士道がいないまま学校が終わり、放課後。
朝方は晴れていた空は、今にも雨が降りそうな曇天になっていた。
日が暮れ始めているのも手伝ってか、辺りは既に薄暗くなっている。
そんな空の下、十香は隣のクラスの八舞姉妹とともに、五河家隣のマンションへの道を歩いていた。
「ふん、しかし、士道も早退とは軟弱よの。少し我が鍛え直してやらねばならぬか」
「首肯。よわよわよわっぴです。明日から走り込み決定です」
後方から耶俱矢と夕弦の声が順に聞こえてくる。
十香が歩きながら軽く後方を振り返ると、瓜二つの顔をした少女二人が並んで歩いているのが見て取れた。
右にいる、自信に溢れた表情を作った少女が八舞耶俱矢、左にいる、眠たげな顔をした少女が八舞夕弦である。
パッと見ただけでは見分けが付かない双子の精霊なのだが……少し視線を下方にやると、極めてわかりやすい体型の違いを見取ることができた。
「そう言わないでやってくれ。きっとシドーにも事情があるのだ」
十香が言うと、耶俱矢と夕弦は同時に肩をすくめる。
「呵々、わかっておるわ。冗談だ。まあ、少しくらいは鍛えておいた方がよいと思うのは誠であるがな」
「質問。そういえば、先程の空間震警報がありましたが、士道は大丈夫なのでしょうか?」
夕弦が首を傾げながら訪ねてくる。
十香は困ったように眉根を寄せた。
「むぅ……確かに、警報が鳴ったのだから新しい精霊が出現したかもしれんな」
十香の言葉に、耶俱矢と夕弦はフフンと鼻を鳴らした。
「くく……やはりそうか。これはきな臭くなってきたな」
「肯定。陰謀の臭いがします」
「きなくさい? きなこの臭いなどしないぞ?」
「いや、そうじゃなくてさ……」
十香が首を傾げながら言うと、耶俱矢が額に汗を滲ませながら頬をかいた。
なぜだろうか、耶俱矢はたまに口調が変わるのだった。
そんな会話をしながら道を歩いていると、ほどなくして十香たちの住む精霊マンションが見えてくる。
「ぬ?」
そこで十香は足を止めた。
マンションの隣にある士道の家の前に、一人の少女が立っていたからだ。
紫紺の髪に風になびかせた、セーラー服姿の背の高い少女である。
モデルのような肉感的なプロモーションに、愛らしい貌。
しかしその表情は今、つまらなそうに曇っていた。
「―――あっ」
その少女も気付いたらしく、暗くなっていた表情をパァッと明るくし、両手を広げてタタタッと十香たちに走り寄ってきた。
「十香さぁぁぁん、耶俱矢さぁぁぁん、夕弦さぁぁぁんっ!」
『……ッ!!』
十香と耶俱矢と夕弦は、瞬時に危険を察知してその場から飛び退いた。
しかし少女はそのまま勢いを緩めることなく突進してきたのだから、電柱にはしっ、と抱きつく格好になってしまう。
「んぐっ! もぉー、なんで逃げちゃうんですかぁ」
言って、「ぶー」と唇を突き出し、木にしがみつくコアラのような姿勢のまま、少女が不そうな声が漏らす。
澄んだ鈴の音のような綺麗な声音。
それもそのはず、彼女は竜胆寺女学院の生徒にして、今日本でもトップクラスの人気を誇るアイドル、誘宵美九その人であったのである。
「いや、それ以前になぜ突っ込んでくるのだ!?」
「ええ? ハグに決まってるじゃないですかぁ。愛情表現ですよー」
十香が叫ぶように問うと、美九はさも当然のごとく返してきた。
「そ、そうなのか……?」
「そうですよー。みんなやってることですよー。ほら、十香さんも」
そう言って、美九は電柱から離れ、十香に向かって両手を広げてくる。
その堂々とした様子に、十香はなんだか段々と美九の言うことが正しい気がしてきた。
「ある意味間違っていないけどな……」
美九と十香は声のする方向に向けると手元に肉まんの袋を持った少女がいた。
「誰ですか?」
美九は尋ねる。
だが、少女は手に持っていた肉まんを食べ終えると、ある言葉を発した。
「こんにちは、精霊さんたち」
『っ!!』
十香、美九、耶俱矢、夕弦は精霊、って言う言葉に反応し、警戒し始めた。
「ああ、そんなに警戒しなくてもいいよ。私もここにはあと少ししかいられないから」
「どう言う意味だ?」
十香は叫びながら問う。
「もう直、半日になるから隣界へと帰るからよ」
少女はあっさりと答え、十香の元に寄って来る。
「これをあげるわ。それと士道くんにもよろしくね」
少女は肉まんの入った袋を十香に渡し、その場を去って行った。
「あ奴は一体何者なんだ?」
「分かりませんでしたが、とてつもない霊力を感じましたわ」
「精霊の中ではトップクラスの存在だな」
「恐怖。我々が束になっても勝てる気がしません」
少女から溢れ出した霊力を肌で感じた十香たちは額に汗を掻いて、その場で立っていることしかできなかった。
その後、士道からその少女は今日現れた精霊だと彼女たちは知った。
◇
「少しは楽しめたかな……」
人気のない所に入り、消失を待っていた。
士道に会ってからは街の探索をしていた。
異世界と言えど、殆ど自分がいる世界とは変わらなかった。
ISが存在しない代わりにASTという陸自の部隊があるぐらいだった。
「ファイさんは多分ここに来たことがあるのだろうな」
一夏がもつISはDALの精霊の霊結晶を元に作られていたのだから。
こんな事が可能なのはここに来たことがあると一夏は考えたのだ。
「……どうやら、来たようだな」
徐々に視界がぼやけ始めた。
「また来るとするよ。少年よ」
そう言い残して、一夏は消失した。