彼女が魔法少女になってから更にしばらく経った日のこと。
土日祝日の3連休を利用して、家事や勉強を含めた停滞気味だった諸々を一気に進められたので、少しスランプ気味だった趣味の活動もなんとか目処がたち、少しではあるものの余裕が出来るくらいには調子が良くなった。いい具合だから気晴らしに散歩でもしてみようと思い立って、自分でも珍しいとは思いながらも久しぶりに自主的に外へ出た。
太陽は既に沈んでおり、時間帯的には日没を過ぎてはいるものの、まだ夜の始まる時間ではない。周りは夕焼けに照らされてまだなんとか明るいと言えるくらいだ。……とはいっても、もうしばらくすればすぐに暗くなるだろうが。
頭の中で適当にコースを決め、数十分も掛からない程度のそれほど長くない散歩を開始する。
家を出て10分も歩かない距離にある公園では小学生くらいであろう子供たちが遊具を使ったり携帯型ゲームを持ち寄ったりして元気に遊んでいる。元気なのはいいことなのだが、そろそろ帰らなくていいのだろうか。そろそろ怒られそうな時間だと思うのだが。
そうして歩いてしばらく。目的の場所の近くまでたどり着いた。高台というほどではないが、周囲よりも少し高い位置に立つ小さな神社を超えて、その奥にあるギリギリ広場といえるような空き地を抜けて裏道を黙々と歩く。そこから更に少し行けば……。
少しばかり鬱々とした頭の中も、散歩のお陰で幾分かは気分をリフレッシュされて気持ちはアップテンポ。なんだかんだ、歩くのって悪くないな、としみじみ考える。
久しぶりに感じる軽い気分で目的地へ繋がる道の角を曲がり、足を踏み入れようとしたそのとき、その目的地である小さな公園に、場所ゆえにひと気も人気もないはずのそこに先客がいるのが目に入った。いや正確には公園の地面に倒れているというのが正しい。公園の真ん中を堂々と陣取り仰向けで寝ている。……ちょっとどころかかなり怪しい。
誰だと思いつつ、倒れている人物と距離をとりながら近づき、そのまま公園の中央を通り過ぎようとしたところで
「……ん?」
少し暗くて見えにくかった、倒れている人間の正体が明らかになった。……腐れ縁で幼馴染で、家族よりも一緒にいる時間が多いかもしれない、例の魔法少女の彼女である。
……こいつは一体何をしているのだろうか。警察に補導されたいとでも言うのか。
最近は随分とマシになってきたとはいえ、いろんな意味で、結構なレベルで頭が残念な子なので、この状況下ではなるべく・極力関わりたくないというのが本音だが、さすがに知っている人間を放置するのは気が引けるので、加えてこのまま放っておくと後が怖いので、彼女のもとへと歩み寄る。
眠っていたりしている訳でもなく、目を開いたまま地面に仰向けで寝そべっている彼女は空を見ていた。特に何かをしている訳でもない。ただ地面に寝そべり、空を見上げていた。
何をしているのだろうか。地面に倒れて寝ている状態で雰囲気も何もないが、何故か彼女の纏う雰囲気が普段とは少し違うような気がした。
「おーい。……何やってんのさ。そろそろ暗くなってきてるから危ないぞ。……ほら、帰るぞ」
起き上がらせようと、手を伸ばすが、彼女はそれに反応することなく、未だ空を見ている。どうしたのだろうかと思っていると、長いため息を吐きながら彼女はようやく反応した。
「はああぁ……。…ん?」
まるで今の今まで誰かがそこにいたということに気づかなかったかの様な挙動と言動。別に足音を殺して近づいた訳でもない。完全に意識を別なところにやって考えごとでもしていたのだろう。
「…あれ、ゆうちゃん。やっほー。缶詰での作業はおわったの?」
「ほとんど終わったよ。今は丁度息抜きの散歩。ほら、暗くなるから早く帰るぞ」
「……ん」
再び彼女に手を伸ばし、身体を起き上がらせる。そして半身を起き上がらせ、あぐらをかいた状態で徐に彼女は口を開く。
「私が魔法少女になったってこと、覚えてるよね」
「ん? ……まぁ当然、覚えてるよ」
何かを言うかと思えば、突然例のことを話題にしてくる。少しばかり戸惑いを覚えるものの、彼女の会話にそのまま乗っかることにする。
現実離れの魔法少女デビューの報告。
あんな出来事をそう簡単に忘れるはずも無い。あれほど衝撃的な事実を聞かされることなんて長い人の一生でもそうそう無いだろう。それこそ彼女から「未婚の母になりました」とか言われない限りは。……それはそれで衝撃デカ過ぎて寝込みそうだな。いやいやそんなことは今はおいといて。
さて、何気ない話題かと思えば少しばかり予定外の方向から話しかけられたため、どうしようかと悩むことになった。
正直なところは、時間帯の問題もあるため、とっとと帰らせたいし俺も帰りたいのが本音だ。治安は悪くないとはいえ、中学生がひと気も電灯もほとんどないような真っ暗な道を歩くのはあまりよろしいとは言えない。
そんなことを考えていたが、彼女の目が普段ではほとんど見ることの出来ない真剣な目をしていたので、無理やり手を引いて公園から出るということはせずに、そのまま彼女が口を開くのを待つことにした。どうしたのだろうか。
「んーと、どの辺から話そうかな」
少しばかりの逡巡。だがそれはほんの少しの時間だけ。
「…ゆうちゃんには殆ど言ってないから、多分、というか全く知らないだろうと思うけど、……私ね、あれから何度も魔女やその使い魔と戦ってたの。この街のいろんなところでね」
ぽつりぽつりと口を開いて、話し始める彼女。それは俺の知らない彼女のことだ。
俺はそれをただ聞くことしかできない。
「魔女とか使い魔っていうけどさ、その実見た目はいろいろ、千差万別なんだ。まぁぶっちゃけてしまえば化け物だねあれは。ぜんぜん魔女っぽい姿はしてないし、有り体にいえば化け物退治だよ。フィクションそのものの存在の癖にリアリティしかない。そんな感じだから、時には危険なこともあったけど、大きな怪我とかもすることなくなんとか勝ってきたし、まだまだ実力は足りないのだろうけど、ちょっとずつなら経験も積めてきたと思う」
彼女がぽつぽつと言葉を紡ぐ。その内容は、俺が知ることのない魔法少女としての彼女の活動のこと。
何が言いたいのか、未だその意図を図りかねるが口を挟むのもどうかと思い、話を遮ることはせずに彼女が続きを話すのを待った。
「でね。私みたいな魔法少女。当然私一人だけじゃないんだよね。他にも当然いるんだ。……実はこの街にはもう一人魔法少女がいたらしくてね、しかも私よりも先に魔法少女になってたみたいで。まぁ魔法少女としての先輩だね。経験を詰んでるし実力も持ってるし、私が契約するまではその先輩一人でこの街を守ってきてたんだってさ」
よくよく考えたら当たり前の事だが、彼女以外にも魔法少女がいたことにほんの少しの驚きを覚える。まぁ、彼女以外の魔法少女を見たことが無いのだから、今まで思いつかなかったのも当たり前といえば当たり前か。
そんな事を考える間にも彼女は先を続ける。
「……さっきの話なんだけど、私が魔女の使い魔を追いかけてたらその子がやってきてね。その子が私の邪魔をして使い魔を逃がしちゃった」
彼女から詳しく聞いた訳ではないので、未だに魔法少女のシステムというものはさっぱり分からないが、彼女が簡単に契約していた以上、魔法少女を生み出すのにはそうそう苦労するものではないのだろう。もしかしたら俺が思っている以上に魔法少女はたくさん居るのかもしれない。
魔女もどのくらいいるのだろうか。そもそもその発生のメカニズムはどうなっているんだろうか。彼女は化け物みたいだと言っていたが、当然そんな話は人生で一度も聞いたことがない。魔法少女と同じく、一般人では知覚できないなにかがあるのだろうか。
謎と疑問はいくらでも出るが、それは頭の片隅に追いやって、彼女の話の続きを待つ。
「でね。ほら、私って自分で言うとあれだけど、それなりに正義感っていうのがあるじゃない。正義感というか、正道に生きようとしてるじゃん。だからさ、その子とちょっと口論になってね。使い魔でも当然人には危害を加えるからさ、何で逃がすのってね。…で、最終的にはその子と戦う事になっちゃったんだけど。……魔法少女同士で戦うというのもおかしな話だけどね。まぁ言ってしまえば喧嘩みたいなもの。それでね」
そこで彼女は一度話を区切り、よっと言いながら立ち上がる。暗い顔ではないが、少し困ったような笑顔を向けながら
「負けちゃった」
そう言った。
そして、悔しいなぁと、独り言と思えるほどの小さな声量で呟いた後に言葉を続ける。
「遊びみたいな軽い気持ちで魔法少女やるんじゃないってその子に怒られちゃったよ。……困ったなぁ。私は私なりに使命感もってやってたし、ずっと全力でやってるつもりだったんだけど」
彼女はまた空を見る。
既に日が沈んでから時間が経っている。星空と月の輝きが目立ち始めてきた。薄着だけではそろそろ肌寒く、上着が必要な時間だ。
「魔女の使い魔は放置していれば、いずれ成長して魔女になる。
使い魔はあくまでも使い魔でしかない。だから、使い魔を倒してもグリーフシードは得られないけど、魔女になればグリーフシードを持つようになるかもしれない。……だけど使い魔が魔女になるには人を喰べないといけない。……目の前の起こり得る犠牲を無視して、犠牲の先にある自分の利益だけを追求するのはどうかと思って。それって魔法少女としての在り方として正しいのかなって。それにさ、何より助けられる命を放り出すのは我慢できなくて。そう思ったからその子と戦ったんだけどね。私は間違ってないって思ったから。でもさ、キャリアとか経験とか、そういうものの差なのかなぁ。手も足も出なかったよ」
あーあ、とわざとらしい声を出してため息をつく。ゆっくりと俺を見やるその表情は珍しくしおらしい。しかしすぐに表情を切り替えて笑いかける。
「……帰ろっか。もう遅いし、心配されると困るもんね」
彼女は歩き出す。俺に見えないように、隠す様子で涙を袖で拭き取り、落ち着かせる様に深呼吸をして再び俺へと振り返る。
「ゆうちゃん一緒に帰ろー! 早く来ないと置いてっちゃうよー」
そこにいる彼女はもういつも通りの彼女だった。さっきまでの弱音を吐いていた彼女はもういない。いつも通りの元気な彼女だった。
そう見えるはずなのだが、さっきまでの姿が頭に残っているからか、……やはり何かが違うように思えてしまう。
何が違うといわれても分からない。だが、これだけ付き合いが長いからこそ分かる違和感。しかしその違和感の正体が分からないまま、何か消化不良のようなものを抱えながらも、俺達はほとんど喋ることなく帰路に着いた。
「じゃあねゆうちゃん。また明日」
そうして彼女はそのまま家へと帰っていった。何か俺は言うべきだったのだろうか。彼女に何か話しかけるべきだったのだろうか。
「あ」
「ん……、どしたの?」
彼女を一度呼び止める。その表情はいつも通りのように見えた。
何か言うべきだと心の内は言っている。しかしやはり何を言えばいいのか、俺には何も思いつかなくて何もいう事が出来なかった。
「いや……また明日」
俺は魔法少女として活動する彼女にとっての何だろうか。
下手なことは言えなかった。知らない姿の彼女のことだ。故にいまの彼女に対して掛ける言葉というものが分からなかった。
結局、どうすることも出来ないまま彼女を見送り、俺も家へと戻った。