「よォ! 私、ニッタ・チェミンってゆ────んだ!! ヨロシクな!!」
親指で自分を指差し、そう名乗るお姉さん。
「はぁ。ニッタ・チェミン、さん?」
「あ、いや、その、ほ、本当はに、新田智恵美(にった・ちえみ)ってい、言います、はい」
手と視線を慌ただしく動かしながら名乗り直すお姉さん改め新田さん。
どうにか落ち着きを取り戻したようで、今はベンチに座って互いに自己紹介してる。
「俺は常山隆介って言います」
「え? 常夏パイ助、くん?」
「とこやま、りゅうすけ、です」
どういう耳してんだ?
なんだ、とこなつぱいすけくんって。
「ご、ごめんね? と、常山、くん? ご、ごめんね、か、重ね重ね、ごめん、なさい。うぇ……」
「ああ、気にしてないから。泣かないで泣かないで」
親と年齢近そうな大人が泣きそうになるの見るのは中々キツい。
あとまた新しい扉(性癖)が目覚めそうになるからやめて欲しいマジで。
「それで、落ち着きました?」
「う、うん。あ、改めて、ご迷惑を、お、お掛けしました」
深々と頭を下げる新田さん。
胸がむにゅうって歪んで卑猥、いやヤバい。
「そ、れでなんだってあんな事したんですか?」
歪むBonBonの文字から目を逸らしつつ、先程の暴走について聞いてみる。
余計な事に突っ込んでる気しかしないが、乗り掛かった船だ。
「あ、あの、と、常山くんは、こ、コミックボンボンってし、知って、る?」
「コミックボンボン?」
あー、コロコロなら知ってるが、あー?
いや、待てよ?
従兄の勝っちゃんが読んでたような。
んで、なんか読ませて貰ったような。
たしか、あー、えーと…………。
「サイボーグクロちゃん?」
「! そう! サイボーグクロちゃん等々、有名な漫画が掲載されてたコミックボンボン!!」
「うおお!?」
俺が発した言葉に反応し、目をキラキラさせてにじり寄ってきた新田さん。
近いってば! 近いぃぃぃぃ!!
目覚めちゃうから! 目覚めちゃうからぁ!!
「1981年に創刊され2007年に休刊!コミックボンボン以外にもスーパーボンボン、デラックスボンボン!コミックボンボン増刊号なんてのもあって面白い漫画がたっくさんあったコミックボンボンだよ!!」
「そ、そうなんですか?」
「そうなんだよ! いやあ、常山くん! 君は若いのにボンボンを知っているの!? いやあ、大したものだよぉ!!」
「いや、その、知っては」
「何が好きなの?私はガンダム系はみんな好きなんだよ特にSDガンダム!武者もナイトも好きだしGアームズやガンドランダー、ガンボイジャーも当然大好きさ!ファイナルフォーミュラーを劇場で見た時はあまりの格好良さに目が眩んだよ!サザンクロスソール!!」
「が、ガンダムは分かりますが、あの、話を」
「他にもウルトラマンやロックマンなんかも外せないよね!ウル忍も超闘士激伝も大好きさ!ロックマンは特にエックスが好きでねー!クリスマスには必ず『メぇぇぇ~~リぃぃぃぃぃクリっスマぁぁぁ--スぅ!!』って叫ぶくらいだよ!ミーハーでちょっと恥ずかしいなぁ!あははははは!!」
しゃ、喋らせてくれ!!
あと近い!でけぇ乳袋が当たりそうなんだわ!
あと怖い!目が爛々とし過ぎて怖い!
色々怖い!!
「あとはねー! メダロットやへろへろくんなんかも──!」
「ちょ、ちょっと喋っていいっすかぁー!!」
マジでキスしそうな距離まで顔を寄せてきたので肩を掴んで引き離す。
もさいが顔が良いんだよこの人!
ちゃんとしたら絶対美人!
「あ、ひ、ひょ、ひょめ、ごめ、ごごごめめんね!? ボンボン好きの人かととと、思ったらつ、つつつつい────!」
「それはいいんですが」
さっきの暴走といい、この人コミックボンボンが絡むと豹変すんのか。
言葉を選ばんと怖いわ。
「えーと、ですね。俺は名前は知ってるんですが、そこまで読んだ事ないです、その、ボンボンは」
「あ、あ、そ、そうなん、だね。い、いや、その、ご、ごめんね? 私の方こそ──」
「俺が生まれる前に休刊したみたいですし」
「ぐっはぁぁぁぁッ!!?」
いかん。年月、というか年齢に関する話題だとダメージを与えてしまう。
「で、でも従兄が知ってまして! さっきのクロちゃんなんかも従兄に教えてもら──」
「その従兄さんはおいくつですか?独身ですか? ボンボン愛はどれほどですか?あおきけい先生の漫画だとどの作品が好きですか?好きなガンプラ漫画は分かりますか?ガンプラ甲子園も可ですが、個人的にガンダム野郎を好きでいて欲しいんですが」
「お、おおお?」
さっきまでとはちょっと違う圧が──!
これ、アレだ。
合コン行く時の姉ちゃんの圧だ。
姉ちゃんほど鬼気迫るものは無いが必死感が凄い。
「えと、分からないですけど、良ければ従兄の写真見ま「拝見いたします」す、はい……どうぞ」
食い気味で答え、メガネを掛け直すと俺のスマホの画面をじーっと見つめる新田さん。
「……………………あー」
めっちゃ落胆した顔と声だ。
いや、まあ、うん。
勝っちゃん、良い人だよ?
ただまあ、うん、その、ね?
ごめんね、勝っちゃん。
チャンスはまた来るから。
「な、仲良さそ、だね? う、うん。 わ、私もい、いつかボンボンの話、してみたい、な」
「そ、そうですね。同年代みたいですし、話が合うと思いますよ?」
「ぐっっはぁぁぁぁぁッ!!!!」
いかん、またやってしまった。
しかも今度のは「私、この人と同じなんだぁ」っていうダメージも加算されてそう。
いや、新田さんは大丈夫だと思うよ?
もさい雰囲気だけど顔は美人だし、服やらはクソダサいけどスタイルはそんな悪くないし、色々デカくて太いし。
「ヒュー…ヒュー…ヒュー…ヒュー…」
いかん、虫の息だ。
話題を変えなきゃ、ていうか戻さなきゃ。
「それで! そのコミックボンボンとあの、えーと、お子達とのやり取りにどう繋がるんです?」
あの凶行、と言わずに言葉を濁す。
もう完全にアブナイ人だったもん。
「あ、あー、そ、それは、ね? その、さ、最初は本当に、交ぜて貰おうと、し、したんだ、よ?」
「はい」
「こ、コロコロもす、好きだし。で、でもボンボンが大好きで、ね。い、今の子供たちにもき、キョーミを持ってほ、欲しくて、さ」
「それでバトルトップで勝負しようとした、と?」
「そ、そうなん、だけど、さ」
頷きながら視線を逸らし、陰の気を強める新田さん。
「しょ、勝負って、な、なったら、なんかこう、コロコロへのね、妬みとか、ボンボンが無くなった事への悲しみとか、い、色々とば、爆発しちゃった、の」
「やべーヤツじゃん」
「あ、あうぅぅ……!だ、だよねぇ……」
俺から隠れるように頭を抱えて丸くなる新田さん。
ボンボン好き過ぎて感情が制御できないとかめっちゃバーサーカー。
「わ、たし、昔からと、友達が少なくて、ね」
でしょうね、という言葉を飲み込んで黙って新田さんの話に耳を傾ける。
「そ、それで、ま、漫画ばかり、読んでて、そ、その中でもボンボンが毎月のた、楽しみだったんだ。終わってしまった時はあまりの悲しみに半月引きこもったし、講談社に殴り込みに行こうかとも思ったよ」
極端だよ。
昔からバーサーカーなん?
というか新田さん、ボンボン絡みの話だと吃らんな。
「で、でもね、な、なんとか、た、立ち直ってね、い、今まで通りに生活し、したんだよ」
と、友達はいなかったけど、ふへへ。と笑う新田さん。
でしょうね、という言葉を今度は飲み込めなかった俺。
新田さんはダメージを受けた。
俺はフォローした。
「そ、そんな感じで、わ、私はボンボンを失った悲しみに、お、折り合いをつけて、い、生きてきたんだけど」
「最近になって、ボンボン熱が再燃焼した、とか?」
「…………う、うん。そ、そうなん、だ」
ネットで色々触れる機会があって、と語る新田さん。
分かる分かる。
俺も昔のゲームとかアニメの事で懐かしくなるもの。
振り返るって楽しいよな。
「ま、まあ、そ、それで家からボンボングッズを引っ張り出してきて、い、今の子たちにキョーミをも、持って欲しかっ、たんだけど」
「大暴走でしたねー。ありゃダメですよ」
「うぅ゙ぅ゙ッ……ご、ごめんなさいぃ……!」
ベンチから下りて、というか落ちて土下座しだす新田さん。
なんかもう、可哀想とか怖いとか言うより愉快だな、このお姉さん。
「ふむ……?」
新田さんが持っていたバトルトップを眺め、弄りながら、土下座する新田さんを見る。
「新田さんの家って、こういうオモチャとか、ボンボンの漫画っていっぱいあるんですか?」
「へ、ぇ? あ、ああ、ある、よ? が、ガンプラとかも、その、たくさん」
「そうなんですか。さっきもちょっと言いましたけど、ガンダムって俺も好きなんですよ」
「そ、そう、なの?」
呆けっとした表情で俺を見る新田さん。
ああ、くそ、やっぱ顔いいなこの人。
だいぶ年上だけど、可愛いと思ってしまう。
新しい扉は完全に開いたようだ。
「今度、ボンボンの事教えてくださいよ。面白そうだし、俺キョーミ出てきました」
「ほ、ほほほ、本当かい!!?」
「え、ええ、本当ホント、本当です」
ぐわばぁ!っと勢い良く近付いてくる新田さん。
うわぁい、めっちゃ胸揺れてる。エローい。
正直、下心も半々だが、興味が湧いたのも本心だ。
この面白愉快でニッチなお姉さんにもう少し関わっていきたい。
「子供の頃、ロックマンもやってましたよ」
「そ、そうなのかい?! いやあ! 嬉しいなぁ!わ、私はゲームも好きなんだけどなんと言っても漫画の──!」
「『流星のロックマン』ってシリーズなんですけど」
「──────りゅう、せい?」
キラキラと輝いていた瞳が急速に濁っていく。
満面の笑みが固まり、負のオーラが立ち昇り始めた。
あれぇ?
「流星………『流星のロックマン』?」
「は、はい。従兄の家で遊ばせてもらった、んですけど…………」
「────ふ、ふふ。ひ、ひひふ、へへ。りゅ、りゅうぅぅぅぅせぇぇぇぇいぃ???」
ひぃッ?!
ま、またあかんスイッチ入っちまいましたぁ!?
「あ、あの、新田さ、んん?!」
落ち着いてください、と声を掛けようとしたが、顔面をグワシッ!と掴まれて言葉が詰まる。
あ、ダメだ。
バーサークするわ、これ。
「た、たたた確かにぃ! 流星のロックマン!ロックマンエグゼ!面白いさ!面白いよぉ!? でもね! でぇもぉねぇ!!!」
「ぎゃああああああ!! 近い近い近い近い!! 唾!唾飛んでる!! なんかいい匂いするって思っちゃうのがヤバいぃぃぃぃぃぃ!!」
「ロックマンと言えばボンボンなんだよ!ボンボンこそがロックマンの面白さを世に伝えたんだよぉ!! コロコロの漫画も面白いさ!全巻持ってるさ!好きだもん!ロックマンシリーズが!!だけどね!! だぁけぇどぉねぇぇぇぇぇぇ!!!」
「いやあああああああ!!額くっ付けたまま喋らないで!!吐息が甘い!吐息を甘く感じるの!!また開いちゃう! 新しい扉が開くし歪んじゃうからァァァァァァァァァッ!!? 」
「頭で理解出来ていても心が納得出来ないんだよぉぉぉぉぉぉぉ!!! 特にエックスが打ち切りみたいな終わり方したのが納得出来ないんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! ジェネラルとかダブルの出番少な過ぎだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「本当に待ってぇぇぇぇぇぇ!!いつの間にやら対面的な座位みたいになってる!? やわこいし雌臭い良い匂いがするしマジで待ってぇぇぇ!! この距離感での関わりは求めてねぇぇぇぇぇ!!」
暴走する新田さん、ニッチお姉さんに新しい扉をぶち開けられ、歪められる。
お姉さんとボンボンの魅力に染め上げられる日々はこうして始まったのである。
「連れて行ってくれよ懐かしい未来にぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
「知るかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
お姉さんと少年の名前は本当に適当に決めた。