ツレが魔女になりまして   作:碼椙 柊

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第2話「安心できること」


第2話

 

 

「ゆーうーちゃーん。あーそびーましょー」

 

 魔法少女デビューという、衝撃的な事実を告げられた日からしばらく経ったある日の休日のこと。自室の机に向かって黙々と作業をしていると、表から喧しい声が聞こえてきた。

 

 情報通信真っ只中の今の時代に全くそぐわない行動をするような知り合いは一人しかいない。いくらここが周りに家が少ないとはいえこんなことをするのはやめて欲しい。正直恥ずかしいし、田舎ゆえに程よく、数十メートル離れているお隣さんにも普通に聞こえているのだ。こないだ近所のおじさんにからかわれて恥ずかしくなったものだ。…ていうかぶっちゃけこいつの家にまで届いているに違いない。距離で言うと視認できる範囲にあるのだから。

 休日の朝からその声にげっそりとしながらも、階段を下りて玄関のドアを開ける。そこには待ち構えていたかのように堂々とした出たちの幼馴染の彼女の姿があった。

 

「……おい。頼むから普通にインターホン押してくれ。恥ずかしいし、頭にひびくから——」

「あーゆうちゃんまた徹夜? お肌荒れちゃうよニキビ増えちゃうよ身体壊しちゃうよ」

 

 俺の保護者かと言わんばかりの台詞を玄関でマシンガントークの如く吐いてくる。とりあえずまずは上がるか帰るかしていただきたい。

 

 そんな俺の思いを汲んでくれたのか、おじゃましまーすと元気な声で家主を無視して家の中へ入っていく我が幼馴染。何かしらのアクションは欲しいと思ってはいたが、まだ言葉にはしていないんだが。……慣れたもんだからいいんだけどさ。

 

「で、今日はどうしたんだ。残念だけど、俺はまだやること残ってるからそんなに相手してらんないぞ。……そもそも眠いから、昼過ぎまでしばらく寝ようとしてたのに」

「んー、特に用事はないよー。どうせまた不摂生な生活してると思って来たらやっぱりその通りだったから。どうせまたしばらく一人なんでしょ? いつまで?」

「月曜だよ。明日まで俺一人」

 

 俺の母は所謂シングルマザーというものである。正確には10年ほど前までは父親がちゃんといた3人家族であったのだが、まぁ不慮の事故というのはいつどこで起きるか分からないものだ。

 

 それからは紆余曲折を経て今に至る、と簡単に流してもいいのだが、別にそこまで苦労話があるわけでもない。どちらかというと恵まれている方の話だ。母は父親が経営していた小さな会社を継ぎ、10年前から社長として務めている。身内贔屓は多分にあるだろうが、母はかなり賢い人間だと思う。なんというか、知性というか、仕事や生活をする上での賢さというものがずば抜けている。

 自慢できるし尊敬できる母だ。

 そのくせ心は若いというか、なんというか。突拍子のないことをしたり、少し落ち着きのないところがあったりもするが、多分オンオフはちゃんと切り替えているのだと思う。少なくとも従業員からの評価はいろいろなところから伺う限りではまともなものしか聞いていない。ただ単に身内がいるところでは良くも悪くも素でいるだけなのだろうと思う。……今この目の前にいる幼馴染と通じるものがあるのは気のせいだろうか。俺の周りには変な女しかいないのか。サンプル数2で変人率100パーです。

 

 冗談はおいといて。ともかく、そんな母親がしっかりとやってくれているお陰でずっと父親から引き継いだ会社を続けていられるのである。どうでもいいことを言うならば、時流に乗って昔よりも今の方が景気が良く生活は安定しているくらいなのである。少なくとも俺が生活のことについて不安を覚えることは一切ないくらいには。

 

「そっかー。お、今日は珍しくちゃんと洗濯物干してる。お皿も洗ってるし、えらい! 家事してる! ゆうちゃんもやるときはやるね!」

「さっき一息ついた時にやっといたんだよ。人を何も出来ない甲斐性なしみたいに言わないでくれ」

 

 偉い偉いといいながら頭を撫でようと、手を伸ばしてきた彼女を華麗に回避。いつも通りの行動にため息をつきながらも彼女に反抗する。普段ならそのまま、また俺をいじるのだろうが、しかし彼女は意外な方向へと話を持っていく。

 

「そうだねー、顔もなかなか、勉強もそれなりに出来る、サボりがちだけど家事全般はお手の物、そして趣味の活動で中学生にして既に自分でお金を稼いでる! スペックだけでいえばそこら辺にいる男よりもよっぽど出来た人間だよね! なのに彼女がいないのは何故でしょうか!」

「答えは誰かさんが邪魔をするから。つーか変なほめ方するの止めて。むず痒い……」

 

 むず痒いというかこっ恥ずかしいというか。普段あまり褒められる事の多くない自分にとって、こういうのは……何というか、弱い。

 

「柄にも無く照れちゃってー。かーわーいーいー」

「あーうるさいうるさい」

 

 普段とは少し違う話の内容に若干の違和感を覚えるものの、まぁこんなこともあるだろうと特に気にすることはなかった。普通じゃない時が殆どないのが彼女にとっての普通だ。……普通ってなんだ? つまるところやっぱり彼女はいつも通りだった。

 

「……とりあえず俺は眠気が限界だし寝るけど、どうする? 来てすぐで悪いけどもう帰るか——」

「その点はご心配なく! お勉強道具を持ってきたので問題ないです!」

 

 にっこりと笑いながら手提げのトートバッグを見せ付けるように掲げる。なるほど、何が入ってるのかと疑問に思ってはいたがそういうことか。

 

「じゃあご自由にどうぞ。3時間くらい経ったら適当に起こしてくれ。起きなかったら3時まで放っといてくれていいよ」

「なんだかんだで私に頼る駄目男なゆうちゃんかっわいー」

 

 もう相手してられまへん、とばかりにおやすみの一言だけをいい、階段を上って自室へと戻る。

 自室へと戻り、床や勉強机の上に散らばっていた作業道具などを直し、紙の資料などををひとまとめにして整理を終え、昼寝の準備が完了したところでゆっくりとベッドへと腰掛ける。

 

「で、だ」

 

 一息ついて独り言のようにつぶやく。

 

「なーんで当たり前のように俺の部屋にまで来てるんだ」

「えっ?」

 

 さも当然のように壁に立てかけていた座椅子と折りたたみ机を引っ張り出し、トートバッグの中から勉強道具を取り出している彼女を視界からはずしてため息をつく。ほんとため息しか出ない。さっきから何回ため息をついているんだ俺。

 

「え、だってゆうちゃん寝るんでしょ?」

「そうだな、さっきおやすみって俺言ったもんな。それでどうしてこれから寝ようとしている人間がいる部屋にいるんだって聞いてるんだけど」

「もしかして私をリビングに放置する予定だったの? えーひっどーい」

 

 身体をくねくねしながら口に手を当てて駄目? とか聞いてくる。色気もクソも無い。

 ……頭が痛くなってきた。こいつにまともに対応すると本当に精神が磨り減る。今の動きはMPを減らす攻撃か?

 

「あのなぁ、仮にも思春期真っ只中性欲バリバリの男子中学生の俺と、いま現在この家に家族が他に誰もいない状態で同じ部屋にいる事にちょっとは危機感を持てよ」

「今のゆうちゃんの優先順位は性欲より睡眠欲なのは誰が見ても明らかなんだよね。それに、これくらいでゆうちゃんが襲ってきたらもうとっくに私は処女じゃなくなってますー」

 

 あーもうやだやだ。この子やだ。

 

「はいはいさいで」

「む……そんなんだからゆうちゃんはまだ童貞なのよっ!」

 

 ズビシッ、と音がつきそうな勢いで俺を指差すのだが、まぁその通りなんだが、…いろいろと気に入らない。事実だけど他人から面と向かって言われるとすげぇ複雑な気分になるな。言語化するのを意図的に放棄したい気持ちだ。

 ……まぁ正直な話。俺が彼女に対して好意を持ってるのは否定できない事実だろう。それこそ小学生になる前からの付き合いだ。家族——母親以外だと一番一緒に時間を過ごしている。思春期な以上、身近な存在の彼女であっても下心を含んだ目で見る事だってあることはある。

 

 だからといって彼女を抱きたいかといえばそれは話は別だろう。

 幼馴染という言葉では足りないくらいにお互いの距離が近い。一番家族に近い他人といっても過言ではない。さすがに家の大事な書類や通帳といった俺でも知らないような物の場所は知らないだろうが、印鑑を置いている場所くらいは知っている仲だ。宅急便の対応なんざしょっちゅう。キッチン周りの調味料や道具の位置だって覚えてる。さすがに今の所は風呂場に好みのシャンプーとかが置かれていることはないが、そのうち歯ブラシくらいなら置きそうな勢いなのである。

 何度も言うと小っ恥ずかしいが、彼女とはもう家族のようなものなのだ。意図はともかくとして、母親も似た様な発言は何度もしている。意図は全くの不明だが。しかしだからといって、というかだからこそ、寝る時に一緒の部屋に居られるのは困る。以上。

 ……しかし、いろいろ言いたいことはあったのだが、眠気は容赦無く俺を襲ってくる。

 

「もう限界なんじゃない? ちゃんとはだけた布団は直してあげるから、気にしないでゆっくりおやすみ〜」

 

 …あぁ、俺はとても眠いのだ。今も眠い身体に鞭打って彼女と会話していたのだ。

 彼女の冗談に文句を言おうとしたものの、しかしもう限界。寝る。掛け布団を被り、目を閉じる。

 

「…おやすみ」

 

 小さく呟いたその一言に彼女が笑ったような気がするが、それをもう一度見ようにも、もう意識は夢の中。

 

 

ーーー

ーーー

 

 

「……」

 

 目が覚めた。眠気はあるが、目覚めはとてもいい。

 

 枕もとの携帯で時間を確認すると今は15時の少し前。丁度いい時間に起きれたようだ。

 半身を起こし部屋を見渡す。彼女の姿はない。だが荷物は残っていることから、恐らく階下で何かしているのだろう。耳をそばだてると、確かに何かしてるような音が聞こえる。

 まだ眠気が抜けきらない身体に鞭打って大きく伸びをする。そしてのろのろと身体を起こしベッドの脇で立ったまましばらくぼーっと。眠くて動く気になれないが、ここで二度寝をしてしまうと今日の夜が眠れなくなる。完全に生活サイクルが崩れてしまうので起きねばならない。身体的には全く疲れはないが、単純に眠い。うーうー言いながら、まだしばらくボーっとしていると部屋の扉が開いた。

 

「うわっ、びっくりした。ゆうちゃん起きてたの。おはよー今ちょうど起こそうと思ってたとこだったんだー」

 

 手にはお盆。そこにはカップが二つと小さな洋菓子がいくつか置かれていた。

 

「あーおはよう。眠いわ」

「おはよう。あ、机にあるノート除けてー」

 

 彼女の声に反応してのろのろとだが動き出す。折りたたみ机の上に広がっていた勉強道具を最低限まとめて脇に置く。

 それを確認して彼女は机にお盆を置く。カップに注がれていたのはコーヒーだ。彼女の好みだ。俺はコーヒーよりも紅茶派なのだが、いまの眠気を覚ますには丁度いいだろう。

 腰を下ろして彼女の向かいに座る。ミルクを少しだけ加えたコーヒーをちびちびと飲みながら眠気を飛ばして頭を回復させる。

 

「寝てる間に何かあった?」

「んー、特に無いかなぁ。あ、そういえばゆうちゃんの携帯に何回かメッセージと電話が来てたみたいだけど。あ、あとネットで頼んでたえっちな本が届いてるよ!」

 

 んなもん頼んでねーよと軽く突っ込み、ベッドの上に置いたままだった携帯を手に取り確認してみると彼女の言うとおり、学校の友人たちとネットの知り合いから何件か連絡が来ていた。すぐに返信が必要そうなものはなかったものの、大分眠気が飛んだとはいえまだ完全に頭が覚醒した訳ではないので、あいまいな返事を返して後ほどまたちゃんと返信することにした。

 ちなみに郵便が届いていたのは本当の様で、中身を取り出すといつだかに頼んでいた、好きなイラストレーターの極厚画集だった。ちょっとえっちな絵もあったので、奇しくも彼女の発言が当たっていたことになり、まぁまぁ揶揄われた。違くないけど違うんだ……!

 

 その後彼女と駄弁りながら勉強を教え、教えられというのを繰り返してふと壁掛け時計を見るともう夕方。空が茜色に色づき始め、子供はそろそろ家に帰る時間だ。

 俺につられて時計を見た彼女が口を開く。

 

「あ、もうこんな時間なんだ。ゆうちゃん今日の晩御飯はどうするの? もしよかったらうちで食べる?」

 

 さてどうしようか。今まで寝ていたので、当然夕飯の準備は何もしてないし、今から準備をするとなると少々時間がかかる。料理ができるからといって短時間で作れるわけではないのだ。

 …まぁ手抜きのズボラ飯ならパパッと作れるのだが、寝ていた為に昼を抜いている状況。三時のおやつを食べたとはいっても、成長期真っ只中の俺としては出来るなら夕飯はちゃんとしたものをがっつり食べて満足感を得たい。……というわけで。

 

「よろしくお願いいたします……!」

 

 お願いする事にした。といっても俺らの間では良くあることだ。母が出張で家を開けることがちょくちょくある故に気を利かせてくれているのだ。とてもありがたい。人間関係の勝利だぜ。

 彼女はにこにこと笑いながら彼女の母親へとメッセージを送る。というか時間的に夕飯の支度をとっくに始めているだろうから、恐らくは事前に連絡を入れていたのだろう。完全に行動を読まれている……。

 

「んじゃ英語の残りが片付いたらうち行こっか」

「了解しましたお姫様」

 

 二人で関係代名詞の英作文に苦労しながらも宿題とついでの予習復習を終わらせ、軽く出かける準備してから徒歩数分の彼女の家へと向かう。

 その後の事はもういいだろう。ごくごく平和なヒトコマであったさ。

 平和で平和で、本当に幸せな日々。ずっと続いていくと信じて疑わなかったそんな日常。それが崩れるだなんてことは考えられない。そんな事がもしあるのならばそれは……。

 

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