「お、おい。待ってくれ!」
新たに生まれた魔女を苦も無く討ち取り、その魔女から生まれたグリーフシードを手に入れた二人の少女は、俺達に何も言うことなくその場を離れようとしていた。
「あんた達、魔法少女なんだろ……? 魔法を使えるんだろ…? なら……こいつを、助けてくれよ……」
必死で目の前の二人の少女に助けを請うものの少女たちは、彼女を抱え、膝をついている俺を見下ろしたまま、その冷たい瞳を微動だにさせない。
「もう無駄だから諦めた方がいい」
そして言い放つ。その言葉には一切の反論を許さないような鋭ささえ含ませて。
思わず開いた口から何かを言おうとしても何も云えずに、再び口を閉じる。
そんな事言われても、俺は納得出来なくて、二人の少女をずっと睨みつけるようにして見ていた。
「何で、だよ……。魔法が使えるんだろ……奇跡を起こす、魔法少女なんだろ……」
消え入りそうな声になりながらも、俺の腕の中で眠ったように動かない彼女を一度だけ見て、そして再び二人の少女を睨み返す。
二人の少女は、睨んだまま視線を外さない俺に観念したのか呆れたのか、ため息をつきながらも再び俺と彼女の許へと歩み寄り、そして口を開いた。
「貴方が抱いてるその人はもはや抜け殻」
「ただの死体と変わらない」
「その人は内に穢れを溜め込みすぎた」
「だから魔女へと変わった」
「故に私たちが討ち取った」
こいつらは……何を言っているのだろうか?
彼女の身体はここにある。彼女は俺が今まさに抱いてるじゃないか。
魔女? それは彼女が討つべき対象だ。たしかに彼女の持っていた、彼女のソウルジェムが内包していた穢れから魔女が生まれた。しかしそれは彼女の死を冒涜した魔女の仕業で……。
二人の少女のいう事が理解できなくて、理解したくなくて、頭は働こうとしない。そうだ、彼女がそう簡単に死ぬ訳なんか無い。さっきの魔女に喰われて、そして……。
そのはずなんだ。だからこそ、
「そんな訳、ないだろ……」
だからこそ、この少女達が言っていることは出鱈目に過ぎない。嘘だ、嘘に決まっている。
「魔法だよ、魔法でなんとかなるだろ……。助けてくれよ……!」
「だから無理」
「無理じゃないだろ、出来る筈だろ……」
彼女を一度地面へ下ろし、立ち上がって少女達の許へと寄る。
幼さが見える少女達はあまり背の高くない俺と比べても小さく、見下ろすような形になってもなお少女達はその態度を崩さず、俺を気にする素振りすら見せない。
再び目の前の少女がため息をついて、そして気だるそうに口を開いた。
「理解してないようならもう一度言うけど」
「貴方が大事に思っていたであろうその人は既にいない」
「私達が討ち取ったから」
「それが事実」
「だから魔法で助けるのは無理」
あぁ、……そういうことか。
お前達が俺から彼女を奪ったのなら。そうなのなら……。
「返せよ……。あいつを、返せよ!」
「もうグリーフシードになったものを戻すのは無理」
「常に現実は非情」
「事実は変わらない」
彼女は少女達に討ち取られた……? いや、彼女は魔女に喰われて……。訳が分からない。頭の中がぽっかり抜けたような、飽和しすぎて何も考えられないような、ふわふわと何もない空間にいるような、そんな感覚に陥り、何がどうなのか分からなくなる。
こころの奥底から何かが氾濫しそうで、それを必死に止めようと、押さえようとして、頭が、身体がどんどん重くなる。しかしそんな事に構っていてはならない。
少女のうち片方が、またため息をつきながら俺の許へと歩み寄り、覗き込むように顔をぐいと近づける。
「わたしたち、魔法少女はいずれ魔女になる。これは避けられない運命」
「それは決して変えられない。だからこそ、それでも私たちは魔法少女を続ける。いつか必ず戻れることを信じて」
「目の前で見たでしょう。貴方の大切な人が魔女になる様を」
「それがその人が絶望した末の姿。心の歪みと穢れが集約された姿」
「魔法少女の結末。呪いを振りまいて終わる、魔法少女の対の姿」
「だからやがて魔女になる私達は」
「同じ魔法少女に討ち取られる」
……あぁ、理解している。頭に入ってきているさ。彼女がどうなったか、理解しているさ。
それでも……理解は出来ても、納得は出来なくて、その事実を受け入れることが出来なくて。
「うるせぇ黙れよ! 返せよ! …あいつを返せよ!!」
堪えきれなくなり、目の前の少女に掴みかかる。俺よりも遥かに小さくその容貌は幼い。おそらく俺や彼女なんかよりも数才年下だろう。だがそんなことは関係ない、彼女を……。
「しつこい男は嫌われる」
目の前の少女がつんと人差し指で俺の胸の辺りを軽く押す。しかしそれだけでまるで思い切り吹き飛ばされたかの様な衝撃を受けてしまう。
大きくたたらを踏みながらも何とか耐え、目の前の少女を睨みつける。しかし少女は臆する事なく俺を見返し、やがて開いた差を埋めるようにおもむろにこちらへと歩き出す。
「勘違いしないで欲しいのだけれど」
ため息をつきながらも目の前へと迫る。怯まずに睨み返すが、少女はまるで気にすることなく俺の目を覗き込むかのように見つめ返す。
「私達、魔法少女の使命は魔女の討伐。その様子なら、その人とずっと一緒にいたあなたでも、それくらいは知っているでしょう? そして魔法少女は魔女になる。確かにさっき倒した魔女の元はあなたの大切な人だったのかもしれない。でもだからといって倒さない訳にはいかないの。あなた一人の勝手な感情で、多くの無辜の人間の犠牲を許せるとでも?」
有無を言わさぬ圧力と、殺気を含んだ視線に何も言い返せず、無言のまま少女を睨み返すことしか出来なかった。
魔法少女のしての矜持、と彼女は言っていた。無辜の一般人に被害を出さないように、自分の力を振るう。それができることが幸せだと。
「そうさ、これは決められた食物連鎖。人間を魔女が喰らい、魔女を魔法少女が喰らい、魔女になった魔法少女をまた魔法少女が喰らい、そうして続いていく食物連鎖の輪。今更何を言っても変わらないよ」
しばらくの沈黙が続いていたが、どこからか、目の前にいる二人の少女とは違う声が聞こえてきた。
声をした方向を振り向くと、そこには真っ白い姿をした見たことの無い形をしたぬいぐるみのような生物が立っていた。若干の戸惑いが頭の中に走るが、ふと昔彼女が話していた"マスコットもどき"を思い出した。
「まぁある意味共食いとも言えるんだけど……。で、キュゥべえ。あんた何しに来たの。姿を見せるなって言ってるよね。またこないだみたいに周辺のお仲間ごとバラバラに切り裂くよ」
俺の目の前にいない方の少女、黒い魔法少女が自らの武器——大鎌——をどこからともなく取り出して、キュゥべえに向けて威嚇する。
「やれやれ、いつも通り物騒だね君達は。そんなにピリピリしなくても、そこにあるグリーフシードを回収したら、すぐに消えさせてもらうよ」
「とっととそうして。正直あんたを見てるだけで、バラバラにしたい衝動が抑えきれないから」
「ふぅ、毎度の事だけど君達の近くに居ると、身体が幾つあっても足りないよ」
ため息のようなものを吐いて、キュゥべえは少し離れたところに落ちていた黒い物体——彼女が魔女との戦いのときに捨てたものだ——を拾い上げる。そして空中に放り上げたかと思うと、その背中にある模様が開き、その中に黒い物体を飲み込んだ。
「それじゃあ僕は退散させてもらうよ。あとは君達が解決する事項だ」
そう言って白いぬいぐるみのキュゥべえは、どこかへ歩いていき、姿を消した。
「……はぁ。邪魔が入ったけど、もう一度言う。貴方の大事な人はもう帰ってこない。私達が倒したから。でもそれはやらなければならないことだから私達を恨むのは勝手だけどそれはお門違いなの。分かった?」
「まぁ分かってても分かってなくても、どっちみち結果は一緒なんだけど」
白い少女がため息をつきながら口を開き、そしてキュゥべえが居なくなったのを確認してから大鎌を直して、白い少女の後に言葉を続けた黒い少女もこちらへやってくる。
「そんなこと分かってるよ……でもだからって、納得出来るわけないだろ……!」
拳を握り締める。
そんな現実、そんな事実に納得出来るわけが無い。頭じゃ理解している。この二人の少女が言う言葉に、目で見たものとの齟齬はほとんど無い。本当に起こったことなのだ。
だから、だからこそ。
そんな現実を、こんな事実を受け入れられない。そうすれば、彼女の思いも全て無駄になってしまうようで。そして俺の心が折れてしまいそうで。
人々を襲う明確な悪、それが魔女であると、そう教えられた彼女はただひたすらに魔女を探し出し、そしてそれらを討ち取っていった。
彼女は人々を守れたことを誇らしげに語ってきた。後一歩で魔女に喰われそうだった人間を守れたことを、自分の得た力を正しい方向に使えたことを、いつも嬉しそうに話していた。
他にもいくらだって言える。
彼女がどれだけその力の為に自分を犠牲にし、そして苦悩したか。悲しみに潰されないように耐え、苦しみに毎日を圧迫されても負けることなく、空しさに心を喰われても折ることなく、そして喜びに身体を満たして戦い続けた。
そんな彼女が、自らの宿敵として定め、討つべき対象とした魔女になってしまい、そして他の魔法少女に討たれたなど。そんな事があっていい筈が無い……。そうだ……そんなことが、あっていい筈が無いのだ。
「納得出来る訳が無いだろ! 受け入れられる筈が無いだろ! あいつがどんな思いで今まで戦ってきたか! どんな辛い思いで続けてきたか! それをお前らが——」
「もういい」
白い少女はため息をつく。
そして瞬きをするその一瞬で、俺は目の前にいた少女によって、その少女がいつの間にか持っていたその杖で、横腹を思い切り殴られた。
「うぐっ!?」
先ほどのとは訳が違う。その場で耐えることも出来ずに、あっけなく真横に吹き飛ばされ、無様に地面を転がる。
横腹を押さえ、全身の痛みに堪えて立ち上がろうとするものの、横腹を殴られた痛みと地面を転がった痛みが身体の動きを阻害して、立ち上がろうとする身体を上手く動かせない。
「く、お…待て……」
相変わらず無表情で俺を見下ろす少女達に声を上げて叫ぼうとするものの、その声すらもまともに出ない。横腹を殴られた痛みが全身に回っているような感覚がして、そして地面を転がった痛みも合わさって、動かそうと全身の力を振り絞っても全く身体を動かすことが出来ない。
そんな俺を見て、二人の少女はその無表情のまま、踵を返して去っていく。
必死で声を上げようとするものの、まるで声帯が壊れたかのように声が出ない。叫び声を上げようとしても、どんなに声を出そうとしても、掠れた声しか出てこない。
何も出来ないまま、必死で少女達を呼びとめようとするものの、身体は動かず、声は上げられず、何一つ出来ることなく、——そしてそんな俺を全く気にする素振りを見せずに、少女達の姿がどんどん小さくなっていく。
少女たちが完全に見えなくなり、その場に俺と彼女だけが残され、耐え切れずに声にならない叫びを上げる。
どうしてこうなったのか。なんで……。
考えても考えても答えの出ることのない問いに頭を支配され、意識を失いかけるも、今やるべきことはそうではないと頭を振ってその考えを吹き飛ばし、顔を上げる。
片手でわき腹を押さえながら、もう片方の腕で匍匐前進のように無様に這い蹲りながらも、必死に彼女の許へと這い寄る。
夕焼けに照らされて、色を失っていた彼女の顔は赤く染まり、ほんの少し前までの、いつもと変わらない彼女を思わせる。
「 」
彼女の横へと這いより、彼女の名を呼ぶ。
しかし、眠っているように目を閉じている彼女が俺の呼ぶ声に反応することは無く、ただ俺の声が空しく通るだけ。
もう一度、彼女の名を呼ぶ。しかし、やはり、彼女はそれに答えることは無い。
彼女は——。
それを確かめるのが怖い。現実は、事実は……分かっている。でもまだ俺はそれを確かめた訳じゃない。だからこそ、今それを確かめて、本当にそうであったのならば、俺は……。
その一歩を踏み出して越える勇気。踏み出せば、越えれば二度と戻れない。
震える手で確かめるために手を伸ばす。心が折れそうだ、伸ばした手を引っ込めたい。でも、それも許せないことで、だからこそ、彼女へと手を伸ばし、確かめる。
必死の思いで確かめる。しかし既に彼女の自発的な呼吸は無く、そして心臓の鼓動もない。日が沈み始め、夕焼けが薄れていくのと同じく、彼女の顔からも色が消えていく。
「返事してくれよ……。いつもみたいに笑ってくれよ……。俺のそばに居てくれよ……。なぁ……」
もう、何もかもが遅い。彼女はもう既に……。
「まだ言えてなかった事があるんだよ……。言いたいことがあるんだよ……。起きてくれよ……」
ただひたすらに——。夕暮れと共に体温が失われていく彼女を抱いて、止まることのない——。
彼女を抱きしめ、——涙を流す。
あの非日常の現実からしばらくの時間が経った。
道端で倒れている俺と彼女を見つけた通行人が通報してくれたものの、やはり彼女が助かる事は無かった。
最後の打ち身以外に大きな怪我が無かった俺は体調には問題が無かったのだが、状況が状況だけに、当分の間入院することになっていた。当時は心ここに在らずという状態だったためか、実際に俺が自身の意識をきちんと取り戻したのはそれからもうしばらくの時間が必要だった。
意識を取り戻し身体に問題がないことを確認して退院してからも、しばらくの間は彼女の家に行く事が出来なかった。彼女の死を受け止める事がまだ出来なくて、彼女の死という現実に耐えられなくて、あの時は随分と心が荒んでいたと思う。ふと目を閉じたときにあの魔女が、そしてあの魔法少女達が瞼の裏に現れて俺の心を滅茶苦茶にしていっていた。
そんな俺の、まるで幻覚を見るかのような症状に耐えることが出来ずに、母さんが無理やりカウンセリングを受けさせた。急性ストレス障害、そしてPTSDと診断され、しばらくクリニックの世話になる生活が続いていた。週に一度の面接をしばらく続けていたものの、心の整理がつくまでは何をやっても何も心に響かず、なにもすることが出来なかった。
色を失った生活が続き、そして数ヶ月が経ってようやく彼女の死を、そしてこの現実を少しずつではあるが、受け止める事が出来るようになってきた。いや、多分受け止めるのはもうしばらく時間がかかるだろう。ただ、現実を理解できるようになっただけだと思う。
それからというものの、心が落ち着きを取り戻すにつれて、ある疑問が頭の中をずっと支配していた。
"何が悪かったのか。どうして、こうなってしまったのか。"
この結果をもたらす事になった原因は何か。
彼女と契約し、ただのなんてこと無い、普通の少女であった彼女を魔法少女へと変えたキュゥべえか。魔法少女として使命を果たし、そして無理を続けた彼女を、そうと知りながら止められなかった自分か。彼女を敗北に追いやったあの魔女か。それとも使命の為に一切の都合を排除して、魔女となった彼女を討ち取ったあの少女達か。
彼女を失った今、心にぽっかりと空いた穴は何をしても埋まることは無い。死を受け止める事が出来ても、空いた穴はふさがる事は、きっと無い。
何がいけなかったのか。今となっては何が悪いという事は無かったような気もするし、そのいずれもが諸悪の根源のような気もする。
何が原因なのか、何が悪かったのか。
何も分からずに、彼女を守れなかった自分や、彼女が魔法少女として関わったその全てに、ただ後悔と自責、悔恨の念が渦巻き、そして憎悪という感情だけが心の中に留まり、ずっとくすぶり続けることとなった。
心に空いた穴はふさがらない。必死に何かを探しても、埋まることの無い、傷として残り続けることとなった。
「何が悪い? 決まっている。それは——」
そんなものは分かりきっている。彼女を失うこととなった元凶、その全て——。
「魔女が悪い、魔法少女が悪い、その全てが悪い。彼女を救済しなかった全てが悪い。その全てが憎い」
心の有様は既に変容していることに、自分自身が気づかない訳が無い。
しかし、それでも。
彼女を失った事、彼女を守れなかった事、彼女が討ち取られた事。その事実、現実全てが心に攻め立てるように突き刺さり、ただ、憎悪のみが自らを突き動かす感情となった。
そのことに、そうなってしまったことに何ら思うことは無い。何も思わない。
あぁ、そうさ……。
こんなおかしい世界、もう……どうなったっていい。
彼女を救うことができなかった、救わなかったこの世界なんか……。
彼女がこの世から消えてしまった今、俺にとってこの世界に価値というものは既に存在しない。
俺が魔法少女になることは出来ない。たとえどんな願いがあったとしても、それを叶えてもらうことは敵わない。
どれほど願っても、叶えてくれる者はいない。
だけど。だけどそれでも、——願わずにはいられない。
叶うことが無くても、叶える者が居なくても、俺はその願いを願い続ける。
呪詛を吐きながら、心の奥底からの願いを。永遠に。
——願わくば、全ての魔法少女と魔女が滅びますように。