「着きましたよ」
「はぁ、はぁ……。ど、どうも……」
俺は誘導されるまま、セットの下を潜り抜けて更衣室へとやってきた。最初に俺が使った側の部屋で、ここになら制服とかも揃っている。
「えっと……」
そういえば、暗くて誰が俺をここまで連れて来たのかわからなかった。
改めてその人を見ると、今日名刺をくれた巻紙礼子さんだった。相変わらず、ニコニコと笑みを浮かべている。
「あ、あれ? どうして巻紙さんが……」
「はい。この機会に白式をいただきたいと思いまして」
「はい?」
ニコニコと、笑顔は崩さない。
「いいからとっととよこしやがれよ、ガキ」
口調は全然違うのに、その顔は今もまだニコニコとしている。
そんな温度差について行けずにいると、思い切り腹を蹴られた。その衝撃で俺はロッカーに叩き付けられる。
「あーあ、クソッたれが。顔、戻らないじゃねーかよ。この私の顔がよ」
「ゲホッ、ゲホッ! あ、あんた一体……」
「あぁ? 私か? 企業の人間になりすました謎の美女だよ。おら、嬉しいか」
そこでやっと俺は『敵』だと判断した。ちーとばかし平和ボケしていたな、俺は。
「『神威霊装・十番』!」
緊急展開によってISスーツごと呼び出す。
「待っていたぜ、それを使うのよぉ」
ようやく笑みを崩した巻紙さん……もとい、目の前の女は、蛇を思わせる切れ長の目を邪悪な風に歪める。
「スクラップの時間だぜ!!クッソガキがっっ!!!」
「!?」
スーツを引き裂いて、女の背後から鋭利な『爪』が飛び出す。クモの脚によく似たそれは、黄色と黒という禍々しい配色で、刃物のような先端を持っている。
「くらいな!」
背中から伸びた八つの装甲脚、その先端が割れるように開いて、銃口を見せる。
「ちっ!!」
放たれた銃弾は、数メートル手前で、見えない手でも掴まれたかのように静止していた。
「いいね。いいね。最ッ高だねェ!」
「なんなんだよ、あんたは!?」
ビーム・クロウによる斬撃を後ろ飛びでかわし、女は言葉を続ける。
「ああん? 知らねーのかよ、悪の組織の一人だっつーの!」
「亡国機業……」
「ほぉー! 知っていたか。なら早いな、秘密結社『亡国機業』が一人、オータム様だ。夜露死苦な」
その女―――オータムは完全なIS展開状態になると、PICの細やかな操作で俺の攻撃を避けて、同時に脚の銃口から実弾射撃を行ってくる。
「なンだァその逃げ腰はァ? 愉快にケツふりやがって、誘ってンのか」
八門の集中砲火。左右から追ってくるそれを、俺は真上に跳んでかわした。天井に足をつき、逆さまの状態からスラスターを吹かして前転気味に懐へ飛び込む。
それと同時に顕現した〈鏖殺公〉を右手に握りしめて、俺は斬りかかった。
(もらった!)
「演出ご苦労。華々しく散らせてやるから感謝しろよォ?」
八本の装甲脚が〈鏖殺公〉の刃を完全に受けきる。
「くそっ!」
押そうにも引こうにも、刀身をがっちりと挟み込まれてしまいどうにもならない。
そうこうしていると、オータムはその手にマシンガンを構築、俺に向かって弾丸を放ってくる。
「ぐうっ!」
最強の鎧である霊装でも、衝撃までは消してくれない。
(これ以上はまずい!)
そう思った俺はいったん武器を手放して、後方宙返りをする。
弾丸を回避すると同時にその銃身を斬り上げて飛ばし、続けて〈鏖殺公〉も装甲脚から奪い取った。
「…………面白ェじゃねェか。愉快に素敵にビビらせてやるよ、ガキ! この『アラクネ』相手によ」
「くっ!」
どうやら背中から伸びた装甲脚それぞれが独立したPICを展開しているらしく、『アラクネ』は今まで見たどんなISよりも複雑でしなやかな機動を行なっていた。
その動きは、まるでクモだ。
(くっ、こいつの動きを予想して瞬時加速を行なうしかない!)
雨あられのように降り注ぐ銃弾を障害物を駆使してかわしながら、俺はチャンスを待つ。
「本当にうざい機体だなぁ! 流石は
「あの人? まさか……」
「そうだよ、ファイだよ。そうそう、ついでに教えてやんよ。第二回モンド・グロッソでお前を拉致したのはうちの組織だ! そして、
「―――!」
その言葉に俺の中の何かが外れた。
―――そうか、そうかよ。だったら……
「だったら、地の底に送ってやらぁ!」
「クク、やっぱガキだなぁ、てめぇ。こんな真っ正面から突っ込んできやがって……よぉ!」
指先であやとりのような物をいじっていたかと思うと、それを俺めがけて投げてくる。
そのエネルギー・ワイヤーで構成された塊は、俺の目の前でぱんっと弾けて巨大な網へと変化した。
「くっ! このっ――――!!」
糸は全身に伸びていき、数秒でがんじがらめにされてしまう。
「ハハハ! 楽勝だぜ、まったくよぉ! クモの糸を甘く見るからそうなるんだぜ?」
もがく俺を前に、にやにやと笑みを浮かべたオータムが近づいてくる。その手には、見た事がない四本脚の装置を持っていた。
「んじゃあ、お楽しみタイムと行こうぜ」
大きさは四十センチほど。駆動音を響かせてその脚が開く。
「お別れの挨拶はすんだか? ギャハハ!」
「なんのだよ……?」
装置が俺に取り付けられる。腹部から接触したそれは、脚を閉じて俺の身体を固定した。
「決まってんだろうが、てめーのISとだよ!」
「な!?」
刹那、俺の身体に電流に似たエネルギーが流される。
「があああっ!!」
身が引き裂かれそうな激痛。それが全身に襲いかかってくる。
「さて、終わりだな」
電流が収まり、装置のロックが外れる。
俺の身体には構築済みのISスーツだけが残され、白騎士の装甲も装備も全てが無くなっていた。
「おお! こりゃあ、おったまげた」
オータムの手元には中央の菱形立体のクリスタルとそれを囲む7色の宝石だった。
「さっきの装置はなぁ! 〈
さらに続けて俺を蹴ってくる。
立て続けのダメージで立ち上がれない俺はオータムを睨むが、その顔を力一杯踏みつけられた。
「かえ……せ……」
―――
「あぁ? 聞こえねーよ」
「そ、それを返せぇぇぇ!!!」
なんでもいい。一夏は怒りに身を任せ、獣のような絶叫を上げた。もはや天使でなくても構わない。こいつさえ倒せれば。ファイさんの敵さえ打てるのであれば、どんなものでも構わない。この状況下で、あいつを打ち倒すことができるのならば、たとえこの身がどうならろうとも構わない……!
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ―――ッ!」
その瞬間。
意識がふっと途切れると同時。右手に、天使以外の何かを握る感覚を覚えた。
否。もしかしたら、それは―――
何かに
◇
屋上では、けたたましいアラームが鳴り響く。
その音を聞いて、ファイはぴくりと眉を動かした。
それは―――通常は使用されない、最厳重レベルの緊急事態通告だったのである。
「か、カテゴリー・E……霊力値がマイナスって……」
最悪の事態が起こってしまった。
恐れていたことが現実になってしまった。
一夏たちがいる第四アリーナが黒く輝き―――その光が、放射状に天に向けて広がっていったのである。
「霊結晶の……反転……ッ!」
ファイはすぐさまにある所に向かった。
「ははは! はははははは!」
目の前で起こった光景に、ウェストコットは哄笑を上げた。
「アイク、これは―――」
驚きのあまりにエレンが、呆然と問うてくる。ウェストコットは胸の裡を埋める万満の思いを言葉に乗せ、呟くように言った。
「〈王国〉が、反転した。さあ、控えろ人類」
両手を、広げる。
「―――