ。なんとかしてみる」

 師匠の言葉に、王様は深くお辞儀をして送り出した。

 

■ ■ ■

 

 私は村一番の孝行者だって言われる。いい子だって、優しい子だって言われる。でも違うの。私は一人きりになるのが怖いだけ。こうして村長の制止を振り切って森の中を歩いているのだって、病気で倒れたおじいちゃんに薬草をあげたいからで、薬草をあげたいのは、おじいちゃんが死んで私一人になるのが怖いからだ。おじいちゃんのことが心配だからじゃない。何でも病気が治るだなんて眉唾な噂に縋って、おじいちゃんが死ぬなんて現実を受け止めたくないだけ。だからこれはおじいちゃんのためじゃなくて、私のための行動なんだ。

「あっ」

足場が見えなくて、思い切り転んでしまった。周りを見渡すともう夜だった。かろうじて月光が周囲を照らしているが、それでも寂しくなるほどに薄暗い。万能薬になる幻の薬草は森の奥にあると聞いたけれど、まず幻の薬草の見た目が分からないし、この暗さでは草の見分けなんて絶望的だろう。つい噂を聞いて、居ても立っても居られなくなって飛び出してきてしまったが、我ながら失敗だったと思う。

「痛ぁ……」

 これは村に帰るべきだろうか。村長に謝って、おじいちゃんの最期を看取ったほうが賢い選択かもしれない。

「ううん。そんなの、嫌だ」

 結局私は認められないのだ。私が幼いころに亡くなった両親の代わりに私を育ててくれたおじいちゃんが、いなくなるなんてそんなこと。もう少し、もう少しだけ森の中をさまよってみよう。そうしたら、もしかしたら。

「おー、今度は女じゃねえか。良かった良かった」

 立ち上がった瞬間に男の声が聞こえた。口元を大きな手が抑え、腕を捻りあげられた。さらに目の前に紺色のローブを着た男が現れる。

「んっ! んんーっ!」

ジタバタ暴れて抵抗するも、背後の男の力はかなり強く、振りほどけない。

「元気もいっぱいだな。これなら我が帝国臣民になっても元気な子供をたくさん産んでくれるだろうよ」

 帝国。私の村は国境線に近く、確かに夜眠らないと帝国から人さらいが来るなんて脅し

文句はあった。しかし実際に帝国の人間が人をさらいに来ているとは。

私の腕をさらに捻りながら、背後の男はローブを着た男に話しかけた。

「おい、魔法使い。瞬間移動とか使えねえのかよ。本隊からかなり離れちまってるし、この元気な女を運ぶのは結構手間だぞ」

「そう言われましても、複数人を瞬間移動で飛ばすのはかなり魔力を消費しまして。この女を見つけるまでにだいぶ魔力を使いましたし……。万全ならば三、四人ほど運べますが、今はちょっと」

彼らの会話を盗み聞くに、私の抵抗が無駄ではないことは分かった。このまま暴れ続けて

いれば或いは。

「じゃあ、仕方ねえか」

振り向くと、剣を掲げる男の姿が見えた。

「腕や足の一本や二本なくても、子ども作るには問題ないだろ」

――あ、終わった。そう思って目をつぶった次の瞬間だった。どんっ、という音と共に、

私を抑えていた力が抜けていった。

「なっ、なんだおま……!」

わけがわからずローブを着た男の方を見ると、赤い光が彼を吹き飛ばした。なにが起きて

いるのか、私には分からない。ただ、光が飛んできた方向を見ると、明るい月光に照らさ

れた二人の人影が見えた。顔は良く見えない。それどころか、だんだん、まぶたが重く…

…。

………………。

……………………。

…………………………。

 

■ ■ ■

 

 帝国のシンボルを付けた兵士を魔法で吹き飛ばした師匠の命令を受け、俺は俺と同い歳くらいの女の子を背負って走っていた。暗い森の中を、魔法で道を確認しながら最短距離で駆け抜けていく。最短距離とはいっても、周囲を俯瞰の視点で見られる魔法と暗視ができるようになる魔法薬を併用しているだけだから、本当に最短距離を走れているかは分からないけれど。

「あ、あのっ」

背中から声がする。誘拐されかけていた女の子だろう。俺たちの顔を見るなり失神してしまったが。

「あ、ごめん! バタバタして自己紹介してないっすよね! 俺たちはその、王様から事件解決を頼まれた者で、怪しい奴じゃないですから!」

そういえば客観的に見て、俺は人さらいに乱入した挙句、若い女の子を背負って猛ダッシ

ュしている変な男である。きちんと名乗らなければいけないのは確かなのだが、貧弱な俺

の語彙では、怪しい者じゃないと言うのが精々だった。そういうのは怪しい者のセリフだ

ろうが、と自分にツッコミをいれながら、それでも足を止めない。

「あっいいんです! それは分かってますから。そうじゃなくて……ありがとうございました。私、どんな病気も治る万能の薬草なんて噂信じて、村のみんなにも心配と迷惑かけちゃって――」

「気にしないでください。そんな薬使ってまで病気直してやりたい人がいたんでしょ? ならその行動はまっとうで、良いことだ。後悔することないですよ。それにまあ、結果論だけど、あの人さらいをなんとかしたら病気もなんとかなりますから」

背中越しに息をのむ音が聞こえる。

「それは……」

「うちの師匠、俺の隣にいた人ならなんとかできると思います。魔法とか薬品づくりとか超得意なんですよ。五千年間、色々努力してきたらしいんで!」

これは気休めというか、何も考えていない言葉。師匠なら病気もなんとかなる、と思って

いるけど確証はないし、そもそも人さらいの件とは全く関係ない。だがそれでも。

「つまりまあ。あなたが森に入ったおかげで、あなたの大切な人の病気は治るってことですよ。ファインプレーです!」

俺のこんな言葉でも、背中が濡れて。

「……はいっ!」

なんだか嬉しそうな声が聞こえたから。俺は確かにこの人を救ったんだって、なんとなく

そう思った。

 

 俺が女の子を、彼女の保護者だというおじいちゃんに預けてしばらく待つと、師匠が森

から帰って来た。

「や、ディーク。お疲れ様。やっぱり帝国が人さらいをしてたみたいだね。本隊の場所が分かったから、これから夜襲しに行くよ。君、付いてくる?」

「そりゃもちろん着いていきますけど、どうやってその情報調べたんです?」

師匠はコミュニケーション能力があまり高くない。正確には、まるで楽しく会話しようと

してくれない。自分の言いたいことだけ言って、ハイお終いなことが多い。一応、質問

には答えてくれるけど。

「……杖って便利だよね。魔法も使えるし最後には鈍器にもなる」

「なんか、察しました」

俺の察しの通り顔面を腫らした帝国の兵士二人が先導し、俺と師匠は帝国が陣地を展開

している場所へと歩いていくことになった。

「ちなみに私たちの周囲には防音魔法を展開しておくから、騒いでも無駄だよ。そして少しでも変なことをしたら、この杖でまた殴るからね」

師匠の悪役のような脅しが効いたのか、二人は黙々と進んでいる。いや、冷静に考えれば

俺と師匠の二人で帝国本隊を殲滅できるとは思っていないのだろう。相手が何人いるかは

分からないが、少なくとも人数は相手の方が圧倒的に有利なのは確か。このふたりは魔法

使いと兵士の二人組で森の中を散策していたし、帝国の勢力には魔法使いも数多くいるこ

とは想像に難くない。わざわざ自分たちから自分たちに有利な場所に来てくれるならば、

二人は無理して俺たちから逃げたり、抵抗する必要がないのか。捕まるのも織り込み済み

で、これが罠の可能性もある。その場合、師匠はどうするつもりなのか。聞くにきけずに

時間だけが過ぎた。

 そんなこんな歩き続けて一時間。俺たちは開けた場所にたどり着いた。それと同時に。

「残念だったな」

「お前らは、誘い込まれたんだよ」

数十人の兵士が俺たちを囲んだ。やはり、帝国側は兵士が捕まった場合の対応もしっかり

決めていたらしい。

「それにしてもたった二人か。思ったより、王国も人手不足みたいだな」

待ち構えていた兵士のひとりが驚いたような声を上げる。当然といえば当然。帝国の干渉

が予想できなくもないこの地域の事件に動員されたのが、見た目若いエルフと年若い魔法

使い見習いの二人組というのは、さすがに想定していなかっただろう。

「……どうするんですか、師匠」

数の利は相手にある。師匠ならば、という気持ちはあるものの、俺という魔法の才能があ

まりない弟子がいるせいで、きちんと切り抜けられるか不安が残る。王国としては師匠ひ

とりでも生還した方がいいだろうが、問題は俺が師匠ひとりでも帰せるほど彼らを引き留

められなそうなところにある。

「まあ、なんとかなるよ」

俺の心配をよそに、師匠は己の杖を握り、普段通りの落ち着いた態度で俺に話しかけた。

「ディーク。私に『強化する魔法』はかけられる? 速度強化でも、腕力強化でも、耐久力強化でもいいよ」

「そ、それくらいなら。可能な限りやってみます」

 昼の修行でも、『強化する魔法』だけは上手くいった気がした。師匠に良い所をみせる

べく、速度強化に腕力強化、魔力回復力強化に耐久力強化など、付けられるだけ強化の魔法をかける。すると師匠は満足げに

「うん、いいね。上出来だ」

とだけ言って微笑んでくれた。その笑顔だけで、俺も頑張った甲斐があったと思う。しかし俺なんぞの強化で、果たしてどれほど戦況を動かせるかは、正直俺にも分からないし、不安である。俺とは対照的に、師匠は杖の先端を帝国兵へ向けてから、警告を飛ばした。

「護身のために抵抗するけれど、文句はないよね? これは王国から帝国へ向けた攻撃じゃなくて、私個人が私と弟子を守るための行為だよ。だから怪我をしても、きみたちのせいだから」

そして帝国は逆に、魔法使い数人を前に出して杖を構えさせる。

「そちらこそ。抵抗して怪我しても、それはお前たちのせいだから―――」

しかし帝国は最後まで発言させてもらえなかった。師匠のコミュニケーションは基本的

に、自分の言いたいことだけ言って、ハイお終いだ。相手の言い分など聞く耳を持たな

い。

 師匠の杖から放たれた極大の光線は一気に敵陣形をなぎ払い、圧倒的な広範囲攻撃で人数差を覆した。帝国側の準備だ罠だのの作戦がすべて無意味に思えるほど、我が師匠は強かった。

「さ。帰ろうか」

「あ、はい」

先ほどまでの俺の心配はなんだったのだろう、という気持ちと共に、改めて師匠の凄まじさを体感した一日だった。

 

■ ■ ■

 

「なに、負けただと……?」

 ここは帝都。余の支配行き届く、質実にして剛健なる城塞都市である。石造りの城内に遊びはなく、各所に用意された兵器に錆はない。そして侵略国家として大国へと名乗りを上げた我が帝国に、ここ数年間敗戦の報告は無かった。今、この時までは。

「たかが村から若人を攫って来るためだけの部隊だろう。それでも魔法使いを何人か編成

 し、王国の兵士程度ならば蹴散らせる戦力を持たせていたはずだぞ。そんな部隊が、どうすれば負けられるというのだ?」

余からしてみれば心からの疑問だった。王国は魔法使いが少ない。その分、質はいいのだ

が、それゆえに辺境の村の、若者が数人消えただけの事件に魔法使いを動員できるほど余

裕はなかったはずである。

「それが……、エルフの魔法使いが現れて、一瞬にして蹴散らされてしまった、と。死者はいませんが、かなりの負傷者が出ており、戦闘任務はおろか、通常任務を遂行するのも厳しい者が大半と報告があがっております」

しかしその言葉を聞いて、余の疑問は氷解した。王国付近に住まう、エルフの魔法使いと

いえば一人しかいない。

「……ミリアルテか」

 余は、亜人が嫌いである。余は、ミリアルテというエルフが嫌いである。なぜなら亜人

は、とくにミリアルテというエルフは帝国建国時から変わらず帝国による引き抜き勧誘に

かけらもなびかず、人間による文明が生み出した力――金や権力に一切の興味を持たない

からである。帝国の皇帝たる余は、力こそ真実、唯一の力と教えられてきた。そして力と

は財力と権力であると知っている。純粋な暴力という原始的な力すら、現代は金と権力が

あれば購入できるのだ。ならばこそ、余にとっては金と権力こそがすべて。この、余にと

って根幹といえる価値基準を持たないミリアルテという魔法使いを、余は初めて皇帝の地

位に立った時より嫌っていた。

「……ミリアルテは、いまどこに?」

「部隊壊滅の報告を受けてすぐに飛ばした偵察部隊によりますと、昨晩より場所を移った様子はないそうです」

 ならば、好機か。

「では帝国第四十七代皇帝、ダルネンティタス三世が命じよう。余の威厳を曇らす王国に寄生する、余の忌み嫌う亜人の魔法使い……ミリアルテを始末せよ」

 

■ ■ ■

 

 昨晩の内に師匠が調合した薬を飲んだおかげか、女の子のおじいちゃんの病気は次第に良くなっているそうだ。慌てた様子で俺に感謝を告げに来た女の子本人から聞いた。しかし感謝は俺にではなく、師匠にこそすべきだろう。そう俺が言うと、女の子はそれでも俺に感謝したいのだと言っていた。良く分からないが、ありがたく感謝は受け取ることにした。

 とりあえず彼女のおじいちゃんの容態が安定するまで、俺と師匠はここに滞在することになった。師匠は師匠で王国辺境の植生に触れるいい機会だと言っていたし、俺も昨日一日で歩き疲れたのでちょうどいい。そもそも魔法を使うだけでもかなり疲れるのだ。そのうえで走り回ったのだから、師匠は俺を労ってくれてもいいと思う。とりあえず今日一日は寝て過ごそうと思った矢先、俺に貸し与えられた一室のドアが開き、頬を膨らませた師匠が現れた。

「昨日は早起きできたのに、もうお寝坊さんに戻ってる……。昨日私がここ一帯の植生を

調べたいって言ったの、もう忘れたの?」

「覚えてますよ、もちろん。だからこうして俺は師匠の帰りを待ちつつですね」

師匠はどんどん機嫌が悪くなっていく。頬がリスのように膨れたところで、師匠は天を仰ぎ、大きなため息をついた。

「はあ。仕方がない。これは私の言葉足らずということにしてあげよう。

 私ひとりじゃ人手が足りないから、ディークに手伝ってほしい。早く起きて」

 なるほど、確かにこれまで師匠の行く所ならどこでも頼まれずとも俺が着いていった。今日だけ俺が着いていかない理由はないだろう。無意識とはいえ、師匠の調査に協力する選択が俺から消えていたのは、疲れのせいだろうか。

「あの」

「なに?」

きょとんと首を傾げる師匠。

「俺、着替えるんで一旦外出てって貰ってもいいですか……?」

「あっ気にしないで」

「俺が気にするんで」

相変わらずきょとんとしている師匠。

「変なの」

 逆にこれまでの弟子は気にしなかったのかとか、こういうシチュエーションがそもそも初めてなのかとか気になったが、とりあえず師匠は不思議そうな顔のまま退室してくれたので、なにも言わないことにした。

 昨日この村にたどり着いたときにはもう夜で、森の中も師匠の作った暗視が出来るようになる魔法薬を飲んで進んでいったため、朝日を浴びる森の中は初めて見る。空気は澄んでいて、空の青さがよく映えていた。

「なんか、同じ王国なら森も似たようなものかと思ってたけど、王都付近とはまた違いますね」

「あたりまえだよ。帝国は王国より北側な上になんか急激に寒いしね。帝国付近のこの森も、温暖な王都付近とはまた違った雰囲気になるものさ。取れる植物も変わるから、作れる魔法薬も変わってくるんだよ」

王都付近の森は鬱蒼としているが、大小様々な植物が見えたし、動物の気配も色濃かっ

た。しかしこの森はどこか寒々としていて、死――までいかずとも、森全体が眠っている

ような感じがした。晴れの日の森でここまで静かな雰囲気を出す場所があるとは知らなか

った。

「さ。行くよ」

師匠は俺に構わず進んでいってしまう。俺は慌てて小さなその背中を追いかけた。

 

 森の深くまで歩いた時、師匠は地面を眺めてぽつりと呟いた。

「……変だね」

「変、ですか?」

俺はこの森がそもそも初めてに近く、何が普通で何が違うのかが分からないのだ。だから

師匠をまねて一緒に地面を眺めることにした。

「生物の気配が少なすぎる。それに、地面からヘンテコな魔力を感じるんだよ。なにか、大規模な魔法の儀式でもするみたいな……」

生物の少なさはこの森本来の特性なのかと思っていたが、やはりこの少なさは異常、とい

うことか。いわれてみれば、コップから水があふれ出るような、大規模な魔法を使う前特

有の緊張感が感じられた。これが師匠のいう、へんてこな魔力、だろうか。

「大規模な儀式……帝国はここで何かをしようとしていたのでしょうか?」

そういえば、ここはあの女の子が攫われそうになっていた場所だ。単純に人手を増やすた

めの人さらいだと思っていたが、実は人柱のような使い方をするつもりだったのだろう

か。確かに、古代の魔法には人身供物をもって実現させる魔法もあったという話も聞く。

今では効率化されたり、わざわざ生贄を用いなくても同じことを実現させる魔法があった

りという理由で人身供物、神へ祈りと贄を捧げるという魔法儀式は無くなっているらしい

が。

「いや。これは、まずい!」

師匠が立ち上がりこちらを向いた瞬間。足元から青い光があふれ出し、一瞬で俺たちを飲

み込んでしまった。

 

 光が消えたとき、俺たちは荒野に立っていた。空はいつのまにか曇っており、周囲にあ

った木々は一つ残らず見当たらない。それどころか、地面までまでごつごつとした砂と岩

で出来ていて、まったく生き物の気配がしない。先ほどまでいた森が眠った森なら、ここ

は死んだ大地といったところだろう。どことなく、不吉だ。

「師匠、これは」

俺が師匠の方を見ると同時、周囲から一斉に弓矢が飛んできた。全方位から、全く逃げ場

のないように。

「罠、だよ」

師匠からの返事がくる。下唇を噛み、悔しそうな表情の師匠は初めてで、それゆえにこの現状の不味さが分かってくる。

師匠が冷静に杖を掲げると、俺と師匠の二人を覆うように水色のバリアが生まれて、矢をすべて弾いてしまった。『創る魔法』により生み出されたあまたの防御魔法の奥義にして、あらゆる攻撃から術者を守る『万能防御魔法』である。

「おや、弟子も来てしまったか。今日一日はミリアルテの傍におらんように、夜中に軽い

暗示をかけさせておいたのだが」

くくく、と嘲るような声がした。

「久しぶりだな、ミリアルテ」

声がしたほうを見ると、そこには黒ひげが特徴的な、鎧を着こんだ男が立っていた。

「誰?」

師匠の、いつもに増して鋭く冷たい声が男を射抜く。しかし男の方はまったく動じた様子なく笑っていた。

「はっはっはっ。そういえば初めて会うな。余は帝国第四十七代皇帝、ダルネンティタス三世。貴様ら人の世に寄生する亜人を忌む者である」

ずいぶんな自己紹介である。初手からお前は嫌いだ、と宣言している。

 冷静になって周囲を見渡してみると、弓矢を構えた弓兵、杖を構えた魔法使い、剣や槍

を構えた兵士が数えきれないほど配置されていた。ざっと見ても、昨晩の人さらい部隊の

二倍以上はいるだろう。

「ディーク」

「はい」

 パニックになりそうだが、なんとか師匠の声で落ち着くことができた。しかし、それで

も状況が改善されたわけではない。たとえば俺が魔法の天才で、先ほどの『万能防御魔

法』や、せめて飛行魔法だけでも習得できていれば話は違っただろう。どちらかが攻撃を

防ぎながら逃げられたかもしれない。しかし現実はそうでなくて、ゆえに脱出手段が思い

浮かばない。

「落ち着いて聞いてね。周囲を俯瞰の視点で眺める魔法は、この前教えたね?」

「え? あ、あい」

そんな事態に、この人は何を言ってるんだろう。確かに、周囲を俯瞰の視点で眺める魔法

『強化する魔法』のみで成立するからと、昨日の時点で人さらいを探すために習ったが。

「この場所は、あの村近くの森を超えた場所、帝国の玄関口だ。まっすぐ南に向かえば王国に逃げられる。ディークは帝国兵を避けつつ先に逃げて、帝国兵が王国国境線近くまで来ていることを王様に伝えてくれるかい?」

「そ、それじゃ師匠はどうするんですか!」

村から王都へ向かうルートは分かるし、走れと言われれば走れるが、それは師匠ひとりこ

こへ残してしまうことにもなる。そんな師匠を見殺しにするようなこと、俺にできるはず

がない。

「大丈夫、なんとかするよ。だから君も、私のお願い、聞いてくれるね?」

俺の心配を、この人はいつも大丈夫だから、で解決しようとする。しかも俺の話をあまり

聞いていないから困るのだ。しかしそれでも。師匠の宝石みたいな翡翠の瞳が俺をじっと

見ている。心からの信頼をもってお願いしてくれていると、直感的にわかってしまうもの

だから。

「あー、もう! はい、なんとかしてみます! だから師匠もちゃんと帰ってきてくださいね!」

 俺が走り始めると同時に、兵士が、魔法使いが、行く手を遮った。しかし俺は迷わず走

り続ける。次の瞬間、後方から赤い光線が俺を追い抜いて、目の前に立ちふさがる帝国兵

たちを一瞬で吹き飛ばした。――師匠の攻撃魔法である。そのまま俺は走り続けた。背後

を一切、振り返ることなどなく。

 

■ ■ ■

 

 離れていく弟子の後姿を眺め、とりあえずほっと息をつく。

 そんな私の様子を見て、帝国の皇帝とやらは笑っていた。

「ここから王都までどれほど離れていると思っている? 駿馬でも一日近くかかるのだぞ。あの弟子が王都にたどり着くのはいつになるやら」

「帝国って思ったより大した情報網持ってないね。半日もあればあの子は王都につくよ。もしも私の言葉でテンション上がってたら、数時間ってとこかな」

 あの時。魔法を教えたとき。ディークは無意識に『強化する魔法』を使っていた。魔力

を硬質化させて石にぶつけたり、石を間違えて硬くしてしまったり。どうやら他の魔法を

使おうとしても、全部『強化する魔法』になってしまうらしい。『強化する魔法』に特化

しすぎていて他の魔法が一切使えないなんて珍しいけれど、まったくありえない話ではな

い。昨晩も一発本番で私に対して複数の強化を付与できていたし、確定だろう。

 ディークは、『強化する魔法』の天才だ。自分を信じることさえ出来れば、かつて『通

常攻撃魔法』や『万能防御魔法』を開発したあの弟子すら超える魔法使いに化ける可能性

もある。

「はっはっはっ。面白い冗談だな。それに――」

皇帝が剣を掲げると同時に、あらゆる武器が私のほうを向いた。

「仮にその言葉が本当だとして、数時間もおまえは生き延びることが出来るかな?

 『万能防御魔法』は魔力消費が激しいはずだろう。魔法頼りなおまえたち魔法使いに、魔法なしで兵士たちの猛攻を耐えしのぐことが出来るとは思えんが」

彼のいうことは間違いじゃない。確かに『万能防御魔法』はあらゆる攻撃を防げる代わ

りに魔力を大きく消費するから私でもずっとは使えないし、魔法なしのフィジカルなら私はこの中で最弱だと思う。物量で押されれば、きっと私は負ける。そして私が負けた時、この皇帝は私を殺すのだろう。ざっと数えて敵の総数は三百。ひとりの魔法使いを叩くには過剰すぎるくらいだ。

 だが、しかし。

「しんどいけど、出来なくはないさ。たとえばこんな風に、ね」

 私が杖を振ると同時に、私の右側に並んでいた兵士が一人残らず消えた。ぶん、という音ひとつで、右側全員……単純計算で百五十人くらいである。

「なにを、した?」

「瞬間移動。とりあえず俯瞰の視点で見えた、一番近いお城の上空に飛ばしたよ。運が悪ければ何人か死んだかもね」

残る半分も瞬間移動で飛ばすのは簡単だ。でも、それじゃ納得がいかない。

「ありえん。瞬間移動は魔力消費が大きいのだぞ……? 移動させる人数が多ければ多いほどに消耗も激しいはずだ。ひ、百人以上の人間を飛ばすなど……!」

昨日は将来性のある弟子との修行も邪魔されたし、今日はこうして弟子も私も命を狙われ

た。十分に仕返しをする理由はあるはずだ。昨日今日で溜まったストレスをぶつけても、

誰も文句はいうまい。

「私は王国の味方でもなければ、帝国と敵対しているわけでもないから、なるべく君たちは殺さないよう努力するけど。暴れたいから暴れるね。

 恨むならそこの皇帝と、三百年くらい前に『通常攻撃魔法』なんて生み出して私に魔法戦の楽しさを植え付けたかつての弟子を恨むんだね」

あとは、普段は私が全力で魔法を撃とうとすると止めてくるディークとか。これまで彼に

止められて全力で魔法を使えなかった場面は山ほどある。使うとすごい怒られるし。

 私には非がないと堂々と告げたうえで、杖に魔力を流し込んでいく。一秒にも満たない間に、いつでも魔法を撃てる態勢が整った。それと同時に

「こ、殺せーッ!」

皇帝による、攻撃命令が下された。

 魔法を使った戦争は、当然というか魔法が要になってくる。兵士の強化、治癒、そして敵の注意をそらしたり、精神を削る幻惑などなど、戦闘支援だけでなく、雨のように攻撃魔法を叩き込むことで効率的かつ効果的に敵を倒せるのだ。今代の帝国は魔法を交えた戦争に秀でており、皇帝が遠見、俯瞰視点の魔法を駆使して指揮する軍隊は向かうところ敵なしだとか。魔法さえ何とかすれば有利に立ち回れる気もするが、そう単純でないからこそ、帝国は帝国主義を貫ける軍事大国となったのだろう。ならば、こちらはどうするべきか。

「考えても仕方ないよね。正面突破してみよう」

肉薄してくる兵士は、『強化する魔法』で俊敏性や動体視力を強化して攻撃を回避しながら、腕力と杖の強度両方を強化して殴る。普通は魔法使いの近接攻撃なんて、子供が腕をぶんぶん振り回して殴りかかるのとそう変わらない。だからこそ、誰も警戒しない近接戦で攻めかかる。帝国の兵士に私の打撃が有効なことは、昨晩確認済みだ。予想通り、私に殴られた兵士たちは白目を向きながら倒れていった。さらに頭上から迫る弓矢は突風を起こして軌道をそらし、周囲の兵士の腕や足を貫かせて対処した。魔法使いには連続で『通常攻撃魔法』を発射して吹き飛ばしていく。その威力は我ながらすさまじく、一発ごとに小さなクレーターを生み出しながら複数人を同時に宙に舞わせていた。『万能防御魔法』は使える人間が少ないうえに、皇帝自身がいったように長時間、連続での展開は出来ない。ゆえに魔法を連射すればごり押しで突破できる。

「陣形変えろ! 魔法特化陣形、展開!」

 皇帝の声が聞こえると同時、私を囲んでいた兵士たちが一斉に下がり始めた。魔法使い

が遠くから杖を構え、弓兵は武器を持ち替え剣士に。魔法使いを三人以上の兵士で守って

いる点から、魔法使いを攻撃の主軸に置いた陣形なのだろう。魔法使いは物理で攻めるの

が定石だが、魔法使いの数で勝るなら人海戦術も有効である。理由は先ほど、私が攻撃魔

法を連射したのと同じ。さらに弓矢による攻撃を辞めて、私が向かい風を吹かせて弓矢を

跳ね返すのを阻止している。

つまり簡単にいうと、相手の守り方に合わせて先ほどまでとは違った攻め方をしなけれ

ばならなくなった、ということである。

「各種魔法、撃てェーッ!」

私の頭上に魔力が収束し、球体が出現した。炎を丸めた球体と、水を丸めた球体と、暴風を丸めた球体と、強大な岩石でできた球体と、稲妻でできた球体の五つである。複数種類の攻撃を同時にくり出せば、対処が間に合わずどれかは当たる。数撃てば当たるだろうという単純な作戦だが、単純ゆえに間違いない選択だった。もちろん、私に対して有効かどうかは別として、だけど。

「ねえ君たち。どうして『通常攻撃魔法』が生み出されたか知っているかい?」

攻撃の魔法――『壊す魔法』が確立されたのは、これまでの攻撃方法のあまりの使い勝手

の悪さゆえ。しかし使い勝手の悪さの分、扱えた際の火力は凄まじく、『万能防御魔法』

も開発されていない当時は、防御とは別のアプローチで攻撃魔法に対抗していた。

 弟子にさりげなく教えた『強化する魔法』で相手を弱体化させることも出来るという使

用法は、まさに攻撃魔法に対抗する手段ため生み出されたのだ。

「こういう風に様々な種類の攻撃をするには、かなりの魔力を消費しないといけなかったからさ」

五つの球体が、霧のように消えていく。魔法はイメージが大切で、かつ体力を使うもので

ある。ゆえに相手の思考を鈍らせ、体力を奪う魔法を使えば魔法そのものが使いにくくな

る。そしてうまくいけば、私が今やったように魔法そのものを消滅させることも可能なのだ。もちろん、こうした妨害に対して、何の対策もなかったわけではない。魔法を用いた戦闘の歴史はイタチごっこで、攻撃手段が出来れば防御手段が増え、ということを繰り返している。

「どうせ『創る魔法』と『強化する魔法』で攻撃するなら、こうした方が早いよ」

杖を天へ掲げると同時、空を切り裂くように雷が魔法使いたちへと落とされる。雷は速くて逃げづらいうえに周囲にもダメージを与えるため、攻撃に用いるならば最強格の攻撃手段たりえる。今となっては『万能防御魔法』で防げてしまえる他、雷に特化した防御魔法なども開発されてしまったが、今この状況において、防がれる心配はないだろう。私のかけた弱体化の魔法の効果は、まだ切れていない。果たして、魔法使いたちや彼らを守っていた兵士は落雷により痙攣しながら地面に倒れ伏していた。

「はい、お終い」

 私は、ただひとり残った皇帝に歩み寄る。

「ば、馬鹿な……」

皇帝はもはや、笑うことなく座り込んで震えていた。

「これから王国の王様が来る。今後、私の邪魔は一切しないってここで約束して。ちなみに王国に侵攻したら私が駆り出されるから、そういうの全般無しって意味ね。もしも破ったら、今度は三百人近くの死傷者じゃ済まさないよ」

必死に頷く皇帝の姿の姿を見ると、なんだかこちらが加害者のような気もしてくる。先に

手を出してきたのは、向こうなのだけれど。

「最後に、聞かせてくれ。余の作戦は、余の軍隊は、不敗であった。なぜおまえは余の軍に勝てるのだ? どうすればおまえほどの力を得られる?」

 震えながらも、こうしてまだ強くなろうとする姿勢そのものは、この皇帝の長所、なの

だろう。常に目標めがけて突き進みる続ける姿に免じて、特別に教えてやろうかな、なん

て気分になってくる。

「簡単なことだよ。

 ――ただ五千年間、頑張って来ただけさ」

 私の単純明快な答えを聞いた皇帝は、呆然としてそのまま固まってしまった。これだか

ら亜人は、という不思議なつぶやきを残して。

思ったよりも戦闘は早く終わったがしかし、相手の人数がなかなか多かったせいで今日

は魔法を使い過ぎた気がする。お腹もすいたし、疲れもどっと溢れてきた。

「ディークのシチューが食べたい……」

なんとなく、そう思った。

 

■ ■ ■

 

 二週間後。俺は師匠の小屋でシチューを作っていた。

「ここんとこずっとシチューですけど、いいんですか?」

俺の質問に、師匠はくすりと笑って答えた。

「いいんだよ。あの村に滞在している間は村の人から色々貰ってディークの料理は食べられなかったし。ずっと食べたかったからかな、なんだか何度食べても飽きなくてね。

 それより、ディークこそ良かったの? 帝国との不可侵条約締結に一役買ったのと、『強化する魔法』の才能を認められたってことで、王宮専属の魔法使いに誘われたんでしょ? どんな好条件にしても断られたって王様が泣きついてきたよ。無視したけど」

師匠には隠していたのだが、弟子の異動について師匠が知らないはずがないか。王宮専属

の魔法使いは、普通はミリアルテの弟子が修行を終えた後に就ける特別な地位である。つ

まり俺に来たお誘いは飛び級のようなもの、なのだが。

「良いんですよ。魔法の修行は全然出来てないし、それに。俺は師匠の弟子でいたいんです。俺、師匠のこと好きなんで」

思い切って、師匠の顔を見ながら言ってみる。声も、気持ちかっこいい感じで。二週間

前、帝国に襲われた時、俺は師匠と二度と会えないかもしれないと思うと怖くて仕方がな

かった。俺が死んでしまうかもしれなかったし、なにより師匠が死んでしまうかもしれな

い、とはじめて思った。だから俺は、生きている間に伝えたいことは伝えておきたいと思

ったのだ。それに俺は、師匠と肩を並べて戦えなかったのが悔しいのだ。まだまだ俺は成

長しなければならない。

「あっそう」

「……えー」

師匠は無表情で頷くだけだった。断られるだとか、興味ないだとかいう返事は予想してい

たが、思った以上に潮対応だった。しかし冷静に考えて、好きだという言葉だけでは返事

に困るのは仕方がないだろう。では返事がしやすいようにアレンジしてはどうか。

「好きなので、ずっと一緒に居たいです」

「あっそう」

変わらなかった。なんだろう、この肩透かし感。少し悲しい気持ちにならないでもなかっ

たが、俺としてはこうして師匠の弟子を続けていられるだけで幸せなのだ。弟子解消なん

て言い出さなかっただけよかったと思おう。俺が涙ながらに調理を続行していると、今度

は師匠から声をかけてくれた。

「ねえ知ってる? 『強化する魔法』で寿命を延ばす研究も過去にはあったらしいよ。今のところ成功例はないけれど」

「ああ、不老不死の研究でしたっけ。でもあれって研究禁止になったんじゃなかったですか? 理由は忘れましたけど」

俺が鍋から顔を上げると、いたずらっ子のような笑顔で師匠がこちらを見ていた。

「普及させるのはね。個人使用は自己責任だから問題にはならないよ。だから、もし君が私とずっと一緒に居たいなら、頑張ることだね」

 俺がきょとんとした顔で師匠の顔を見ていると、どんどん頬がふくれていった。

「頑張る! ことだね!」

「は、はい!」

 

 これからも俺と師匠の生活は続いていく。これまで通り、弟子といっても魔法の研究に必要な材料を買い集めたり、王国から師匠への依頼を仲介したり、たまに魔法を教えてもらうだけかもしれない。それでも俺は、この師匠の弟子でい続けたいと思った。

 これは、とある魔法使いの弟子の物語。

 五千年生きた魔法使いに追いつくため、一緒に生きるため、奮闘する俺の物語。

 ようやく俺の魔法使いとしての人生が、始まった。

 

 

 

 




かなり粗のある文章ですが、とりあえず投稿をしました。
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