ツレが魔女になりまして   作:碼椙 柊

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第4話「いつも通りの当たり前の日常」


第4話

 

 

 

 彼女が魔法少女になって、そしてそれからいろいろあって、またしばらく経った頃。

 今日も今日とていつもと変わらない日常。何気ない日常……ではあるのだが。

 なんというか、今、ふと気づいたことなのだが、ここ最近彼女と居ることが多い気がする。

 

 いやこの言い方は少々語弊があるか。

 確かにこれまでも、他の友人たちと比べると圧倒的に彼女といる時間の方が多いのだが、それを考慮してもどうにも最近彼女と二人で過ごす時間が多い気がするのだ。もちろん、これらの理由には学校の部活の引退で、部活メンバーと絡む事が少なくなったことや、もともと家が近いので彼女と受験に向けて一緒に勉強することが多いということもあるのだが。

 それでも、以前ならば彼女と俺以外に他に誰かが追加で居る事があるものなのだが、どうもここ最近は彼女と二人きりの時間が多いのだ。これは気のせいだろうか……。まぁ気のせいじゃないのだけど。残念ながら、事実なのである。非常に複雑な気分である。

 

 とにかくまぁ、そうだな……。

 つまり何が言いたいかというと、現実を見ないといけないということだ。

 

「どうしてこうなった」

 

 休日の夕方、我が家で現在彼女と二人きり。そして当の彼女は俺の膝枕ですやすやと眠っている。

 

 こうなったきっかけは全く以っていつも通り。

 母さんは仕事の準備で家にいないので、今日も今日とて自分の部屋に引きこもって勉強や趣味の活動をしていると、こちらもいつも通りに彼女が今日も今日とてやって来て、丁度いい時間だったので休憩も兼ねて、彼女が暇つぶしにと持ってきた映画の鑑賞を始めることにしたのだ。サブスクで配信されてない珍しい映画らしい。俺は映画には詳しくないのでさっぱり分からないのだが、気分転換にはいいだろう。

 

 しかし序盤から少しうとうとしていた彼女が、鑑賞途中でついに耐え切れなくなり、ゆるゆると俺の肩へと寄りかかってきた訳だ。

 かなり眠そうにしていたので無理やり起こすのも悪いと思い、仕方ないので寝させようとするものの彼女が俺に抱きついてきて離れない。何やかんやしている内に完全に眠りに落ちてしまい、ずるずると落ちていき今の状況が出来上がったという訳である。

 彼女が借りてきた映画は展開から予想するに、もうそろそろクライマックス、ほどなく終わるだろう。しかし膝の上で気持ちよさそうに眠る彼女は起きる気配が全く無い。どうしたものか。

 

「おーい、映画はもういいのかー終わっちゃうぞー」

「んー」

「ていうかそろそろどかすぞ。動けないから。ほら」

「んーんー」

「デコピンするぞ」

「んー」

 

 腰に抱きついてきた。こりゃ駄目だ。完全に起きる気が無い。

 ていうか起きているのか寝ているのかどっちなんだ。俺のいう事には反応してるみたいだけど……。意識は覚醒しているけど頭は寝ている感じだろうか。あ、映画が終わった。

 

 

 ……さて、本当にどうしようか。エンドロールが終わり、タイトル画面に戻ってしまったのでテレビの電源を落とす。途端に部屋が静かになった。

 ぐっすり寝ている彼女を無理やり起こすのもいいが、そうした場合大概の人間がそうだとは思うが高確率で不機嫌になる。その矛先を俺や物に当てられるのはあまりよろしくないので、残念ながら我慢するしかないのである。

 諦めて何かしようとしても、彼女という障害物が膝の上にあるこの状況下では全く動けないために何も出来ない。と、普通ではお思いだろうがそんなことは断じてない。幸いなことに、携帯端末は持って来ているので、これで暇つぶしは出来ない事は無いのだ。というかそれしかできない。それでも先を見越して持ってきていた俺を褒めてやりたい。普段なら携帯すらその辺に放置するような俺だから。

 

 片手で携帯を操作しながら、手持ち無沙汰なもう片方の手で彼女の頭を撫でるようにして髪を手櫛で梳く。長くは無いものの、肩に少しかかる程度の少し長いミディアムの髪の毛はこうやっていじるのに丁度良い。もともとの髪質もあるのだろうが、女子らしく手入れがしっかりと行き届いているので勿論さらさらである。触っているこちらが気持ちよくなるくらいだ。いつまでもこうして触っていたいが、これが彼女に見つかると間違いなくからかわれるだけなので、程ほどにして止めないといけない。

 

「……」

 

 少しばかり満足できたので手櫛をやめて眠っている彼女の顔をそっと眺める。気持ちよさそうに眠っているその顔は見ているとこちらまで顔が緩んでしまいそうになる。普段からは全く想像できない静かな彼女の寝顔はしばらくずっと見ていられる。

 

「   」

 

 小さく彼女の名を呼ぶ。もちろん、意識は夢の世界に飛んでいる彼女は当然反応しない。ただ静かに寝息を立てるだけ。

 もう一度頭を撫でる。

 それに反応してか、僅かに身じろぎするものの、すぐに静かになる。その他にこれといった反応は無い。

 

 ……こうして、何もしていなければ可愛いのにな。

 

 こんなことは絶対に彼女に面と向かって言えない。

 芸能人みたいな美人という訳でないが、十二分に顔は整っているし、性格だって猫被ってる時は特に悪いところは無い。……都合の悪い本性を隠すのを猫を被るって言うんだけどさ。

 自分にとっては、彼女の突拍子もない言動行動も、訳の分からないことに付き合わされる強引さも、時々見せる素直さも、全部慣れたものだ。

 そりゃあ……時々面倒だと感じるときはあるけども、一体どれだけの付き合いだと思っているのか。年の数とほぼ同じ年月を彼女と共に過ごしているのだ。不満や文句があるところは既に言いまくっているし、それに対する対処も身につけているので今更どうしようとも思っていない。それが分かっているからこそ、彼女も遠慮なく俺に突っ込んでくる訳なんだけど。

 

 先ほどと変わらずに、すぅと寝息と立てる彼女はまだしばらく起きる気配は無さそうだ。よっぽど眠たかったのだろうか。それならば、わざわざうちに来ることなく、自分の家で昼寝でもしておけばいいものを。貴重な休日に態々うちに上がりこんで何をするでもなく昼寝とはこれ如何に。

 

 さて、それにしてもどうしようか。彼女が自分で起きるにしろ、俺が起こすにしろ、もう少し寝かせておくとしよう。彼女の事だから、もう少しすれば自分で起きるだろうし。

 彼女の寝息を聞きながら携帯をいじる。趣味に関係するサイトや動画をつらつらと見ながらメモを残していく。使うかどうか分からないものも沢山あるが、ネタはとっておくに越したことはない。いつかの自分が消化してくれるだろう。そうやっていい感じにしてくれればいい。そんなことを考えながら彼女と二人きりの時間は過ぎていく。

 

 

「ん……?」

「お、ようやく起きたか」

 

 携帯でいろいろ探したりするのも飽きてしまい、音を消してテレビを見ていると、膝の上の頭と身体がうねうねと動かしながら声をあげ、ようやくお目覚めの気配を見せる。そして目を開けてしばらく回りをきょろきょろとした後に、俺の顔を見て、

 

「あれ……? おはよう?」

「おはよう」

 

 彼女は目をぱちくりさせて再び周りをぼーっと眺める。お姫様は未だに頭が覚醒しきってないご様子のようで。……こういう仕草は可愛いんだがなぁ。何分、普段の様子があぁだから余計にそう感じてしまうな。

 そしてまた俺の顔を見て、にへらと頬を緩ませたあとに言葉を続ける。

 

「…私寝てたの?」

「うん、寝てたよ」

「ゆうちゃんの膝枕で?」

「そうだよ、俺の膝枕で」

 

 答えるやいなや、緩みきっていた顔が更に緩み、学校での普段の凛とした彼女しか知らない人が見れば別人としか思えないほどにやけた顔を見せる。

 ……勿論のこと、俺はこちらの顔の方が見慣れているのだが。

 

「なんという至福! これは二度寝するしかっ」

 

 すかさず再度睡眠の体勢に入ろうとする彼女を妨害し、さっと回避する。さすがに2回目を受け入れるほど優しくは無い。こちらにも都合があるのだ。

 

「寝すぎると夜寝られないぞ」

「うー大丈夫だよー。最近はもー寝ても寝ても眠気がとれなくて」

 

 ……。彼女が目をこすりながら言った言葉が心に引っかかった。

 言動と行動こそ破茶滅茶なところが多いものの、全体的には優良健康児な生活を送っているため、普段は寝不足とは無縁のはずだ。なんなら深夜にメッセージを返したら翌日に夜更かしするなってこっちに怒ってくるくらいだし。

 そんな彼女がこの様な様子になっている原因は恐らくだけど、見当はつく。言うまでもなく例のアレ——魔法少女としての使命——だろう。確かに課せられた使命を全うするために動き回る事は良いだろう。彼女が選んだ道であるし、彼女自身の意思でやっているのだ。誰も責める事は出来ないし責められる謂れも無いだろう。だけど、それが原因で身体を崩してしまっては元も子もないのだ。

 よくよく彼女を見れば、寝起きにしてみれば——いつも見てきた俺だからこそ分かる——顔色が若干悪いようにも見える。髪や肌に違和感を覚えることはなかったが、やはり全体的な違和感というのは拭えない。俺には何も言ってこないが、きっと俺の知らないところで無理をしているのだろう。

 もともと彼女はそれほど活発に活動するタイプではない。

 インドアとアウトドアで二分すればアウトドアに分類されるだろうけれど、だからと云って動き回るかと言われればそうでは無い。外に出て何もせずにゆっくりしていることも多い。そんな彼女がこのようなことをずっと続けていれば、いずれ身体に大きなしっぺ返しが来る事は想像に難くない。だからこそ、彼女の無意識にブレーキを掛けさせることが必要だ。それで彼女が踏みとどまってくれるかどうかは分からないが、俺にできる数少ないうちの一つだろう。

 

「頑張ってるのは分かるけどさ」

「…ん?」

「俺の知らないところでもいっぱい頑張ってるんだろうし。だけどあんまり根つめて突っ走りすぎると、またいつかみたいに怪我するぞ。いくら考え方が違うったって、こないだ言ってた子も同じ魔法少女なんだろ。じゃあ魔女を倒すっていう一番大事な目的は変わらないんだろうし、疲れたらその子に任せてしばらく休んだっていいと思うよ。無茶を続けて取り返しのつかないことになったらそれこそ元も子もないからさ」

 

 肩によりかかってボーっとしている彼女の頭を撫でながら言う。彼女は身じろぎ、少し顔を赤くしながらも、

 

「……うん」

 

 素直に返事をする。

 いつも通りの、普段の彼女なら、ひとつふたつからかいを混ぜながら答えるのだろうが、やはり疲れているのだろう。びっくりするほど素直なこの通りである。

 

「つらかったら、俺に頼ってくれてもいいよ。こうするくらいしか出来ないけど」

 

 そう言っておっかなびっくりのガチガチに不器用なのを隠さずに、片腕で頭を撫でながら彼女を抱きしめる。

 俺は、彼女の替わりに魔女を倒す事は出来ない。彼女の替わりに魔女から世界を救うことなんて出来ない。俺に出来るのは、魔法少女としての使命を貫く彼女の心が折れぬよう、彼女をずっと支えることだけ。一緒にいることだけ。

 彼女の悩みの種を直接解決することはできない。俺にそんな力はないのだ。どれだけ俺が常識を外れた力を渇望しようとも、それを得ることは叶わず、彼女の代わりになることはできない。

 けれど、彼女が魔法少女であるという事実を知っているのはこの世界で俺だけ。だからこそ、俺が彼女を支えていかなければならない。

 弱みをほとんど見せない彼女はどんな時でも強がることが多い。今だってきっと強がっているに違いない。

 もし、この調子のまま続けていれば、いつかきっと彼女は躓いてしまうだろう。躓く前に彼女を支えること。そして躓いたとしても、彼女の手を取って立ち上がらせて、助けて、そして俺が出来る範囲で導いていくこと。それが俺の出来ること。

 彼女がずっと弱気になっているところなんて見たくない。彼女は花のように綺麗にずっと笑っていて欲しいのだ。その為なら、そんな彼女がずっと見られるのなら、俺はどんな事にだって耐えてみせよう。

 

 

 それからしばらくして、ようやく彼女の頭が完全に覚醒したようで、顔を真っ赤にしながら俺から離れ、あぅあぅ言いながらクッションに顔を埋めていた。

 

「あーうーもう! 恥ずかしい! 無意識でゆうちゃんにべったりくっつくなんて!」

「別にいつもと変わらないと思うんだけど」

 

 そんな彼女を俺はじっと眺める。

 普段とは立場があべこべになった様な構図だが、少し珍しいというだけでこれまで全くなかったという訳ではない。俺だってやる時はやる。……まぁ表情や外面には出さない様に努めているものの、いまだに心臓がすごいバクバクいっているのだが。

 

 その後はというものの、親からの連絡で帰りが遅くなるとの事で、彼女と共に夕飯を作り、若干気まずい気配のする食事を取り、やはりこの日も平和に過ごしていった。

 

 まだまだ平和な日々だ。俺の知る、当たり前である平和の日々。でも確実に入り込む非日常と、その平和を砕く気配。まだ俺はそれにほとんど気づけず、舞い上がりながらも日々を過ごしていた。

 

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