TS転生したら芸能事務所の社長に引き取られたのでアイドルをやります 作:ああああああ
書ききれていませんが、主人公のコンセプトは真のカラーレスアイドル。
●月×日
名字が新しくなった記念に、これまでの半生を振り返ることにした。
目を覚ましたら、TS転生していました。なんてラノベにありそうな話だ。当事者からすれば、パニックになって発狂してもおかしくない現象だ。転生だけでも、困惑しそうなのに性別が変わっているのだから。だが、僕は一切動揺することがなかった。否、正確に言えばめちゃめちゃ動揺はしていたが、取り乱す一歩手前で誰かに諭された様に冷静さを取り戻した。冷静な自分がもう一人いて、常にブレーキになっている感じだ。正直、TS転生自体には問題はない。前世の人格はだいぶ曖昧だったようで記憶はあるものの、僕という存在にあまり影響は与えなかった。精々、異性という存在に対する認識がはっきりとしないだけだ。
身長が全然伸びずにこのままだと合法ロリになりそうな予感はあるが、人形並みに整った容姿は自分だとわかっていても見惚れる。美少女ボディーで遊ぶのは割と楽しい。だから、それに対しては困っていない。
そう、TS転生に問題はなかった。問題は、物心ついた段階で完全にネグレクトされていたことだ。5歳児が家に放置されたまま1週間とかざらにあった。最初はそれでも問題なかった。身体は小さいが中身はほぼ大人なのでなんとかなっていた。しかし、僕が10歳になった辺りで親が蒸発した。
不審に思った近所の人が通報するまで本当に大変だった。何せ現金がほとんどなくカード類は未成年の僕には使えなかったので、必然的に食料の調達ができなかったのだ。お陰で僕は可哀そうな子供オーラを全開にして、友人の家にお邪魔したり怪しげな人物と接触する羽目になった。
転機は、近所の通報。あれよあれよと保護され、見たことのない親戚の伝手でとある男に引き取られることになった。
天井努。283プロダクションという芸能事務所の社長。経営、渉外、営業と多岐に仕事をこなしているためこれまた家にあまりいないのだが、非常にまともな大人だ。
年齢は46で、体格は長身でがっしりしており顔立ちはダンディで彫が深い。まったく似合わない顎髭を生やしているできる男。
独身の様で僕に戸惑っていたが、まあ慣れてくださいという感じだ。
●月×日
彼は、業界内でその手腕を知られているようで数多くの称賛を得ている。ただ、時折事務所にお邪魔して時間を潰したり、様子を眺めているとコピー機のトナーの交換に手間取るなど不器用な面があり僕の中ではイケメン像が崩れてきている。おちゃめなおじさんという印象。
●月×日
学校に入っているがあまりに暇なので、事務所にあるアイドルたちのレッスンや映像を眺めることが日課になっていた。ネグレクト時代の影響で、演じること、模倣することは得意だ。正直、経歴の浅い子よりも自分の方がダンスも歌もできるのはと思ったり。
●月×日
この事務所大丈夫なのだろうか?人少なくね?所属アイドル先月卒業しちゃってほとんどいないし、いくら新興芸能プロダクションとはいえ、経営やばいでしょ。
●月×日
というわけで独立する資金集めの一環と経営破綻を危惧して僕をアイドルにしませんかというお誘いをして見た。久しぶりに会った我が父天井君はしばらく放心した後、子供の戯言と受け取ったのか試験をして合格したら許可すると提案。
度肝を抜いてやろうと本気でやった。
めちゃくちゃ苦虫を噛みつぶしたような顔で僕を眺める彼は、「どんなアイドルになりたいか」と聞いてきた。
「わからないけど、求められたことをその通りにできると思う」
そう返したらすごい顔をしていた。
△月×日
この事務所、社員が他にもいたらしい。バイトのおねーさんとプロデューサー君にあった。どうやら彼は、中々やり手らしく期待の星のようだ。
ちなみに最近新しくアイドルが入ってきた。オーディション選考に合格した5名、全員一目を引くアイドルだ。
△月×日
アイドル、別に楽しくないけど面白いくらい売れるのは気持ちいい。けど学校の成績がやばいので一旦休止することになった。
天井がその少女、天井風香を養子に迎え入れたのは本当に偶然だった。
育児放棄をされた子供の面倒を見る。結婚もしていない 自分からすれば難易度が高かったように思うが、彼女は驚くほど成熟した子供と言えた。否、成熟するしかなかったのだろう。
自分が仕事で家に帰らなくても文句は出ない。挙句の果てには料理や家事をやってくれる。そんなことはしなくてもいいと何度も言っているのだが、暇だからと返されてしまう始末だ。
しかし、あの年代の子供しかも育児放棄された子供を家に一人で置いておくのはやはり良くないのかもしれない。そう思った天井は、風香を事務所に置いた。仕事中であるため、構うことはできないが、ある程度目の届くところに置いておける。また、彼女も退屈しないだろうという思惑があった。
生活にも少しずつ慣れ始め、彼女は中学生になった。そんな時にアイドルにならせてくれませんかという提案を受けた。
彼女は確かに優れた容姿をしている。肩まである黒髪は、常に濡れそぼっているかの様に艶やかだ。赤い瞳は妖艶に輝いており色香を感じさせる。身体は細く、四肢の先までスラリと伸びていた。身長は小さいが、道を歩けば間違いなく通行人が振り返る美少女だ。
しかし、天井は初対面の際別の印象を持っていた。彼女が浮かべる空っぽの目つきが恐ろしく目をそらしたかった。その姿からはまるで生気が感じられない、間違いなく生きているはずなのにまるで生を感じさせない。色々な感情がごちゃごちゃに混ざり合っているせいでまるで灰色の空洞だけが広がっているように見えてしまう。
そんな危うさを感じたこともあり申し入れを断ったのだが、珍しく抵抗されたため突っぱねることもできずテストをすることにした。
今にして思えば、この選択が間違いなのだろう。
お題はカバー曲を歌って踊ること。
天井は楽観していた。いくら事務所に入り浸りレッスンを見学していたり、他事務所のアイドルと交流があったとしても大したことはないと。
「じゃあ、『そうだよ』を歌うね?」
レッスン室にジャージを着て立った義理娘が笑う。そして、その言葉を聞いた瞬間、天井は風香に視線を奪われた。雰囲気が変わっていた。細かな所作が声のトーンが何もかもが。
「♪~」
歌詞から、声から、指先から情動が溢れ出し見るものの視線を攫う。それでいて何処までも演出された特別性を感じる。かつてそのアイドルを見ていたプロデューサーだからわかってしまう。そこには紛れもない八雲なみがいた。
一番のみを歌い切った風香は何も言わない天井が、納得していないと解釈したらしく別の曲を歌い始めた。快活さが売りの別プロダクションのアイドル。そのカバー曲。
彼女の雰囲気がまた一変した。音の流れをかき分けてクルクルと回る、そのシルエットが跳ねる。元気のいい快活な笑みを浮かべ、躍動するその踊りと歌が天井をさらに放心させた。
寒気すら覚えた。その完璧な模倣に。映像が残っていたアイドルを真似たらしいが、天井ですら重ねてしまうほどだった。
「演じることは得意なんです。私は他者が望む偶像になれる。人が見たい姿を見せる鏡のように変幻自在なアイドルになれる」
「………わかっているのか?それは足に合わせるんじゃない、靴に合わせる行為だ」
「言い得て妙ですね。八雲なみもそういうタイプだったでしょ?おとーさん」
「…ッ!君自身はどんなアイドルになりたい?」
「わからないですけど、求められたことをその通りにできると思うよ?」
天井は唇を噛み続ける。この事務所は「アイドルが持つ本来の個性の重視」を理念とし再出発させた。だからこそ、受け入れがたい。
「アイドルは着せ替え人形ではない」
「では証明しましょう。観客が求めている本質は個性あふれるアイドルではなく、都合のいい偶像だと。そして認めてください。今の天井風香が有する個性はこれです」
少女は狂気を孕んだ瞳でニヤリと笑った。